第30話 共同探査任務
ブリーフィングを終えた俺たちは、いつものように出撃の支度を整え、いつものように輸送機へ乗り込み、いつものように予定のポイントへと移動する。
いつもと違うことといえば、今回は複数の班が同時に輸送機へ乗り込んでいるということ。そして、そこに普段にも増して並々ならない緊張感が漂っているということだろう。
なにせ今回実施される共同探査任務は、他の鎧装機兵たちが口々に「珍しい」とこぼすほどに特殊な事例なのだ。
まして、その内容は「正体不明の敵性存在の捜索」というもの。どんな敵が、どんな可能性が待ち構えているのかもわからないとなれば、輸送機内を肌を刺すような緊張感が支配するのも、無理からぬことだと言えた。
「……よし、全機揃っているな。では、現時刻をもって作戦を開始する」
しばらくののち、俺たち鎧装機兵を乗せた輸送機は、あらかじめ指定されたポイントの上空で静止する。
「班分けと担当区域は事前の取り決め通り。切り上げ予定時刻は追って連絡する。……今回の相手は未知の敵性存在であり、その正体も内実も一切が不明の相手だ。どんな些細な違和感であったとしても、それが情報の手がかりになると思ってかかるように」
現場指揮を取る鎧装機兵の言葉に、俺を含めた鎧装機兵は各々頷き、次々と輸送機の乗り込み口から身を躍らせていく。
「よし、行こっか」
「ああ」
隣に立ったスイに促されるまま、俺も輸送機から出撃。
数秒の自由落下の後、巡航出力へ切り替えた機動推進器に火を灯し、廃都市を眼科に飛行を始めた。
*
「……っと。第六班、両機とも指定ポイントへ到達。行動を開始します」
廃都市の外れにほど近いポイントまで移動した俺たちは、推進エネルギーの節約のために一度地上へ着地。事前の打ち合わせ通り、徒歩での偵察を開始した。
周囲には、俺が目を覚ましたあの場所――背の高いビルが立ち並ぶ都会じみた光景とは違い、背の低い建築物や戸建て住宅の廃屋が立ち並んでいる。
おそらく住宅街だったのであろうそこは、他の地域と同じように朽ち果てていて、かつての営みは見る影もない。吹き荒ぶ風の鳴き声と、それに撒き立てられる砂埃だけが、この場で存在感を表す全てだった。
「……なぁ、スイ。スイ的には、相手はどんな奴だと思う?」
物悲しさを感じる光景の中に視線を走らせながら、俺はなんとなしにスイへと問いかける。
「んー、難しいなぁ。壊れたプローブの実物は見たけど、破壊痕的には大型ファイントの攻撃なのは間違いなさそうな感じだったかな? でも、一部位だけ大きくなったA型ファイントの可能性も否定できないのが困りものなんだよねー」
「一部位だけって、そういうのもいるのか?」
「うん、いるよー。定義的には〈特殊個体〉って扱いになって、普通のA型よりも強くて危険だから、見つけ次第討伐すべし、って感じの相手だね」
「なるほど……なんにせよ、今回の相手はそういう『やっかいな奴』の可能性が高いってことか」
「そうなるねー。どんな相手かは未知数だけど、少なくともあれだけの攻撃ができるってことは頭に入れておいたほうがいいね」
スイのアドバイスに了解の首肯を返しながら、俺は再び周辺へと視線を向ける。
周囲にあるのは、やはり朽ちた廃屋の群れだけ。風の音と、俺たちの鎧装が打ち鳴らす駆動音以外に聞こえてくるもののない世界は、しかしどこか言い知れない緊張感を孕んでいるような、そんな気がした。
*
「……ん?」
探索を始めてから、一時間と少し程度の時間が経過したころ。
依然として歩みを進めていたその時、なにか言いようのない「違和感」が引っかかったような気がして、俺は思わず声を漏らした。
「どしたの?」
「いや……なんか、変な違和感みたいなのを感じたんだけど……」
不思議そうに首を傾げるスイにそう返しながら、俺は周囲を注意深く見渡す。
だが、やはりそこにあるのは廃屋の群れと、吹き荒ぶ砂埃混じりの風だけ。異変など何事もないぞ、と無言のままに主張してくるかの如く、変わり映えのない風景が――
そう思った矢先、再び俺の知覚を「何か」の気配が撫でる。
「……何かいる」
気配の出所は、ようとして知れない。だがそれでも、この場に何かがいる。
拡張背嚢に吊るした大剣の柄へ手をかけ、隣のスイへ注意を促せば、スイはよどみの無い動作で取り出した刀に手をかけ、臨戦体勢を取ってみせた。
「チヒロちゃん、どんな気配だった?」
「わからない。ただ、そこまで遠くもないし、どこかに身を潜めてるって感じでもなかった気がする」
「なら……M型ファイントがステルス機能を働かせてる、って考えるのが妥当かな? とにかく、どこから来るかわからないから、警戒だね」
スイの分析とアドバイスに、首肯だけを返して警戒態勢へ戻る。
あちらこちらへ視線を巡らせるが、やはり気にかかるものは見当たらない。だが、そんな異常のない光景とは裏腹に、俺の意識の片隅には、ざらつくような嫌な気配が常に付き纏っていた。
一度この場を退き、応援を呼ぶべきだろうか。
そんなことを考え、スイにその旨を伝えようとした――その瞬間。
「後ろ!!」
当のスイから発される、鋭い声。
反射的に振り返り、とっさに大剣の腹を掲げると。
ほぼ同じタイミングで降り注いだ強烈な「衝撃」が、俺の身体を軽々と吹き飛ばした。
「ぐ、ぉあッ!!?」
遅れて知覚する、攻撃を受けたという実感。
反射的に機動推進器を吹かし、空中で体勢を立て直してから、滑りながら着地する。
直後、膝をついた俺の真横に、ズガッ! という重々しい音を立てて、大剣の切っ先が突き立つ。
――そこでようやく、俺は自分の手から大剣がすっぽ抜けていたことに気がついた。
「そこッ!!」
直後、スイの雄叫びが鋭く響き、剣戟が空気を切り裂く。
切っ先が駆け抜けたのは、一見すれば何も存在しない空間。――だが、中空に刻まれた閃きは、その場にあるはずのない「何か」を捉え、確かな一撃となってその場を揺るがした。
「⬛︎⬛︎⬛︎……」
そうして聞こえてきたのは、怖気の走るような、この世ならざる呻き声のような音。
ついで、スイが切りつけた空間が、ぐにゃりと形を変える。
不自然な形に歪んだ空間は、やがて歪んだ端から形を形成。つい数刻前まで存在していなかったはずの何かが、その場へと影を落とす。
「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎ーー!!」
やがて現れたのは――異形。
機械的に発光する眼孔と、隆々とした生物的な体格。
太く鋭く発達した象牙色の巨大な爪と、光の膜を明滅させる機械仕掛けの大きな翼。
相反する要素をいびつに混ぜ合わせ、竜の如き巨躯としてまとめ上げたような。
そんな、生物とも機械とも取れない異形が、俺たちの前で、その姿を現してみせた。




