第九十話・野外行軍演習の決着②
大陸統一歴2320年、8月下小月五日目
ローランディア選王国、王都セントラル
王城テネブリス内、大会議室にて――
「……以上で、野外行軍演習で起きた事件の報告を終わります」
一通りの報告を終えて、ケレス学園長は溜息を吐きたい気持ちをグッと堪えて努めて澄ました表情を浮かべる。
今、ケレス学園長がいるのは、いつもの王立アウレアウロラ学園の執務室や会議室ではない。
この場は、王城テネブリスの一角にある会議室、それも国王陛下がご臨席なされる場合にのみ使用される大会議室である。
静まり返った大会議室の中で、ケレス学園長は視線だけを動かしてこの会議の列席者の様子を窺う。
「ハァ……、であるか」
大会議室の奥の席に座るロザリアーネ女王陛下は、その端正な顔に僅かに苦み走った表情を浮かべる。
ロザリアーネ女王陛下の眼前には瀟洒な細工の施されたテーブルが置かれ、四人の人物がロザリアーネ女王陛下と共に席に着いている。
それぞれに上等な仕立ての服に身を包んだ壮年の男性だ。
ケレス学園長から見て右側に東方領を収めるスプリングフィールド選公爵と南方領を治めるサマーベイスン選公爵、左側に西方領を治めるフォールプレイン選公爵と北方領を治めるウィンターヒル選公爵が座っている。
そして、そのテーブルから少し間を開けて置かれた長テーブルには、この国の中枢とも言うべき文官、武官が座っている。
ケレス学園長が座るのは、その長テーブルのもっとも下座、丁度ロザリアーネ女王陛下から見て対面に位置する席である。
ケレス学園長から見て右側には、上座から順に前王陛下の代から宰相を務める重臣であるオットー・フォンビス・マルク子爵。
次いで総務卿のオイゲン・ゲーテシュ・トロンハイム侯爵。
財務卿のロベルト・ゴドウィン・ゴールドマン子爵。
内務卿のゲオルグ・フェルデナンド・ミュンヒハウゼン伯爵。
外務卿のアウグスト・ベンジャミン・オルトランド侯爵。
軍務卿のアンソニー・ホプキンス伯爵。
対面である左手側には、上座から順に王都騎士団団長のイゴール・ロッドマン名誉子爵。
次いで黄龍騎士団団長のレイモンド・ブロンソン名誉子爵。
一つ席を開けて赤竜騎士団団長のマクドナルド・チャールズ・ガドワルド子爵。
白竜騎士団団長のパーシヴァル・ブライトアイズ法衣子爵。
黒竜騎士団団長のジョシュア・ドラゴンファング法衣伯爵。
空いている席に座るべき青龍騎士団団長は、ロザリアーネ女王陛下の左側に坐するスプリングフィールド選公爵本人だ。
ケレス学園長が彼らの様子を眺めていると、フォールプレイン選公爵が重たい溜息を吐いて口を開いた。
「フゥ、全く困ったものだな。ケレス学園長、その見つかった二名の死体というのは、神聖カルディア王国の王子とその近習を務める貴族子息で確かに間違いないのだな?」
ケレス学園長の報告に念押しの確認をしてくるフォールプレイン選公爵を見て、ケレス学園長ははっきりと頷く。
「間違いありません。見つかった二人の死体の持ち物も、王子とお付きの者の所持品で間違いないと確認が取れています」
ケレス学園長は、フォールプレイン選公爵の問いに改めて二名の死者が王子とその近習である貴族子息である事を伝える。
その問答を聞いて頭を抱えたのは、外務卿のオルトランド侯爵だ。
「そもそも王子が亡くなった事自体が問題ですな。このような事態になって、神聖カルディア王国が何と言ってくるか……。外交問題ですぞ?」
「確かに……。大体、王子が魔族を召喚してこのローランディア線王国を危機に陥れようとしていたなどと……。一体、学園は何をしていたのですかな?神聖カルディア王国の王子の行動を監視もせず止める事も出来ないとは、これは学園の監督不行き届きではないのですか?」
オルトランド侯爵の言葉に頷いた内務卿のミュンヒハウゼン伯爵が、責めるような口調でケレス学園長に視線を送る。
その視線にケレス学園長はじっと黙したままだったが、宰相のマルク子爵が横から口を挟んできた。
「何を言うかと思えば……。そもそも、王子の行動に対して学園に格別の配慮を求めると強く言っていたのは、内務卿と外務卿のお二人ではないですかな?」
マルク子爵がケレス学園長を批判しようとしたオルトランド侯爵とミュンヒハウゼン伯爵を牽制すると、軍務卿のホプキンス伯爵がその後を継ぐ様に話始めた。
「いずれにしても、起こった事は覆せん。実際問題として、神聖カルディア王国に王子の死をどう伝えたとしても、カルディア王家が責任を追及してくる事は間違いない。最悪、これを口実に戦争を仕掛けてこないとも言い切れん」
ホプキンス伯爵がそう言うと、白竜騎士団のブライトアイズ騎士団長が辟易した様に顔を歪める。
「それは、勘弁願いたいですな。戦となれば、一番に矢面に立たされるのは我ら白竜騎士団と白棍兵団ではないですか」
「ブライトアイズ、もしもの時は、我ら黒竜騎士団の精鋭、竜騎士隊を応援に出しても構わんぞ?」
ブライトアイズ騎士団長の言葉に、黒竜騎士団のドラゴンファング騎士団長がニヤリと笑みを浮かべる。
「二人共、そもそも戦になるかどうかも分かりませんよ。仮に戦になるとしても、西部小国家群の諸国が素直にカルディアの兵を通すとも思えません。必ず一悶着あります。戦の準備というのなら、まずはその動向を見てからでも遅くはありますまい」
赤竜騎士団のガドワルド騎士団長が、ドラゴンファング騎士団長の言葉を窘める。
それを聞いて、財務卿のゴールドマン子爵が同意の意を示す。
「そうですな。戦の準備となれば、軍費の準備も糧食の調達も馬鹿にはなりません。軽々に戦などというべきではないでしょう」
ゴールドマン子爵が、ブライトアイズ騎士団長とドラゴンファング騎士団長に厳しい目を向ける。
それを見た王都騎士団のロッドマン騎士団長が、一つ咳払いをして全員の注目を集めると話始めた。
「仮定の話よりも、まずは出現したという魔族の後始末の方が大事でしょう。ブロンソン?」
ロッドマン騎士団長に促された黄龍騎士団のブロンソン騎士団長がそれに頷いて話を始める。
「うむ。出現した根の悪魔については、現場にいた学園の教師達によって異変発生の翌日には既に討伐されています。念のため、根の悪魔について賢者ギルドに内密で照会いたしましたが、件の悪魔は種の悪魔という眷属を生み出す能力があるそうです。数百年前に大陸北部で出現した記録もあるそうで、その時は国が一つ滅んだとか……」
ブロンソン騎士団長の言葉を継いで、ロッドマン騎士団長がロザリアーネ女王陛下の方を向いて話を始める。
「その件については、王都騎士団と黄龍騎士団が合同で一小月以上かけて山狩りを行いました。ケレス学園長の報告には魔族の眷属である種の悪魔六体を討伐したとありますが、騎士団の方でも野生動物が変異したと思われる種の悪魔を数体討伐しております。……陛下、三度にわたる山狩りを行った結果、既に魔族とその眷属は全て討伐されたと我々は判断いたしております」
ロッドマン騎士団長の言葉に、ウィンターヒル選公爵がニヤリと笑顔を浮かべる。
「その件だが、教師達の働きの中に学園の生徒も混ざっていたとか?我らがローランディア選王国に迫る危機を未然に防いだのは素晴らしい功績だと思わんかね?」
そう言って、ウィンターヒル選公爵は他の選公爵三人に視線を送る。
「……そうは言っても、所詮は学生でしょう?教師達の働きは確かに称賛に値するが、たかが学生の働きまで称するに値しないのでは?」
「その学生というのは、スプリングフィールド選公爵家の御子息だとか?だとすれば大層なご活躍ではないですか。どうですか、スプリングフィールド選公爵?」
不機嫌そうに眉根を寄せたサマーベイスン選公爵を見て、フォールプレイン選公爵はスプリングフィールド選公爵に話を振る。
「私の一存でどうこうする事ではありません。神聖カルディア王国の王子が亡くなっている事を踏まえれば、大々的に功績を喧伝する事もないでしょう」
スプリングフィールド選公爵のその言葉に、サマーベイスン選公爵はあからさまに安堵した表情を浮かべる。
「その件については、後々考えるとしましょう。確かに大々的に喧伝できる事ではありませんが、功績のあった教師に何もないというわけにもいきません。マルク、良しなに頼みますよ?」
「はっ、仰せのままに……」
ロザリアーネ女王陛下の言葉に、マルク子爵が一礼を返す。
顔を上げたマルク子爵は、大会議室に居並ぶ面々を見渡して言葉を続けた。
「さて、話がそれてしまっていたようだが、問題は神聖カルディア王国の王子の件をどう伝えるかだ。真実を隠蔽するわけにもいかぬ以上は、どう伝えるか……」
喧々諤々の議論が交わされていくのを、ケレス学園長はジッと黙って見続ける。
ケレス学園長は、もとよりこの場で意見できるような立場にはない。
ただ事件の詳細について学園のまとめた情報を報告するだけで、あとはひたすらに会議の終わるのを待つだけだ。
これが王立アウレアウロラ学園の会議であれば、些細な議題でもケレス学園長とて未来ある生徒達のためと思えば力が入る。
しかし、如何せんこの場は自分にとっては雲の上である王国の御前会議だ。
退屈だとあくびの一つもしたくなる気持ちをグッと堪えて、ケレス学園長はただ会議の終わるのを待つしかないのだった。




