第15話 機兵の鎧
《さて、気を取り直して始めよう。まずは、戦うための準備の仕方からだ》
仕切り直すヴィクターの声と同時に、俺の背後の床が音を立ててスライドし始める。
ついで、大口を開けた床の下から、これまた大掛かりな機材らしきものがせり上がって出現。上昇を終えると、大きな機材はさらに横へ展開され、プシュウと蒸気を吐き出した。
《それは、鎧装機兵たちが鎧装を装着する際に利用する〈ハンガーユニット〉だ。どんな任務にあたる際も、鎧装機兵はハンガーで装備を整えて出発し、帰ってきたらハンガーで装備を脱ぐ。あらゆる設備の中で一番多く運用することになるから、使い方をしっかり覚えといてね》
説明を聞きながら機材の中を覗き込んでみると、確かに人ひとりが入り込める空間があり、その周囲には空間を取り囲むように、別な機械――鎧装がセットされている。
鎧装はいくつかのパーツに分けられているが、これらが中心の空間へ押し込まれれば、それぞれのパーツが全身のいろいろな場所にぴたりと符合するであろうことが見てとれた。
《とりあえず、習うより慣れろだ。チヒロくん、中心の開けたスペースに、さっき向いていた方向を正面にする形で立ってくれ》
「わかりました」
促されるまま、ハンガーユニットの中へ入り込み、身体の向きを整える。
――すると、俺の背中、肩甲骨の少し下めがけて、何かの機械がぴたりと密着。
さらにその直後、ぞわりとなにかが駆け上がってくる感覚。思わず見開いた俺の視界に、ノイズのように細かい無数の文字列が浮かび上がった。
《鎧装接続用ドライバ、インストール……完了。鎧装コントロール用のデータの同期完了。各基礎設定はプリセット状態を維持》
形容しがたい奇妙な感覚に声も出せず困惑している間に、ヴィクターの淡々としたオペレーションがスピーカー越しに続いていく。
《接続シーケンス、全て不備なし。ユニット1から5、全て接続》
ヴィクターの口頭指示に従うように、ハンガーユニットの各部が可動。
まるで俺を拘束するように稼働したハンガーユニットは、対応する箇所にセットされていた鎧装を、さながら模型のパーツを取り付けるように、俺の躯体の各所へと組み付けていく。
両の脚には、如何にも機械然とした、膝上までを覆う脚部装甲。
腰の部分には、小さな翼のようなシルエットを持つ、二枚一対の推進器。
背中には、まるでもう一対の腕を設けるように接続ソケットが配された、大型の背嚢。
そして頭部には、両耳部分に通信用と思しき大きなブレード状のアンテナを備えたヘッドギア。
鎧装が接続されていくたび、俺の感覚野に奇妙な感覚が走っては消えていき、それに連動していろいろな文字列が視界を駆け抜けていく。
生身ではまず経験しえないであろう不思議な体験に翻弄されていると、やがて目の前に〈All System completeed.〉という文字が、青緑色に光りながら出現。
それが消失すると、鎧装をハンガーに留めていた各所のロックが一斉に外れ、不意に身体の自由が取り戻された。
「っ、とと……?」
前のめりにバランスを崩し、とっさにバランスをとったところで、ふと違和感を覚える。
今の俺は、全身を機械装甲で仰々しく武装しているので、バランスをとるだけでもひと苦労なはず。だというのに、今の俺は、まるで現状が自然なものであるかのように、ごく普通にバランスを取り、直立することができるのだ。
《全鎧装の正常稼働を確認。チヒロ君、そっちはうまく動けてるかい?》
「あ、はい。なんというか、違和感がないことに違和感があるくらいです」
《けっこう。感覚野の同期も良好なようだね》
満足そうなヴィクターの声に続いて、目の前に半透明のホロウィンドウが現れる。
中空に浮かぶ光の板の中には、鎧装を纏った機兵の簡略図と、それぞれの部位に付随する説明書きのようなものが書き記されていた。
《鎧装機兵が纏う鎧装は、大きく分けて4つの部位から構成されている。今君の目に投影している説明に合わせてざっくり説明するから、一通り目を通して覚えておいてくれ》
ヴィクターの声に従って、眼前のホロウィンドウへ目を通す。
足回りに装着されているのが、不整地の影響軽減と機動性増強を兼ねた〈脚装外殻〉。
基本はヒトと同じ二脚型だが、戦場の地形や機兵たち個々人の趣向に合わせて、獣脚型や四脚型などいろいろなバリエーションが用意されているらしい。
……説明用に画像も添付されているのだが、「膝から下が四つ脚の異形になった女の子」という絵面は、なんというか心理的な抵抗が強かった。
腰裏から伸びるように装着されているのが、フレキシブルに稼働する推進機関を搭載した〈機動推進器〉。
鎧装機兵の機動力を司る部分であり、これを用いることで高速機動や大ジャンプなど、生身の生物には不可能なマニューバを可能とするようだ。
推進剤の炎を翼のように広げた添付画像は、機械仕掛けなのにどこか神秘的な光景だった。
背中に背負うように取り付けられているのが、複数の拡張スロットを備えた〈拡張背嚢〉。
手で持てないような大型の装備やコンテナを取り付けるためのものであり、役割は地味だが鎧装機兵になくてはならない装備だ。
画像によれば、戦車砲ほどの巨大なキャノンを背負うこともできるらしい。使い道次第ではかなり便利な代物のようだ。
そして、頭にかぶさっているのが、電装系の制御と頭部の保護を兼ねた〈装甲頭冠〉。
これを機兵たちの電子頭脳に同期させることで、鎧装や武装の複雑な制御が可能となるという。
「鎧装機兵にとっての第二の心臓」と言っても過言ではない……という、説明書き内の注釈が印象的だった。
《……とまぁ、大雑把にはこんな感じだ。鎧装機兵は、原則その四部位をワンセットで装着することになるから、覚えておくように》
そうヴィクターが締めくくると、不意に訓練場の各所で床や壁がスライド展開を始める。
開いた床や壁の中からは、1m四方の大きなスイッチや固定式の機関砲、あるいは身の丈を優に超える大きさのバリケードに射撃用のターゲットなど、訓練用と思しき多種多様な設備が次々と姿を現していった。
次いで、俺の背後でまた別の稼働音が響く。
振り返ってみれば、その場にあったハンガーユニットが床下へ引っ込み、かわりに大きなコンテナ状の設備が出現。左右にスライドして開かれた中からは、無数の銃や剣が立てかけられた武器棚が展開された。
《さて、説明はこれくらいにして、実践訓練に移ろうか。まずは鎧装によるマニューバ訓練、その次は君がもっとも扱いやすい武器の選定を行うよ》
「選定、ですか?」
《ああ。人間と同じように、機兵にも扱いの得手不得手がある。君がどの距離での戦いを得意としているか、あるいはどの武器の扱いに長けているかは、まだ未知数だからね。実戦形式でテストするんだ》
なるほど確かに、俺自身が得意とする武器はどれかと聞かれても、現状ではイマイチピンとこない。一通り試せるというのは、実にありがたい話だ。
《マニューバ訓練に加えて、武器もあれこれ試してもらうから、長丁場になると思う。躯体はともかく、心の疲労はヒトと変わらないから、重労働になるかもしれないけど……》
「大丈夫です。頑張ります!」
《うん、いい返事だ。じゃあ、準備ができたら始めるよ》
「はい!」
力強く答えを返した俺は、慣れない鎧装の感覚に違和感を覚えつつも、臨戦態勢を取ってみせた。




