第14話 コロニー
「おっ、スイちゃんじゃないか! 久しぶりに帰ってきたんだな!」
「しばらく顔を見なかったから、ちょっと心配してたんじゃが……その顔ぶりだと、なんともなかったようじゃな。よかったよかった」
「スイねーちゃんだ! こんにちは!」
「こんにちは、しばらくぶりね。……そちらの方は新しい鎧装機兵さんかしら?」
「ねーちゃんも機兵なの?! すげー!」
「ハーイ、そこのかわいい機兵さんたち! よければウチの新しい服の宣材になってくれないかしら?」
「新しい機兵さん……スイ嬢とはまた違うベクトルの美少女……いい素材になりそう……うふふふ……」
商業区画を通り抜ける道すがら、いろいろな人から声がかかる。
街行く人々は老若男女も人種もさまざまだったが、彼ら彼女らが俺たちに向ける眼差しは、どれもこちらを「親しむべき存在」として認識しているのが印象的だった。
「……鎧装機兵って、思ってたよりも親しまれてるんだな」
「そうだねぇ。まあ、中にはあんまりよく思ってない人もいるみたいだけど、そういう人とは基本出会わないと思うから、心配しなくていいよー」
やはりというか、万人に受け入れられる存在というわけではないらしい。
まぁ、姿形こそ人間のそれであったとしても、種族的に定義すれば機兵と人間は根本からして異なる存在なのだ。生理的に受け付けない人間がいたとしても、不思議ではないだろう。
*
なおもかけられる声に返答し、時には自己紹介を返し、危うく店の中に引き摺り込まれそうなところを脱出したりしながら、俺とスイは工業区画へと歩を進める。
賑わう繁華街と打って変わって、物々しい雰囲気の建築物が見下ろす中を進んでいくと、やがて目の前には少し雰囲気の違う建物が現れた。
「ここが〈工房〉だよー。これからチヒロちゃんもよくお世話になりに来ると思うから、道順はちゃんと覚えておいてね」
その建物の印象を一言で表すなら「なぜか工場地帯に建造された市民体育館」とでもいうべきだろうか。
初めて見るはずなのに、半円形の屋根が特徴的なそのシルエットは、不思議な既視感を覚えさせる。角ばった造形が建ち並ぶエリアの中にぽつんと建っていることもあってか、その造形はひときわ異彩を放っていた。
「なんていうか……変わった建物だな」
「確かに、周りと比べると異質かもねー。あの中には整備室の他にも実験場があるから、思いきり動けるように広い空間を確保してるんだよー」
なるほど、体育館のようだという感想はあながち間違ってもいなかったらしい。
一人納得しながら、俺はスイの先導に従い、体育館――もとい〈工房〉へと足を踏み入れた。
*
「……お、いらっしゃい。君がチヒロくんだね?」
扉を潜った先で、一人の男性が俺たちを出迎える。
着古してヨレヨレのツナギを羽織っており、厚いフレームの眼鏡の奥からは、隠しきれない濃い隈が覗いている。伸び放題な黒髪を雑にひとまとめにしたその容姿は、想像とは別ベクトルで存在感のあるものだった。
「は、初めまして。……ええと、あなたは?」
「おっと、これは失礼。僕は〈ヴィクター・スミス〉。この〈鎧装工房〉の当代代表、兼技術主任だ。よろしく」
軍手を外して差し出されたヴィクターの手を、恐る恐る握り返す。
ごつごつとふしくれだった手は思っていたよりも大きかったが、そこに込められた力は、想像よりもずっと優しいものだった。
「マザーから話は聞いてるよ。表向きには新しい鎧装機兵として就役する予定の、外からやってきた来訪者……まさか、僕の代でこんな面白いことが起きるなんてねぇ」
ついでヴィクターの口をついて出た、俺の素性に関する話題に、思わず目を見開く。
「俺のこと、マザーから知らされてるんですか?」
「ある程度は、だけどね。まがりなりにも機兵たちが命を預ける得物を扱う立場上、僕には一般市民よりも高い情報開示権限が与えられているのさ」
ヴィクターの説明に、なるほどと納得の呟きがこぼれる。
鎧装機兵の装備を作るにあたって、機兵たち個人の身体能力を把握しておくのが彼の役割の一つだ……というのは、想像に難くない。それをふまえて考えれば、俺の正体についてある程度の情報が開示されているのも、不思議な話というわけではなかった。
「鎧装機兵とは出自を異とする存在。にも関わらず、多くの共通点を内包する謎の異邦人……。正直気になることは山のようにあるけれど、まずは本業に取り掛かるとしよう。さ、こっちに来ておくれ」
意味ありげにニヤリと笑みを浮かべつつ、ヴィクターは踵を返し、工房の奥へと歩を進めていく。
「わたしはオペレーター室から見学してるねー。チヒロちゃん、いろいろ試す分長丁場になると思うけど、頑張ってね」
「ああ、わかった。ありがと、スイ」
手をひらひらさせて別の方向へ歩いて行くスイの激励に感謝を返しながら、俺は一路、ヴィクターの後に続き工房の奥へと入っていった。
*
《さて。始めようかチヒロくん。まずは――》
「あ、あの! その前に、一つだけいいですか?」
打ちっぱなしのコンクリート壁で造られた、戦闘訓練用の巨大な空間の中。
スピーカー越しに投げかけられてくるヴィクターの声を、俺は我慢できずに遮った。
《ん、何か気になることでも?》
「何か、というか……コレです、コレ」
内向きに指された自分の指が示しているのは、俺が現在身に纏っている衣装だ。
……いや、これを「衣装」と表現していいのかは正直わからない。
なにせ、今俺が身に纏っているのは、全身にぴったりと密着するようなボディスーツなのだ。
パッと身の印象はウェットスーツに近しいものの、全身の素材が統一されているあちらとは違い、こちらはそれよりも薄く柔らかい生地が使われているうえに、どういうわけか一部の生地が半透明なものになっている。
ぴっちり密着する構造の都合上、胸やら腰やら全身のボディラインが露骨に確認できてしまうせいで、全身を防備しているはずなのに、妙な気恥ずかしさを覚えて仕方ないのだ。
「コレ、本当に着たままやらなくちゃダメですか? 動きやすいのはわかるんですけど、もっとこう、がっしりした感じのやつがいいんですけど……」
外気すら感じられるほどにフィットしたそれがどうにも落ち着かずもそもそしていると、スピーカーの向こうからヴィクターの笑い声が聞こえてくる。
《恥ずかしいのはわかるけど、テストにあたっては必要なものなんだよ。――鎧装機兵が着るスーツは、単なる衣装というわけではなく、鎧装を装着するための接続規格であり、それ自体が鎧装の一部だ。実戦では個々人の好みに合わせたものが支給されるけれども、今回のようなテストをする際には、基本的な動作や機能を検証するために、単純性と柔軟性が必要になるんだよ》
「単純性と柔軟性……?」
おうむ返しに聞き返すと、ヴィクターは楽しそうに説明を続ける。
《ああ。戦闘用スーツに装甲を設けた場合、それに応じて可動域に支障が出ることも少なくないし、それが鎧装側のセンサーに悪影響を及ぼして、データに余計なノイズが混じる可能性もゼロではない。今回のようなテストではなるべくフラットなデータが必要になるから、できる限り干渉が避けられる、素体の状態でデータを取るのが理想なんだ》
「な、なるほど……」
きわめてよどみなく、理路整然と繰り出される説明に、反論の言葉を失ってしまう。
……確かに、ヴィクターの言っていることは正しいのだろう。
だが、理論の正しさと感情面に関しては、全くの別問題だ。理屈を説明されて、そういうわけだから恥ずかしがる必要はないよ、なんて言われても、納得はできないのである。
《それに、僕ら技術者が興味を持つのは君の躯体が示す数値であって、君の女の子としての身体じゃないからね。君の気持ちはわからなくもないけど、ここには外部の目も無いんだ。そうまで恥ずかしがる必要はないよ》
「そんなこと言われても落ち着かないのは落ち着かないんですよ……!」
サラッと言ってのけるヴィクターに抗議の声を上げるが、その声色はどうにも情けない。
それが笑いのツボを刺激したのか、スピーカーからはヴィクターの愉快そうな笑い声が聞こえてきた。
《ま、それを着るのは今回のようなテストの時だけだ。貴重な機会と思って、楽しむくらいの気持ちでいればいいんじゃないかな》
「……はぁ、わかりましたよ。そう思って納得しときます」
……なんだかうまく言いくるめられてしまった気もするが、ここで押し問答していてもテストが進まないし、これを脱ぐこともできないのだ。
しぶしぶ意見を折った俺は、腹をくくることに決めて、諦め混じりに大きく息を吐いた。




