第29話 マザーの招集
《鎧装機兵の皆さんへお知らせします。本日の任務を割り当てられていた鎧装機兵への新たな通達がありますので、10時までに『大会議室』へ集合してください。繰り返します……》
街の人々と交流を重ねた配達業務から、数日が経ったある日。
今日も今日とて任務へ赴こうとしたその矢先、頭上から降ってきた声に、俺は思わず足を止めることになった。
「……新しい通達? なんだろ」
何か知っているだろうかと、同室で支度を整えていたスイに視線を向ける。
だが、当のスイもきょとんとした表情で天井付近のスピーカーを見上げていて、何も知らないであろうことはすぐに察せられた。
「なんだろうねー? 緊急事態にしては切羽詰まってなかったし、このパターンはわたしも初めてかも?」
「つまり、緊急事態のパターンは知ってるんだな……まぁともかく、大会議室だっけ。まだ時間に余裕はあるけど、早めに行っとくか」
「だねー。聞きやすい席を確保しておこっか」
なんだか映画鑑賞の時みたいなことを言うスイに苦笑を漏らしながら、俺たちは連れ立って部屋を出る。
(……よくないことの前触れ、じゃなければ良いけど)
胸中でこぼした独り言には、どこか言い知れない寒気が混じっているような、そんな気がした。
*
「……これで全員ですね。では、これより臨時集会を行います」
大学の講義室にも似た部屋へ集まった俺たちの姿を見渡して、躯体姿のマザーがそう切り出す。
「今回集まっていただいたみなさんにはそれぞれ任務を割り当てていたのは、周知の通りです。ですが今回、諸般の事情により予定していた作戦行動を全て中断。稼働予定だった全機を投入しての『探査任務』を実行することを決定いたしました」
きっぱりと言い切るマザーに、周囲でいくらかのどよめきが漏れる。
俺自身はここで働き始めてまだ日も浅いが、その短い間でも「土壇場で任務内容を変更する」なんてことはなかったはずだ。周囲の反応からしても、珍しい事態であることは明白だった。
「ここ一週間の間、A型ファイントの出現数が平均を遥かに上回っているという報告が上がり続けています。単に出現数が増えただけ、というわけではなく、過去の記録と照らし合わせても、今回の遭遇率は異常な数値となっていることを確認済みです」
そう説明するマザーの背後にある大型モニタに、何体かの見知ったファイントの画像を組み込んだグラフ表が投影される。
過去のデータを参照して作られたであろうグラフは、素人の俺から見ても明らかにおかしな跳ね上がり方を見せていた。
「加えて、この件を受けて行われた先行偵察において、外界に設置していたいくつかのプローブが、不明な要因によって破壊されているのも観測しました。痕跡から見るに、これらはいずれも天災ではなく、何者かによって故意に破壊された確率が高いという結論に至っています」
続けて表示された画像の内容に、思わずうめき声が漏れる。
画像に写っていたのは、俺の初陣で任務の対象にしていた採掘プローブ、その同型モデル……と思しきもの。
なぜ同型と断定しないのかと言うと、件の採掘プローブが、原型を留めないレベルで著しく損壊させられているからだ。見るも無惨にひしゃげ、へし折られ、引き裂かれたその様相からは、自然界とは明らかに出自を異とする「悪意」、あるいは「害意」とでも呼べるものが、まざまざと感じ取れた。
「以上の二点を踏まえて協議を行い、これらの主犯と見られる『何かしらの脅威』の存在を突き止め、対策を行うことが急務である、という方針で結論が出ました。その対策こそが、ここに皆さんを招請した理由となります」
マザーが一度話を区切ると同時に、モニタから破壊痕の写真やグラフが撤去される。
代わりに映し出されたのは、このコロニー周辺の地図だ。細かい地形まで精緻に書き起こされたその上には、先の異変が観測された場所と思しきマーカーがいくつか立てられているのが見てとれた。
「皆さんには当該区域を巡視し、脅威対象の正体解明、並びに確実な情報の持ち帰りを行なっていただきます。対象がいかなる姿を持ち、いかなる力を有しているかは依然として不明であるため、2〜3機編成の小規模な分隊を分散させて展開し、広範にわたって探査してもらうことが、今回の任務の目的となります」
一息をおいて、さらにマザーが続ける。
「今回の目的はあくまでも情報の獲得であり、対象の討伐ではありません。必要ならば交戦も許可しますが、くれぐれも最優先目標を取り違えないようにお願いします。……以上、何か質問のある者はいますか?」
会議室をぐるりと見回し、追加の質問がないことを確認したマザーが、神妙な面持ちで頷く。
「では、割り当てられた分隊ごとに別れて、準備の完了した機兵から順次出撃をお願いします。各自解散してください」
そう告げたマザーが隣の椅子へ着席し、瞼を閉じて動かなくなったことを確認すると、周囲はにわかに騒がしくなり始めた。
珍しいこともあるんだね、と口々に言い合い、出撃のために退室していく鎧装機兵たち。
意外そうな様子を見せてはいたが、彼女らは皆一様に表情を引き締めて、待ち受ける任務を全うせんという意思を垣間見せていた。
「チヒロちゃん、わたしたちも行こ?」
そんな様子を眺めていたところに、隣で座っていたスイの声が降ってくる。
振り返って見やった表情はいつも通りの柔和なものだったが、そこには確かな緊張感が宿っていた。
「ああ。……俺たちの担当は、グリッドD-33だったっけ」
「そうだよー。今日は久しぶりにツーマンセルだね〜」
「言われてみれば、確かに二人きりは久しぶりだな。よろしく頼むよ、スイ」
「こちらこそ〜」
差し出した拳をこつんとぶつけ合いながら、俺たちも出撃の準備を整えるべく、大会議室を後にした。




