第31話 いびつなる巨竜
「なっ……デカっ……?!」
突如として俺たちの眼前に姿を現した、謎の異形。
その躯体のあまりの大きさが、俺の口から驚愕の声を吐き出させた。
周囲の住宅跡と見比べても圧倒的に大きなその全高は、どれだけ小さく見積もっても20メートルは下らないだろう。
機械と生物を混ぜ合わせて構築されたその姿は、さながらおとぎ話に出てくるドラゴンのようだ。太い後脚と尾状の構造物、そして背中から生える機械仕掛けの巨大な翼を携えたその姿は、おぞましい風体とは裏腹に、どこか雄々しさすら感じられる。
そして、その顔面にある無数の光点――おそらくは「目」に相当するであろう、センサー類と思しき光点の群れは、まるでこちらを睥睨するかのように、俺たちへと向けられていた。
「こいつ……まさか」
そんな状況の中、俺と並んで刀を構えていたスイが、何かに気づいたようなそぶりを見せる。
「スイ、何か――っうぉお!?」
何か知っているのか。そう問いかけようとした俺だったが、それを阻止せんとばかりに、規格外の大質量が降り注ぐ。
すんでのところで機動推進器を吹かし、その場を飛び退る俺の目には、丸太のような爪がコンクリートを深々と抉り取る光景が映った。
「くっ……スイ、あいつのこと知ってるのか?」
「知ってる、っていうより、資料で見たことがあるんだ。あいつとは全然違うけど、生物と機械が混ざったようなファイントの目撃例が、過去にあったんだって」
隣へ駆けつけながら、スイがそう説明する。
その面持ちは、普段の悠然とした所作からは考えられないほどの緊迫感と、強い焦燥感を滲ませていた。
「混ざり物だから、昔の伝説から名前を取って、〈C型ファイント〉。昔遭遇した機兵たちは、情報を持って帰ってきた一機以外、帰ってこなかった。……あくまで資料の情報だけど、C型はそのくらい危険な存在なんだ」
「マジか……そんなヤバい奴が、なんでこんなところに」
「わからないけど、最近の不可解な事件の犯人は、間違いなくあいつだと思う。指揮官に知らせなくちゃ!」
スイの提言に、俺も首肯を返す。
通常の大型ファイントならともかく、今回遭遇したかのC型ファイントは、スイの説明通りなら明らかに俺たちの手に負える相手ではない。
今回の作戦が始まる前、マザーや指揮役の鎧装機兵からは「交戦ではなく、情報を持ち帰ることが最優先だ」という旨の話が何度も伝えられていた。今俺たちが果たすべき仕事は、なんとしても生きてこの場を脱することなのだ。
そう思案して、方針を固めたその矢先。肌を刺すような何かの気配が背中を伝う。
「チヒロちゃん、回避!!」
直後、鋭く響くスイの声。
言葉に従い、咄嗟に横へ転身すると――強烈な熱さを孕む何かが、俺のすぐ傍を掠めて飛んでいった。
「うわっ?!」
遅れてやってくる衝撃波に揺さぶられたのも束の間、俺のはるか前方で、オレンジ色に輝く閃光が膨れ上がり、炸裂する。
そうして再び襲ってくる熱波を喰らい、そこでようやく「火球のようなもので攻撃された」ということを理解するに至った。
「くっ……見た目だけじゃなくて攻撃までドラゴンかよ!」
思わず毒づきながら、再び回避行動。飛来する火球の熱を戦闘服越しに肌で感じながら、崩れた姿勢を立て直す。
ちらりと火球の着弾点を見やれば、そこには大きなクレーターが穿たれている。規模感を見るに、どうやら下手に遮蔽物へ隠れるのは悪手のようだ。
「⬛︎⬛︎⬛︎……!」
身の毛もよだつような唸り声らしきものを響かせながら、C型ファイントが身を翻し、こちらへ転回。
赤黒く光る無数のセンサー光は、俺をまっすぐに見つめている。――幸か不幸か、奴の狙いは俺に絞られてしまったらしい。
「スイ、聞こえるか? たぶん、アイツは俺を狙ってる。今のうちに応援を呼んでくれるとありがたいんだけと……
《大丈夫、もう通信は繋いでるよ。リアルタイムで映像も送ってるから、すぐに来てくれるはず》
「さすが、助かるよ。なら――なんとかして時間を稼ぐとしますか!」
装甲頭冠の無線機越しに伝えられる仕事の速さに感心とありがたさを覚えつつ、俺は再びC型ファイントを真正面に捉える。
「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎!!!」
雄叫びと共に、C型ファイントの喉が赤く発光。ついで、先ほどの火球が再び繰り出される。
「くッ!」
機動推進器を全開で吹かし、上空高くへ思い切り飛翔することで回避するが、着弾に伴う余波の影響は看過できないほどに強烈だ。
――喰らい方を間違えれば、熱波と衝撃波だけでも死にかねない。そんなことがうすらと想像できるほどの一撃に、今更ながら冷や汗が背を伝うような気がした。
「チヒロちゃんばっかり見てないで、こっち向けぇーっ!!」
そこへ、スイが一撃を叩き込む。
おそらく刃が通りやすいであろう、有機組織で構成された部分への一閃。赤黒い体液がばっと舞い散り、ひび割れたアスファルトを染めた。
「⬛︎⬛︎⬛︎!!」
流石に看過できなかったのか、C型ファイントが身をよじる――かと思えば、今度はその全身から突起物が隆起する。
何をするのかと怪訝に思った直後、その突起物の先端から、途方もない数の弾丸がばら撒かれ始めた。
「うわわわ?!」
さながら戦艦の対空砲台がごとく放たれる弾丸の雨が、至近距離にいたスイを容赦なく襲う。
流石の軌道でダメージを負わずに離脱してみせたものの、それはとりもなおさず、「スイほどの鎧装機兵でも懐を取るのは難しい」ということに他ならなかった。
「――くそっ、アレでもこっち狙いかよ?!」
そして、スイを退けたC型ファイントは、何を考えているのか再び俺へと迫ってくる。
どんな習性が働いているかなど、知る由もない。今の俺にできることといえば、迫るC型ファイントが繰り出し続ける弾幕から逃れるために、全速力を出すことだけだった。
「く、そおぉッ!!」
機動推進器を遮二無二振り回し、飛来する弾丸の合間を縫う。
だが、C型ファイントの全身から生える、数えきれないほどの機銃が形成する弾幕の密度は、筆舌に尽くしがたい。直撃こそ避けているが、至近を掠める数十発の弾丸は、俺の躯体に、鎧装に、確実なダメージを与え続けていた。
《くぅっ……ごめん、チヒロちゃん! 気を引きたいのに、わたしも近づけない……!》
回避行動の合間、スイからそんな無線が飛んでくる。
スイもまた、近距離戦闘用の武器しか持ち合わせていない上に、この弾幕を切り抜けて懐へ飛び込めというのも無茶な注文だ。
援護を望めないのも、仕方ないこと。だがその事実は、確かな焦燥感となって俺の心にのしかかっていた。
(どうする、考えろ! このままじゃジリ貧だ!)
焦る心のまま、必死に思考を巡らせる。
それが、悪手だったことにも気づかずに。
ヂッ! という、何かが当たる音。直後、ぐらりと体勢が揺らぐ。
「うわっ!?」
機動推進器を掠めた弾幕が、推進器の向きを狂わせた。
その事実を理解するのとほぼ同時に、俺の視界の端を、まばゆいオレンジ色が焼く。
マズイ、と声に出すよりも早く、とっさの判断で機動推進器を全力噴射。
――しかし、その場を離脱するよりも早く、全身を重い衝撃が叩いた。
熱を連れてやってくる、腹の底を揺るがすような爆発音。
気づけば俺は、抵抗もできず中空へ吹き飛ばされていた。
「うぁ――――がッ?!」
叫び声を上げるよりも早く、俺は地面へ叩きつけられる。
したたかにもたらされる衝撃は、外的な破損こそもたらさなかったものの、躯体の内側へ少なくないダメージを与えたらしい。起きあがろうとする俺の意思に反して、躯体の芯を痺れさせるような鈍痛が、俺の身体を地面に縫い付けていた。
「く、そッ……!!」
立ちあがろうともがく俺のすぐ手前で、重く響く足音が止まる。
なんとか顔を上げたその先にあったのは、C型ファイントの光点の群れが、こちらを睥睨する光景。
――そしてその下、C型ファイントの口腔で、凝縮された光と熱が、オレンジ色に輝いていた。
(ヤバい……ッ?!)
この時代で初めて目を覚ましたあの日、直面した危機に感じたあの感覚が、冷たく全身を駆け巡る。
今あれを喰らえば、間違いなく命はない。
そう理解しているのに、俺の躯体は言うことを聞いてくれない。
すなわち、待ち受けるのは死。
覆しようのない光景が、動く。
大きく開け放たれたC型ファイントの口から、光と熱の塊が撃ち出される。
迫る光。
肌を焼く熱波。
――けれど、それが俺を捉えることはなかった。
なぜか。
それは、そこに割り込んだ影があったから。
なぜか。
それは、身を挺して俺を庇う、スイの姿があったから。
なぜか。
それは――炸裂する火球と共に、目の前に立ち塞がる少女が、爆ぜたから。




