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イ国の魔女  作者: ネコおす
第三部 ハ国編
307/313

出立の空


「ナイルさん、荷はこっちでいいですか?」


「ええ、構いません。贈り物は荷車の方にまとめて。私物はこちらへ。」


早朝から議堂には多くの人が集まっている。ハ国への施設団の出発準備の真っ最中だ。


「シルダリアさんもこちらと荷は一緒で大丈夫です。」


「有難うございます。またご一緒させて貰います。」


「こちらこそ。まさか王族の側付きを付けてもらえるとは思ってもいませんでした。」


「何をおっしゃいます。ナイル様はいずれ妃となられる方で御座いますよ?当然でございます。」


「様はやめて下さい…それに私は候補というだけでなのですから畏まる必要はありません。」


そうは言っても彼女は側仕え、当然敬称を変えるつもりは到底ないらしい。


「私たちもナイル様って呼んだ方が良いかい?」


「やめて下さいよ。貴方は軍部の時ですらそうは呼ばなかったじゃないですか。貴方たちまでそんな呼び方をされたら困ります。」


ウカヤリまでもが冗談交じりで言う。軍部の時ならいざ知らず今は平時、ただの雇用主と工員の関係なのだから勘弁してほしい。


ウカヤリから少し離れた所に記憶のある顔ぶれがいることに気が付く。装備は一般の兵士と変わらないが、服装はイ国兵の青のものと違っており、すぐに見分けがつく。


「貴方がカセさんですね。今回は宜しくお願いします。」


突然話しかけられ振り向いた彼は少し驚きながら答える。


「俺らみたいなはぐれ者を護衛部隊に指名するってどんな奴かと思ったら、まさかあの時のお嬢さんだったとは…」


「しっかり捕虜工員として信用を得た様で何よりです。正規兵となったと聞いてますが何か不自由はありますか?」


彼の状況を知ったのも報告の上でしかないから実際に彼と対面するのはあの時の戦場以来だ。


「…特にありません。飯を食わせてもらい、こうやって立場を貰えてるだけでも御の字です。」


傭兵ということだから良くも悪くも、もっと卑しいものとも思っていたけれど彼は少し違うらしい。他の兵と違い制服も用意されていない彼らは実際は浮いた存在として使われていることは見ればわかる。周囲には彼と同じ部隊だろう面子がいるがいずれも私と同じくらいか少なくともヘルイよりも若い年齢に見える。ウカヤリの話では行き場の無い子供を傭兵として育ててるらしい。

子供を傭兵家業になんて…とは私は思わない。もし彼が傭兵として生きる術を仕込まなければ身寄りのない幼子なんて野垂れ死ぬか誰かの都合のいい道具とされるだけだ。育つまでは足手まといでしかないのだし、なのにわざわざ生き残れるまで育てるなんてウカヤリは「お人よし」なんて評価してたけれど実際その通りだろう。


「ハ国の地理には詳しいと聞いています。今回の旅は戦場ではありませんが貴方たちの活躍の場もあるかもしれません。期待していますよ。」


彼は短く「承知しました。」とだけ答える。近くでウカヤリがその様子を窺っていた。彼らの間にはイマイチぎこちない空気が流れている。せっかく生きてこうして出会えたのだから交流を持ってもいいと思うのだけれど当人同士でしかわからないこともあるのだろう。まぁ旅間で話す機会は十分にあると思うのでそこに期待しよう。


「ナイルさん、こちらはもう殆ど積み込みは終わりました。私たちはどちらに?」


「イッザハクさんは2号車、ダンワグさんは3号車、ミサラスさんは4号車の引手をお願いします。他の工員たちと小休止を挟んで交代しても構いません。そこはお任せします。」


今回の使節団にはホシノ商会から専属でない工員も10人程度参加させている。ハ国は文化圏も違うし良い刺激になるだろうということが目的の一つだ。人数が多い分、商会から出す車数も多く、今回だけで5台。うち3台は荷車だ。


周囲には他の同行者の車も準備を進めている。私たちや軍部の車は機能重視で飾り気も殆どないものだけれど、公用のものは幌車では無く乗用は木籠、装飾も施されている。流石にゴテゴテとしたものではないが凝った装飾をあしらわれているもあって同行する議員さんが乗車するものだろう。


「あ、ヘルイ警護班の準備は終わったの?」


「問題ない、軍部も揃ってる。そもそも俺たちは昨日の時点で準備は終わらせてあるからな。」


それはそうだ。戦場に行くわけではないので彼らの装備はそこまででもないが、それでも交流品の他にも食糧や日常品、天幕など荷は多い。遠征慣れしている彼らなら既に私たちと同じで前日までに殆どの準備は終えているはずだ。


「ナイル嬢、今回はご同行させて貰い光栄です。」


「カマロさん、護衛と部隊指揮まで任されるなんてご立派になられましたね。」


「はい。これもナイル嬢のお陰だど自覚しております。」


「カマロさんの実力ですよ、ロ国戦ではヘルイにも劣らずの戦果だったと聞いてますよ?」


大トカゲのような外見をした彼はカマロさん。ヘルイと同じ時に任官した騎士さんだ。ヘルイと同じくロ国戦では私たちと一緒に侵攻部隊に同行、前線維持に大きく貢献した騎士であることは当然耳に入っていた。


「それもコレがあってこそです。」


そういう彼の手には彼の背丈以上の大きな戦斧がある。この武器は自身の実力に自信がなかった彼に私が造ってあげた武器だ。これだけ大きな戦斧を振れる者は限られる。その実力が貴方には備わっているという意味を込めてのものだ。柄まで全て金属製、当然私が造った物だから装飾なんてない無骨なものだ。


「ちゃんと使ってくれていて嬉しいです。」


「手放すなどとんでもない。これは私にとって命よりも大事なものです。」


「そんなこと言わず、駄目になったらすぐに変えて下さい。同じものが良いなら声をかけてくれれば良いですから。」


何故騎士さんというのはこうも武器に命を懸けたがるのか…武器なんて所詮命を守るための道具なのにそれじゃ優先順位がアベコベだろう。その点、ヘルイは少し変わっている。


「ヘルイにも今度用意してあげようか?ヘルイはこれが得意っていう武器はあるの?」


「あー…俺は要らないかな。所詮武器なんてその時、使えるかなんてわからないだろ。俺はその場で使えるものなら何でも使う。」


どちらかと言うと私よりな考えだった。彼が器用で武器を選ばないというのもあるのだろう。

彼らは今回同行する護衛部隊を指揮する立場だ。一応護衛騎士扱いだけれど私専属護衛ではない。つまり今回は騎士団から私には護衛は就かない。いや、王族でもないのだから当然で今までがおかしかっただけなのだけれど…


そんな話をしていると、私の元に数人の兵士がやってくる。皆、女性で見覚えのある面子だ。


「ナイル様、この度の旅路も同行させて頂くことになり光栄です。」


「私こそよろしくお願いしますねキノさん。…あと様付けはやめて下さい。今の私は軍顧問でもなんでもないのですよ?」


「しかし」…と答える彼女に「軍の規律上」と言っていたのは貴方ですよ?と念押ししたら渋々了承してくれた。


他にも同行する軍部の人間は思った以上に知った顔がちらほらいる。つまりロ国戦であの苦境を経験した兵が多い。カセさんやキノさんのように私が指名した部隊もいくつかあるけれど、ヴォルガ様やイズモイル長官あたりが融通を聞かせてくれたのだろう。


「しかし、議員の連中は遅いな。出立の刻も近いんだが…」


彼らが乗車するだろう車も準備は進んでいる。しかしそれを勧めているのは見たところ側仕えや使用人たちだけで本人たちの姿は見えない。姿があるのはウィリュイさんを含めた外交関係の役人たちだけだ。


「事前に調整は済んでいるのでしょう?」


「ああ、でも向うから調整に来ることは無かったからな。こっちから側仕えに対して同行する人数を聞いたくらいだ。」


「本人とは直接すり合わせをしてないの?」


「相手は議員様だからな。騎士としてもあまり強くはでれないんだよ。」


イ国は共和議員制だけれど元々はロ国から分派した王政貴族制だ。共和制にすることを前提としていたから王政でも貴族たちの主張はなるべく聞き入れられていた。そう聞くと良い政治のように思えるけれど、そんな状態であれば当然、強い主張をするものや権力に固執するような輩も出てくる。

皆が皆そうではないけれど、現実に共和制となった以降も議員は元貴族やその繋がりのあった商家の主ばかりだ。


「あまり真っ当な人じゃない?」


「わからない。文官事にまだ関わってないから俺もナイルと同じ程度の情報しかないよ。」


そんな話をしていると議堂の入口側からウマに引かれた車が5台ほど見えた。車の土台はホシノ商会で作られた最新のものだけれど、その車体は別注されたのだろう厚い黒塗りで凝った装飾が施されている。アグニン様専用の物にも負けず劣らずといったものだ。

その車は私たちの前で停止する。引き手が降りて階段を用意する。扉が開かれて降りてきたのは初老の男性、身なりも良い物で整っている。私に気が付いたのか声をかけられた。


「ナイル=ホシノ嬢だな。此度は宜しくお願いする。」


「ミーバンガム=カーグ様ですね。ナイルとお呼びください。此方こそ宜しくお願いします。」


「ほう、私の名を知っているのだな。議会で顔を合わすことはあってもこうして対面で話すのは初めてだと思うが…」


他の車からも今回ハ国へ同行する議員さん達が降りてくる。一名が男性、もう一人は女性だ。


「話す機会はありませんでしたが皆様の名は兼ねてからお聞きし存じております。そちらはランゼマ=カラヴァン様とヘイツーヨンム=パロマ様ですね。」


それぞれと挨拶を済ませる。同行する彼らの情報はヴォルガ様から事前に確認していた。もちろん偶に議会に呼び出されることはあっても有象無象の議員さんたち全てを覚えていたりはしないからね。


「兼ねてから君とは一度話をしてみたいとは思っていたのだ。此度は良い機会にもなろう。」


「ええ、是非…しかし今は出立の時刻が迫っていますから道中で機会はありましょう。」


そういって私は隊列を組む部隊や車に目を配る。既に準備は概ね終わっていて残るのは彼らだけだった。


「…ふむ、出立は七の刻と聞いていたのだがな。」


「人数が多いですから、最後列を考えればその半刻前に先頭は出立するものです。」


「それは知っているが…いや、私の誤りだ、謝罪しよう。」


「いいえ、急く旅でもありませんしまだ慌てる程ではありません。荷移しだけ早めに済ませれば問題ないかと思います。」


ミバーンガム氏は先代王制時代からの人物で今は木石材商主でもある。アグニン様よりも一回り年齢が上の議員で元貴族だ。つまり騎士でもあったわけだけれど、彼は文官寄りの特性が強く、彼の任官中には大きな変革も無かったために遠征経験が極端に少ないとヴォルガ様が言っていた。


準備が出来ていないのが自分達だけだと知ってだろう、彼らはすぐに持参した荷物を公用車へ移すよう使用人たちに指示をだす。しかし彼らの携行する荷は車2台分と多すぎる気がする。いかに彼らが旅路に慣れていないことが窺える。


イ国は議員制だけれどその実、議員半数を得ているアグニン様の派閥が第1党なので王政に近い状況だ。これに異を唱える第2党がミバーンガム氏の派閥。同行するもう一人の男性ランゼマ氏は彼の派閥で女性であるヘイツーヨンム氏はアグニン様の派閥だ。アグニン様の派閥の主要人物は二メレン様が率いるロ国への使節団に同行しているためハ国へは彼が行くこととなった。あちらと違って交流目的の此方は同行する議員も3名と小規模、その上ランゼマ氏とヘイツーヨンム氏は世襲のような形の若輩議員だ。


正直この派遣で懸念事項の多くは外交も旅路にも慣れていない彼らだ。外交はウィリュイさんに任せれば良いとして旅の間は少し考えなければならない。


ヘルィたちと隊列について確認をしているとウィリュイさんが訪れる。


「ナイルさん、そちらはもう準備は終えているので?」


「はい、あとは彼らだけですよ。」


「そうでしょうね…そういえばロ国から頂いたという獣は連れて行かないので?」


「え、ユマのことですか?あの子なら家でお留守番ですけれど…」


私がそう答えると「そうですか。」とだけ言って彼は去って行った。旅に飼い猫を連れて行くわけがないだろうになんでそんなことを聞くのだろう…そういえばウィリュイさんはロ国でもチャチャのことを気にかけていた節があるし、興味のないフリをして実はネコ好きなのだろうか?


半刻もしないうちにミバーンガム氏達の準備も終えたようでヘルィが最終点検を追えて一行は前進を開始する。私たちは最後尾に付くのでまだ時間はあるけれど私も自分の車に戻ることにした。


陽が姿を表し空が青く広がっている。雲も殆ど見えず風も微風、出立の日としては最良の天候だ。進行方向の空には長く東に伸びた飛行機雲が流されず残っている。上空もほとんど無風ということなのだろう。暫くは天候も安定してそうだと安心する。


私は地上に視線を戻し数歩進んでから立ち止まって振り返った。



飛行機雲?



……そんなことあるわけないよね。


既に靄となりつつある軌跡は途中で途切れてしまっている。でもソレはこの世界には存在しないもの、きっと偶然の産物なのだろう。珍しい雲を後にして私は最後尾へと足を進めた。


今年ももう暮れですね。早いなーと思いつつ今年は全然書けなかったと反省するばかり…


内密で最小限だったロ国の時の使節団と違って今回は大人数、規模大きいものとなっています。ナチュラルに騎士と同じ目線で道中を懸念してるのがナイルらしいです。

今年中にもう1、2話更新する予定です。

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