第32話 破壊の炎がもたらすは
「スイ!!!!」
爆風と熱が肌を撫でるのを感じながら、俺はただ、少女の名を叫ぶ。
彼女が、スイが、俺を守るために、身を挺して火球を受け止めた。
その事実を頭が理解するのとほぼ同時、俺の目の前に何かが叩きつけられる。
視線を落とした先にあったのは――ヒトを模した形を大きく損なってしまった、無惨なスイの姿だった。
「ッ、スイ!!」
不完全ながら自由を取り戻した躯体を動かし、スイの元へ駆け寄る。
近づいてみれば、その惨状はより克明に俺の瞳へ焼き付いた。
胴から下は丸ごと吹き飛んでいて、身を庇い立てたであろう両腕もまた、半ばから破断している。
焦げた人工筋肉とケーブルの合間から、循環液と火花を流血のように溢すその惨状は、ある種ヒトのそれよりもショッキングな光景だった。
「グ、うぅ……チヒロちゃん、無事? ヨかった……」
だが、俺の存在を見とめたスイは、そう言って安堵の声を漏らしてみせる。
人間ならば即死していたであろう、大怪我という表現すら憚られる状況だったが、鎧装機兵であるスイは、痛々しい姿になりつつも生きながらえているようだった。
「あはは……さすがに、受けきるノは無理ダったみたい……」
「スイ……なんで!」
悔やむ言葉が口をつくのとほぼ同時、俺の頭上に影がかかる。
スイを抱いたまま反射的に飛び退くと、数瞬前まで俺たちがいた場所へ、しなる巨大な尾が叩きつけられていた。
「くっ……そぉ!!」
こちらの戦力が実質半減してしまったこの状況を逃してくれるほど、甘い相手ではない。
その事実を痛いほどに理解させられながら、俺はとにかく後退することを選択。機動推進器を地上走行モードへ切り替えて、住宅地跡を縫うように撤退を始めた。
「ごめん、スイ。俺のせいで、こんな」
「謝らなイでー……あの状況では、ああスるしかなかったから。アんなやつに、チヒロちゃんを殺させたくなかったから」
弾幕が飛び交う逃走劇の中、抱きかかえたスイはそう言って、力無く笑って見せる。
そう思ってくれるほどの存在になれた嬉しさと、そんな彼女に犠牲を強いてしまったという現実。二つの気持ちが、俺の心を余計に深く抉っていた。
「それに――ほラ。おかげさまで、間に合っタみたいだよ」
「え?」
かと思えば、スイは痛々しい姿のまま、不敵な笑みを浮かべる。
どういうことかと問いかけようとしたその時、不意に俺の頭上を、大きな「影」が通り過ぎていった。
振り返ったその先で、C型ファイントがその巨体を退け反らせる。
鎧装機兵の体躯では不可能な、重い一撃。それを実現したのは――先刻まで俺たちが乗っていた輸送機。
エンジンを全開で吹かし、その機首を衝角のようにして、C型ファイントへと体当たりを仕掛ける姿が、そこにあった。
《全機、兵装使用自由! 輸送機ごと吹き飛ばしても構わん、ヤツをあの場に縫い止めろ!!》
指揮官機兵の声が、通信機越しに鋭く響く。
それに合わせて現れたもう一機の輸送機から、無数の砲火が展開。激突した輸送機に抑え込まれているC型ファイントの体表から、立て続けに血飛沫と爆炎が吹き上がった。
《チヒロ! スイ! 健在ですね?!》
そんな最中、マザーの切羽詰まった声が耳朶を叩く。
いくらマザーとはいえ、コロニーを離れてこの場へ駆けつけるということはないはず。となればこの声は、おそらく輸送機に積まれた中継装置を介して、コロニーから直接届いている声なのだろう。
「っ、はい。ただ、スイが……」
《ええ、概ね状況は把握しました。ファイントへの足止めは他の鎧装機兵が担います、あなたは今のうちにスイを連れて撤退してください!》
そう指示されると共に、視界の端に撤退ルートがポップアップする。
どうやら、今しがた目の前にいる二機の輸送機以外にも、俺たちのためにもう一機が待機してくれているようだった。
「わかりました。……スイ、ごめん。もう少し、頑張ってくれ」
「うん、わたしは大丈夫ダよ……。焦らず急イで、事故しナいようにね」
俺の気を紛らわせようとしてくれたのか、スイはそう言って冗談めかした笑みを作って見せる。
だが、焦げて剥がれ落ちた頬から覗く鈍色の傷痕は、どうやっても隠せるものではない。失態の象徴とも取れるそれを、俺は直視することができなかった。
《12番機と13番機の離脱を確認した! 全機、ぶつけた輸送機のエンジンを狙え! 爆破と共にこちらも離脱する!!》
ホバリングする輸送機を目前に捉えた時、背を向けた戦場から、そんな指令が飛んでくる。
数秒ほどの後、輸送機に滑り込んだ俺の視界の端で、眩いオレンジ色が炸裂。ついで、衝撃と共に腹の底を揺るがすような爆発音が響いてくる。
発進する輸送機の中から後ろを顧みてみれば、そこにあったのは黒々と立ち上る爆煙。
――そしてその直下には、なおも屹立するC型ファイントの姿があった。




