第34話 決意を新たに
「やあ、チヒロ君。健在そうで何よりだよ」
戦闘用スーツを着込み、ハンガーユニットへ歩を進めた俺の耳に、聞き馴染みのある声が届く。
驚きながら声の方向へ視線を向けると、鎧装の整備を一手に担う男性――ことヴィクターが、相も変わらずくたびれた様子でこちらに手を振っているのが見えた。
「ヴィクターさん、お久しぶりです。どうしてここに?」
「どうしてもなにも、出撃する君たちの鎧装を、技術班総出で整備してたんだよ。特に、君の鎧装は熱と衝撃でかなりダメージを負ってたからね。整備後のフィッテイングもあるから、こうして僕が手ずから腕を振るっていたわけさ」
ヴィクターの言葉に周囲を見回してみれば、確かにハンガーユニット区画のそこかしこで、作務衣を着込んだ人間たちが金属音と火花を巻き散らかしている姿が目に入る。垣間見える彼らの表情は、真剣そのものだ。
「そうだったんですね……ありがとうございます」
「なに、これが僕らの仕事だからね。……それより、君は大丈夫なのかい?」
ひらと手を振ったヴィクターが、次いで口にした問いかけ。
その意味を測り兼ねた俺は、ただこてんと首を傾げる。
「……えっと? マザーからは、もう作戦に参加しても問題ないと言われてますけど」
「そっちじゃないよ。僕が言ってるのは、君のメンタルの方だ」
メンタル? とおうむ返しに呟く俺の姿が可笑しかったのか、ヴィクターが含み笑いを漏らす。
「G2-007……スイ君の容態は僕も把握している。あれだけ懇意にしていた機兵が手ひどく破壊されたとなれば、心中穏やかではないんだろう?」
「それは……まぁ、平気かというとウソになりますね」
でも、と、俺はさらに言葉を重ねる。
「それが俺の止まる理由には、なりません。どちらかというと、リベンジに燃えているって言った方がいいんじゃないかなって、そう思います」
損害こそ重篤だが、彼女自身の稼働状況《いのち》に別状はないし、修復に向けてマザーがリソースを費やしてくれていることも知っている。
ならば俺は、これから与えられるであろう任務を全うし、スイに助けられたこの身を以て、迫る障害を排除するのみ。その一心で――ある種復讐心とも呼べそうな心持ちのもと、俺はここに立っているのだ。
「なるほどね。……珍しく気を利かせようとしたけど、空振りだったかな」
「いえ、そんなことは。心配してもらえて、すごく嬉しかったですよ」
「ならよかった。――じゃあ、僕から言えることはひとつだ」
整備を終えたのか、工具箱を片手に立ち上がったヴィクターが、咳ばらいをひとつ。
「これからの作戦、君は独りで挑むわけじゃない。どんな状況に立たされたとしても、『頼ることのできる僚機』がいることを、忘れないようにね」
一泊を置いて投げかけられたのは、警告ともアドバイスともとれるような、そんな激励の言葉。
言葉の内容を咀嚼するわずかな間のうちに、ヴィクターはひらりと手を振り、他のハンガーユニットへと歩いていってしまった。
「……仲間がいる、か」
ようやく腑に落ちた言葉を口の中で転がし、そこに込められた意味を――復讐心に逸るな、という意味を、しかと心に刻む。
……振り返れば、確かにそんなきらいはあったかもしれない。
スイをあんな目に合わせてしまった自責の心と、その結末を導いた己の力量不足が生んだ、雪辱の念。
それを晴らさんと息巻く俺は、ひょっとすればこの先、その気持ちに急かされるあまり、致命的な判断ミスを犯してしまう可能性だってあったのだ。ヴィクターはきっと、それを少なからず予見していたのだろう。
「帰ってきたら、ちゃんとありがとうって言わないとな」
既に別の鎧装を整備士にかかっている後姿を眺めながら、俺は踵を返す。
振り返った先に鎮座する鎧装は、ダメージの跡こそ見受けられるものの、万全の状態へ修復されているのが見て取れた。
深呼吸を挟んでから、ハンガーユニット内へ身体を滑り込ませる。
中核たる機兵の配置を確認したハンガーユニットは、内部機構を唸らせて稼働を開始。
ユニットの各部に固定されていた鎧装を、中心に立つ俺の躯体へ組み付けていく。
両の脚には、膝上までを覆う脚装外殻。
腰の部分には、小さな翼のような外観を持つ機動推進器。
背中には、もう一対の腕を想起させる拡張背嚢。
そして頭部には、電装系の象徴たるブレードアンテナを備えた装甲頭冠。
一通りの鎧装を纏った後、拡張背嚢へさらに追加で武装が――すっかりこの手に馴染んだ身の丈ほどの大剣が接続。
同時に、俺の視界場を無数のログが高速で流れ、最後に〈All unit equipment completed〉の文字列が表示されると、ハンガーユニットが俺を解放する。
すっかりなじんだ鎧装の感覚に頼もしさを覚えながら、俺は詰めた息を細く吐き出す。
《――チヒロ、少し良いですか?》
いざ出撃……という段になったその時、不意に装甲頭冠の通信機が、俺の耳に聞き馴染んだ声を届けた。
「マザー? どうしたんですか?」
《突然すみません。配置転換の要望を整理した結果、強襲部隊の配置に穴が生じてしまいまして。穴埋めのために、あなたには予定していた分隊を外れて、単騎で配置についてもらいたいのですが……構いませんか?》
一瞬身構えてしまったが、懸念するような内容の報告ではなかったらしい。
胸をなでおろしつつ、通信機越しに了承の意を伝える。
「構いませんよ。……一瞬、『作戦を外れろ』なんて言われるかもって、ちょっと焦りました」
《それはありませんよ。彼我の戦力差を鑑みれば、今はひとつでも手を増やさなければなりませんから。――では、4番輸送機を使って出撃してください。できる限りのサポートはしますが、単独行動となることは変わりません。充分に注意してくださいね》
了解です、と返答すると、それきり無線は沈黙する。
思わぬ形の配置転換となったが、どちらにせよ俺の役割は、やるべきことは変わらない。
スイのためにも、コロニーの人々を守るためにも、迫るC型ファイントを討つために全力を尽くす。それが、今の俺のやるべきことだ。
「――行くか」
握った拳に決意を込めて、俺は脚装外殻の硬質な足音を引き連れて、輸送機へと歩を進めた。




