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イ国の魔女  作者: ネコおす
第三部 ハ国編
297/313

来訪者 2

イ国側に私の大きさに合った椅子が準備されていた。議堂には習事や私の私室(仮)に私の背丈にもあるのでそこから持ってきたのだろう。私が席に着くと背後で待機しているマレーさんが私に近い位置に移動する。たぶんこの位置からなら咄嗟の状況でもアグニン様たちを庇えるし、私との連携や合図を取り易くなるためだろう。…前々から思うけれども、こういう時の彼はどうも私の事を護衛対象というよりも戦力の一人と見ている気がする。それを確認したヘルィも私から離れ、立ち位置をイ国列の反対側へと変えた。私を守るはずの護衛なのだけれど明らかに私込みの配置だ。彼ら騎士たちから見て私はいったいどんな扱いなのか…


場が整ったところでユトマル王子が口を開く。まずは改めて先の戦についての一方的な開戦であったことの謝罪を述べると同時に侵略行為であった事を認める。戦争自体は意見主張の違いから当然起こることであるし、別に罪ではない。侵略行為であってもそれは国が持つ権利でそれに防衛、対抗することも同等の権利だ。国の代表として被害や損害に対しては賠償で解決されるので謝罪はそれで等価となるので謝罪を言葉にする理由はない。

ただ今回のロ国戦以前の事件や欺瞞による開戦についての謝罪である。


ユトマル王子は自国の戦後調査を実施したその内容を坦々と説明していく。議会の話を要約すると内容はこんな感じだ。


インジギルカ王によるイ国への侵略思想は15年以上前からのものである。根本はイ国先代王へ対する確執、実質的な行動は10年程度前からであり、その結果としてホルホラやムクポと言われる榴弾モドキが造られた。その発案と主導はインジギルカ王本人、硝石はロ国内地では生産に不適だったためウィルヘルム家を通し以前からイ国に居を構えていたスース商会で硝石の生産をしていたということだった。

直接イ国への干渉は3年前の襲撃から。これはインジギルカ王の独断で行われたもので知っているものは殆ど残っておらず記録もない。ただウィルヘルム家と繋がりのある商会がイ国間を活発に往来していたこと、ラギヤンに数百規模の兵を何度も移動させた記録が残っていたことから事実であると推測されるとのことだ。しかし本来であれば傭兵でしかないロ国兵がそんな命を賭したような命令に従うとは考え難いとも付け加える。


「それはスークァンの言っていた能力によるものですか?」


「ニメレン殿に頂いた情報についても調査したが決定的なものはない。この頃は私やムクート兄もリデゴカーカを出ていたから真相は不明だ。だがスークァンが言っていた種による『特殊な能力』というのもあながち嘘ではないかもしれない。実際、父インジギルカは一部側近や貴族を除けばかなりの求心力があったが、この数十年のロ国の情勢をみるに何故そのような求心力があったか理解できない。スークァン本人についても奴が渡った町村から兵として徴兵を望むものが複数いたことも事実だ。」


つまりスークァン王子が言っていた人を魅了する能力ってのは実在した可能性が高いってことか…確かにそうでもなければ傭兵でしかない兵士のイ国への無謀な襲撃やイ国に生活基盤のあったはずの襲撃関係者が突然発起した理由も説明がつかない。何より私たちはラギヤンで狂人と化した民たちの姿を目撃している。


「もう一つ、父インジギルカが言う『夢見』というのも事実であった可能性が高い。事実先ほども述べたとおり、ホルホラやクムポは父の発案によるものだったが、王である父が鉱石や土に精通していたとは思えない。私のような研究気質でもなかったにも拘わらずそれ以前にも複数の発案や主導を執っている。私は父は天才なのだと思っていたが甚だ疑念はあるがそういった不思議な力があると考えれば納得がいく。」


不意にユトマル王子から夢見という言葉が出てきて私はドキッとする。確かにスークァンはインジギルカ王は夢見だと言っていた。確かに火薬なんて偶然から端緒を得る事もあるだろうけれど王であった彼がそんな偶然に出会うなんてことがある可能性は低い。彼が私と同じように別の世界を経験したのかは今となっては不明だけれども…


「それらの情報は確かなものなのか?」


「いや…これらはあくまで残っていた記録や関係者家族、場内の騎士兵や他の町村や残った貴族たちの聴取によるものでしかありません。父を含めリデゴカーカにいた主要人物たちはほぼ空に還っていますから。」


アグニン様の問いに申し訳なさそうに答えるユトマル王子。正直、それは私の方が申し訳なくなってしまう。本来の戦の流れであれば後に処されることになったとしても王なり主要人物が降伏、捕獲される。この文明度の戦に一瞬で全ての兵力が殲滅することなんてありえないからだ。

その経緯についてアグニン様はユトマル王子を含め、ロ国側へは一切説明をせず、また言及しないように求めた。彼らにイ国が伝えたのは『リデゴカーカにいたロ国軍は全滅した。』という事実だけ。でもリデゴカーカ城内にいた騎士兵は見ていたはずだ。故にユトマル王子も何が起こったかは理解しているはずだった。


「中でも不思議なのがリデゴカーカ城内で生き残った騎士兵たちについてです。彼らはここ最近にスークァン直属として用意された兵だったとようなのですが、揃ってこの数か月の記憶が曖昧であると述べているのです。ですから彼らの証言で信用できるものはそれ以前のものしかなく…」


良かった、理解してなかった!…とはいえ戦場跡が異常だったには違いないし、兵ですら逃げ出す暇が無かったことを鑑みれば何か普通ではないことは周知の事実だ。ユトマル王子がどこまで知っているのかはわからないままだった。


そしてユトマル王子の話は続く。


そこからは私たち使節団を呼び、暗殺の濡れ衣を着せて大義名分とした。と表ではなっているがどうやらこれには疑惑もあるようだ。ユトマル王子はインジギルカ王がイ国に対して確執となった理由には現ロ国の王族や自らが王種でなかったことが根本にあったのではないかという。使節団も目的は戦となる前にニメレン様をロ国に取り込みたかったのではないかとう話だった。


「それには何か根拠があるのですか?」


「あの時のニメレン殿たちの待遇はここ数十年の他国使者たちを見ても異例な待遇だったのだ。他国に対して自国より劣等と扱っていた父だ、少なくとも私が知っている限りではあのように使者を持て成したことは今までになかった。」


今度は二メレン様の問いに対してユトマル王子が答える。その内容はあくまでユトマル王子の推測でしかないものの、確かに警戒して赴いた私たち一団に対するインジギルカ王の対応は思いのほか良いものだった。実際二メレン様はインジギルカ王に絆されかけていたし、スークァン様もそれを指摘していた。


では何故たちを暗殺者と断罪し、そして戦に繋がったのか…それはあのスークァン様の最後に繋がるということなのだろう。


私はアグニン様に断りを入れてから割って入る。


「ユトマル様、お話し中の非礼をお詫びします。私からもお尋ねしても宜しいですか?」


「良い。なんだ?」


「スークァン様については何かわかったのですか?」


「正直、奴に関しては不明だ。実際に教義の場を設け町村に赴いていたのは確かだ。奴本人が言っていたような能力があるかも今になってはわからない。ただスークァンは父を個人を謀ることはできたとしても国をも掌握できる器であるとは思えん。精々、父インジギルカの行動に便乗した結果があの戦ということであろう。」


結局のところスークァン王子があのような行動をとった理由はわからないってことか。戦を起こしたところで彼に益があったのかもわからない。あくまで先の戦はインジギルカ王の責任の元で行われたというのがロ国の見解であるということ。でも彼の言葉を信じれば何か裏があったようにも思える。


「アハアルム様…ウィルヘルム家の当主はなんと?」


「…奴は最後まで口を割ることは無かった。すでに自国にて処して空へ還っている。」



私はユトマル王子とアグニン様にお礼を述べて質問を終える。アハアルムは最後までスークァンとともにリデゴカーカに残っていた貴族だ。話を聞く限りウィルヘルム家が今回の戦に多く関わっていたことを考えてもイ国に対しての対面も考えて彼の処遇は免れない。でもまだ半年だ。そのうえ、先程までの情報からも彼の関連性は多くあったと推測できる。ユトマル王子がそれに気が付かないわけがないし。それをそんなあっさりと処してしまうだろうか?


とは言ってもこれ以上追及することはできない。ここは公の場、しかも彼はロ国の代表としてこの場に立っている。彼がそういうのであればそれはロ国としての公式見解なのだ。思惑はあるにしても立場的に安易に嘯くことはできないし、そのような人柄にも彼は見えなかった。


その後も坦々とユトマル王子の調査が語られ、そのたびにアグニン様やニメレン様が尋ねる。オンリタスやペスカギリデアスの件については私にもユトマル王子からの質問が飛び、オンリタスについては全てそのまま経緯を語った。ペスカギリデアスについては「私たちが到着した時には雪崩に飲み込まれていた」と嘘をついた。

ユトマル王子はそれを受け入れたものの、「確かにあの地は年中雪が解けきれず、それもあって還都したのだ。しかし建設から百年もの間で雪崩に巻き込まれるような事例は無かったのだがな。」とあまり納得はしていないご様子。それでもそれ以上言及するつもりがないようなのは敗戦国という立場であることもあるのだろう。まぁあの機会に突然都市一つが潰れたとあっては素直に信じるのは難しい。でもあれの真相を知るのは私とユーコンさんのみ。真実を語ったところでそちらの方がよっぽど信じるのは困難だろう。


ある程度話が落ち着き、一度休憩をとる事になった。休憩をとる場所は別室でありロ国イ国は別々である。まずはアグニン様が席を経ち、次いでロ国を案内する流れだ。私もホッと一息つくと、ユトマル王子が私へと近づいて来る。


「ところでオンリタスの娼館主の登録がホシノ=ナイルとなっているようなのだが…」


「あーえっと…間違い…ありません。」


声は抑えてくれたものの残っていたイ国側の数人にも聞こえたのかギョっとした顔をされた。私は「成り行きでして…ホシノ商会とは関係のないものでありますからあしからず。」と涼しい顔で説明する。正直、医品関係でロ国の薬草などは文萌楼から取り寄せていたりするのだけれどそれはそれ。一応、あの娼館は私個人の資金で出資したわけで国も跨いであるしホシノ商会としては一取引相手としての付き合いしか記録は残っていないから大丈夫とは思う。


「管理人が利益金をどうしたら良いかと尋ねがあった。機会を見て連絡をとるように。」


「はい、ありがとうございます。お手数をおかけしました。」


まさか、現ロ国代表からこんな場でそのことが出てくるとは思わなかった。そもそも一街娼館でしかない文萌楼の話がなぜユトマル王子にまで?しかも内容は只の伝言のようなものって…


顔には出していないつもりだったけれど、その一瞬の間に気が付いたのだろうユトマル王子がその疑問に応えてくれる。


「あの館主…今の館主は君なのだが彼女は少し特殊な立場でな。館主以外の顔も持っている。直接私と対面する立場ではないが声くらいは届くのだ。」


そう言い残して別室へユトマル王子は足を向ける。


曲者な雰囲気はしていたけれど、マサンクィンさんって一体何者なの?スバリさんに話を通してあるし、荒事などはなんとかなっているとは思うけれど…とりあえず一度は足を運ぶ必要性を感じつつ振り返ると今度は二メレン様が私の元に来る。


「何かユトマル殿に言われたのか?」


「いえ特に。オンリタスの件で商い関係のことで少し。」


まぁ王族に入れるような話ではない。


「そうであれば良いが…そなたは今ではただの民という立場ではない。もし困るようなことがあればいつでも私や父上に話して貰いたい。」


「ありがとうございます。」


正直、こんな場で今の話はあまり都合の良いものでもない。さっさと終わらせてしまいたい気持ちを押させつつ私はお礼と挨拶をしてその場を去る。少し慌てて後ろを追いかけてくるヘルィに私はまた少しだけ溜息を吐いた。



……



休憩を挟み、再開されたイ国ロ国会議は戦の経緯からその後の話へと移り変わった。要すれば戦後に暫定となっていた土地や自治管理権についてだ。賠償は単純にお金と領土で済まされるものではない。そこには町村があり民がいる。その自治はどちらが執るのか、領土を貰うにしてもそこに住まう民や財産権はどこにあるのか等を含めると簡単には進むものじゃない。

今度は各担当官や重役も踏まえつつ話が進む。正直、この状況に今の私が必要なのかな?なんて考えつつ行きかかった場なのでとりあえず大人しく席について話を聞いていた。


「いやリデゴカーカは今回の戦の中心にもなった地だ。軍事的にも賠償地としては譲れない部分だ。…ナイルもそう思うだろう?」


…イスモイル長官、なんでそこで私に話を振る?今の私は軍顧問でもないし、なんの公役にも就いてない立場なのだけれど。



一商会主としての立場の意見でも良いのなら…と前置きを置いて私も意見を述べる。


「リデゴカーカのような軍都をロ国に返還するのを恐れる気持ちも、それにともなう危うさも理解できます。しかし現状はどうでしょう?カミニから定期的に交代要員を送っていますがそれに伴う兵站費、労力、かなりのものになっていると思料しますが?」


「う…むぅ…」


イスモイル長官が苦虫を潰したような表情をする。カミニ基地とリデゴカーカの移動距離はおおよそ7日間、それを定期的に一大隊規模の行き来が継続するとなると莫大な経費が発生するのは目に見えている。完全駐留してしまえば、それはそれで管理が行き届くとは言えないし現実的ではない。領土拡張といえば聞こえはいいが、小国であるイ国にそんな社会基盤は存在しない。


「それに城都であったリデゴカーカに住まう民数も未だ少なくはありません。元々ロ国民である彼らの心情も踏まえると新たな火種になり兼ねませんし、それら全てをイ国が自治管理するのは厳しいのではないでしょうか。」


「ではロ国に返還しろというのか?」


「いえ、私が思うには合間を取れば良いのではということです。現在は暫定領地としてイ国が自治管理主権を持っていますがそれについては返還します。でも自治管理はあくまでロ国が行い、その主導にはイ国の意思も介入します。領地一部にイ国駐留し、共同自治というかたちです。」


最後に軍部主導という形であればと付け加える。これに対してユトマル王子は「一部でも返還されるのであれば民の心情を鑑みても自国としては申し分はない。」と応える。


でも、イスモイル長官や幾人かの担当官たちも渋い表情のままだ。勝戦国としては当然手に入るものは取っておきたいという気持ちもわからなくもないけれど…


「もちろんタダではありません。代わりにイ国、特にカミニとリデゴカーカに新たな基盤整備、主に道をロ国側で整えてもらうことが条件とするのはどうでしょうか?新たな道ができればイ国軍の兵站費は軽くなりますし、突発な状況にも対処できます。それに今後を見据えれば経済面でみても両国にとっても有意義です。」


今後の情勢次第で駐留を撤退するのも良し、それを手札として別件を詰めるのも良しと、イ国側としては下手にロ国民の非難を一身に受けるよりも余程益のある条件だろう。まぁ参考としたのは『彼』の国にまつわるお話なのだけれども。


この付け加えた条件の思惑にウィリュイさんが悟ったのか何やら表情を変えセカセカと控えを取り出した。これで軍部主導ではなく、外交や他の面からも意見が通りやすくなると思う。



戦の処理は、勝った負けた、死んだ生き残っただけではない。戦に勝利したからと大きな態度に出れば後で痛い目に遇うことだって当然あるのだから目先よりその後を見こさなければならない。重要なのは経済や外交、自国相手国の治安や復興状況も含まれる。少なくとも軍部主導で進めていい話じゃない。こういった細々とした話こそ重要なのだ。


そして時間は流れ、陽は降りになり数刻が過ぎた頃、今日の会議は休止となった。続きは明日、明日の議題は具体的な数字など更に細かい部分の話になっていくだろう。明日の議題には私は必要としないと思う。


休止と明日の予定が9の刻からだという事を宣言し、この場で最も地位の高いアグニン様が退席、解散となる。ロ国側には議堂の来賓間を使わせるのだろう、私を呼びに来た騎士がロ国の重役たちを案内する。私は人が捌けてから退出しようと思っていたところ、イ国騎士からユトマル王子が私に用があるそうだと伝えられた。まだ何かあるのかと、内心辟易しながらも足を運ぶ。


「何用でしょうか、ユトマル様?」


「君はこの戦火の中で愛でていた獣を亡くしたと聞いた。珍獣であったとか。」


「はい?ええ、まぁ…」


また変な話かと思えば、今度は突飛な話で答えに言い淀む。チャチャのことだろうけれど、実際は空に還ったところを見たわけではないし、いつの間にか居着いていつの間にか消えたというだけだ。あの世界とまったく同じ姿形の猫なんて珍しいし最初は寂しくはあったけれど今は完全に頭から消えていた。


「イ国ではどうかは知らないがロ国には獣を飼育する文化がある。気持ちは察する。そこで特徴を聞いてロ国内で探したところ同じような獣を発見してな、君に贈与したい。」


「え、私にですか?」


「ああ、これはロ国としてではなく私個人としてのものだ。君が本来は公役でもないにもかかわらず先の戦で主要なっていたと聞いてな。オンリタスについても君がいなければ今頃は焼けていたはずだと聞いている。」


ロ国代表が私個人に対して贈与?…何かしら勘ぐってしまうが、無下に断ることができる立場でもない。お礼を言って有難く頂戴するしか私には選択肢はなかった。


「機会があればもう一度ロ国の地にも足を踏んで欲しい。オンリタスはまだ治安が安定しているとは言えないが戦以前よりも活気に溢れているくらいだ。」


「はい。機会があれば是非に赴かせて頂きますね。」


どうせ文萌楼の事もあるし出向く機会はあるだろう。そう思いながら去って行くユトマル王子を見送る。



「ナイルさん。宜しいですか?」


後ろから声を掛けられて、今度は誰だと思いながら振り向くと長身の外交官だった。


「何用でしょうウィリュイさん。」


「アグニン様がお呼びです。ご一緒に来ていただけますか?」


インジギルカのイ国先代王への執着やスークァンのことについては結局ハッキリとしないまま。このあたりは本人たち視点でないと書けないので、いつか機会があれば書きたいと思います。ユトマルは王を名乗らずあくまで主長としてロ国代表となっています。なのでこの場では王であるアグニンが最も地位があります。


ロ国との会議に巻き込まれたナイルですが今度はアグニンからの呼び出し、ナイルは内心「今日は早く帰りたいなぁ」くらいに思ってたりします。

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