来訪者 1
今日の習事は9刻からと遅めの予定だ。ミーナは早朝に出ていて部屋には私一人。彼女は最近は見習いとして服飾店の工房に通っている。実はそこはホシノ商会の提携工房なのだけれどそれは彼女には伝えていないし、私も店側には伝えていない。彼女が見習いになれたのはあくまで彼女の実力によるものだった。
少しいつもより遅く目覚めた私は朝食と洗顔を終えて部屋で支度をしていると何やら玄関先が騒がしい。木窓を少しだけ開けて外の様子を窺うと通りには用意されている車と別に一人乗りのウマと幾人かの兵士さん…いや、あれは騎士だろうか。どうもウチに要件があるらしいのはその足取りでわかった。
私は溜息を軽く吐いて、少し急いで支度を続ける。誰に用件があるのかは考えなくてもわかっていた。
「ホシノ=ナイル殿はいらっしゃいますか?」
お母さんが対応したのだろう。玄関から大きめの声が聞こえた。声色から少し急ぎの要件であることが窺える。見たことがない顔だったけれど、新人さんだろうか。私のことを「ホシノ=ナイル」なんて呼ぶ騎士さんは珍しい。玄関前には今日の護衛であるマレーさんが既に待機しているはずだから、騎士に扮した輩というわけではないだろう。
私は鞄に蝋板やいくつかの玉を詰め込んで準備を急ぐ。ミーナがいないので今日の髪型は簡単に束ねただけで済まし肩掛けを羽織ると一階へ急ぎ足で降りる。途中で私を呼びに来たお母さんと鉢合うと、突然騎士が家を訪ねてきたというのに焦った様子もなく「ナイルにお客様よ。」とだけ。まぁこの家には王様自ら来訪したことがあるのだから今更だよね。
「ナイルです。何用ですか?」
「早朝に申し訳ない。急ぎ議堂へとウィリュイ様からの命です。」
「ウィリュイ様から?」
「はい。」
騎士さんが来たのだからてっきりアグニン様やヴォルガ様かと思ったのだけれど違ったらしい。でも、外交担当官でしかない彼に騎士団を使う権限はない。つまり…
「それはアグニン様も関連していますか?」
「左様です。議堂にてお待ちでございます。」
やっぱり…でもウィリュイ様の命というならば外交関係ということだろうか。軍顧問も退いた私に今更とも思うのだけれど断る理由もない。どうせ議堂には行く予定だったのだから少しそれが早まるだけだ。
「わかりました。準備は既に終えてますから今から向かいましょう。」
私はお母さんに「もう出るね。」と伝えると玄関を出る。
「あれ、ヘルィ?」
「おぅ。」
「珍しい、ヘルィが今日の護衛?」
「珍しいってなんだよ。マレーは別件で急遽交代になったんだ。」
「急遽って何かあったの?」
「あーまぁ…議堂に行けばわかるんじゃないか?たぶん今のお前の要件も関係してるものだと思うぞ。」
…不穏ってわけじゃないけれど気になるもの言いだ。でもハッキリと要件を言わないってことはあまり大っぴらにしたくないものなのだろう。そもそもアグニン様は用事があるにしても事前に余裕をもってこちらの状況を打診してから招待する。議会等の場に出る時も同じだ。当日、しかもこの時間に騎士を使ってまでの早馬とは余程の急ぎの案件なのだろう。
「先導しますので」と若い騎士さんが車の前に付くので引き手に議堂へ向かうように伝えて私も車に乗り込む。それに護衛のヘルィも次いだ。引き手の彼は商会寮に住みこみのウマの世話役で、ゆっくりだけれど安全な運航から商会専属の引き手として2年以上この定期便を任せている人だ。なので聞かれたくない話も彼が聞き流してくれることは知っている。
事情を聞きたいところだけれど、どうせ議堂に着けばわかることなのだ。あえて本題とは外れた話をする。
「ヘルィが私を護衛するのって初めてだよね。大丈夫?」
「騎士なんだから護衛任務くらいする。別に初めてって訳でもない。稀だけどな。」
「そうなの?ヘルィはそういう任務とは別な気がしてた。」
まだ騎士になって数年しか経っていないヘルィはドンノラさんの元で師事についている。ドンノラさんは城都内に常駐して騎士団の教育や現場指揮をしている事が多いからてっきり彼も同じなのだと思っていた。とはいえ、彼もロ国戦では軍部を率いて戦果をあげている一人だ。以前は短絡的なところもあったけれど、今の彼からは落ち着いて周囲に気を配れる雰囲気を感じられる。
「必要があればどんな任務にも就くのが騎士だからな。まぁユーコンみたいな単独任務ばっかりだったり、副団長ほど何でもは無理だけど…」
あー…やっぱりあの人たちはあの人たちで同じ騎士から見ても異常なんだ。いつも指揮と事務方してるのにいざとなれば前線はれる副団長は当然として、執行官でもありながら殆ど城都にいないユーコンさんも同列で扱われていることが少し面白い。
ヘルィとはロ国との戦後にもにも何度か会っている。内容はティグリスの行方についてだ。経緯などは知らないけれどヘルィはティグリスと親しくしていたらしい。表面上は取り繕ってもパラナ以外の人と深くは付き合わなかったをしなかった彼に親しい友人がいたことが驚きだった。
「ごめんね。ティグリスの行方は以降進展がないの。諦めてはいないけれど正直、手がかりが皆無なの。」
「ああ、ホシノ商会だけでなく軍部とかにも要請してたんだろ。それで手がかりがないなら仕方がない。」
この世界の人は死したら空に還り遺体は残らない。故に彼の身に何かあっても以降その行方はわからないままになる。生きてさえいればどこかでその足取りが残りそうなものなのだけれど南に向かう目撃情報以降がプッツリと途切れていた。ポットに帰った可能性も考えてネビスさんを通して調べて貰ったけれどそれもないらしい。
この世界で誰とも関わらず生きていくのは難しい。強靭な肉体を持つ人ならともかく、彼は私と同じレタルゥ、私ほどじゃないにしても一般人と同じかそれよりも劣る身体能力では無理だろう。それはヘルィもわかってる。だから彼も生死については語ろうとしない。
今思えば彼にとってはポットの街を出て以降、パラナが彼の居場所だったのだろう。だから興味のない戦場にも一緒について来てくれた。その居場所を失った今の彼がどこへ向かったのか見当もつかない。
その後は話を切り替えて、最近の騎士団の話やヘルィの近状について話を聞く。ミーナの話を尋ねられたら上手くはぐらかす。ヘルィがミーナに好意があるのは以前から明白だ。別にヘルィは悪い人じゃないけれどミーナに相応しい人はもっと他にもいるような気がする。できればミーナには戦い等とは関係のない人と一緒になって欲しいし、見習いを終えたばかりのヘルィ程度じゃミーナは心許ない。せめて私を倒せるくらいの人じゃないと!
………
……
…
議堂につくと、一見普段と変わらない雰囲気…でもよく見ると警備人数が増え、要所にも衛士や兵士でなく騎士が配置されている。それにウマ留にはイ国ではあまり見ない大きさのウマ…たぶんロ国のウマだ。
旗があがっていないから非公式、城都民の感情を鑑みればまだまだ当然のことなんだろうけれど、車もないことに違和感を覚える。
まだ名前もしらない騎士さんに案内されるとそこは議堂の大広間、使節団との交流などで使われる部屋だった。部屋の入口には左にイ国の騎士、そして右にはロ国の騎士つまりこの中にいるのはロ国の重役で間違いなさそうだ。
「ヘルィ、大丈夫?」
「ああ、中にはマレーもいるはずだ。」
あ、そういうこと。この状況はヘルィでは身が重そうであると思ったけれど最初からヘルィも状況を知って今日の私の護衛に就いたということだ。
「ホシノ=ナイル到着いたしました。」
騎士さんが扉を開き中にいる人たちに私の到着を告げる。開かれた扉の中は思ったより人数は少ない。右手にアグニン様を筆頭にイ国その重役や担当官たち、そして左手にはロ国…見たことのある顔に驚きつつもその感情を表に出さないように対応する。
「ホシノ=ナイル、召喚に応じて参りました。」
「急な召喚に応じくれてすまない。もう少し後でも構わないと思っていたのだが君がいなければ進まない話もあってな。」
私は「滅相もございません」とアグニン様に返して今度は左手の方へと身体を向ける。
「お久しぶりでございます、ユトマル王子。いかがお過ごしでしょうか?」
「…聞いてはいたが本当に公身分ではないのだな。先の戦では多分に負担を強いてしまった。我が国の代表として君個人にも謝罪しなければならないな。」
「いえ、あの時は軍顧問としての役にあった訳ですし、あれは個人としてのものではありません。それに戦争のことについて個人に謝罪するのは誤りでしょう?」
先のロ国との戦でイ国は多数の死者、被害を被った。それ以前からの騒動も含めて私の親類友人も含めもそれに巻き込まれたけれど、それは戦争であったからで彼が私個人に対して謝罪するのは筋が通らない。それに彼はあの戦争には否定的な立場にあった。もし彼が現ロ国の代表として謝罪するべきならイ国であって私に対してではないはずだ。
「そう言ってもらえると幾分心も軽くなるが、我が国は貴国に多大な迷惑をかけてしまったことは間違いない。今回はその謝罪と、判明した事の経緯について、それに今後に交流等についても話さなければならない。今まで文や使者を通してであったが、幾分か我が国も落ち着いてきたのでな、強行軍で私とその側近のみで来たのだ。」
えぇ!?この人たった数名でスカーデワゴンタリからきたの?それでウマだけで車がなかったのか。相変わらず派手さとは無縁そうな見た目なのに決断力と胆力は凄い…無茶をするところは、あのお兄さんに似ているところなのかもしれない。
「その過程でいくつか不明点や疑問が出てきてな。すまないが君が関係するところもあるのでこの場に来てもらったというわけだ。」
なるほど、それでアグニン様ではなく外交担当のウィリュイ様の命でってことか。ロ国の現主長が呼んでるなんて言えるわけがないよね。
「疑問ですか?」
「ああ、しかしその前に先の戦には君も気になる部分が多かろう。判明している範囲だけであるが戦に至った経緯を私の口から説明させて欲しい。」
突然の訪問者はユトマル王子。強行軍での来訪という無茶に兄であるムクート王子と被る印象を受けるナイルでした。次回はロ国戦とその戦後についてのお話です。




