第八十五話・野外行軍演習の戦い①
「各員、警戒!正面十二時方向、斜面の上!距離二十五!不明六!散開して迎撃!」
木々が鬱蒼と茂り昼なお暗い森の中に響くガーンズバック先生の鋭い叫びに、一緒に調査隊を組む先生達は素早く反応して態勢を整える。
前衛の三人は、各々手にした武器を構えて前に出る。
後衛の三人は、杖を構えていつでも魔術を行使できるように魔力を練り上げていた。
「ランペイジ先生!アレの正体が分かりますか?」
前衛として斧を構えるガーンズバック先生は、後ろを振り向く事なく後衛のランペイジ先生に問いかける。
「分かりません!あんなのは見た事もありません!」
先生達の眼前に現れたソレは、まさに異形というべき姿をしていた。
六体の正体不明の相手、それぞれが何かしらの武器防具で武装したそれは、その見た目こそ人に近いと言って良かった。
重厚な鎧を身に着け剣を帯びた者が二体、軽装な鎧姿に短剣や弓を持つ者が二体、法衣を着て戦鎚と盾を持つ者が一体、ローブ姿に杖を携えた者が一体。
その武装した姿だけなら、どこぞの冒険者一行でも山に入り込んだのかと考えただろう。
しかし、その姿を見てそのような考えは浮かばない。
なぜなら、それら六体の正体不明の相手は、決して人間ではありえないからだ。
人ならば頭のある位置にあるそれは、ブヨブヨとした黒光りする漆黒の塊。
四方八方に幾つもの歪な短い触手がウネウネと蠢き、目鼻口に相当するものを見て取る事は出来ない。
そんな不気味な存在が六体、ガーンズバック先生達調査隊の面々の前に現れたのだ。
「新種の魔物か何かでしょうか?それとも未発見の怪物であるとか?」
ヨタヨタと斜面を下りてくる不気味な相手に、ガーンズバック先生と並んで前衛を成す先生の一人が疑問の声を上げる。
「この山は、三百年近く学園が管理してきた山ですよ。今更、新種の魔物という事もないでしょう。あの装備は明らかに人の手による物です。仮に未発見の怪物だとしたら、そんなものを身に着けているはずがありません」
前衛を務める先生の疑問に、後衛のランペイジ先生が答える。
ランペイジ先生の答えを聞きながら、ガーンズバック先生は一つの可能性に思い当たる。
しかしそれでも、ガーンズバック先生にはその理由が思い当たらなかった。
正体不明の相手に対して警戒を強める先生達を前に、その六体はゆっくりとだが確実に距離を詰めてくる。
その距離が十メートルほどまで近付いた所で、ランペイジ先生が声を上げる。
「ガーンズバック先生、先制します!」
「お願いします」
ガーンズバック先生がランペイジ先生の問い掛けに応じると、それを聞いたランペイジ先生は呪文を唱え始める。
「万物に宿りし魔素の力よ!我が手に集いて破壊の炎となれ!その炎で事如くを焼き払え!投射数増加魔技、火球!」
ランペイジ先生が掲げた杖の先に六つの炎の塊が生まれる。
振るった杖の軌跡を追う様に六つの火球が宙を舞う。
宙を走った火球が、吸い込まれる様に正体不明の六体にぶち当たる。
激しい炎が巻き起こり相手を包み込む。
「やったか?」
先生の一人が魔法の炎に包まれる相手を見て呟く。
しかし、次の瞬間、相手は不気味な鳴き声を上げながら炎を突き破って躍り掛かってきた。
「ボヨョヨョヨョヨョゥゥゥ!」
正体不明のそれらは、炎に焼かれて煙を上げながら数メートルの高さまで飛び上がり、ガーンズバック先生達調査隊との間に空いていた距離を一瞬で跳躍して襲い掛かってくる。
「迎撃!気を開放しろ!」
ガーンズバック先生の言葉に、ガーンズバック先生を含む前衛担当の先生は瞬時に闘気を発動する。
前衛を担当する先生達は、そのまま武器を構えて相手と後衛の間に割って入る。
正体不明の敵が持つ武器と先生達の持つ武器がぶつかり合い激しい音を立てた。
「クソ!コイツ等、何て力だ!」
闘気を纏い身体能力を底上げした先生が相手の突進を受け止めるが、相手の勢いに押されて後ずさる。
その様子を見て、後衛に控える先生達が魔術を放つ。
「世界に満ちる魔素の力よ!その力を万物に示したまえ!彼の者に敵を打ち倒す力を授けたまえ!魔技、全能力開放!」
「世界を包む魔素よ!我が意志を映せ!その身に仇なす刃を退けよ!魔技、身体防護!」
前衛の先生達三人の体を仄かな光が包み込み、敵の勢いに押されていた態勢から一転して相手を押し返す。
押し返された相手が再び奇怪な鳴き声を上げる。
「ボヨョヨョヨョヨョゥゥゥ!」
正体不明の敵が、鳴き声に合わせるかの様にその体を震わせる。
すると、頭と思しき黒光りする塊の上部がパックリと割れ、そこから黒い靄の様なものが噴き出してきた。
「警戒!黒い靄に注意!」
状況を見たガーンズバック先生が警告の声を上げる。
吹き上がった黒い靄がガーンズバック先生を含む調査隊の先生達に降り注ぐ。
毒を警戒して息を詰める先生達だったが、それは毒等ではない。
「くっ、これは瘴気か!」
全身を襲うジクジクとした鈍い痛みと虚脱感に、ガーンズバック先生の顔に焦りが浮かぶ。
他の先生達も身に降りかかる黒い靄を払おうとしているが、それは無駄に終わる。
黒い靄を浴びた一行の動きが目に見えて鈍る。
「気を抜くな!これは瘴気だ!相手を魔族と断定!何をしてくるか分からんぞ!持久戦は駄目だ!出し惜しみせずに目の前の敵を倒せ!」
ガーンズバック先生が声を張り上げる。
その声に応える様に先生達が気合の声を上げる。
「コナクソォ!」
「舐めるなよぉ!」
噴き出した瘴気の影響を受けて動きの鈍った先生達であったが、気合の声を共に気を練り上げて一気に攻勢に転じる。
それを見たガーンズバック先生も、目の前に立ち塞がる二体の魔族に向けて闘志を燃やす。
「「「ボヨョヨョヨョヨョゥゥゥ!」」」
「「「ボヨョヨョヨョヨョゥゥゥ!」」」
六体の魔族が互いに共鳴し合うかのように鳴き声を上げ、頭頂部の裂け目から再び黒い靄――瘴気を吐き出した。
吹き上がった瘴気は四方に飛び散り、先生達の上に降り注ぐ。
「これしきの事!」
瘴気を浴びたガーンズバック先生は、気を振り絞って襲い掛かってくる魔族を押し返す。
ガーンズバック先生がその手の斧を振り回して、相手取る二体の魔族の内の一体を弾き飛ばした時だった。
もう一体の魔族の頭部に蠢く触手が、突然伸びてガーンズバック先生の顔を襲う。
「クッ!」
間一髪、ガーンズバック先生は顔を反らせて触手の一撃を紙一重でかわす。
触手がガーンズバック先生の顔の表面を穿つ様にかすめると、ガーンズバック先生にかけられていた魔法の守りが仄かな光を発して砕け散る。
伸びた触手が縮んで元に戻る一瞬、魔族の動きが止まる。
その隙を逃さず、ガーンズバック先生は渾身の力を込めて魔族の頭にその手の斧頭を叩き付ける。
「ボヨョヨョヨョヨョゥゥゥ!」
斧で頭をかち割られた魔族が悍ましい悲鳴を上げてのた打ち回る。
出鱈目に振り回された手足がガーンズバック先生の胸を打ち、打ちのめされたガーンズバック先生が山の斜面を転がり落ちる。
数度回転して斜面を転がったガーンズバック先生だったが、すぐに身をひるがえして立ち上がると後衛の先生達を守るべく足を踏み出して再び前に出ていく。
すると、ガーンズバック先生が魔族との戦いの前線を崩すまいと前進したのと入れ替わるかの様に、同じく前衛を務める先生の内の一人が魔族の攻撃を受けて吹き飛ばされた。
その先生は、魔族の激しい攻撃を受けて前線から大きく吹き飛ばされるかの様に山の斜面を転がり落ちていく。
「しまった!不味いっ!」
前衛を務める先生の数が減った事で、止め切る事が出来なくなった魔族二体が後衛の先生達に迫る。
ガーンズバック先生が斧を振り回して侵攻を阻むものの、魔族の一体は前衛で止めきれずに後衛の先生達へと迫っていった。
「ヒィ!まっ、魔族が!」
前衛の守りを失い、後衛の先生が慌てて魔族を迎撃しようと杖を構えるものの、悍ましい魔族の姿に浮足立って後ずさり杖を取り落として尻餅をついてしまう。
「万物に宿りし魔素の力よ!我が手に集いて全て打ち砕く雷と成れ!迸れ雷光!風光複合威力最大化魔技、雷撃衝射」
尻餅をついて無防備な姿をさらす先生に向かって襲い掛かろうとした魔族に向けて、ランペイジ先生が魔術を放つ。
魔族に向けて突き付けた杖の先からまばゆい光が迸り、空気を切り裂く爆音が轟く。
「ボヨョヨョヨョヨョゥゥゥ!」
ランペイジ先生が放った魔法の雷が魔族に突き刺さり、魔族が悍ましい鳴き声を上げる。
魔術によって焼かれた地面がブスブスと煙を上げる。
一陣の風が吹き煙が晴れたそこには、黒い靄として広がる瘴気を纏った魔族の姿があった。
「ウソッ!最大威力の雷撃衝射なのに?」
自慢の魔術を受けてもなお奇声を上げる魔族の姿に、ランペイジ先生の顔に焦りが浮かぶ。
「これは不味いかも……」
ブルリと身を震わせた魔族が、ヨタヨタとランペイジ先生に向けて迫る。
状況の悪さに冷や汗を流したランペイジ先生は、覚悟を決めて杖を構えた。
その時、突如空から何かがランペイジ先生の目の前へと落下してきた。
「ボヨョヨョヨョヨョゥゥゥ!」
ドンッと大きな音が響き、土煙が舞い上がる。
ランペイジ先生の目の前で、奇声を上げた魔族の体が縦に裂ける様に割れて倒れていた。
「あっ、貴方は!」
土煙が晴れて空から落下してきた相手を認め、ランペイジ先生は驚きに目を見開くのだった。




