ベアトリーチェと隠密と私
私の喉元に突き付けられた物は、小刀か何か刃物だったらしい。
もし、いきなり斬り付けられたら私も命に関わるところだけど。私は魔剣士なのだもの。刃先が私に触れたままで止めていてもらえると、その刃物には私の魔術が掛かる。
でもまあ、それよりも本気の殺意みたいなものは感じなかった気はする。
「あなたに私が驚く理由は、何度も通りすがるあなたが体力偽装してるからなんだけど……。」
スマホが反応しちゃって、とは言えない。
通行人は少なかったはず。だけど私と体力偽装者が縺れている前に、2人のメイドが出現する。
メイドというか正確にはメイド服を着た2人連れ。
「失礼いたします、お尋ねしたい事がございまして。」
「そのお方からは手を放されたほうがよろしいですわよ。」
まあ放さなくてもその小刀は私の意のままです。
「……くっ、多勢だったとは!」
私は背中を突き飛ばされる。それくらいでは倒れるはずが無かったんだけど、メイドの1人がそれよりわずかに早く私の前に滑り込んでくるのを見て、反射的にそのまま倒れ込むことにした。
そんな1人と同時に、もう1人のメイドは私たちの左に駆け出すように見せかけてから、右側に飛び跳ねる。
空中でお互いを掴み合う体力偽装者とメイド。
私はさっきの勢いのまま倒れ込む中でその小刀に封じ魔力を掛けたまま、メイドさん、メイドさんです。メイドさんに抱きしめられる。
掴み合ったほうのメイドにも手を伸ばした先に武装が少し見えた。だけど相手が小刀を扱えていないので、組み技を躱し合ったところで弾けるように、体力偽装者は死角の先へ逃げていった。
「これは内密なので詳しくは話せませんが、海外からの潜入人物が目撃されておりまして。私どもはその密偵でございます。」
「どこかお怪我はございませんか? ……見ましたところ、冒険者さまでいらっしゃいますね。」
「あれくらいでは別に、……あ、いえ。なんだか今のショックで貧血が。もう少しメイドさんに抱きしめていてもらいたいです。」
「私はレネト。こちらはメネトと申します。あの……。」
「やはり冒険者様のご経験と勘で? あの不審な人物にお気付きになられたのですか?」
「そうなんですよ、私は何もしてないのにスマホに着信が来るものだから……あ、いえ。今のは何でもないです。ちょっと、私が前方不注意でぶつかっちゃって。そしたらああなっちゃって……。」
という事で、あの体力偽装者には私と他人でいてもらおう。
「あ、貧血は大丈夫です。この宿屋が私の我が家なので、あはは。ここのごはん美味しいんですよ~。」
「ミレフィアちゃん、何してたの? 誰かと話してたよね。」
「ああリェリュス、お待たせ。うん。なんかね、知らない3人組が何だろう軽い喧嘩かな? でも何もなかった。」
「宿の女主人さんがね、晩御飯がもうすぐできるからもう少ししたら降りておいで、って言ってたよ。」
「わ~。それって、セーブルおばさん、私たちの帰りに合わせて温めてくれてるんだね、きっと。」
そんな話をしながら3階の女子部屋に私とセレネは一緒に到着する。
今日の町歩きくらいで歩き疲れるような子はいないけど、やっぱりみんなのお部屋は落ち着くね。
「でもなんだろ……このお部屋、なんだかいつもより手狭な雰囲気がする。」
「やだにゃ~ミレフィア。2人部屋に5人だもの、いつも狭いんだにゃ。」
「そうなんだよね、何だろうこの……あ、みんなごめん、何でもなかった。」
どうやって……天井に張り付いてるのよ、あの不審人物。
そのあと間もなく、セーブルおばさんから呼ばれて、みんなは1階の食堂に下りていった。
私は、話を付ける相手がいるので、「ちょっと遅れていく」と1人だけお部屋に残る。正確にはもう1人と一緒に。
「あのあと、この部屋に逃げ込んだんだよ。窓が開いてて助かった。」
天井からストンと降りてもらうと、私のスマホが着信で出現する。やっぱり同一不審者だ。
「町の中で何度も擦れ違う事くらいはは偶然でもおかしくないと思うんですよ。でも、毎回そのたび衣服が変わってたのは変よね?」
「拙者はがんばったのだ。いっときも目を離さないためにはそういう回数になるのも当然だろう。……それなのにこの国の密偵に報告が行ってしまうなんて。不覚だ……これじゃ大聖女様から叱られる。」
うん……? ずいぶん喋る不審人物だ。あああ、そんな。涙を流さないでよ~。
体力偽装をするまでに鍛え上げられた並外れた戦闘力。
異国からの潜入人物で、私たちの周りが隠密調査対象で、命じていたのが聖老院や大聖女様。
私たちの仲間でまだ少女の聖女さまは、半分お忍びとはいえ護衛が1人も付いていないのは前々から心配だった。
「あ~~、うん。あのさ、あなたまだ私たちとそんなに年齢も違わないわよね。お腹空いてない?」
「あんな強い密偵たちにバレちゃったんだよぅ。どこにも行けないよう~。」
「まあベアトリーチェ次第だけど、ここにいてもいいんじゃないかな。何なら私は召喚冒険者だし、国王様に顔が利く仲間もいるよ?」
「だ、ダメだよ。拙者はこの存在が聖女様に知られてはいけないんだっ。」
ほらまた泣く~。どうしよう。
「いま下に私のごはんができてるから。それを持ってきてあげるね。ちゃんと待ってるのよ?」
「うん……わかった。」




