1_02 常冬の領地
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自動馬車とやらに乗せられて、千春はヴォルフを改めて見る。
世間的には整った、と言われる見た目なのだろう。
何にも期待していないような冷めた金色の瞳に少しだけ親近感を覚えた。
そして千春は口を開く。
「なぁ」
「なんだ」
「ここはどこだ」
「…ここは独立精霊国家ガルディナの王都ガルディアン」
千春は聞き慣れない国名に千春は窓の外に目線を動かす。
「ガルディナ?ガルディアン、精霊国家?なんだそれ」
「神と精霊を祀り、称え、その主語に応えながら生きていく国だ」
ヴォルフの言葉に千春はハッと乾いた笑いをこぼす。
「なんだそれ、魔法でも使えんのかよ」
「マホウ、精霊魔術のことか。精霊に選ばれしもの、加護を受けたものなら使える。お前は、特例だが」
「特例?」
あぁ、とヴォルフは前かがみになり膝に肘を置き口元で手を組む。
「先程のヘビの形をした精霊、あの方は闇の精霊ダクネス様だ。ダクネス様は本来男にしか加護を渡さない。しかしお前は女のみでありながらダクネス様に認められた。面白いことになる、と」
「あのクソヘビ、享楽主義かよ」
千春はポケットに入れっぱなしだった電子タバコを取り出して、膝にはさみ、右手だけでスティックを差し加熱スイッチを押す。
そして軽くバイブレーションが動くと口に含みメンソールの煙を吸い込んだ。
「で、これはどこに向かってんの」
千春の問いにヴォルフは答える。
「闇の精霊を祀る我が領地、シェイディアンに向かう。この自動馬車ならあと数刻ほどでつく」
「そうかよ、お前、意外とお人好しって言われるだろ」
「…は?」
「何にも期待してませんって顔しときながらこっちの質問に律儀に答えてるとこ」
千春は再び乾いた笑いをこぼした。
数刻ほどで、千春の体感的には2時間ほどでシェイディアン領主館に到着した。
自動馬車から降りると容赦ない寒さが全身を襲った。
「くっそさむ、マジで冬じゃねーか」
「ここは常冬だからな。世話のかかるやつだ、セバス、なにか服を」
「しばしお待ちを」
セバスと呼ばれた老紳士が先んじて屋敷に入るとその手に厚手の服をもって出てきた。
「ヴォルフ様が10年ほど前に着られていた服ではございますが、千春様の体格ですとこのくらいが良いかと…」
ヴォルフがセバスにクローゼットから出させた昔の騎士服を千春に押し付けてくる。
「服くらい自分で着られるだろう」
「うっせ。貸せ」
千春が袖を通すとかなり大きく、手は袖から出ないし詰襟は緩いし肩は落ちる。
アームホルダーに固定した左腕を袖に通すのはめんどくさそうなので諦めて左袖は何も通さずだらりと落ちた。
「くっそ動きにくぃ」
千春はブカブカの右袖を振り回して悪態をつく。
詰襟の首元はガバガバで華奢な鎖骨が覗き、肩のラインは完全に落ちている。
本来の体格の人物が切れば膝丈で収まりそうなロングジャケットは千春の脛の真ん中ほどまである。
ヴォルフの13歳の頃の騎士服すら千春には大きすぎた。
「体格に恵まれたお坊ちゃんがよぉ…」
千春は思わず毒づいた。
「ついてこい」
ヴォルフは短く千春に言うと屋敷の中に入っていく。
千春はロングジャケットの裾を揺らしながらふらふらとその後をついて行った。
通されたのは応接間のような部屋だった。
豪奢な部屋に猫足のソファがとローテーブルが鎮座し、壁際には暖炉が設置されている。
ヴォルフは千春にソファに座るよう促して、自身も対面に座り腕を組み、目の前の異物を見つめた。
どこか投げやりで冷めた目元に、長過ぎる袖から右手だけをちょこんと出し、口を極悪に歪めてキレ散らかしている可憐な18歳の皮をかぶった何か。
(これが……44歳……? どこをどう見ればそう見えるのだ……)
「さみぃ」
千春の言葉にヴォルフはため息を付く。
「わがままを言うな。暖炉の魔鉱石が部屋を暖めてくれるまでま……何をしている」
千春は暖炉の前に立ち、その中に手を突っ込んだ。
「あ? そんなちんたら待ってられっかよ。魔鉱石ね……ほーん?」
千春が持ち上げたま白いこぶし大の石に青白く文言が浮かび円を描くように並んでくるくると回っている。
「 この文字がプログラムなんか。無駄だらけだな…ここもここもいらんループだ」
千春はこぶし大の石を握る右手に力を込めた。
「多分、さっきのヘビが言ってたのはこういうことだろ。ミニファイ、エグゼ」
ブワッと一気に部屋の温度が上がった。
「何をした!?」
「うっせぇなぁ、この魔鉱石とやらのプログラムを簡易化させてラグを無くさせたんだよ。無駄だらけのループスパゲッティコードすぎて見てらんねー」
ヴォルフに何をやったと詰め寄られて、説明もめんどくさくて
「いーだろ別に、速攻で部屋暖まったんだから」と答えるものの。
「なぁ、コーヒーとかねーの」
「コーヒー?」
「あー、日常的に飲んでる飲み物的な?」
「カフェラでよいか。出してやるから答えろ、ミニファイ、エグゼとは何だ、魔術か」
「うっせぇなぁ。もうめんどくせーからなんか日常的に使う魔術とやら見せてみろよ」
「……赤の恵みよ、光の恵みよ、わが手に集まりその恩恵をここに示せ、ライトニング」
ヴォルフの手の上に魔法陣と明るい光の玉が生まれる。
「本来であれば闇の精霊を加護を受ける私は詠唱はいらないのだがな、他の精霊の魔術を使うのならばやはり詠唱が…」
「ほーーん。ここいらない、これもいらない、こことここをつなげばいい」
千春は袖からやっと出ている細い指先で魔法陣をいじくった。
「……は?」
ヴォルフは簡略化された魔法陣を見て、一度光の玉を消した。
そしてもう一度念じる。
「照らせ」
先程と同じように、今度は簡略化された魔法陣と光の玉が出た。
「これがミニファイ」
「なんだと……」
「で」
千春は右手を一度ヴォルフの目の前で握り、再度開くと同時に無詠唱で光の玉を出した。
「これがエグゼ」
「詠唱も無しに……」
「簡略化と即実行、小難しい長ったらしいのをいらねーとこ消してラグ無しで起動すりゃいいだけの話だ」
「貴様、いったい何者だ……」
「単なるWebデザイナーだっての。コーディングもするが。カフェラどうも」
千春はスキニーのポケットから電子タバコを出して一服する。
「私が、天才と謳われた私が思いもよらない方法で、昨日来たばかりの異世界人に魔術で負けた……しかもダクネス様の加護を受けているにもかかわらず他精霊の魔術も詠唱無しだと…」
「無駄が多すぎんだよ、カフェラうめーな。コーヒーみてぇ。タバコにも合う」
「千春と言ったな、教えろその技」
「教えてどーする」
「この領地は魔鉱機関で発展している。魔鉱石が採れるからだ。その簡略化の技術があればさらなる発展ができる」
「……」
「……」
「衣食住の提供」
「なに……?」
「こんなわけわかんねぇとこにいきなり連れてこられてこっち生活も住むとこも一切合切なくなってんだよ! イキナリ連れてきやがったんだから衣食住ぐらい面倒見やがれ!」
「……衣食住、だと? 世界の理を書き換えるような術の対価が、ただの衣食住でよいのか?」
「ただの衣食住とは何だクソガキ。こちとら着る服も住む家も、今日食う飯すらないんだよ! 召喚事故の被害者保証として全額そっちの経費で落とせ!」
千春はブカブカの袖をバタバタさせながら鼻で笑い、電子タバコの紫煙をくゆらせる。
ヴォルフは呆然と千春を見つめていたが、ハッと何かを思い出したようにセバスへ視線を向けた。
「セバス。すぐに一番日当たりの良い上等な客間を用意しろ。衣類も腕の立つ仕立て屋を城に呼べ。……それと、最高級の料理人に至急、宴の支度を」
「あー……待て、爺さん」
千春が冷めた声で呼び止める。
「宴とか大層なもんは要らん。どうせ肉だの固いパンだのが大量に出てくんだろ。胃が受け付けねぇわ」
「……何?遠慮することなど…」
「遠慮じゃなくて事実を述べてんだよ。デスマ期……じゃなくて、忙しい時期が続くと胃が縮むんだよ。今そんな重いもん食ったら一発で吐く。カフェラとタバコがありゃ、とりあえず明日まで動ける。飯は後でいい」
「バカなことを言うな! 倒れたらどうする!」
「倒れねぇよ、現実じゃコレで一週間デスマ乗り切ってたんだからよ」
あきれ顔で千春は鼻で笑う。
だが、ヴォルフの顔色が変わった。
(な……何だその、命を削るような生活習慣は……!?)
「……セバス」
「はい」
「宴は取りやめだ。至急、喉越しの良い……滋養強壮に効く食材を極限まで煮込んだ、最高級のポタージュを作らせろ。今すぐにだ!」
数分後、セバスが銀のトレーに載せて運んできたのは、湯気を立てる濃厚なポタージュだった。 千春は電子タバコを置き、萌え袖から右手だけをちょこんと出してスプーンに手を伸ばそうとした。
だが――そのスプーンを、素早い動きで横から奪い取った奴がいた。
「おい、何すんだクソガキ」
「座っていろ。私が飲ませてやる」
「……は?」
ヴォルフは真剣そのものの表情でスープをすくい、ふーふーと息を吹きかけて冷ますと、そのまま千春の口元へスプーンを突き出してきた。
「ほら、開けろ。『あー』だ」
「……死ねよ。殺すぞガキ。俺は44だっつってんだろ! 自分で食えるわボケ!」
「黙れ! 貴様は先ほど『胃が重い』と言っていたではないか! 華奢な右手で重いスプーンを持たせて、途中で落とされたらスープが冷める!」
「重いスプーンってなんだよ! ステンレス製だろコレ!」
「いいから食え! 貴様が倒れたら、誰がこの領地の魔鉱石を最適化するのだ!」
「そこかよ!! 技術目当てかよ!!」
「……それだけではない!」
ヴォルフが一瞬言葉を詰まらせ、真っ直ぐに千春を見つめた。
「……こんなに薄汚れて、骨と皮ばかりで……まともに飯も食わせてもらえなかったような奴を、目の前で野放しにできるか。我がシェイディアン領主の誇りにかけて、まずは貴様にまともな肉をつけさせる!」
「勝手に不遇な生い立ち捏造すんな!! デスマで飯食う時間なかっただけだわ!!」
「いいから開けろ!」
「嫌だね!」
「だめだと言ったらだめだ! 」
「鬱陶しいっつの……! ん……ごっそさん。……ふぅ……」
「だめだ!この皿1杯分は食べろ!」
「食えるか!さっきまでほとんど食ってなかった胃にいきなり入るかボケ!」
結局、ヴォルフの強引な過保護に押し切られ、スープを最後の一滴まで完食させられた千春は、ぽかんと口を開けたまま空のスプーンを見つめ、小さく息を吐いた。
温かいスープが胃に落ちたことで、極度の疲労と緊張が一気に弛緩していく。
デスマ、召喚の混乱、異世界の寒さ、そして久々の流動食。
極限まですり減っていた千春の脳ミソは、胃に血が巡り始めた瞬間に強制シャットダウンのモードへ入っていった。
「……千春?」
ヴォルフが声をかけると、千春の頭がこっくりと船を漕いだ。
パチパチと何度か瞬きをし、右手で重くなった瞼を擦ろうとするが、そのままカクンと首が倒れる。 「おい、千春! 待て、ここで寝るな!」
慌ててヴォルフが両肩を抱き止めると、千春はすでに
「すー……すー……」と小さな寝息を立てていた。
完全に意識を飛ばしている。
「……まったく、現金なやつめ。食べた途端にこれか」
ヴォルフは苦笑交じりに溜息をつき、千春の膝裏と背中に腕を回して横抱きに持ち上げた。




