第10話 チヒロの選択
「何かあった時のために」と事前に渡されていた経路図を頼りに、俺はひたすら通路を進んでいく。
本来なら、これを使うのは明日以降、もっと別な用事が発生した時の予定だった。だが、脳裏に焼きついたひらめきにいてもたってもいられなくなってしまった俺は、訪ねてくれていたスイに断りを入れ、こうして逸る気持ちのままに突き進んでいるのである。
数分ほど歩き続けると、見覚えのある区画と、これまた見覚えのある観音扉が姿を現す。
ゆっくりと扉を開けば、その奥にあった人影が、まるで眠りから覚めるように顔を上げた。
「あら? チヒロさんでしたか。まだ充分な休息時間は取れていないと思うのですが……何か問題でもありましたか?」
祭壇が置かれるべき場所に誂えられた椅子の上で、人影――ことマザーの躯体が、驚いたようにこちらを見やる。よくない事態でも想定しているのか、その面持ちはどこか心配そうだ。
「突然ごめんなさい、マザー。問題は特に起きてないんですが、明日以降の話に関して、少し相談したいことができまして」
「なるほど、そうでしたか。……それで、その相談とはどういった内容でしょうか?」
安堵したように胸を撫で下ろすマザーへ、一呼吸を置いて再び口を開く。
「単刀直入に聞かせてください。――もしも俺が『鎧装機兵』になりたいと言ったら、それは可能ですか?」
俺の言葉を受けたマザーは、やはりというかその顔に驚きの表情を浮かべた。
「鎧装機兵に、ですか。……差し支えなければ、なぜそう思い至ったのか理由をお聞かせしてもらっても?」
数泊ののち、顎に手を当て考えるような仕草をとったマザーが、俺に向けてそう問いかけてくる。
当然と言えば当然の疑問だ。マザーからすれば、俺という人間は「保護すべき一般人」であり、鎧装機兵に助けられて命を永らえるような存在。それが突然自分も戦いたいと申し出てきたのだから、怪しむのは無理からぬことだろう。
「俺は、俺自身に起こった出来事の真相を知りたいと思ってます」
先ほどスイに向けて語ったものと同じ願いを、マザーにも語り聞かせる。
「最初はマザーたちに任せればいいと思ってたんですけど……さっき、訪ねてきてくれたスイと話をして、こう思ったんです。『もし俺にもそのための資質があるのなら、外の世界を自分の目で見て、自身の手で直接謎を解き明かしたい』って」
「そのために必要な力と立場のために、俺は鎧装機兵になりたいんです」
先刻、スイに向けて語った願いを、マザーにも語り聞かせる。
この躯体を得た理由。そして、この時代で目覚めることになった理由。それらを知り、己が身に降りかかった過去の真相を解き明かしたい。それこそが、今の俺の願いなのだ。
「鎧装機兵になれば、その資質と、力が手に入る。だから俺は、鎧装機兵になりたいって思ったんです」
そう締めくくって口を閉じる。
マザーはおとがいに手を添えて思案の姿勢を保っていたが、数泊の後、小さく頷いて見せた。
「ふむ……なるほど。あなたの考えはわかりました」
思案の姿勢を崩さないまま、マザーは言葉を続ける。
「最初の質問――鎧装機兵になれるかという質問への可否をお答えするのであれば、それはおそらく『はい』になるでしょう。あれから少しだけ解析も進めましたが、あなたの躯体は鎧装機兵の基礎設計とよく似ています。鎧装への適合能力を後付けで付与すれば、鎧装機兵化は充分に可能でしょう」
そう言いつつ、「ですが」とマザーはさらに言葉を重ねる。
「鎧装機兵となるための施術は、おそらく不可逆のものとなります。一度施したのであれば、今後あなたには一生を鎧装機兵として過ごしていただくということに他なりません。――平たく言うなら、鎧装機兵となるならば、あなたは元の姿へ戻る機会を永遠に放棄するということになります。それでも、本当によろしいのですね?」
マザーの口から告げられたのは、釘を刺してくるような――あるいは脅しにも似た忠告。
「それに、今すぐに答えを急がなくとも、このコロニーにはあなたに適した生き方を提供できる機会は残っています。あなたの言い分はよく理解していますが、最も危険の多い生き方を、あえて選ぶ必要はないのです。……それでも、鎧装機兵としての道を望むのですか?」
続くマザーの言葉は、先刻の取り決めをまとめる際、俺が口走った要望――「世話になりっぱなしは居心地が悪い」というものに基づいたものだ。
言われてみればたしかに、鎧装機兵として働くことになれば、他のどんな仕事に就くよりも高い貢献となるだろう。
だが、俺が機兵化を望むのは、もっと利己的な理由なのだ。
「ご忠告ありがとうございます。――けど、俺はそれでも鎧装機兵になりたいと思ってます。俺のこの躯体に秘められた謎を解明することを、人任せにしたくないんです」
「……そう、ですか。なるほど、あなたの考えはわかりました」
俺の言葉に小さく首肯したマザーが、椅子から立ち上がり、まっすぐな目でこちらを見つめてくる。まるで、俺のことを試すように。
「先も言った通り、鎧装機兵となるならば、元の姿へ戻ることは諦めて頂くことになりますよ?」
「構いません。もともと見つかるかもわからない道なんです。切り捨てたとしても、惜しくありません」
「あなたが生きた時代の遺産が、全て遺っているとは限りません。あなたの身に降りかかった真相を完全に暴くことは、できないかもしれませんよ?」
「それでも、構いません。どんな結末が待っていたとしても、そこに自分の手で辿り着きたいんです」
「鎧装機兵の仕事は、常に危険と隣り合わせです。武器を手にして、戦う覚悟はありますか?」
「覚悟の上です。こんなどこの馬の骨ともわからない俺でも、このコロニーを守れる力になれるなら、本望ですよ」
いくつかの問答を経て、言葉を切ったマザーは、唇を引き結び、何かに浸るように瞑目する。
ややあって、再び目を開いたマザーは、苦笑と共に小さく首肯した。
「…………わかりました。そこまで固い決心を抱いているのなら、もはや私に止める理由はありません」
「じゃあ――」
「ええ。本音を言えば、あなたには平穏に暮らして頂きたかったのですが……あなたが望むのであれば、私はあなたを客人ではなく、『新たな鎧装機兵』として迎え入れることといたします」
納得してくれた――あるいは折れてくれたマザーに、深く頭を下げる。
「ありがとうございます!」
「礼など必要ありませんよ。……その代わり、鎧装機兵となる以上、あなたのことを特別扱いは致しません。いち機兵として、人類存続のために、良く働いてくれることを願っていますよ、チヒロ」
呼ばれた俺の名から外れた敬称は、おそらくマザーなりの線引きなのだろう。
客人ではなく、一人の鎧装機兵として。このコロニーに加わる新たな仲間へ向けたマザーの言葉に、俺は強く頷いて見せた。




