1_06 暴走列車とシグキル
シェイディアン編本編完結に伴い毎日更新に切り替えます。
完結まで毎日20時更新
第一魔鉱機関室から領主館に戻った後、10時のおやつならぬ10時のポタージュの時間が始まった。
今度は千春が自発的に飲みたいといったことからヴォルフの膝の上は回避し、自分でスプーンを持つことができた。
ヴォルフが制作した左腕用のスタビライザー兼義手は魔鉱石を使用しており魔力によってピクリとも動かなかった千春の左腕を上下、左右に動かすことが出来る。おかげで今までのアームホルダーのように胸下で固定する必要もなく袖に腕を通すことできた。
成長不全のため左右の長さが違うことも加味して左腕の足りない長さを義手部分が補っている。義手の指先も不自然にはならない程度で千春の意思通りに動かせるようだ。だが元の左腕の筋力が足りないためとっさの時に体を支えたり何かを持ち上げたりはできない。ただ、スープを飲むために皿を抑える程度なら出来る。その補助動作だけでも千春にとっては感動ものだった。
「皿を押さえて食える…すげぇ…」
朝はヴォルフに膝の上で強制的に食べさせられたため気づけなかったが改めて自分で食事をしてみると義手であろうと左手が使えるということは何よりありがたい。
「喜んでもらえて何よりだ。その腕、いつから動かんのだ」
スープを飲んでいる千春にヴォルフは問いかける。
「2歳んとき。事故だったらしい。親戚のババァに聞いた。その頃のことは覚えてねーっつか、思い出せねぇ。2歳だから当たり前っちゃ当たり前だけど」
千春は何ともなしに答える。
「2歳…幼いな。そこから、千春が本当に44歳なら40年間は動いてないことになるな」
「だからほんとに44歳なんだっつの」
『本当にこやつは44を数えるぞ』
不意に声がして千春の首元のチョーカーが、まるでヘビが首を擡げるように動いた。
「精霊ダクネス」
「おいこらクソヘビ、人の首元に勝手に住み着いてんじゃねぇ」
『キシシシシ、そう言うな、お主にとっても我がいれば良いこともあるさ』
シンプルな黒いチョーカー姿だったダクネスは本来の黒蛇の姿へと戻り、千春の首元のチョーカーはシンプルな黒革のものから細身の黒蛇が自身の尻尾を加えて尻尾のその先を下に垂らす形へと変えた。
『ふむ、やはりこの姿のほうが落ち着く、ヘビはいやか?』
「どっちでもいー」
『キシシシシ、そうかそうか』
ダクネスと千春のやり取りを聞きながらヴォルフは思う。
「本当に、44歳なのか…」
「だからそう言ってるだろうが」
流石にポタージュといえど食事中、千春は声を荒げることはせずに静かに言い捨てる。
『我が加護を与えたときにの。勢い余って数年ほど余力を吹き込んでしまった』
「勢い余って…」
『それに中身がこれなのに見た目がこれだとそれはそれで面白いじゃろ』
あまりの言いように千春は蛇の頭を掴んだ。
「お、この状態だと掴めるのか。おいこらクソヘビ、人をおもちゃにしてんじゃねーぞ」
『キシシシシ、あー、怖い怖い。気をつけろよチハル、お主の手は使い方次第で創造も破壊もできる。このダクネスの加護が強いから、破壊のほうが得意かもしれんがなぁ…キシシシ』
そう言って、ヘビのチョーカーはシャラリと落ちて千春の首元に収まった。
静かになった食堂の中に、窓がカタカタと揺れる音が響く。
「吹雪が来るかもしれんな」
「常冬はいやだね、こたつほしー」
「コタツ?」
「向こうにあった暖房器具。テーブルに毛布かけて、中に緩めの暖房器具いれといて下半身を温めれる。こたつはいいぞ、こたつの中で食うダッツはたまらん」
「ダッツ」
「あー、くっそうめぇアイス、クリームで作った氷菓ってとこか」
「温まりながら氷菓を食すとは、ある意味贅沢だな」
「贅沢の極みだな」
くつくつとヴォルフは笑う。いつものしかめっ面じゃなく笑ってりゃ年相応に可愛げもあるのに、と千春はポタージュの最後のひとくちを飲みきった。
「よし、食べたな。セバス、下げろ。千春、吹雪が来る前に出かけておきたい」
「あ?行ってこいよ」
「何をいう。お前も来るのだ」
「…は?」
「見てもらいたいものがある」
「…ほーん?またさっきみてーな無駄プログラムの塊だったら容赦なくぶった切るぞ」
「それは怖いな」
ヴォルフは目元をゆるめ、千春を抱き上げた。
「だから!自分で歩けるわ!」
千春の抗議はとおらずヴォルフはセバスに顔を向ける。
「魔鉱列車視察へと向かう。風が出てきた。千春が着れるコートをもってこい」
「かしこまりました」
「きけー!」
◆◆
千春がヴォルフに抱っこされたまま連れられて乗車させられたのは、真鍮と漆黒の鉄で組み上げられた重厚な「魔鉱列車」だった。 客室のふかふかすぎるシートに深く腰掛け、千春は窓の外を流れる雪景色を眺めながら、電子タバコの紫煙を「ふぅーっ」と吐き出していた。
「……で? なんで俺までこの鉄の塊に乗せられてんだよ」
千春の問いに、向かいに座るヴォルフは窓の外を見ながら答える。
「これは我が領地の物流と交通の要である魔鉱列車の稼働状態を、お前の目で確かめてもらうためだ」
向かいのシートで優雅にカフェラを嗜むヴォルフに、千春は「はいはい、社畜労働ね」と冷めた眼差しを向ける。
「なんか、これ使ってでかいことでもしようと思ってんの」
千春の何気ない一言にヴォルフはあぁ、とカフェラのカップをテーブルに置く。そして千春を見る。
「この魔鉱列車をまずは領内、そして国内全土へと広げる予定だ。そして国内の交通網を我らが握る」
「へぇ、意外と野心家だな」
千春は窓枠に肘をついて頬杖をつきながらヴォルフを見返す。
「そのくらいせんとな。この領は常冬故に作物が少ない。いくら他領から買い取れると行っても食物は高値になる。領民には苦労させているからな」
「ほーん。領民思いのいい領主様じゃん」
口端を上げる千春にヴォルフは「嫌味か」と返す。
その時だった。
突如として列車が速度を上げ始めた。
「なんだ?もう次の駅が近いというのに」
違和感に気づいたヴォルフが立ち上がる。
窓の外を見ると、本来であれば既に減速するはずの列車が、激しい火花を散らしながら速度を上げ続けていた。悲鳴を上げる乗客たちと、顔を青くして客室へ飛び込んできた車掌の叫び声が響く。
「ヴォルフ様! 魔鉱石エンジンが制御不能です! 魔法陣の応答が拒否され、ブレーキが効きません! このままでは終着駅の崖下に激突します……!」
「何だと……!?」
千春の首元に巻き付いていた黒い蛇――闇の精霊ダクネスが、ぬっと鎌首を持ち上げた。
『キシシ……面白いことになってきたな、チハル、どうする?一緒に崖に突っ込んで罪のない民たちと一緒に天寿を全うするか?』
「…ちっ、うっせぇクソヘビ。おいクソガキ、そのエンジンとやらのところに案内しろ」
「お前が行ってどうする」
「魔法陣が言うこと聞かねーって言ってんだろ?さっきみてーにエラー吐く前提プログラムで動いてんだろ。見せてみろよ、自慢のエンジン制御魔法陣とやら」
千春の挑発じみた口調にヴォルフは眉をしかめる。
「走行と停車、時刻通りの自動運転をしているんだ。魔鉱機関よりもさらに複雑化した魔法陣だぞ。止められるのか」
「まぁ見てろや」
千春は揺れる列車の中で立ち上がり車内を歩き出す。
「おいこら、グズって文句言ってるエンジンとやらはどこにある」
報告してきた車掌に千春は言う。
「先頭車両の運転席に制御盤が…」
「案内しろ」
「まて、千春!…くそ!」
ヴォルフは千春を追いかけて車両の連結部へと足早に歩き出した。
車両をいくつか素通りして、たどり着いた先頭車両の運転席は客席と仕切る扉の外からでもわかる赤い光を放っていた。
「ほー、大癇癪だな」
笑いながら運転席のドアを開ける千春に、運転席内の乗務員が振り返ってくる。
「なんだあんた!ここは関係者以外立入禁止だ!」
放たれる言葉もなんのその、千春はうっせぇよ、と制御盤の眼の前に立つ。
制御盤は赤黒い光を放ちながら円形に並んだ文字列が急速に回転している。その文字の円陣の中に千春は右手人差し湯を突っ込んだ。すると円形に並んでいた文字列が千春の目の前にインデントを伴って整列する。
「…この世界の奴らはメモリリークが好きなんか。解放コードが一切ねぇ」
「おい、千春、どうにかなりそうか」
運転席に顔を出したヴォルフが後から声をかける。
「おいクソガキ、両手いっぱいに荷物を持ってる時に、新たに荷物を持ちたい時お前ならどうする」
「…は?こんな時に何を言っている。持っている荷物を置けばいいだろう」
「だよなぁ。物を動かすプログラムも両手塞がってちゃ新しいコマンドは受付ねーんだよ!」
千春は指先を動かしループしているコード、動作を掴んで離さないコードを一気に削除していく。しかし魔法陣側はその削除入力さえも拒みバチン!と千春の指を弾く。
「クッソが、パニクって言う事聞きゃしねぇ!」
「わああぁぁ、崖が!」
列車は終着駅のホームを通り過ぎ通常の列車停車柵をなぎ倒していく。
流石に異常事態が乗客にも伝わり客席から困惑する声や悲鳴が上がり始めた。
「……ちっ、シグタームなんて行儀の良い終了コマンドじゃ間に合わねぇ! 応答拒否してハングしてんだ、力ずくでメモリのプロセス領域ごと引きちぎるしかねぇ!」
『まぁ急くな。お主のスマホとやら、少し触らせてもらった。我の力でそこから直接世界につなげてやったぞ?』
「……は?」
突如として聞こえたダクネスの声に千春は目線だけ首元に落とす。
車内の揺れが激しくなってきて、千春の左腕では千春自身の身体を支えることができずに大きく体を揺らす。
「大丈夫か!」
ヴォルフに後から支えられながら千春はポケットからスマホを取り出した。画面には、見慣れたアプリではなく、漆黒の背景に緑色の光文字が高速で走る「CUIコンソール画面」が浮かび上がっていた。
『打ち込めよ、無理やり止める方法、あるのだろう』
「……やってやろうじゃねぇかよ! ヴォルフ、俺を揺れねーように抑えろ!」
「何をする!?」
「この列車のエンジン無理やり止めてやんよ!」
ヴォルフは一瞬の躊躇もなく、千春の細い腰と背中に腕を回し、列車が激しく横揺れする中でその身体を完璧に固定した。
千春は深く息を吸い込み、漆黒の瞳から一切の感情を消し去った。
「……スード、アイディ、マジックトレイン、エマージェンシーストップ」
大きい袖の先から右手を半分ほど出してスマホを持ち、その親指がガラス画面の上を神速で滑る。フリックのたびにスマホの画面が禍々しい赤に染まっていく。
【 Error: 403 Forbidden 】
画面中央に大きく浮かび上がる警告のポップアップ。人間の領域を超えたアクセスに対する、世界OSのセキュリティ遮断だった。
「よんまるさんフォービドゥン? 知ったことか!アクセス権限がねぇとか開発環境も寄こさずにバグだけ吐き散らすクソ仕様が、俺のフロントエンドで偉そうにエラーメッセージ吐いてんじゃねぇよ!!」
千春は舌打ち混じりに、乱暴なスワイプ操作で警告画面をゴミのように弾き飛ばした。 その瞬間――ドクン!と脳の奥が強烈に波打ち、視界が激しく歪む。強烈な頭痛と拒絶反応。
「……っ! そぉかよ越権エラー込みかよ、上等!」
歯を食いしばり、低い声でシステムコマンドを呟きながら、千春の右手が残像を描く。
「………アイアールキュー、スード、キルナイン、シグキル、ストップエスエイチ…! エグゼだ! 走れ!」
千春は激しく発熱するスマホの画面を、運転席に埋め込まれた制御盤へ直接叩きつけた。
――しゅん。
爆音を響かせていた機関室から、あっけないほど静かな音が漏れ、激しい赤光を放っていた制御回路の光が瞬時に消え去った。 車輪がキンッと甲高い摩擦音を立て、激しい減速のGとともに、列車は終着駅の手前数メートルでピタリと停止した。
「……止まった……?」
「止まったぞ! 助かったんだ……!」
歓声と安堵の声が車内に満ちる。 千春は「ふぅーっ」と深く息をつくと、緊張の糸が切れたようにヴォルフの胸元へともたれかかった。同時に、脳内の「グラフィックボード」が物理的な限界を超えて熱暴走を起こす。 視界の端から、色情報がバタバタと『8bitカラー』『白黒2値』へとダウングレードし、最後は激しい熱ノイズと共に、バックライトが切れたように完全な暗闇へと塗りつぶされていく。
「……ん? あぁ、これがフォービドゥン無視のシステム規制か……。俺のグラボ、完全に焼き付いたわ……。先に言っとけクソヘビ」
「千春、どうした!?」
胸元で急にぐったりとした千春に、ヴォルフの声が鋭く跳ね上がる。 千春は焦点の合わなくなった瞳をぼんやりと泳がせ、ヴォルフの服の胸元を右手で軽く掴んだ。
「あー……クソガキ、俺を抱えろ」
「どうした、あんなに嫌がっていたではないか!」
「当分の間目が見えん。まぁ一週間ってとこだろ」
「なっ……!?」
ヴォルフの顔が驚愕と激しい狼狽で強張るのが、体温越しに伝わってくる。
「だから俺を抱えて領主館まで戻れ。自分じゃ動けん」
「……っ、バカ者が……!」
ヴォルフは震える手で千春の華奢な身体をすっと抱え上げ、折れそうなほど強くその腕の中に抱きしめた。 こうして、千春とヴォルフの一週間に及ぶ「全介護&抱っこ生活」がスタートするのだった。




