1_01 異世界召喚と若き領主
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これは俺が高校の時に親戚のババアに聞かされた話だ。
それは救いのない事故でそしてすべてが狂っていた。
俺には、正確にはこの女の身体には弟が生まれるはずで、母親は愛おしそうに腹を撫でていたと聞いている。
ただ俺が2歳の頃、交差点に車が突っ込んできて、母親と俺が巻き込まれた。
母親の腹の中にいた生まれるはずの弟は死んじまって、一命を取り留めた母親は狂ってしまった。
左腕が動かなくなった当時2歳の俺を、母親は弟に付けるはずだった「千春」という名前で呼び始めた。
そこで、本来の桜木…なんだったか、名前はもう思い出せねぇが何とかという女の中に、千春という俺の自我が目覚めた。
一番救いがなかったのは、父親だった。
狂っていく母親をどうにか繋ぎ止めようとした父親は、あろうことか俺の戸籍を「元の名前」から「千春」へと書き換えるため、俺を元の名前で呼ばず、誰にも呼ばせず、通称として弟の名である千春と呼び続けた。
そして小6の春に家庭裁判所を通して俺を公式に「桜木千春」にしたのだ。
そうして「桜木何とか」という存在は公式に消え去り、俺は完全に「千春」として生きていくことになった。
俺の中でも元々の自我は消え去り、でも親に愛されるなら、と俺は書き換えられた自分の人生を受け入れた。
そのまま男として育てられ、男のように育ち今の性格に落ち着いた。
この話を俺にした親戚のババアも俺の元々の名前を口にはしなかった。
まぁ、あのクソ親父の性格を考えたら消し去った存在の名前なんぞ蒸し返したところで面倒くさいだけだしな。
そして俺は高卒でクソ親父の運営するシステム会社の現場に放り込まれ独学で無理やり知識を叩き込み血反吐を吐きながらデスマを回す社畜SEとなった。
クソ親父といっても、結局は母親に狂ってるだけで不器用な可哀想なやつだったんだと今になって思う。
エンジニアとして破格の給料、用意された15階建てのマンションの最上階、俺はそこに金で何とかなる片腕だけの生活で困らないガジェットを詰め込んだ。
そして無理な徹夜で左腕の後遺症と付き合いながら、胃を擦り減らし、強冷メンソールの電子タバコを吸って誤魔化し続けた日々。
そして――あの金曜の朝。
夏の盛りも鳴りを潜め始めた残暑の気温、動かず成長もそこそこに止まった左腕を包むホルダーにまだ暑苦しいと思いながら電車を降りる。
取り出したスマホの画面にはクソ親父からのLINEが一通。
「仕上がったか。なら休め」
連日のデスマが終わり始発もそこそこ過ぎた朝日が指す朝の駅のホームで、家に帰る途中で眩しい笑顔の女子高生とすれ違ったところで意識を失った。
記憶は、そこで途切れている。
◆◆
硬く冷たい感触に、千春はゆっくりと意識を取り戻した。
連日の不摂生で駅のホームで倒れたかと思ったが、コンクリートというよりは大理石のようなひんやりとした感触に、ぼんやりと「ここはどこだ」と目を何度か瞬かせる。
そこに聞こえる、頭上からの騒がしい声。
「2人召喚された……!? しかしダクネス様とウィルオウィスプ様が降臨されたぞ……どちらが聖女様だ!?」
(……うっせぇなぁ)
聞き慣れない言語で騒ぎ立てている者たちを煩わしく 思いながらそちらを向こうと体をひねると、目の前に現れたのは黒いヘビにコウモリの翼をつけた得体の知れない何かだった。
「は?」
声を出せば、頭の中に直接響く怪異の声が降り注ぐ。
『おぬし、体はおなごだが、魂は男か。しかし我の魔力と相性が良さそうだ。我の魔力、使いこなしてみるがよい』
がっと黒蛇は首に噛み付いてきた。
慌てて逃げようとするが、ヘビの体を腕がすり抜ける。
「ダクネス様が、女に加護を授けた、だと……」
上から、今度は理解できる言葉がよく通る低めの声で降ってきた。
『よく聞け、若きシェイディアン領主よ、我ダクネスはこのサクラギチハルに加護を与えた。使いこなしてみると良い、きっと面白いことになる』
ダクネスは千春の首に食らいついたままその声を発した。
「闇の精霊ダクネスよ、なぜあなたがこの小娘に」
『こやつは面白いぞ、楽しめ、若き領主』
そう言ってヘビ、ダクネスは姿を消した――ように見えたが、よく見ればその黒い大きな体躯を急激に縮ませ、そのまま千春の細い首元へとしなやかに巻き付き、まるで精巧な黒革のチョーカーのような形で定着していた。
勝手に進んでいく話に千春は眉をしかめ、とりあえず眼の前の男を睨みあげる。
高い上背、整っているのだろう顔、手入れの行き届いた銀髪から千春を見下ろす冷めた金色の瞳。
「うっせぇ、こっちは徹夜あけなんだ、静かにしろや」
石造りの聖堂の床に転がったまま睨み合いが続き、高慢な男は眉間にしわを寄せたままため息をつき、千春を担ぎ上げた。
「この者は闇の精霊ダクネスの加護を受けた。よって、我が領地シェイディアンで預かる。お前らはそこに転がる聖女をなんとかするんだな」
「おいこら離せクソガキ! 降ろせ!」
「口の悪い女だな、私はヴォルフ・ガング・シェイディアンだ。クソガキなどではない。見たところ私と年はそう変わらんだろう」
「何言ってんだ? 俺は今年で44だ、歳上を敬えクソガキ!」
「……は?」
千春を担いで歩き出していたヴォルフは足を止めた。
「どう見ても18かそこらにしか見えんぞ、小娘」
「は? はぁぁぁぁ!?」
千春はパニックになりかけながら、担ぎ上げられた状態で自分の手元に目をやった。
視界に入ったのは、見覚えのない白く細い手首。
いつも電子タバコを持っていた右手の指先は、社畜のガサガサ肌どころか、まるで十代の少女のように滑らかで華奢だった。
「まてまてまて! なんだこの手は!? ……あぁ、でも左腕は相変わらずサッパリ動かねぇか。現実の事故の後遺症まで律儀に引き継がれてんじゃねぇよバグかよ」
千春はパニックになりつつも、動かない左腕の感覚に「いつものやつか」と妙な冷めた納得をする。 それをヴォルフは「暴れるな」と片腕で強引に抑え込みながら、聖堂の巨大な重厚な扉を蹴り開けた。 外に待機していた黒い鉄と真鍮で組み上げられた、煙を吐くゴツい車体――魔鉱石で動く異世界の自動馬車に中ってヴォルフは言い放つ。
「おい、乗せろ! 至急シェイディアンへ戻るぞ!」
「はっ、ヴォルフ様! ……しかし、そのお連れの方は?」
「道中で説明する! ……おい千春と言ったな、大人しく乗り込め」
ヴォルフは千春を馬車のシートへ半ば押し込むように放り投げた。
ドサリと倒れ込んだ千春は、萌え袖状態の服の隙間からヴォルフを思い切り睨みつける。
「痛ぇな! 扱いが雑なんだよクソガキ!」
「……クソガキと言うな。私は今年で24だ。お前が44などという下らない嘘をつくからだろう」
そう吐き捨てながら、ヴォルフも向かいのシートに腰を下ろした。 千春はふと、黒塗りの馬車の窓ガラスに映る自分の姿に目をやった。
そこに映っていたのは、白く透き通るような肌に、身長165センチにしては細すぎるシルエット。
(……うわ、懐かし。18くらいの頃の身体じゃねぇか。クソ親父の会社に放り込まれて血反吐吐きながらデスマ回してた、一番ガリガリだった時期の姿にロールバックしてんのか?)
身体だけは女だったが、クソ親父に「男」として育てられ、中身もすっかり社畜おじさんとして完成してしまった俺だ。今さら自分のこの華奢な女の体格にどうこう思う感情なんて残っちゃいない。
だが、当時はこの「痩せ細った小娘」みたいなナメられやすい見た目のせいで、現場で苦労した記憶ばかりが蘇ってくる。
身体が若返ろうが、動かない左腕はそのまま。
そして中身は胃炎持ちでIQOSを吸う44歳。
(現実でもこの時期は『小娘』扱いされて面倒だったってのに、こんなわけわからんとこに来てまでこれかよ……)
ウンザリしたように溜息をつく千春の隣で、ヴォルフはふと眉をひそめた。
(……軽い。いや、軽すぎるだろ、なんだこれは)
担ぎ上げた時の違和感が、シートに座らせたことで確信に変わる。
165センチほどの背丈はあるというのに、着ている服の重さを差し引いたら、中身はまるで骨と皮しか詰まっていない小動物のような質感だ。
「……おい」
「あぁ!?」
「お前……飯は食っているのか?」
「は? なんだいきなり」
「あまりにも肉がない。我が領地の10歳の子供でも、もう少し骨組みがしっかりしているぞ」
「うるせぇな! デスマ明けで胃が縮んでんだよ! ほっとけクソガキ!」
千春の叫びは悲しいかなヴォルフには刺さらなかった。




