第11話 初めての朝
リリリリ、と鳴り響く控えめな電子音が、「俺」の耳を叩く。
ゆっくりと蘇ってくる五感へ伝わってくるのは、暖かく、そして柔らかな寝床の質感。
「ん……」
起き抜けのせいか、いやに甲高く漏れた自分の声を合図にして、重たい瞼をこじ開ける。
開けた視界の先にあったのは、見知らぬ光景――ではなく、見たことのあるような病室の天井だった。
「……んん……?」
ぼんやりとした頭で、昨夜の出来事を反芻する。
目覚め、驚愕、そして驚愕。出会い、また出会い、たどり着き、そこで抱いたひとつの決意。
――そうだ。俺は今、滅びた未来の世界にいる。
そしてここは、人類最後の生存圏。〈コロニー〉と呼ばれるここで、俺は昨夜、人類を守るためのヒトならざる戦士――〈鎧装機兵〉として戦うことになったのだ。
「ん……ふあぁあ……」
のそりと上体を起こして、あくび混じりに身体を伸ばす。
妙に艶っぽく聞こえる自分の声に違和感を覚えつつも、顔を洗おうと手近にあった洗面台へ向かい――そこで、俺はぴしりと硬直した。
鏡の中に、見知らぬ少女が映りこんでいる。
否、ただ映りこんでいるだけではない。鏡面の中に立つ少女は、「俺と全く同じ体勢で固まっている」のだ。
白に近い金色の長髪は寝癖でぐしゃぐしゃになっていて、深い赤色の瞳は眠そうにぼやけているが、その容姿は眉目秀麗にして可憐だ。世が世なら、マスメディアが黙っていないだろう。
……いや、見惚れてる場合じゃない。この鏡に映る少女は一体何者なのか――というところまで考えて、ふとそれが「今の自分」であることを思い出すことができた。
「……慣れないなぁ、やっぱ」
苦々しく呟くと、鏡の中の少女もまた、眉を八の字にして苦笑を浮かべる。
昨日の今日で慣れろという方に無理があるのは当然なのだが、それでもかつての俺と何ひとつ符合しないこの容姿は、どうにも慣れられるような気がしなかった。
――そんなことを考えていると、ふいにノックの音が響く。
『おはようございま~す。チヒロちゃーん、起きてますかー?』
扉の向こうから聞こえてくるのは、つい昨日も同じような感じで聞いた覚えのある声。
呼びかけに応じて扉を開いてみると、そこにはやはり、つややかな銀髪で片目を隠した少女――ことスイが立っていた。
「おはよう、スイ。こんな時間からどうしたんだ?」
「マザーからのお達しだよ~。チヒロちゃんを『鎧装機兵』用のメンテナンスルームへ案内するついでに、いろいろ不慣れだろうから手伝ってあげてってさ」
そう告げるや否や、スイは両手を伸ばして、俺の両肩をがっちりホールド。
そのままくるりと身体を反転させられると、背中へ添え直されたスイの手にぐいぐいと押され、俺は強制的に室内へ移動させられる。
「ほらほら、ちゃんと身だしなみ整えるよー。これから手術するっていっても、そんなもさもさのふにゃふにゃで外に出るのは良くないことだからねー?」
スイに促されるまま、俺は先ほど後にしたはずの洗面台の前まで移動させられる。
「あー……なんかごめんな、こんなことまで手伝わせちゃって」
「んーん、気にしないで。やりたいって言ったのはわたしだから。……さ、とりあえずは髪の毛梳かすよー。ちゃんとやり方覚えてね?」
「え? いや、寝ぐせくらい自分で直せるって」
「だめだめ。男の人は手櫛で梳くだけでも問題ないんだろうけど、今のチヒロちゃんは女の子なんだからねー。せっかく綺麗な髪なんだし、綺麗に整えてあげないと」
スイからそう言い含められ、なんともむずがゆい気持ちになる。
――確かに、今の俺は外見だけなら少女そのものだ。だが、そこに宿る精神は現代で平凡に生きてきた男のそれであり、こうしてナチュラルに女性扱いされると、どうしても落ち着かない気分になってしまうのだ。
「まぁ、チヒロちゃん的にはまだまだ慣れないだろうとは思うけどねー。いきなり順応しろ、とは言わないけど、ゆっくりでいいから慣れていった方がいいよ?」
慣れた手つきで俺の髪に櫛を通しながら、スイがそう促してくる。
そう。これから俺は「〈鎧装機兵〉という名の女の子」として生きていくことになる。となれば、こうした心身のギャップに悩む機会が山のように降りかかってくるのは、避けられない定めなのだ。
しかしそれは、俺自身が自ら選んだ道。謎を暴くために過去を捨てると決意したのが自分自身である以上、この状況にも自分自身の意思で順応していかなければならないのだ。
「……うん、頑張ってみるよ。たぶん、普通の女の子らしくとはいかないと思うけど」
「それでいいと思うよー。慣れることと元の自分を捨てることは違うからね。チヒロちゃんなりのやり方で、その身体とうまく付き合っていけばいいんじゃないかな」
のんびりした口調に似つかわしくない、どこか含蓄のある言い回し。鏡に映るあどけない少女の口から出た言葉とはとても思えなくて、つい苦笑が漏れてしまった。
「スイ、なんかお姉さんみたいだな」
「んふふ、そうかな? まー、これでもそれなりに長く稼働してる自覚はあるからね。少なくとも、この世界においてはわたしはチヒロちゃんのお姉ちゃんみたいなものだね~」
「はは、たしかに」
冗談めかしてひとしきり笑い合うと、髪を整え終わったスイが、ぽんと俺の肩を叩いてくる。
「そういうことだから、困ったときは遠慮せずわたしに頼ってくれていいからね。わたしにできることなら、力になってあげるから」
「……うん。ありがと、スイ」
ずいぶんとこちらを気にかけてくれるのは、彼女が生来有している気質なのだろうか。
少し気になるところではあるが、ここでそれを聞くのは野暮だろう。そう考えて、俺は素直な感謝の言葉を返すだけにとどめておいた。




