第八十九話・野外行軍演習の決着①
ガーンズバック先生の放った一撃の威力は凄まじかった。
爆音を上げる閃光が魔族を打ち据え、魔族の身に纏った防御障壁を一瞬で砕くと閃光がその身を飲み込んだ。
閃光が消え、爆音と衝撃が通り過ぎた後には何も残っていない。
「どうだ?これを食らえば、ただでは済むまい!」
アレックス達の眼前で、一見すれば相手の魔族はガーンズバック先生の放った一撃で吹き飛んだ様に見える。
しかし、アレックスはそれが欺瞞であると見抜いていた。
「ガーンズバック先生、まだです!魔族の本体は……」
ガーンズバック先生が一撃を放った瞬間、目の前の魔族はその細長い幹には不釣り合いに太い根元を地中に埋めていたのだ。
アレックスがその事を告げようとした瞬間、地面が揺れた。
「何!?」
広場の中央が盛り上がり、地中から巨大な木の株が現れる。
地面に亀裂が走り、太い木の根が飛び出してきてガーンズバック先生に襲い掛かる。
必殺の気を込めて一撃を放った後だったガーンズバック先生は、その木の根を避けきれずに吹き飛ばされる。
「あれは何なの?」
細長い幹、四方に広がった枝葉を消し飛ばされた魔族が、その正体を現したのだ。
「あれが、この魔族の正体です。地上に見えていた部分はそれを隠すための擬態にすぎません。言ってみれば、根の悪魔です」
地上に姿を現し暴れまわるその根の攻撃をかいくぐり、アレックスとランペイジ先生は根の悪魔の攻撃を受けて吹き飛ばされたガーンズバック先生の下に向かった。
地に伏せたガーンズバック先生が、口から流れた血を拭って立ち上がる。
「不覚を取ったか……。まさか、地上に見える木の部分は攻撃を誘うための囮で、地中に埋まる根の方が本体とはな」
ふらつくガーンズバック先生を庇って、アレックスとランペイジ先生が魔族の攻撃を防ぐ。
それを見たガーンズバック先生が苦笑を浮かべる。
「不味いな。まんまと相手の策に乗って力を使い果たしてしまった。スプリングフィールド君、ランペイジ先生、皆を連れて退却しなさい。これ以上は、あの魔族を抑えておく事も難しい」
ガーンズバック先生の言葉に、ランペイジ先生が悲痛な表情を浮かべる。
「ガーンズバック先生を置いて行けって言うんですか?」
ランペイジ先生の言葉に、ガーンズバック先生が頷く。
「少々手傷を負いすぎた。それに撤退するとなれば、誰かがアレを抑えなければなるまい」
そのガーンズバック先生の言葉に、アレックスが待ったをかける。
「ガーンズバック先生、まだあきらめるには早すぎます。……私を信じて少しだけ時間を稼いでくれませんか?」
魔族の攻撃を防ぎながら、アレックスがガーンズバック先生に声をかける。
アレックスのその言葉に、ガーンズバック先生はアレックスを見返した。
「考えがあるのかね、スプリングフィールド君?」
ガーンズバック先生の疑問に、アレックスは力強く頷く。
「はい、ガーンズバック先生。三十秒で構いません」
アレックスが断言すると、ランペイジ先生は不安気にガーンズバック先生に目を向ける。
それを見たガーンズバック先生は、手にした斧を握り返すとランペイジ先生に頷き返す。
「よかろう!三十秒だな!信じよう!ランペイジ先生!」
迫る魔族の攻撃を、ガーンズバック先生はアレックスと場所を入れ替わって受け止める。
「分かりました、ガーンズバック先生。魔技、魔法盾!」
傷付いたガーンズバック先生の動きをフォローする様に、ガーンズバック先生が防ぎきれない分の魔族の攻撃をランペイジ先生が魔法の盾を作り出して防ぐ。
「ありがとうございます、ガーンズバック先生、ランペイジ先生」
それを見たアレックスは、二人の背後で息を整えると意識を集中した。
「……天地無窮流絶技、霊魔錬成!」
魔力と気を練り上げて気合を入れたアレックスの体から力の奔流が迸る。
その力を感じたガーンズバック先生とランペイジ先生から驚きの声が上がる。
「何だ?」
「何が起こってるの?」
アレックスの噴き上げる力の気配に警戒したのか、一瞬魔族の動きが止まる。
「左手に掲げるは栄光の玉座……、右手に掬うは絶望の深淵……」
アレックスの体から吹き上がった魔力と闘気がうねりを上げて収束していく。
「先生!」
アレックスが声を上げると、ガーンズバック先生とランペイジ先生の二人はアレックスの前から飛び退る。
二人が退いた事で、アレックスと魔族が相対する形になる。
「天地無窮流奥義、天獄葬方陣!」
アレックスが掲げた左手には全てを塗り潰す光輝の玉が、右手には全てを呑み込む漆黒の渦が顕現する。
二つの力場を握りしめたアレックスは、その手の力を解き放つ。
軛を解かれた闇が魔族の体を呑み込んで侵食し、次いで撃ち放たれた光は渦巻く闇の中心にいる魔族を貫いて四方に溢れ出していく。
解き放たれた光と闇が魔族の存在を捉え、陰陽の相剋が全てを巻き込んで消滅しようとその暴威を振るう。
「ハァァァ!」
裂ぱくの気合を上げたアレックスは、両手を重ねて魔族を飲み込んだ光と闇の玉に向かって飛び出した。
そうして魔族との間合いを一瞬にして詰めたアレックスは、光と闇の玉に重ねた両手を叩きこむ。
その瞬間、鬩ぎ合い拮抗を保っていた陰陽相剋の均衡が一気に崩れて崩壊する。
荒れ狂う暴威も響き渡る轟音も大地を揺るがす衝撃も、全てが一瞬で呑み込まれて消滅する。
周囲を完全なる静寂が包む。
何もかもが消え失せ、全てが終わった時には魔族の姿はこの世から消滅していた。
「……なっ、何が、どうなったの?」
静寂の中で、ランペイジ先生が呆然とした表情で呟く。
辺りには既に魔族の存在を示すものは何もない。
あるのは、魔族が暴れた結果掘り返された地面だけ。
「これは……凄まじいな……。天地無窮流というのは、ここまでの力があるのか……」
ガーンズバック先生も信じられないといった表情で呟く。
「フゥ、ハァハァハァ……」
根の悪魔が存在していた場所には、直径数メートルの大きな穴が開いている。
その穴の淵に立ったアレックスは、荒い呼吸を整えようと数度深呼吸を繰り返す。
そこに、状況を確認しようとガーンズバック先生が歩み寄ってくる。
「大丈夫か、スプリングフィールド君?……それにしても、あの魔族が跡形もないとはな……」
竜血解放を解いたガーンズバック先生の体が、元の人型へと変わっていった。
すると、変身を解いたガーンズバック先生の下に、状況を確認しようと他の先生達も集まってくる。
「ガーンズバック先生、何があったんですか?あの魔族はどこに行ったんです?」
状況を飲み込めず困惑した表情を浮かべる先生の言葉に、ガーンズバック先生は苦笑を浮かべる。
「あの魔族なら、消滅しましたよ。討伐できたという事ですな」
あの時、直接アレックスと話したガーンズバック先生でも信じられない気持ちがあるのだ。
そう考えれば、アレックス達とは離れた位置で戦っていた他の先生達には訳が分からないのも当然だろう。
ガーンズバック先生がそんな事を考えていると、困惑している先生達を尻目に魔族の存在した痕跡を確認していたランペイジ先生が、目の前に開いた大穴を覗き込んで声を上げた。
「皆さん、あれを見てください。穴の底、人でしょうか?」
ランペイジ先生が指差す先、穴の底には折り重なるように倒れる二人の人影が見える。
「何でしょうな。まさか、魔族の居た痕跡に人が倒れているとも思えませんが、確認してみましょう。少々注意が必要ですかな?」
斧を握りしめたガーンズバック先生がゆっくりと穴の底へと降りていく。
アレックス達もその後ろについて斜面を滑り降り、穴の底へとやってくる。
アレックス達が穴の底へとたどり着いた所で、二人の人影の正体を確認していたガーンズバック先生が立ち上がるとアレックス達を振り向いて首を振った。
「どういうわけかは分からんが、既に死んでいる。一体、彼らは何者でしょうな」
穴の底に降りガーンズバック先生のそばに近寄ったアレックス達の目にも、二人の様子が見て取れた。
折り重なるようにして倒れた二人の人物。
それは干からびたミイラの様な死体だった。
「ここにあるという事は、今回の異変の関係者ではないでしょうか。見た所、冒険者といった風体ではありませんね。随分と上等な服を身に着けていますが、何者でしょうか……」
他の先生達が干からびた死体の有様に顔をしかめる中、慣れた様子でランペイジ先生が死体とその周囲を見分し始める。
しばらくして、ランペイジ先生がガーンズバック先生に声をかけてくる。
「ガーンズバック先生、これを見てください」
ランペイジ先生は、小振りな壺と木箱を取り上げるとガーンズバック先生にそれを見せる。
壺と箱を見た途端、ガーンズバック先生の眉間に皴が寄る。
「この壺は?それに、その木箱に書かれている紋章は神聖カルディア王国の紋章ではないですか。どうしてそのような物がこんな場所に……」
ガーンズバック先生とランペイジ先生が顔を見合わせる。
それから、ガーンズバック先生は周囲を見渡すと先生達に声をかけた。
「とにかく、他に遺留品がないか確認しましょう。死体の所持品も確認しなければなりませんし、このままここに死体を置いていくわけにもいきません。遺留品ともども二人の死体も回収して山を下りましょう」
そうして、ガーンズバック先生達が周辺の状況を確認してアレックスとともに山を下りたのは、その日の夕方近くになってからだった。




