ヴォルガの憂慮
前話後のヴォルガ視点です。
ナイルが立ち去った後の執務室、廊下からナイルの気配が消え去ったことを確認してから口を開く。
「ナイルが心配か?」
「いえ、まったく。」
ロ国への使節団を指揮するのはマレーだ。戦力として彼以上の騎士はイ国には存在しない。他国へ向かう王族の護衛を任せるのは当然だろう。そもそも彼が町娘一人の護衛に就いていたことの方が異常なのだ。そんな彼は私の問いに即答で返してきた。
「ヘルィもカマロも部隊指揮、個々戦力としては十分な領域にあります。タリムは部隊の扱いに不安は残りますが機転は効く方ですし弱くはありません。現状で騎士団が出せる戦力としては適任かと思います。」
「だがナイルの言うようにいずれも経験は浅い。部隊単位は指揮できても全ての状況を把握するのはまだ難しいだろう。ナイルに肩入れするお前なら不安の一つも感じるところではないのか?」
書類に視線を落としたまま尋ねるが彼の声色にはまったく躊躇がない。むしろ彼には珍しく少し自慢げな口調を感じさせながら答える。
「問題ないでしょう。あちらの一行には最も指揮を執るに相応しい者がいるのですから。」
「…ナイルはあくまで護衛対象だぞ?」
「これまでのナイル嬢の実績を考えればそれは問題ではないことは明白でしょう。だからヴォルガ様も今回の編成としたのでは?」
…図星だ。私は護衛対象である彼女を戦力の一つとして今回の編成を組んだ。指揮能力、状況判断能力、戦術や戦略の知識、個々としての戦闘力、それらいずれを見ても戦いにおける実績において彼女は同行する騎士のそれを上回っている。
護衛対象でありながら騎士を指揮する者、それはつまり騎士団長であり王である叔父上のみが許される立場だ。それにも関わらず私は今回の編成において彼女をそういう立場に置いてしまった。もちろん正規に認めるわけにはいかないが…
「私は時代が時代であれば彼女こそ統べるものとして相応しいと思っています。」
「…聞かなかったことにしてやる。軽々しく口にすることではない。」
マレーの突然の発言に指摘する。以前から彼の彼女に対する信用は信望と言ってよい域に達しているとは思っていた。だが、いくらイ国一の剣士であっても今の発言は騎士として許される事では無かった。
「当然他者に対して口にすることはありません。しかしヴォルガ様ならば薄々感じておられるのでは?」
「ない。この国の王は叔父上であり次期は二メレン様であられる。共和制であったとしてもそれは変わらず我らが仕えるのは者に違いはない。」
「はい、それは私も同じ、騎士としての誓いには今も変わりありません。しかし同時に思うのです。ナイル嬢の器はその程度に収まるものなのか、と。」
「…それは彼女がイ国ではなく、世を統べるべき立場だというのか?」
マレーは即座に「はい。」と答えた。
彼女が異常であるとは私も思う。その知性、能力ともに常人のそれではない。特に戦闘力において個人で一都を壊滅できるような彼女を超える者は存在しないだろう。しかし、民を統べる者に必要な資質は別だ。
それは他者のために自己を犠牲にするだけではなく、他者のために他者を犠牲にする現実的な思考が必要だ。生まれながらに公的立場でない者の考えは当然自分が中心、そこには当然自分に直接的に関係する家族を含む。彼女も当初はそれと違いはないように見えた。
しかし彼女は変わった。他者のために自己の犠牲を厭わない。命を賭す覚悟も持っている。人情家かと思えば多を生かすために少を犠牲とする冷徹さも併せ持ち、そのくせ人を惹きつける面もある。ロ国と戦になる時も自己と家族を守るためだけであれば、彼女の立場であれば他の選択肢もあっただろうに、それでも自ら戦いに赴き、公を優先する選択をした。
…いや、ただ知る世界が広がっただけで彼女は変わったわけではないのかもしれない。病弱で家から出たことがほとんど無かった彼女にはそれまで家族だけがその世界全てだったのだから当然だろう。
なるほど確かにマレーの言う通り彼女には人を統べる資質がある。だがそれは資質があると言うだけで彼女が世界を統べる者に相応しいとは私には思えない。何より彼女自身がそれを肯定しないだろう。
「馬鹿々々しい。お前は、ナイルのことを信望しすぎだ。」
「そうでしょうか?私には彼女が遠くない先に私に命令を降す情景が見えるのですが…」
「…そんなくだらない話よりも遠征の準備はできているのか?」
「はい、既に手配は全て終えております。あとは先程提出した木札を確認して頂ければ宜しいかと。」
「ならばこんなとこで油を売っていないでアグニン様の元に戻れ。今は徒話をしている暇はない。」
マレーも立ち去り部屋に一人となった私は顔を上げこめかみを摘まむ。
以前に比べナイルの立場は安定しているように見える。商会主となり、叔父上に認められ、国としても無下にできない立場となった。だが、それは国内外からの視線に集めるということでもある。そのうち中には彼女を持ち上げ良からぬことを思料する者もでるかもしれない。今のところはト国からは何も言及がないことが救いだ。
世を統べる者…マレーがナイルに見る先、それではインジギルカ王が望んだものと変わらぬではないか。
ナイルに対して信頼をこえて信望の領域にあるマレー、対してヴォルガは現状に少し危機感を持ちます。
短めですみませんorz
次話はナイル視点に戻ります。明日にUP予定です。




