第八十六話・野外行軍演習の戦い②
ランペイジ先生の目の前で、舞い上がった土煙が風に流されて晴れていく。
「あっ、貴方は!」
土煙の晴れた中心に佇む人影を見て、ランペイジ先生は驚きに目を見開く。
「スプリングフィールド君?何で貴方がここに?」
アレックスは、魔族を切り伏せた細剣を一振りして刀身にまとわりつく瘴気の残滓を振り払うと、厳しい眼差しで戦場を見渡した。
「種の悪魔ですか。厄介な……」
前衛の先生達が戦う魔族の姿を見たアレックスは、胸元の聖印にそっと手を触れると祈りの言葉を唱え始める。
「法と秩序の神フェルネスよ。世界を蝕む邪なる気配を打ち払い給え。邪悪を退け清浄なる気で場を満たし給え。神聖術、祓魔清浄陣」
アレックスの掲げた手から淡く暖かな光が溢れ出して周囲に広がっていく。
広がった光が前衛の先生達と戦っている魔族の下まで到達すると、魔族は身を震わせて吠え声を上げた。
「ボヨョヨョヨョヨョゥゥゥ!」
吠える魔族が滅茶苦茶に手足をばたつかせて暴れまわる。
頭頂部の裂け目から黒い瘴気の靄を吹き出すが、光に触れるとスッと掻き消えていく。
「一体どうなっている?スプリングフィールド君!何をしたんだ?」
出鱈目に暴れまわる魔族から距離を取って斧を構えなおしたガーンズバック先生が、ちらりと背後のアレックスに振り返って問いかける。
その問いに、アレックスは険しい表情を浮かべたまま答えを返した。
「ガーンズバック先生、神聖術を使って魔族の放つ瘴気を払いました。今なら、体を蝕む瘴気の影響を受けずに戦えます。このまま、魔族を討伐してしまいましょう」
ガーンズバック先生の問いに答えながら、アレックスも前衛として戦うガーンズバック先生の隣に並び立つ。
ガーンズバック先生は、その姿をチラリと確認しただけでそれ以上アレックスに何かを言う事無くその場にいる先生達に号令をかけた。
「皆、魔族の瘴気が抑えられている間に魔族の討伐を!」
ガーンズバック先生の声に、その場にいる他の先生達も気合の声を上げて答える。
先ほど魔族の攻撃を受けて吹き飛ばされていた先生も駆け付けてきて、前衛として戦いに復帰する。
前衛の先生達三人とアレックスの合わせて四人で、それぞれ目の前の魔族に対峙する。
「ボヨョヨョヨョヨョゥゥゥ!」
己の危機を感じ取ったのか、残り四体の魔族が咆哮と共に瘴気を吹き出す。
しかし、先ほどまでと違い、今はアレックスの神聖術で作られた祓魔清浄陣が噴き出す瘴気を全て浄化していく。
「体が軽い!これなら、たかが魔族ごときに遅れは取らん!」
ガーンズバック先生を先頭に魔族との戦いが再開される。
先ほどまでとは違い魔族は動きも鈍く、ガーンズバック先生達の攻撃に押し込まれて後ずさる。
「これで決めるぞっ!斧技、縦撃一閃」
勢いに押されて後ずさる魔族を逃がさぬように、ガーンズバック先生の振るう斧が魔族の頭をかち割る。
「ボヨョヨョヨョヨョゥゥゥ!」
断末魔の悲鳴を上げた魔族が、力なく地面に倒れ伏す。
ガーンズバック先生は眼前の魔族を倒しても油断する事なく、周囲を見渡して戦況を確認する。
アレックスの方を見れば、アレックスも目の前の魔族に止めを刺していて、刀身に纏わり付く瘴気の残滓を振り払った所だった。
アレックスと目が合ったガーンズバック先生がアレックスに頷いて見せると、二人はいまだ戦いを繰り広げている他の先生達の方へ助勢するために動いていた。
ガーンズバック先生の他に前衛で魔族と戦う先生達は、瘴気の影響を除いたおかげで動きに精彩を取り戻していたが、しつこく抵抗する魔族のうねる様な触手の動きに手を焼いていた。
「先生方、助太刀いたします」
アレックスが、苦戦する先生達に声をかける。
「すまん!助かる!」
先生がアレックスの声に応える。
「スプリングフィールド君は右を!私が左だ!」
ガーンズバック先生の指示に従い、アレックスとガーンズバック先生は二手に分かれて魔族に立ち向かう。
「ボヨョヨョヨョヨョゥゥゥ!」
新たな敵を察知したのか、魔族が悍ましい雄たけびを上げる。
アレックスは、警戒する魔族の雄叫びは無視して足を止めずに魔族の間合いに飛び込んだ。
魔族と対峙する先生と入れ替わる様に立ち位置を変え、その手の細剣を素早く振るう。
アレックスの攻撃に手傷を負った魔族が、標的を変えてアレックスに向き直る。
「ボヨョヨョヨョヨョゥゥゥ!」
魔族の頭部に生えた蠢く幾つもの触手が、突如鋭く長い針の様に伸びてアレックスを襲う。
アレックスは、左手に構えたソードブレイカーを翻して触手を切り払う。
切り払われた触手の残骸が、祓魔清浄陣の光を受けてジュゥッと音を立てて消滅していく。
「ボヨョヨョヨョヨョゥゥゥ!」
触手による攻撃を防がれた魔族が、叫び声をあげてアレックスに躍り掛かる。
アレックスは、その魔族の動きを冷静に見極めて身をひるがえすと、魔族と交差した一瞬で細剣を振るう。
「剣技、奪命蠍針」
一瞬煌めきを放ったアレックスの細剣が、瞬時に魔族の頭部に吸い込まれる様に突き刺さる。
アレックスが引き抜いた細剣に纏わり付く瘴気の残滓を振り払った時には、対峙していたはずの魔族は地に倒れ伏していた。
「さすがだな、スプリングフィールド君。……君が来てくれて助かった。君の神聖術によるサポートが無ければ、我々だけでは危うい所だった」
そう言って、ガーンズバック先生は戦場を見回す。
ガーンズバック先生の視線の先では、止めを刺された魔族の死体がグズグズと音を立てて崩壊している所だった。
ガーンズバック先生は死体のそばに歩み寄ってその様子を観察する。
魔族に寄生された死体の頭部は、寄生した魔族が消滅した事で白骨を晒している。
「しかし、コイツ等はいったい何者なんだ?見た所、冒険者風の装備だが……」
死体を見下ろして考えるガーンズバック先生に、調査隊の先生の一人が近付いて声をかける。
「ガーンズバック先生、ここは学園の管理する山です。定期的に冒険者に依頼して山の管理をしていますが、今の時期は野外行軍演習のための調査を行った直後ですし、冒険者がいるのは不自然です。不法侵入でしょうか?」
先生の疑問に、ガーンズバック先生も頷く。
「でしょうな。しかし、何のために学園の管理する山に不法侵入したのかは謎です。……やはり、ここは調査を続行するべきでしょう。この山の状況、瘴気の広がり具合、今戦った魔族が原因と考えるには規模が大きすぎます。原因は山頂にいるとみてよいでしょう」
ガーンズバック先生の決定に、そばに寄ってきたランペイジ先生も同意する。
「ガーンズバック先生の仰る通りでしょうね。山の異変が魔族に起因すると分かった以上、ここで撤退して後は騎士団に任せるという手もなくはありません。ですが、それでは時間がかかりすぎます」
ランペイジ先生は、集まった先生達を見回すと話を続ける。
「魔族に対処するために教会を通じて各教団に協力を要請する時間、各教団の協力を受けて騎士団が十分な戦力を準備する時間、実際にここまできて魔族討伐にかかるまでの時間を考えると、一小月は掛かるでしょう。しかし、それでは時間がかかりすぎます。最悪、手遅れになるわ。だけど、今なら異変が始まって一日、山頂に魔族が現れたとしても今なら討伐する事が出来る可能性があります」
ランペイジ先生の言葉に、ガーンズバック先生も頷く。
「ランペイジ先生の仰る通りでしょうな。敵は叩ける時に叩く。今がその時だという事でしょう。……スプリングフィールド君もそれで構わないな?」
ガーンズバック先生がアレックスに向き直る。
すると、それを聞いた先生の一人が異議を唱える。
「待ってください、ガーンズバック先生。いくら何でも、危険な場所に生徒を連れていくわけにはいきません」
しかし、先生のその言葉を聞いたガーンズバック先生は首を振る。
ガーンズバック先生は、その場の全員の顔を一つ一つ見ながら言葉を続ける。
「いえ、ここはスプリングフィールド君の協力が必要です。そもそも、彼は武術の腕前だけでも万古不朽流剣術の師範の腕前。しかも、魔術でも導師級の腕前で魔導師の称号持ちです。さらに言えば、ここにいる中で唯一の瘴気対策の手段を持つ神聖術師でもある。これほどの適任はないでしょう。事態は急を要する以上、生徒だからという理由だけで引かせるわけにはいきません」
ガーンズバック先生の言葉に、先生達も押し黙る。
彼らだって、現状でこれ以上先に進む、山頂にいるであろう魔族の討伐を考える場合に、アレックスが中心的戦力となるであろう事は分かっているのだ。
沈黙した先生達から視線を外し、ガーンズバック先生はアレックスに再度向き直る。
「スプリングフィールド君、避難していたはずの君がここに来たという事は、分かっているのだな?」
ガーンズバック先生の確認の問いに、アレックスは頷きを返す。
「はい、ガーンズバック先生。……ここに来るまでに、山の状況を見ました。既に山頂は瘴気の靄に覆われています。時間が経てば、もっと状況は悪くなるでしょう。やるならば今しかありません」
アレックスの言葉に、ガーンズバック先生は頷くと先生達に号令をかける。
「よし!ならば、先生方、手遅れになる前に先を急ぎましょう。隊列は、スプリングフィールド君を中心に据えて瘴気対策を!……スプリングフィールド君、頼むぞ!」
「分かりました、ガーンズバック先生。そちらは任せてください」
こうして、ガーンズバック先生達の調査隊に合流したアレックスは、共に魔族討伐を目指して山頂へと歩みを進めるのだった。




