遺跡の来訪者 2
「これ凄いですね。あんなに遠くの奴らの表情までくっきり見えますよ。」
声を抑えてこちらに話しかけてくる兵の名はオッゴというらしい。さすがに一人で続けて監視するのは無理なので仕方なく望遠鏡を渡した。その最初に漏れた感想だった。流石に表情までは言い過ぎだろうが奴らの姿を捕えるには十分だ。
「奴らの動きに変化があれば言え、それ以外は伝える必要はない。」
「すみません…しかし奴らは慣れてますね。警戒の隙が無い。」
無駄話の必要はないと言ったつもりだったが言った傍から聞いてもいない感想を口にする。即席の相方に求めるものはないが、口を縫い付けたくなる。ただオッゴの見解は間違っていなかった。
「ああ、だから油断するな。月の傾きには気を付けろ。森側から近づいても音で気が付かれるだろうからな。今は距離を置いて動向の監視のみだ。」
「了解です。…しかし、変な恰好ですよね。あんな身体の線を出して…そういう趣味なんですかね。」
まともに答えればこれだ。延々と終わりが無さそうなので俺はあえて答えないことにする。それでも半刻も経てばまた誰に言うでもなく言葉を零すだろうが…
既に監視を始めて5刻は経っただろう。陽は落ちてあたりには月と星空の灯りだけだ。奴らも人数は必要最小限の人員だけが野外にいて他はあの建屋や周辺に設置した小さな天幕の中にいるようだ。その中でも奴らは指向性のメズィの玉を持っているようで夜間でも数名が問題なく作業を続けている。その明るさは一般人が持つような光度ではないことから相当な高級な玉を保持しているようだ。
当初は兜を付けていた奴らも今は顔面の硝子を取り外し、中には兜を脱いでいる者もいる。武装を解除しているということはこちらの存在は今のところ気取られていないと考えていいだろう。
奴らの行動はいまいち何をしたいのか理解ができない。狩りにでも行ってきたのか数頭の動物を捕えてきた来たが、その幾つかは建屋の中に移していた。それは問題ないのだが狩りなのに生物までも捕えている。食糧にならない生物を捕える意味が不明だ。
それに日が暮れる前から何か作業をしている奴は、用途が不明な土台の傍でずっと座り込んで灯りの灯った板を除き込んでいる。土台の中央には背丈ほどの円筒が置かれており、これまた用途は不明だ。
夜間になって気が付いたが延々と奴らの建屋から獣か何かが唸るような音も聞こえる。音量が一定だから動物のそれではないだろうが、時たま音が大きくなったり小さくなったりする。風に流されこちらに何とも言えない不快な臭いが流れてくるのも不審だ。
もし奴らがイ国に潜入した他国の工兵であればこのような拓けた場所に居を構えないだろう。工作や戦闘が目的とは思えない。かと言えば常に周囲の警戒を怠らず、その統率された動きは練度の高い騎士や軍人のそれだ。今のところ奴らの目的が何なのかまったく見当がつかなかった。
何かこちらから行動をとったとしても以前の兵たちのように姿を眩まされても困るし、なにより奴らが手にしている武器はジュウの元となったものだ。近接すれば分があるとは言っても人数差的に反撃されれば厳しい。なるべく生かして捕えるためにも一線級の騎士で囲んでから接触するのが得策だろう。
「あっ!」
「どうしたっ?」
「奴らこんな時間に何か食ってますよ。俺らは限られた干し肉と乾燥豆くらいしかねぇってのに…」
……
サボるような気配もなく、士気もある。それなりに優秀な兵ではあるのだろうが、無駄口だけはどうにかならないだろうか。
そう思いつつ俺はウマの背にもたれる。二足のウマは短距離移動は速いが、四つ足より乗り心地も悪く、積載量も少ない。しかしその羽毛はそのまま簡易な寝床にもなる。ネビスがここまで読んで用意したとは思えないが結果的には最適だった。
幸い奴らに移動を開始する気配はない。居まで構えてウマもいないのであれば移動したとしても徒歩での近距離だ。それならば追跡も容易、少なくとも夜間に移動を開始することはないだろうから今夜は兵に任せても問題ないだろう。
天候は晴れ、星に陰りも無く明日も晴れるだろう。むしろ隠蔽のことを考えれば月と守護の星にはその輝きを抑えて欲しいくらいだ。それでも夜露は凌げないであろうが、ずぶ濡れになることに比べれば幾分も良いと思えた。
……
…
「…ーコン様、ユーコン様。」
「……何か動きがあったか?」
既に夜は更け、陽の灯りが見えるに近い刻だろう。月の傾きで二刻づつ交代しながら監視をつづけ、今はオッゴが就いていた。俺は小声に反応して体を起こす。
「急に動きが多くなりました。警戒以外にもほぼ全員が野外に出て土台の近くにいます。」
「貸せ。」短節に応じて覗いている望遠鏡を取り上げる。
確かに6人が謎の土台近くに集まっている。一人が灯りの漏れる板を手に取るとそれを小脇に抱えて移動建屋の方向に移動する。建屋の中に居る者と会話をしている様子だ。今のところ確認できている奴らの人数は11名、警戒が4名配置されていることを考えると残りの1名は建屋内にいるはずだ。
土台周辺に集まっている奴らは何やら土台を触ったり、土台から伸びた筒の様子を窺ているようだ。あの土台と背丈ほどの筒が何なのかは不明だが、昨日も遅くまであの土台の近くで何やら座り込んでいた奴がいた。なのにこんな早朝からあれだけの人数が触れるのだから何か大事なものなのだろう。
「確かに騒がしいな。」
「夜も明けてないってのにアイツら早起きですね。」
陽が姿を現すにはまだ一刻はあるだろう。東の空が薄っすらと白んでいる。
そして半刻も経っただろうか、今度は全員が建屋に移動して野外から人が居なくなる。驚いたのは警戒までもが居なくなったことだ。
「今なら距離を縮めても大丈夫そうですね。」
「近づいたところでどうなる。危険性以上に得られる情報があるとは思えん。それに今まで常に四周に配置していた警戒を撤収させるとなると何かあると読んだ方がいい。」
一瞬脳裏に浮かんだのは奴らが俺たちに気が付いたことだ。つまり誘い込みの可能性もあり得る。しかし奴らがこちらの勢力に気が付いているのならその圧倒的戦力で制圧してしまえばいいだけだ。つまりこちらに気が付いておらず別の目的で動いているか、俺たちに気が付いていてもこちらの勢力までは知られていないってことになる。
暫くはこのままだ。遅くとも6日後には騎士団が到着するだろう。どうせ居を構えてしまっているくらいだから奴らも移動はないはずだ。
少し短いですが…
ユーコンが横柄な対応なのはデフォルト。認めた相手、信用できる相手以外にはこういう態度です。
もう少しユーコン視点は続きます。




