第17話 訓練を終えて
「はあぁ〜……あー、疲れたぁ」
工業区画の入り口にほど近い、商業区画のひらけたスペース。
いくつかのベンチが設置された休憩所のような場所で、ベンチに腰掛けた俺は大きなため息をついた。
「お疲れ様だねー。これであらかたの準備は完了ってところかな?」
「だなぁ。……というか、そういえばまだ準備の段階なんだったっけ。忘れてたよ」
今日だけでいろんなことが起きたが、今日の出来事はほとんどが「これからを生きるための前準備」だったのだ。いかにも終わった感を出していたが、実際にはむしろこれからが本番なのである。
「……今更な話だけど、ちょっと不安だな。勢い任せで鎧装機兵になるって宣言したけど、上手く働けるかは全然わからないし」
「んー、大丈夫だと思うよ? 実戦でどうなるかはわからないけど、適性テストは問題なくパスできてるからね」
ふと胸に燻った不安をポツリと漏らすと、おとがいに手を当てたスイがそう返してくる。
「それに、初めからなんでも上手くできるヒトなんてそうそういないからねー。あんまり気負わず、程よく肩の力を抜いて行けばいいんじゃないかな?」
「んまぁ、言われてみればそれもそうか……うん、そうするよ」
スイの助言に頷いて、両肩をぐるりと回す。
機械の身体に疲労は蓄積しないが、こうすればなんとなく、凝り固まったなにかがほぐれるような、そんな気がした。
「……ん?」
その時、スイが突然驚いたように声を上げる。
「どした?」
「あ、ごめんね。通信が来たから、ちょっと出てくる」
そう断って、スイは視線を逸らして耳に手を当てる。
いくばくかの間の後、俺には聞こえない声へ向けて応答を開始。二言三言と言葉を交わしたかと思うと、にこにこと笑いながら機嫌良さげに返事をし、ほどなくして通信を切る。
時間にしてみれば、わずか2分にも満たない通話だった。
「あれ、終わったのか? ずいぶん短かった気がするけど」
「うん、そんなに長々話すことでもなかったからねー。申請してた許可が通ったよーってだけの連絡だったから」
「あぁ、なら納得だ。……ちなみに、なんの申請をしてたんだ?」
ふと気になって何気なく追求してみると――対面のスイは「待ってました!」と言わんばかりに目を輝かせる。
「実はねー、チヒロちゃんの住むところを申請してたんだ!」
「俺の? あぁ、まぁ確かに、ここに定住することになったなら、いつまでも病室を間借りしてるわけにもいかないからな。……でも、なんでスイが?」
「ふふ、簡単な話だよー」
そこで一呼吸を置いたのち――
「これからチヒロちゃんは――わたしが住んでる部屋に住んでもらうことになるんだからね!」
スイの口からは、衝撃的なカミングアウトが放たれた。
「…………は? え?」
言葉の意味を受け止めかねた俺の口から、実に間抜けな声が漏れる。
対するスイは、サプライズを成功させられたのが嬉しかったのか、どこか小悪魔じみたいたずらっぽい笑みを浮かべて、こちらを見つめていた。
「え、えーっと……今のは、言葉通りの意味でとらえていい、のか?」
「もちろん、言葉通りの意味だよー。今日からチヒロちゃんは、わたしと相部屋になるんだー」
「マジかよ……っていうか、なんでまた急にそんな話に?」
困惑のままにそう聞くと、スイはぴっと人差し指を立てながら説明する。
「わたしたち鎧装機兵は、基本的に軍事区画の居住施設に住んでるの。で、その施設は基本的に二人一組の相部屋で使われてるんだけど、ちょうどわたしの部屋はわたししか使ってなかったんだ。だから、丁度いいねって話になって、チヒロちゃんにも住んでもらうことになったんだよー」
「あぁ、そういうことか。急に相部屋の話が降ってきたから、ちょっとビックリしたよ」
いったいどういう風の吹き回しなのかと勘繰ってしまったが、他の面々も同じように暮らしているというなら、不思議な話というわけでもないようだ。あまりに突然のカミングアウト過ぎて、思考が上手く回っていなかったらしい。
「それに……これは裏話だけど、チヒロちゃんが他の人に言えない秘密を抱えてる以上、第一発見者のわたしが近くに付いている方がリスクも減らせるって、マザーは考えてるみたいだよ。ついでに監視もしやすいから、一石二鳥って感じなんじゃないかな?」
「その話は俺に回してよかったのか……?」
まぁ、マザーの思惑はこちらとしても理解できる。
なにせ、このコロニーから見た俺は「死の大地である外からやってきた上に、なぜか鎧装機兵に近しい躯体を持つ人間」という、謎だらけの存在なのだ。いくら態度の上では友好的かつ強力的であったとしても、コロニー側からすればまだまだ信用に足らないのは、無理からぬ話だろう。
「……とりあえず、理由は理解した。でも、スイは良かったのか? 俺みたいな、どこの馬の骨とも知れない奴と一緒に住むなんて、ちょっと抵抗あったんじゃないのか?」
そう話を振ると――当の本人は、きょとんとした顔を見せたかと思うと、力の抜けた笑みを浮かべた。
「わたしは全然、むしろ大歓迎だよー。ずっと二人部屋を一人で使ってるの、ちょっと寂しかったからねー」
「まぁ、気持ちはわかるけど……こう、俺がスイに変なことするとかは考えないのか? ほら、俺男だぞ?」
「あー、そういえばそうだっけ。……でも、その姿で言われても、それはちょっとありえないなーとしか思えないなぁ」
「………………うん、そうだな。ごめん、忘れて」
苦笑交じりにそう告げられ、ぐうの音も出なくなった俺は、頭を抱えてはぁとため息をつく。
こうして普通に振舞っているとなんだか忘れてしまいがちだが、今の俺はスイと同じ少女の姿なのだ。目覚めてまだ3日も経っていないから無理もないとはいえ、もう少し意識して心を切り替えていく必要はあるのかもしれない。
「とにかく。スイがそう言ってくれるなら、ありがたくお邪魔させてもらおうかな。正直、一人で暮らすことを考えて気が重くなってたところもあったし、助けてくれると嬉しいな」
「うんうん、任せといて~。えへへ、ルームメイトなんて久しぶりだから、ちょっと緊張しちゃうね」
そういいつつ、スイは少し気恥しそうに頬をかく。
年相応の少女と遜色ないそんな仕草に、少しのときめきと微笑ましさを感じていると、スイは「そうだ!」と空気を切り替える。
「じゃあ、今から買い出しに行こうよ! 最低限の家具は支給してくれるけど、日用品とかクッションみたいな家具は商業区画で買わないといけないからねー」
「了解。……はいいけど、お金はどうするんだ? 俺、まだここで使う通貨とか貰ってないけど」
「そこは気にしなくていいよー。マザーが支度用にって〈チケット〉を渡してくれてるし、いざってときはわたしもいっぱい持ってるから」
「へぇ、チケット配給式なんだな。……でも、スイのチケットまで使うのさすがに申し訳ないよ」
「いやー、実はわたし、あんまりチケットを使う機会がなくってさ。どっさり貯まっちゃってるから、消費を手伝ってくれると嬉しいんだよねー。もし気になるなら、必要経費の前借りだと思えばいいんじゃないかな?」
「なるほど、前借りか……わかった、なら足りない時はありがたく使わせてもらうよ」
おっけー、とサムズアップを見せ、何を買うかと問いかけてくるスイにせっつかれるようにしながら、俺は商業区画の方へと歩を進めていった。




