1_05 3分デバッグ
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ヴォルフに連れられて、何故か右手首を握られたまま連れてこられたのはシェイディアン領の心臓部――『第一魔鉱機関室』だった。
重厚な鉄の扉が開くと、真鍮とオイルの独特な匂い、そして地面を響かせる低周波の重低音が叩きつけられる。
中央には、青白い光を放つ巨大な魔術制御盤が鎮座していた。
「——ヴォルフ様! ようこそおいでくださいました!」
「うむ、この小娘にわが領を支える最高技術を見せておこうと思ってな。
千春、これがわが領の民の生活を支える魔鉱機関だ。領千度の暖房の管理や降り積もる雪の融解などさまざまな面で稼働している」
「ほーん。インフラ整備の根幹みてーなもんか」
重低音を響かせながら稼働している機関とやらを見あげて千春は冷めた目をしていた。
そこに声を挟んだのは、白髪を蓄えた頑固そうな老技師長だった。胸を張り、自慢げに巨大な制御盤を指差す。
「驚いたか小娘! これが我がシェイディアンが誇る最高峰の魔導機関! 数十名の天才技師たちが血と汗を滲ませて組み上げた、完璧なる……」
「——あぁ驚いた。ひっでぇな」
冷ややかで可憐な高音がボソッと落ちた。
「な、何だと……!? 小娘、今なんと言った!?」
技師長は怒髪天を衝く勢いで真っ赤になる。
「ヴォルフ、離せ」
千春の声にヴォルフは今まで掴んでいた千春の右手を離す。
左腕のスタビライザー義手がカチリと音を立て、体幹の軸を完璧に固定し、千春がふらつくことはない。
千春は長すぎる袖の右手から指先を一本だけ出すと、制御盤に踊る青白い光文字を冷めた目で見つめた。
「だからひっでぇっつってんだよ。文字コードの重複は放置、不要な条件分岐が三重にネストされて、ループ処理の終点が見えねぇ。よくこれでメモリリーク起こして爆発しねぇな。……おいクソガキ、この機関一ヶ月に何回ダウンしてる?」
「だうん?めもりりーく?」
「止まるってことだ。いきなり止まるってことはねぇか」
言葉の意味がわからないというふうに首を傾げるヴォルフに千春はため息を付く。
「……月に二度は原因不明で緊急停止する」
とヴォルフは言う。
「原因不明じゃねぇよ。『メモリの解放処理』を忘れてるだけだボケ。ゴミが溜まってサーバーが落ちてんだよ。……チッ、朝の貴重な起動シーケンスを邪魔された腹いせだ。爆速で片付けるぞ。お前ら、風呂に入るとき、湯を注ぎ続けながら栓を閉めっぱなしにしたらどうなる? 溢れて脱衣所が水浸しになるだろ。この盤の中はな、使い終わった魔法のカスでとっくに水浸しなんだよ!」
千春はポケットから電子タバコを取り出すと、カチリと加熱ボタンを押した。
一口吸い、蒸気を「ふぅーっ」と吐き出す。千春なりの脳への仕事スイッチの儀式だった。これで脳のポートが全開になる。
「さーて、本日の3分デバッグ、いってみようか」
頭の中で陽気な脳内BGMを再生しながら、千春の右手が高速で光文字を弄くっていく。
すい、と光文字の中に指先をいれるとそれまで円形に並び回っていた文字列が整列して千春の目の前に並ぶ。
「【工程1:生ゴミの撤去】。まずはこの三重ネストされた無駄な条件分岐と、重複した文字コードをダイレクトにゴミ箱へ投げ込みまーす」
ッシャシャシャシャシャッ!
義手で軸を固定された千春の右手は、残像が見えるほどの神速入力を見せる。フリック操作のように指先を動かし整列した目の前のコードが凄まじい勢いで削ぎ落とされ、シンプルになっていく。
「何をしている小娘……!? 魔法陣の構造がどんどん消えていくぞ!?ああああっ! 我々が三日三晩祈りを捧げて、精霊の慈悲でようやく紡いだ『起動の聖言』が、生ゴミを捨てるように消されていく……っ!?」
と、叫ぶ技師長。
「【工程2:メモリの自動解放、ガベージコレクションの隠し味】。ループの終点にメモリ解放処理をひとつまみ。これで月に2回のサーバーダウンとおさらばでーす」
「千春、魔導炉の出力数値が異常な勢いで下がっているぞ!? 止まるのか!?」
と焦るヴォルフ。
「止まるわけねぇだろクソガキ。【工程3:ミニファイ&エグゼ】。無駄なラグを削ぎ落として、動的に即時実行、コンパイルっと。ほいエグゼ、走れ」
まるで指揮者がタクトを振るような動きで右手をクルクルと振り整列したコードを魔鉱機関の中心部へと送り返す。
――シュゥゥゥゥン……ッ!
今まで機関室全体を揺らしていた耳障りな重低音と激しい振動が一瞬で消え去り、静まり返った室内には、滑らかで静かな回転音だけが残った。
「……し、静かになった……? いや、魔力効率が格段に跳ね上がっている……!? なぜだ、魔鉱石の消費量が三分の一に激減しているぞ!?」
「減ったんじゃなくて、今までの三分の二が『ただの熱暴走』として捨てられてただからだよ。はいデバッグ完了。仕様書は後でヴォルフに書き起こさせろ」
千春はふたたび電子タバコの紫煙をくゆらせ、壁にかけられた時計をチラッと見た。
「作業時間、3分。……お粗末すぎてあくびが出るわ。いいか、機械ってのはな、静かに動くのが正常系なんだよ。今までお前らが『力強く稼働している証拠』だと思ってたあのうるせぇ重低音はな、ただのバグ異音だ。耳栓用意しなくて済むようになって良かったな」
呆然と立ち尽くす技師長と技師たち。自分たちが命を削って組み上げたシステムが、華奢な小娘にの手によって、本当に3分で改善されてしまったのだ。
「千春……貴様……」
「あー、頭使ったら小腹減ったわ。おいクソガキ、さっきのスープまだ残ってねぇの?」
「……セバス!! 館に戻る!すぐにポタージュを用意させろ!」
「だから大声出すなクソガキ!!って何勝手に抱えてんだ!自分で歩くわ!」
千春の叫びも虚しく、まるで子猫を焚き上げるように抱え上げられて領主館への帰路につかされた。
因みに帰り道は一歩も歩かせてはもらえなかった。




