1_20_4 言葉は正しく使えクソガキ
第二章準備中SS第四話です。今回もよろしくお願いします。
既に千春の部屋と化したシェイディアン領主館の客間、三階の一番日当たりのいい部屋で千春はベッドの上で寝転び魔鉱タバコを吸う。
薄っすらと桃色に色づいた蒸気が空気に揺れてベッドの天蓋へと吸い込まれていく。
何気ない一日、何気ない日常、こなさなければならない仕事もなければ職場もない。それを謳歌しつつ、
前までじゃ考えられなかったなと天蓋を見つめる。
ベッドの上寝転んだまま片膝を立ててその上に片方の足をのせゆらゆらと揺らす。
大体この部屋にいるときはこの領主館の主でもあるヴォルフが千春の部屋に執務机を持ち込んで以来ずっとここで仕事をしているが今日は外で仕事があるとかで朝から出かけていた。
千春は久しぶりの一人の時間をゆっくりと過ごす。
左側の視界にチカチカと光るのはヴォルフが作ってくれた義眼が映す魔力ログと仮想CUIコンソールウィンドウ、それを操作するように左手の義手の指先で触れる。
ふっとウィンドウがアクティブになるように一番上のレイヤーに表示される、ように千春には見える。
(便利なんだよなぁ、この機能…)
タッチパネルコンピューターかタブレットの様に直感的に操作できる左側の視界はコンソールウィンドウに左手で触れると半透明で青白く光る仮想キーボードが自動的に現れる。
キーボードの上に左手と、右手を置く。右手は生来の腕だがその中指にこの仮想キーボードを扱えるようにとつけられたジャイロリングがあるので問題なくキーボードは打てている。
幼少期の事故で本来の左腕は動かないがヴォルフが作ったこの左腕は魔力を通じて千春の思い通りに動く。
使っていなかったはずの左手も今まで問題なく使っていたかのように右手と合わせて問題なくタイピングを進めていく。
「なぁ、クソヘビ、聞いてんだろ」
千春はタイピングをやめないまま首元のチョーカーへと声をかけた。
『どうした、なにかあったか?』
「ちょっと教えろよ。二重加護ってなんだ」
『キシシシ…小僧のことか、気になるのか…ん?』
「頭へし折るぞ」
千春は蛇型のチョーカーの頭を指先で掴む。
『キシシシシ、怖い怖い、そうさなぁ、小僧が生まれることがきまった頃だから20と少し前か』
ダクネスは静かに語りだした。
『あの小僧の親が神に祈り、小僧が生まれることが決まったときのことだ。妙に器のでかい魂が用意されたと思ったものだ。小僧はな、それはそれは闇の魔力に適正が高くてなぁ、あのまま我が我の加護だけを与えていたら今頃世界を滅ぼす闇の大魔術師にでもなっていたであろうよ。我の加護は破壊の力が強いからなぁ、魅了されれば破壊し尽くさねば心が満たされぬ、今までそこまで我の加護を受け取れる器はいなかったがな。小僧はその器があった』
ダクネスの言葉に千春は、で?と相槌を打つ。
『悩んだのだよ、このまま加護を与えても良いものかと。適性はある。男で生まれることも決まっておる、我の加護を受け取ることに何ら問題はない。ただ世界をこのまま滅ぼしてどうする、我にとっては滅ぼしても何ら問題のない世界だがな、それでもこの世界に愛着を持っているやつもいる。其奴にとってはよろしく無い未来しか待っていない、さてどうするかとな』
「ほーん、お前も誰かを思いやることもあるのか」
『チハル、お主我をなんだと思っておる』
「享楽主義の厄介クソヘビ」
『我の加護のおかげで今こうしてこの世界で問題なく暮らしておるというのに…まぁいいわ。そうして悩んでいるときにな、やつが来たのよ。我の双子の妹、ウィルオウィスプが。ちと、問題があってな、やつは本来ガルディアンから出られない事情があったんだが、無理をおして我のもとに来た。そしてこういった。光の加護で薄めようと、双子だからな我らは波長がよく似ておる。混ぜ合わせることは造作もない。光の加護は文明、発明、守護を司る。我とは正反対だ。小僧が物を作りたがり、お主を守ると決めたら守り通すのはアヤツの加護の影響もある。全てとは言わんがな。ただ混ぜ合わせた結果、思わぬ弊害もあった』
「弊害?」
千春はぴくりと片眉を上げた。
『小僧はとにかく魔力適性が高すぎるのよ。加護を受けた属性の影響をとにかく受けやすい。ウィルの加護が強く出ては一心不乱に物を作り一度作り出すと満足するものが出来るまで手を止めることがない。我の加護は息をするように無意識に垂れ流す。他の精霊たちの加護の魔術も詠唱さえあればやすやすと使いこなす。普通の人間ではありえんよ。天才だ神童だといわれ、人から遠ざかられ人と縁遠い、そこは我の加護のせいだな。我は人の縁も破壊する。可哀想でかわいい我の愛子よ、あの小僧は』
ダクネスがその赤い目をすうっと細める。
『キシシシ、だが気に病むことはないぞチハル』
「あ?何をだ」
『あの小僧にウィルの加護の守護があるといってお主をすべて守護の影響で守っているのではない。あそこまでの執着は小僧自身の個性だ、愛されておるのう、愛憎は人間の本能だ、小僧は本能でお主を選び守ると決めた。愛じゃよ、愛、キシシシシ』
「だまれクソヘビ!へし折るぞ」
千春は頭を掴んでいた指先に力を込める。
『乱暴じゃのう…そんなわけでな、我とウィルの二重の加護を受けた小僧は人間ではありえん魔力適性を持った、それこそ人間が天才と持て囃す規格外の人間になったのさ。精霊の気まぐれと言われておるがな、気まぐれでこの世界を救ってやったのさ。まぁ、お主にあそこまで規格外に執着するとは思わなんだ、あれは我としても想定外だ』
「俺としても想定外過ぎる」
『キシシシじゃろうなぁ、お主小僧をどうするつもりだ』
「どうもこうもねぇよ。俺等はこのまんまだ。どこまでいこうと」
『ほう?しかしお主も一度は小僧を受け入れたじゃろう』
「俺が?」
『もの好きめ、後悔しても知らんぞ、とは小僧からしたら受け入れられたととっていてもおかしくない』
千春は思い切り蛇の頭に力を込めた。
「…あれはもうこっちも遠慮なんざしてやらんぞって意味だ」
『やめんか。こらやめろそれ以上力を込めるな。しかし遠慮とは?』
千春は無言を貫く。
『まぁ、今言える二重加護のことはこんなもんか。今度あの小僧を目の前にしたら、腰に携えている細剣をその左目でよく見てみると良い』
「剣ね、そういやいつもつけてんな。使ったとこ見たことねーけど」
ダクネスはシャラリと音をたててチョーカーに戻った。
それから体感で一時間ほど、ヴォルフが千春の部屋に入ってきた。
「大人しくベッドの上にいたな、良いことだ」
部屋に入るなり千春の居場所を確認してヴォルフは満足そうに頷いた。
千春は叩いていたCUIコンソールをスワイプ動作で視界の外に押しやりヴォルフの腰に目をやる。
品の良いジャケットに白のボトムス、裾をブーツに入れて領主としての品格を服に表していた。
その腰元、黒いベルトで一本の細剣を腰に下げている。
(見た目的にレイピア、かなり細いな、実戦向きには見えねぇ)
千春は起き上がりベッドから降りてソファに向かい、深く腰掛け、魔鉱タバコを一口吸い込むと、甘い紫煙をふうっと天井へ吐き出した。
「なぁ、ヴォルフ」
「ん? どうした」
ヴォルフは上着を壁のフックにかけながら千春に振り向く。
「……この世界の『魔術』って、お前ら現地人からはどう見えて、どういう仕様で使ってんだ?」
「仕様……? ふむ、そうだな」
ヴォルフは少し考えを巡らせるように顎に指を当てた。
「基本的に魔術というのは精霊魔術を意味するが、神が定めし5大精霊に言葉で問いかけ、契約の魔力回路を通して現象を起こすものだ。正当な手続きを踏まねば発動しないものだな」
「だからお前、ライトニング出す時に『赤の恵みよ、光の恵みよ〜』とか長々とポエム唱えてたわけだ。サードパーティ製APIを叩くための冗長な手続きコードだったんだな」
「ぽえむ……。まあ、専門外の属性を使うには正しい詠唱が不可欠だからな。お前が一瞬で圧縮して無詠唱化させた時は度肝を抜かれたが」
「まあ、無駄なループと重複コードだらけだったからな」
ニヤリと鼻で笑う千春に、ヴォルフはくすりと笑みを深めた。
「だがな、千春。あれ以降、私も他属性の魔術は長詠唱をやめたのだよ」
「は? どういうことだ?」
「お前のあの鮮やかな『ミニファイ・エグゼ』を見た瞬間、胸のつかえが取れてな。なんだ、精霊への冗長な問いかけなど省いて、直接命令を一言叩けば届くではないか、と。そして『照らせ』の一言でライトニングが出るようになった。ほかの魔術も一言くらいで出来るようになったな」
「……は???」
千春は思わず電子タバコを咥えたまま固まった。
「……私に宿るウィルオウィスプ様の加護のおかげもあるのだろうが、実によく馴染む」
「俺が1回見せただけで、自力でショートカットコマンド理解して実装してんじゃねぇよ!! 応用力のバグり方がエグいんだよ!!」
「ふふ、師が良いからな。……だが、どれだけ他属性を短縮化しようと、私にとって直接加護がある『闇』だけは別格なのだ。それこそ命令すら要らん。呼吸と同じでな、勝手に漏れ出てしまう」
「ほーん……?」
千春が眉をひそめると、ヴォルフは少し困ったように幼少期の記憶を語り始めた。
「ああ。幼少期は制御もできず、庭で一人で遊んでいると、足元の影が勝手に意思を持って伸びてきてな。一緒にてをつないでおままごとをしたり、積み木を積んだりしていた」
「お前……幼少期の友達が『己の影』だったのかよ……ぼっちの極みか……」
「それだけなら微笑ましいのだがな。王都から高名な家庭教師が来て『初めての魔術制御のレッスンです』と言われた時、素直に魔法陣を出そうとしたら……手からどろどろの生命力吸収物質がドバドバ溢れ出してしまってな」
「は?」
「部屋の観葉植物は一瞬で全滅し、先生は魔力を吸い取られて泡を吹いて失神した。『あのお方は暗黒の落とし子です』と泣きながら王都へ逃げ帰ってしまわれたよ」
「子供の頃から即死級のバイオハザード撒き散らしてんじゃねぇよ!! 家庭教師トラウマになって逃げてんじゃねぇか!!」
「……だからこそ、光属性の力を借りようと王都から高級な光のレイピアを取り寄せたのだが、私の闇魔力に耐えきれずポッキリ折れてしまってな」
ヴォルフは腰の細剣をトントンと指で叩いた。
「10歳の時、当領地でわずかに採れる『魔鉱反鋼』でこのレイピアを鍛え直したのだ」
「魔鉱反鋼……?」
「ああ。普通の魔鉱鋼は魔鉱石と同様魔力を放つが、魔鉱反鋼は逆に魔力を吸収する性質を持つ希少金属だ。これなら無限の吸音・吸収に使えると思い立ち、自力で設計して鍛えさせた。いるだけで人の生命力を吸い取ってしまう闇魔術を無意識に放出してしまうのだ。吸い取らせてしまって出さないほうが良いと思ってな」
「10歳で光の剣へし折って自力で吸魔リミッター設計してんじゃねぇよ!!」
「それから14年間、ずっと私の闇魔力を吸わせ続けていたら……いつの間にか刀身がアメジスト色の怪しい紫に反射するようになってな。理由はよく分からん。鞘から出せないから見せられないが」
ヴォルフが腰の細剣を再び軽く叩く。 千春の左目——サファイア義眼のCUI画面がピカピカと警告ログを明滅させた。
[ANALYSIS: Anti-Magic Steel Rapier]
[Saturated Dark Mana: 999.9% (Overcharged)]
[Property: Absorbed Dark Energy turns into Violet Radiance]
「『分からん』じゃねぇよ!! 義眼のログ見たら【闇魔力の過充電による発色反応】って出てんぞ!! 14年間大容量バッテリーに極悪魔力流し込み続けて変色させてんじゃねぇよ!!」
「ふむ……通りで最近、以前より吸い取りの勢いが減ってきていると思ったのだ」
「自覚なしのオーバーレイポンポンかよ!! 破裂したらどうすんだクソガキーーーッ!!」
千春は頭を抱える、これだから天才は手に負えないんだとボソボソとつぶやいた。
「天才っていう生き物は基本的に天然が多いんだよ…なんなんだよ人の努力をなんだと思ってんだ」
千春は天井を仰ぎ見て魔鉱タバコを改めて吸い直した。
「んで?剣にしてるってことはある程度は使えると言うか戦えるってことか?そんなほっそい剣じゃ実戦向きには見えねぇけど」
「あぁ、人並みには嗜んでるぞ、お前を守るくらいなら出来る」
「ほーん」
千春の吐き出した薄桃色の蒸気が天井へと溶けていく。
そこへコンコンコンと、上品なノック音が響いた。ヴォルフと千春は二人で瀬谷の扉に視線を送る。
「セバスでございます。ヴォルフ様、千春様のお耳に入れたいことが」
ドア越しに聞こえた声を確認するとヴォルフが返事をする。
「どうした」
ヴォルフの声で扉が開く。
「最近、各領地の境目を荒らしまわっている無法者の集団がおりまして……他領の正規警備隊すら返り討ちにしているとか。最近このシェイディアンの境界近くにも不審なものが出ていると報告がありました」
「へぇ、他領の警備隊が束になっても勝てねぇって、相当ガチな連中じゃねぇか」
セバスの報告に千春が面白そうに口端を上げる。
「しかも狙われているのが防衛手段を持たない商人や女性が多く…シェイディアンでも警備を強化したいと思っておるところでございます」
「ふむ、領民が狙われるとは見過ごせんな。街道の関所はいくらでも警備を固められるが緑の領地側からの山越え森越をされては厄介だな」
「そのための結界じゃねーの」
「人の出入りの感知は出来るが歩行者などの物理的な抑止力にはならんのだ。攻撃されたらいくらでも止められるが」
ヴォルフの答えに千春はあーと天井を見上げた。
「それ密入国され放題じゃねーか、あ、同じ国内だから密入国にはならねぇのか」
「ふむ、境界近くの村に騎士たちを常駐させるか」
「一網打尽にできりゃはえーのにな」
千春の言葉にヴォルフは目を丸くして振り向いてきた。
「一網打尽か。良いかもしれんな。狙われるのは商人たちと言ったな」
ヴォルフの言葉にセバスは頷く。
「千春、危険な目には合わせないから少し手伝ってくれないか」
◆◆
「んでぇ?商人を装ったこの馬車で街道走って出てきた奴らをたたこうってか」
千春はホロのついた荷馬車の後ろから身体をのけぞらせて曇り空を見上げていた。
「そう都合よく出てきてくれるもんかね」
「装うも何も本物の商人の馬車だ。手綱を握っているのはシェイディアンと他領地を行き来している有名な行商人でな、この荷馬車も有名なんだ。各領地の特産品を運んでくれる。申し訳ないが格好の的なんだ」
「その格好の的を狙う無法者を叩くのに騎士たちや警備隊じゃなくて領主様直々に出てくるってどうなんだよ」
千春は呆れながら左目の視界で周囲の魔力検知を光らせる。
「このあたりはオールグリーン、普通の動物しかいねーよ」
「警備隊たちだと一網打尽とはいかないからな…」
ヴォルフの言葉に千春はヴォルフを向き直る。
「どういう意味だ?」
その時、荷馬車が不自然な揺れとともに街道脇に止まる。
「なんだ!」
千春は左目に力を入れて周囲を警戒する。
(検知に引っかかってない、なにかいるのか)
『ヒャッハー! 止まりやがったぞ! 降りて来い、ヒョロガリども!』
『身ぐるみ剥いで雪原に転がしてやるぜ!』
外から響くのは、品のない野盗たちの下衆な怒号と嘲笑。
「あ?なんでひっかからねぇ…」
ヴォルフは静かに立ち上がると、金眼からふっと温度を消し荷馬車からヒョイッと飛び降りた。
「千春。そこから動かないでくれ」
ヴォルフは振り向かず肩越しに言い置く。そしてスタスタと声がした方へと歩いていった。
「お?おぉ…」
ヴォルフのいつもとの雰囲気の差に千春は毒気を抜かれてしまい何も言い返せずヴォルフが歩いていく方を見ることしか出来なかった。
「……やれやれ。他領の警備隊を何回も返り討ちにしてる荒くれ者だって聞いていたから、どんな大物かと思えば」
ヴォルフは温度をなくした金色で前を見据える。
領境の雪道。30人を超える重武装の野盗集団が、下衆な笑いを浮かべながらこちらを取り囲んでいた。 先頭に立つ巨漢の頭目が、大斧を担ぎながらせせら笑う。
「ガハハ! えらく綺麗な優男じゃねぇか! 後ろに連れてるヒョロガリの女共々、身ぐるみ剥ぎ取って——」
「セバス、少々鞘を浮かせる。千春を頼む」
ヴォルフは静かに息を吐くと、影からぬっと現れた老執事へ短く告げた。
「は。かしこまりました」
セバスが即座に荷馬車に乗る千春の前に立ち、見えない障壁で庇うように背中で庇護の姿勢をとる。
直後——チャキ……ッ。
ヴォルフが、腰に差した細剣の柄に手をかけ、ほんの数ミリだけ、鞘から刃を浮かせる。
技名も、呪文も、何もない。ただ安全装置をわずかに緩めた、それだけだった。。
次の瞬間、ヴォルフの足元から溢れ出た“影”が、意思を持った漆黒の茨となって爆発的に雪原を駆け抜けた。
「なっ……ひっ、ぎゃあああああっ!?」
逃げる暇すら与えない。 うねる影の茨は、30人の荒くれ者たちの足を、腕を、胴体を容赦なく絡め取り、そのまま底なしの黒い沼となった己の影の中へと、容赦なくズブズブと沈め落としていく。
叫び声すら影の底へと呑み込まれ、わずか数秒で、30人の重装兵が跡形もなく雪原から消滅した。
完全に影の中へ引きずり込んだのを見届けると、ヴォルフは浮かせていた刃を、カチャリと元の鞘へ戻す。
パチン。
安全弁が閉じられた瞬間、暴れ狂っていた影の茨は影の中へ収束し、後には何事もなかったかのような、静かで綺麗な雪原だけが残されていた。
「千春、大丈夫だったか?」
振り返ったヴォルフの金眼には、氷のような冷たさは微塵もなく、いつもの過保護で柔らかい光に戻っていた。
沈黙。 千春の左目、サファイア義眼のCUI画面が、視界の隅でパチパチと警告ログを明滅させる。
[EQUIPMENT: Black Mana Steel Rapier (Limiter)]
[STATUS: Safety Lock Released (3%) -> Dark Mana Leak Detected]
[Target Status: All Terminated / Threat Level: Erased in 0.02 sec]
セバスの背しろからひきつった顔で見ていた千春は、完全に引いていた。
「……お前……えげつな…………」
あまりの様子に思わず本音が漏れる。 そして次の瞬間、喉がちぎれんばかりの咆哮を叩きつけた。
「鞘を数ミリ浮かせただけで相手丸ごと沈めてんじゃねぇよ!! どんな欠陥兵器だよ!!」
「『人並み』に安全装置を緩めただけなのだが——」
「どこが人並みだクソガキーーーッ!! 辞書で『人並み』と『手加減』の意味を1000回引いてこい!! それを世間では『広域環境汚染』って言うんだよ!!」
「しかし、坊っちゃんが刀身をすべて抜かれますともっとえげつない死しか相手には待っておりませんので……」
セバスの言葉に千春は目を丸くする。
「……えげつない死……?」
「はい。全身の血がすべて身体の穴という穴から流れ出して枯れるまで止まらないとか、その生命力すべてが枯れるまでをあの刀身に吸い取られるとか……」
「どんな呪いだよ! えげつな!! 普段いかにも光属性ですって顔してるくせに戦い方えっぐいな!!」
「……ですので先程のは当領地におきましては、一切の物理的損害を出さず、後片付け(清掃)の手間すら省ける、至極『人並み』で洗練された身の守り方でございます」
何事もなかったかのように一礼するセバス。
「お前も主君バカの全自動肯定BOTになってんじゃねぇよ!!!!」
極寒のシェイディアンの雪原に、千春の血吐くようなツッコミが虚しくこだましたのだった。
ちなみに、襲撃の気配を千春が感知できなかった理由は、ヴォルフが全員影の中に飲み込ませてしまい証拠も何も残らなかったために理由の解析もなにも出来ずじまいだった。
◆◆
「おいこらクソガキ、証拠も何もかも一切合切飲み込みやがるから検知できなかった原因の特定もできなかったじゃねーか。それにこういうときは警備隊出すとかして領主様直々に出ていくんじゃねーよ」
千春はもどった領主館の部屋でソファに座り、天井に向かって薄桃色の蒸気をふぅっと吐き出した。お小言というほどではないが言いたいことはそれなりにある。
「お前の手を煩わせなかっただろう。それに警備隊を出せば被害の可能性もあるし信頼していないわけじゃないが取り逃す可能性もある。そうなればまた他の領地で同じことを繰り返す可能性もあるのだから、ここで完全に終わらせれば問題ないだろう。一番合理的だ」
「そういう問題じゃねーんだよ、今度同じことが起こった時に対処できねーだろうが!俺としてもこういうときはなんでできねーのか検証が必要なんだよ!」
「今度もなにも、お前が危険な目にあいそうになったら俺が守るさ」
「そういう問題じゃなくてだなぁ…」
(もう何言っても平行線だな)
千春はガシガシと右の刈り上げ部分をかき乱す。千春は諦めて魔鉱タバコに新しいスティックを差し込んだ。
そして半眼で執務机に座り書類に目を通し始めるヴォルフを見る。
こいつが自分に向けてくる感情が、どれほど重く、どれほど狂っているかくらい、バカじゃねぇんだから分かっている。
『もの好きめ。後悔しても知らねーからな』
そう吐き捨てたあの時、俺の腹はもう決まっていた。
あいつが差し出してきた重すぎる愛に、同じような甘い言葉で答えてやるつもりなんてサラサラない。
それは俺達にとっては不要なものだ。
だが——あいつがそこまでの覚悟を持って俺を丸ごと抱え込み、盾になると決めたなら。
俺だって、もう遠慮なんてしてやらない。
これからも不都合な不具合が出ればあいつを頼り倒すし、俺の命も背中も、全部あいつに預けて前だけ見てコードを叩く。 それがあいつの選んだ道で、俺があいつに返せる唯一の応答だ。
「……だからって、人並みの意味くらい正しく覚えろクソガキ」
千春が吐いた蒸気が天井に向かって溶けていった。




