34話
よろしくお願いします
この少女の身体は使いやすい。
思っていた以上に身体は軽く、身体能力もかなりのものだった。少女は伸び悩んでいた自分の能力をどうにかしたかったようだった。学年では常にトップだった少女は今やクラスでも中ほどに落ち込んでいた。特殊能力である魔術も、ある生徒の出現でトップの座から下ろされた。
口では何とでもいえるが、心は嫉妬で渦巻いていた。そんな感情、当の昔に捨て去っていたはずだった。もう、他人に嫉妬することはないと思っていた。
「こいつ、あの者の近くにいたのか」
カリスはほくそ笑んだ。こんなにも早く獲物に会えるとは思えなかった。
「じゃあ、使わせてもらうとしようか」
悪意に満ちた笑顔を浮かべ、カリスは少女の通う学園に向かった。
「へえ、人に入り込む奴もいるんだ」
楽しそうに呟いて少年は学園に向かう少女を睨んだ。
「彰人、何か見つけたの?」
少年の笑みが気になって少女は聞いた。
「面白い奴見つけたよ、美月」
楽しそうに言う少年はあまりにも無邪気だった。
「彰人、そこ無邪気に言うとこと違くない?」
腰に手を当てて美月は叱るように言った。
「結構、能力は強めな奴なんだけどさ、うちの学生に入り込んだみたいだよ。それも当たり引いちゃったみたいだし…」
学園の本部棟の屋上で手摺に腰掛けながら言う少年は楽しそうだった。
「今日は私達が見張りだったから良かったわね、あっちもさ。私も彰人も後方支援しかできないから、今やるわけにはいかないしね」
美月は少し苛立たしげに言った。
「美羅依達だって様子はみるさ。まあ、中学部生徒会長としては憑かれた生徒をどうするかなんだけどね」
少し難しい顔をして彰人と呼ばれた少年は腕組みした。
「…そう言えば、一人、沙久羅ちゃんに悪意を抱きそうな子いたんだよね」
美月が彰人の隣で手摺に腕を掛けて言った。
数日前、沙久羅の様子を見に行った際、少し気になるような視線と心の声がその生徒から発せられていたことを思い出した。普段は聞こえないようにしているのだが、沙久羅の周囲の事を探るため、あえて全員の思考を読み取れるようにしていた。
「その子が捕まっちゃったってところかな。また、厄介な」
頭を抱えて彰人は溜息を吐いた。
「そう言えば、この間は大学部桜華会の生徒が一人操られていた。あのときはかなり下っ端のような奴だったから引き剥がそうとしたんだけどさ。まさか、あとから大物が出て来てそいつ殺しちゃうなんて思わなかったよな」
思い出したように彰人が言った。
後からの大物には逃げられて、今は捜索中だった。こちらには自由に行き来できるようなところがあるらしく、この世界では見当たりそうもなかった。かといって、魔王の居る世界に行くわけにもいかない。向こうに行くことはできるだけ避けたかった。魔王のテリトリーに入ることになり、不利な条件で戦わなければならなくなるからだった。第一、行く方法さえ自分達は知る由もなかった。ただ一人を除いては……
「それは言わないで。思い出したくない」
美月は俯いて言った。
「…ごめん。傍で見てたんだっけ」
彰人が思い出したように言った。
「そう、思い出すだけで吐き気がする。血液を見ることはそれほど苦ではないけれど、引き千切られる様にバラバラにされた肉片を見せられたんだよ。もう、しばらくは何も喉を通らなかったわよ」
情景が脳裏に焼き付いて離れなかった。今も思い出すだけで吐き気がする。
「そう言えば、七家の皆は如何してる?俺は学年も皆と全く違うし、なかなか会えないからさ。これでも心配はしてるんだよ」
美月を見下ろして聞いた。
「美羅依達も相変わらずだよ。本当に嫌になるくらいバレバレなのに、素直になれないらしいわ」
溜息をついて、呆れた顔をした。
「…いつもの事じゃないか。でも、今回は二人とも離れようとはしないから、それだけでも進歩だとは思うよ」
苦笑して彰人は星空を眺めた。この空は変わらない。見える星の数は変わったけれど、遠い記憶にある星空はいつも優しく瞬いて、自分達を見下ろしている。この広い世界を自分達のような小さな存在が果たして守りきれるのかは分からないけれど、それでも、守りたいと思ってしまった。
せめて、この自分の傍にいつもいてくれる存在のいる場所くらいは守りたいと思う。自分は他の七家の者達より後に見つけられた存在で、いつも最後に生を受ける。初めのうちはそれが凄くもどかしく、腹立たしかった。それでも長い年月が流れた今となってみると、他の七家の者に見えないものが見えたりするようになった。
「とりあえず、様子見しかできないね。美羅依達と唯衣君には知らせた方が良いかな。特に唯衣君には注意してもらわないと。同じクラスだし、何と言っても彼女が先に狙われる可能性が高い」
彰人は手摺から危なげなく飛び降りると、隣にいる美月に後ろから抱きついた。
「美月、唯衣君への連絡は頼むよ。俺、面識ないからかなり警戒されると思うし、耀には嫌われてるから、近づけないからね」
くすくすと美月は笑って、彰人の手にそっと触れた。
「交換条件出すからよ。沙久羅ちゃんと山路君達と天秤にかけるような事をさせるから、嫌われるんだって。彼にとってはどちらも大事だったのに」
「あのときはああするしかなかったんだって、こっちも時間がなかったんだよ。人手は足りないし、事件は待ってくれないしさ。唯衣君を不空に渡すか、山路 彰芳を不空直属にするかしなければならなかったんだよ」
拗ねたように美月に抱きついたまま言った。
「彰人はまだまだお子様だよね。よく、それで不空会長だよね」
自分に甘えてくれるのは嬉しいが、あまりお子様なのはどうかと思って美月は言った。
「お子様言うなよ。こうやって甘えるのは美月だけだって。美月だって知ってるだろ?」
耳元で囁くように呟いた。
「はいはい、彰人は私の前でだけお子様なのね。可愛いけど、彼女の私としては少し不安かな。頼りない彰人は嫌よ」
溜息をワザとらしく吐いて自分の首にまわされている腕をぽんぽんと叩いた。
「そんなこと言うんだ?美月」
意地の悪い笑みを浮かべて彰人は美月から離れた。
「彰人?」
少し不安になって彰人を振り向いた美月は突然近づいて来た彰人を見つめた。
「これでも不空会を束ねてるんだよ。桜華会より陰で働く俺達を甘く見てると、痛い目見るよ?」
彰人の影が深い闇に見えた。不空会は本当に得体のしれない組織だった。情報収集に特化した会であることは美月も知ってはいたが実態まではつかめていない。本当に解っているのはこの学園のいや、この世界の情報をすべて持っていること、国家機密なんて生易しいものではない事くらいは美月も解っていたと思っていた。
「彰人、ごめん、言い過ぎた。私のほうがまだまだだね。きっと彰人の方が大人だよ。私では不空会は統べられない」
不空会は本当に解らない組織だった。構成員を知っているのは会長だけ。理事会もその実態を知っている者は少なく、本当に謎が多い組織だった。表立って動くのは会長のみ。他の構成員は陰に徹して動く。山路 彰芳は珍しい例だった。
彰人いわく、彰芳は次期会長候補だから表立って構わないらしい。それでも桜華会に知れている程度の構わないというごく限られた者達に対してだけの事らしい。
「美月、不空会には関わらないほうが良いよ。関わったら、きっと抜け出せない。桜華会と違くて、一生、抜け出せる事はないと思う」
不空会の会長がなかなか代替わりしないというのは公然の事実だった。つい、数年前まで、彰人が継ぐまではこの学園の理事長がしていたくらい、任期が長いのが特徴だった。しかし、彰人は梛だから、そうも言っていられず、会長候補は常に置いていなければならない立場だった。
「……そんな世界に私たちはあなたを放りこんでしまったのね」
仕方なかったとはいえ、また、辛い目にあわせてしまったのかと美月は悲しい瞳で彰人を見つめた。
「そんな顔をしなくて良いよ。俺が望んだ事でもあるんだから。少し意地悪したくなっただけだよ。つまらないこと言ってごめん」
美月は優しく言う彰人に首を横に振って抱きついた。
「本当にごめんね、彰人」
彰人は苦笑して美月の髪を優しく撫でた。だが、その表情もすぐに固まる。真剣な表情で虚空を睨む。もう最終戦争は始まっているのだと、心の中で呟いた。
ありがとうございました。




