第33話 反撃に向けて
プシュウ、という圧縮空気の排出される音が、俺の耳を叩く。
ゆっくりと蘇ってくる五感へ伝わってくるのは、機械の駆動音と、肌を撫でる空気の感覚。
「ん……」
起き抜けのせいか、いやに甲高く漏れた自分の声を合図に、重たい瞼をこじ開ける。
そうして目の前に広がった光景は――見知った天井とは違う、暗く無機質な広間だった。
どうしてこんなところにいるのか、と首をひねるよりも早く、俺の脳裏にフラッシュバックがよぎる。
迫る異形の敵性存在。
視界を焼く眩い炎。
目の前で爆ぜ、壊された少女の姿。
遠ざかる爆炎の中、なおも立つ巨大な影。
あまりにも鮮明に焼き付いた苦い記憶に、俺は頭痛のようなものを覚えつつも、ゆっくりとその場――俺の躯体が収められていたメンテナンスポッドから這いずり出た。
真横に置かれた入院着のような服を羽織る傍ら、ふと視線を逸らせば、そこにあるのは別のメンテナンスポッド。
駆動音を響かせるそれに近寄り、覗き窓へ目を向ける。
――視界に映りこんだ光景は、やはりというべきか。
痛々しい姿をさらす少女、ことスイが、眠るようにポッドの中に納まっている姿だった。
《――チヒロ、起きたのですね》
そこへ、ふと聞き馴染んだ声が響く。
声のした方向に居たのは、ホログラム姿でこちらへ歩み寄ってくるマザー。気のせいか、その表情には安堵の色が混じっているようにも見えた。
「おはようございます……でいいんでしょうか。――その、スイは?」
《安心してください。彼女は心配するような状況ではありませんよ》
逸る気持ちのまま尋ねる俺に、諭すような口調でマザーが語り掛ける。
《四肢の損失やフレームへのダメージは大きいので時間はかかりますが、修復そのものは可能な領域でとどまっています。おそらく、大破する直前に伝導回路や神経ファイバーの接続をすべて自力でカットして、中枢への致命的なダメージを回避したのでしょう》
マザーの説明に、思わず驚きで目を見開く。
周到に計算したのか、あるいは戦場で培ってきた勘の賜物か。いずれにせよ、最悪の結果を免れることができたのは、スイが歴戦の鎧装機兵であったからこそのようだった。
「……すごいですね、スイは」
《ええ、私もそう思います。――とはいえ、あまり自分を責めないでください。あの状況下にあって、単騎で状況を覆せる鎧装機兵は、過去にも存在しません。あなたが時間を稼いだからこそ、スイが間に合い、他の機兵が間に合ったということをお忘れなく》
そう諭すマザーの声音は、単なる慰めのそれとは違う、気づかいを感じさせられるもの。
ささくれた心を優しく撫でつけてくれるような言葉は、心なしか俺の胸を軽くさせてくれるような、そんな気がした。
《――チヒロ。目覚めて早々で申し訳ありませんが、三十分後に大会議室へ集合してください》
「会議室……C型ファイントの件ですか」
《その通りです。かの強大な敵性存在がこのコロニーへ迫る前に、皆で対策会議を行う予定です。むろん、あなたが作戦行動に臨めるなら、の話ですが》
気づかわしげにそう付け加えるマザーへ、俺は力強く首肯を返す。
「もちろんです。――どんな形であろうと、アイツとはちゃんとケリをつけたいですから」
《ええ、そうですね。私も、そう思います。……では、三十分後に》
そう言い残して、マザーのホログラムはその場から立ち消えた。
ちら、ともう一度ポッドの中を覗き込むが、そこにあるのは変わらないスイの寝顔だけ。
修復作業で多少マシにこそなっているものの、覗き窓から伺えるスイの顔には、痛々しいダメージの痕跡が今も顔を覗かせている。
マザーはああいってくれたが、当事者としては、少なくない自責の念を感じずにはいられない光景だった。
「……頑張らないとな」
身を挺してくれたスイへ報いるためにも。そして、このコロニーに生きる人々のためにも。
胸中に覚悟の炎を燃やしながら、俺は作戦会議へ望むべく、メンテナンスルームを後にした。
*
メンテナンスルームを出てから、きっかり三十分後。
つい先日も利用した大会議室へ足を運んだ俺は、席へ腰を下ろしてマザーの登壇を待っていた。
以前との違いと言えば、隣の席に知った顔がいないこと。
相部屋の仲とはいえ、普段から別行動は珍しいことでもない。だが、いつもにこやかな笑みを絶やさなかった彼女の姿が、今だけは無性に恋しく思えてならなかった。
「――全機、揃っていますね。では、始めようと思います」
そんな中、壇上に躯体を操るマザーが姿を現す。
垣間見える表情は、以前ここで見せた時のそれよりも数段険しい。それはとりもなおさず、状況が芳しくないということの証左だった。
「まずは、先日の共同探査任務の結果と、そこから得られた情報の共有を致します」
その言葉に合わせて、壇上のモニタにいくつかの写真と資料が表示される。
「望遠から得られた情報と、交戦した機体の内部ログを照合した結果、当該個体は、史上二例目の〈C型ファイント〉であるという結論が出ました」
マザーの宣言に、ざわめく会場の機兵たち。
別エリアの探査に向かっていた機兵たちは、特に強い衝撃を持ってその言葉を受け入れているようだった。
「現在、C型ファイントは最後の観測地点から離れ、別の方角――より厳密にいうならば、我々のコロニーへ向けて進行中です。離脱する輸送機の軌道に釣られる形での進行だと予測されますが、なんにせよこのままでは、近いうちにかのC型ファイントがこのコロニーへやってくるのは避けられないでしょう」
再び告げられる、衝撃の宣告。
先ほどよりもいっそうどよめきが強くなったところに、それを制するように「そこで」とマザーが口を開く。
「私、ことゼムリアの名において、ここに〈緊急動員令〉を発令。現在稼働中の全ての鎧装機兵を動員し、迫るC型ファイントの殲滅作戦を発動します!」
凛とした、それでいて腹の底を揺るがすような強い語り口と共に下された宣言。
それに合わせて、写真などが表示されていた大モニタの表示が変化。周辺地形の情報やC型ファイントの観測情報など、作戦に必要な情報群が一挙に展開された。
「作戦目標は当然、『C型ファイントの完全討伐』となります。――ですが、当該個体は外部からのダメージをある程度無力化する機構……いうなればバリアを有していることが、前回の交戦で判明しています」
説明と共に表示された映像は、俺とスイが戦場を離脱する最中に見たあの光景だ。
破壊された輸送機が巻き起こした爆炎の中、悠然と屹立する巨躯。その姿をよくよく注視してみれば、確かに奴の体表で、爆炎の照り返しとも異なる光が煌めいているのが見えた。
「この映像の通り、当該個体のバリアはきわめて強力であり、単純な火力投射での殲滅は極めて困難であるというのが、コロニー技術者陣の見解です。――では、次はこちらを見てください」
続けてモニタに表示されたのは、C型ファイントの横合いから急速に距離を詰めていく映像。
一体いつ撮ったものなのか、と疑問に思ったその直後、映像上を鈍色の光が駆け抜け、C型ファイントの体表に深い刀傷が刻まれる。
この映像とよく似た光景を、俺自身の目で目撃した覚えがある。どうやらこの映像は、スイがC型ファイントを切りつけたあの時の映像を、スイの電子頭脳からサルベージしたものだったようだ。
「こちらの映像中では、いち鎧装機兵の白兵戦武器であるにも関わらず、生体組織部分へのダメージが確認できました。つまり、この個体が持つバリア機能は常に働くものではなく、特定の条件の元であれば突破が可能なのです」
そして、さらに映像が切り替わる。
次に表示されたのは、C型ファイントの横っ面に輸送機の機首が突き刺さったあの場面だ。
「最後に、こちらの映像内では、無人輸送機による死角からの吶喊攻撃が成功し、C型ファイントの体勢を大きく突き崩すことに成功しています。にもかかわらず、輸送機の爆沈はほとんど有効なダメージが得られませんでした」
3つの映像がモニタに並べられる中、一泊を置いてマザーが再び口を開く。
「これら3つの証拠映像を元に、技術班と考証を行った結果、ひとつの仮説に至りました。――すなわち、かのバリアは『C型ファイントが意識を向けたものに対してしか発動しない』というものです」
みたび、大会議室がざわめく。それと同時に、俺もまた感嘆の息を漏らしていた。
映像を見返してみれば、輸送機の自爆はC型ファイントの眼前で巻き起こったものであり、反応するにも意識を向けるにも、充分な猶予があった。
対して、スイの攻撃や輸送機の吶喊は、どちらもC型ファイントの死角から行われている。それはつまるところ、奴が意識できない領域からの攻撃には、バリアが対応しないということなのだ。
「現在、この論拠を確かなものとするべく、選抜隊が調査にあたっています。それらの確認が完了し次第、鎧装機兵の全機を動員。C型ファイントの討伐作戦を発動いたします」
マザーの宣言に合わせて、大モニタにCGモデルが表示。アニメーションするCGが、ボードゲームの駒を動かすようにすいすいと配置を変えていく。
「作戦は以下の通り。まず、C型ファイントの進行ルート上にある廃都市の各所へ、砲戦装備を使用する鎧装機兵を配置。C型ファイントが所定ポイントを通過するまで待機します」
説明と共に、C型ファイントを模したCGモデルがマップ上に登場。
その後、各所に配置された鎧装機兵のアイコンから、攻撃を示す矢印が一斉に伸び始める。
「所定のポイントを通過したところで、砲戦部隊は一斉に砲撃を開始。C型ファイントの意識を『遠方から飛来する砲弾』へ向けさせ、そちらへバリアを集中させます」
そこで、モニタ上のC型ファイントから少し離れた所に、別の鎧装機兵部隊を現すアイコンが出現する。
「バリアの向きが完全に砲撃へと向いたのを確認した後は、近接戦闘型、並びに高速戦闘型の鎧装機兵の出番です。C型ファイントの懐めがけて強襲を仕掛け、一撃離脱によってダメージを累積。以降はこれらを繰り返し、かの敵を討伐する……というのが、一連の流れとなります」
マザーの解説を大雑把に訳すなら、「気を逸らした隙を狙って一撃を叩き込むのを繰り返せ」ということになる。
解法としてはいささか地味に思えてしまう作戦だが、おそらくこれ以上の効率を求めようとしても、火力や兵力などいろいろなものが足りないのだろう。それを考慮すれば、手段としてはこれ以上ないほどに堅実な作戦と言えた。
「基本的な部隊配置は各々の得意兵装に準じますが、配置転換を望む者は申し出てもらって構いません。最終的な陣形が確定し次第、皆さんには出撃をお願いします。――以上、何か質問はありますか?」
マザーが会議室をぐるりと見渡すが、意を挟む者はいない。
それを確認して、マザーは毅然とした表情のまま、小さく頷いて見せた。
「では皆さん、各自の配置確認と出撃をお願いします。――あなた方の働きが、この世界の未来を護ることを、心より願っています」
そう告げたマザーの躯体はその場にあったパイプ椅子へと座り込み、それきり沈黙する。
三々五々に席を立つ鎧装機兵たちの流れに習い、俺もまた席を立ち、出撃の準備を整えに向かった。




