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対魔王人類同盟  作者: 茅ヶ崎栄太郎


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第10話 建国

あいつの力の真価に気付かされたのは

洞窟に住み始めて二週間が経った頃だった。


魔獣の森での暮らしは

一日一日が生き延びるための戦いだった。


水は川から汲めたが食料が常に足りない。

森の果実は半分が毒を持ち

安全なものを見分けるには

誰かが実際に口にして確かめるしかなかった。


毎晩、焚き火を囲んで情報を共有した。

どの獣がどの時間にどの道を通るか。

どの茂みに蟲が潜んでいるか。

どの方角に行けば食える根が採れるか。


だが百五十人の集団で

全員に正確な情報を行き渡らせるのは容易ではない。

伝え聞いた話と実際の危険には齟齬が生じてしまい

話して伝えただけでは伝わりきらなかった。


「くそ、どうすりゃ良いんだ…」


俺がそう言った夜

あいつは焚き火の向こうで黙り込んでいた。


しばらくして顔を上げた。


「私の幻術で試したいことがあるんだけど聞いてくれないか」


「幻術?」


我が幼なじみ殿には生まれつき人や獣の目を欺く力があった。強い力ではなく、子供の頃に悪戯に使っていた程度のものだ。成長してからは、祭りの夜にきらめく鳥の幻影を飛ばしたり、川の水面に架空の魚を泳がせたりして村の子供たちを喜ばせていたが、せいぜいその程度のものだと思っていた。


あの力が今の窮状にどう役立つと言うのだろうか?

俺にはわからなかった。


「目を閉じてくれ」


言われた通りにすると

瞼の裏に映像が浮かんだ。


森の中の小道。

左手に赤い花の群生。

近づくと甘い匂いが鼻を突く。

花弁に触れた指先が痺れる感覚——


俺は思わず目を開けた。


「今のは——」


「昨日、南の斜面で見たものだ」


あいつは静かに言った。


「見たもの、感じたもの。

 そのまま他人の頭に流し込める。

 言葉で説明するより

 ずっと正確だろう」


俺は息を呑んだ。


幻術を情報の伝達に使う。

見せかけの像で人を欺くのではなく

自分が見聞きした現実を

そのまま他者と共有する。


「……全員にできるのか」


「この洞窟にいる全員くらいなら」


あいつはそう言って

洞窟の奥で眠る仲間たちに目を向けた。


「明日から毎朝

 私がその日の注意を全員に伝える。

 昨日誰かが見つけた危険も

 誰かが見つけた食料も

 全員が自分の目で見たのと同じになるんだ」


---


翌朝から暮らしが変わった。


あいつの幻術によって

南の斜面の毒花や東の沢沿いに実る食べられる木の実

昨夜北の岩場を通った大型の魔獣の足跡などが

洞窟にいる全員の頭に映像が流れ込んでくる。


言葉による伝達とはまるで違った。

「南に赤い花がある、近づくな」と言われるのと

実際にその花の色と形と匂いを自分の感覚として知るのとでは

情報の確かさが根本から異なる。


効果は目に見えて現れた。

毒の茂みに踏み込む者がいなくなり

食料の採取量が倍以上に増えた。

魔獣の行動圏を全員が把握しているから

無駄な遭遇も激減した。


そうして1か月ほど過ごした頃。

魔獣の森で死ぬ者がほとんどいなくなった。

もちろん1つのミスですぐに命が失われるような

危険な場所であるのは変わらないのだが

全員がそれぞれに見聞きした危険を集約することで

どこに危険があるのか皆が熟知するに至ったのだ。


「すごいな、これは」


俺は素直に感嘆した。


「百五十人が

 同じ目と耳を持ってるようなもんだ」


「ああ。

 だがもっと使える」


あいつの目には

あの幼馴染特有の——

何かを企んでいる時の光があった。


「情報だけじゃない。

 技術も共有できるんじゃないかと思うんだ」


「技術をだと?」


「たとえば罠の組み方を

 一人が覚えれば全員に映像伝えることができる。

 すぐに出来なくても言葉で言われるより良く伝わると思うんだ。

 火の起こし方、薬草の見分け方、獣の解体の手順なんかも

 伝えることができるんじゃないか」


あいつはそこで言葉を切り

焚き火の向こうの仲間たちを見渡した。


「誰かひとりが身につけた技術を

 全員がすぐに習得できるとしたら

 この集団はどれだけ強くなる」


俺は背筋が粟立つのを感じた。


それは途方もない話だった。

百五十人の誰かが何かを学べば

百五十人全員がそれを使えるようになる。


知識と技能が

一瞬で共有される集団。


「それが出来たらすごいぞ…」


「やってみたいんだ。

 手伝ってくれるか?」


あいつは少しだけ笑った。


---


あいつの幻術による共有は

集団のスピードを劇的に変えた。


魔物の接近を防ぐために

洞窟の周囲に簡素な柵と見張り台を築いたのだが

一人の年寄りが覚えていた木組みの技法を

全員に共有した結果、皆で一斉に同じ作業をできた。


川沿いに畑を拓いたときには

土の具合の見方や畝の作り方

鍬の作り方と手入れの仕方などを

伝えて一斉に作業した。


伝えるべきことをすべて理解して

整理して鮮明に伝えるあいつの頭の出来にも驚いたが

それ以上にこのやり方の効果の大きさにも驚いた。


そうして、俺たちの生活に余裕が生まれてきた頃

魔獣の森が豊かな資源の宝庫であることに俺たちは気付いた。


人族も亜人も近づかない森だ。

誰にも採取されたことのない鉱脈が眠り

外の世界では滅多に手に入らない薬草が群生していた。


そして何より魔石だ。


魔獣を倒すとその体内から魔力を帯びた石が採れる。

外の世界では一つで金貨数十枚に値するそれが

この森ではいくらでも手に入る。


「これで道具が作れる」


鍛冶の心得がある者が言った。

彼が魔石を加工する技法を編み出すと

あいつの幻術で即座に全員に共有された。

翌日には十人が同じ精度で魔石を削っていた。


一か月後には

石の斧と木の棒で戦っていた俺たちが

魔石を鋳込んだ武器と防具を手にしていた。


魔獣との力関係が逆転した。

追われる側から狩る側へ。


「なあ」


ある夜、俺はあいつの隣で焚き火に当たりながら言った。


「お前の力がなかったら

 俺たちはとっくに全滅してたな」


「私の力じゃないよ」


あいつは首を振った。


「私は伝えてるだけさ。

 解明したのも作ったのも皆の力だよ。

 私など無力な存在さ」


そう言ってあいつは空を見上げた。

木々の隙間から星が覗いている。

もうこの森の夜空にも慣れていた。


「俺たちが同じ景色を見て

 同じ方向を向いて進むことができているのは

 お前の力があってこそだろう」


俺たちの集団には

不思議な一体感があった。


あいつの幻術を通じて

日々の発見や苦労だけでなく

喜びや悲しみまでもが共有される。


誰かが子を産めば

その喜びが全員に伝わった。

誰かが魔獣に傷つけられれば

その痛みを全員が知った。


百五十人が

一つの生き物のように動いていた。


外から見れば異様だったかもしれない。

だが俺たちにとっては

それが当たり前の暮らしになっていた。


---


森に入って二年目の冬。


見張りが森の南端で

衰弱した一団を発見した。

獣の耳と尾を持つ獣人たちだった。


三十人ほどで

半数が女と子供だった。

全員が痩せ細り着ている物はぼろぼろだ。


「王国に追われて逃げてきたんだ」


先頭の男がそう言った。


「共和国に行こうとしたが

 入れてもらえなかった」


俺はあいつの顔を見た。

あいつは黙って頷いた。


「俺たちと共に暮らすか?」


俺はそう言った。


「飯はあるし、寝る場所も作ろう。

 もちろん体力が戻ったら働いてもらうが」


獣人たちの目が大きく見開かれた。

信じられないという顔だった。


「……本当にいいのか。

 俺たちは行く当てがなくて

 この森に入るしかなかったんだ。

 まさか人が住んでるとは思わなかった」


「畑もあるし風呂もある。湯加減はぬるいがな。

 家は足りないが、まあ総出で作ればなんとかなるだろ。」


俺が言うと

後ろの方で子供が泣き出した。

母親が慌てて抱き上げたが

その母親も泣いていた。

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