1_17 代償
シェイディアン編本編完結に伴い毎日更新に切り替えます。
完結まで毎日20時更新
「やっぱでるよなぁ、ポップアップ」
千春はスマホ画面を見ながら自嘲気味に口端を上げた。
【SYSTEM ERROR: 403 Forbidden】
【神々の理(OS)への不法アクセス:アクセス権限が拒否されました】
スマホの画面いっぱいに表示されるポップアップ画面を千春は力任せにゴミ箱に放るようにスワイプした。その瞬間、ずくん、と頭の奥で鈍い痛みが走る。
「…っ」
一瞬顔をしかめたがお構いなしに画面を確認する。歩きながらノールックで書き込んだコード、
sudo id enemy_human_all
それを見て千春は不気味に笑う。
「はっ、愛しの領主様が死んで気が狂ったか!小娘が!」
口汚く罵る声に千春はピクリと眉を上げる。
「あぁ?気が狂ったか?最初から気が狂ってなきゃ開発者なんて出来ねーんだよ」
またもうかび出てくるポップアップ。
【SYSTEM ERROR: 403 Forbidden】
【神々の理(OS)への不法アクセス:アクセス権限が拒否されました】
画面いっぱいに赤々と浮かび上がる不吉な警告ポップアップ。 理そのものが、人間の生殺与奪を司るシステムへの介入を拒絶して鳴り響く。
「……うるせえ」
千春は静かにひとこと呟くと、警告ポップアップを鬱陶しそうに親指でスワイプして弾き飛ばした。 続いて、黒い画面に凶悪な割込シグナルを直接書き込んでいく。
irq kill -9 sigkill
周囲を取り囲む暗殺者たちのリーダーが、嘲笑いながら剣を掲げた。
「目標の『バグの聖女』はやれなかったが、領主をやったぞ! それなら作戦変更だ! あの女を赤の領地に連れ帰ればいい!そうすれば我ら赤の領地の地盤はより強固なものになる!」
暗殺者たちが下卑た笑いを浮かべ、一斉に千春へと躍りかかろうとした――その瞬間。
千春のハイライトが完全に消えた瞳が、ゆらりと暗殺者たちに向けられた。
「……うるせえ」
底知れぬ漆黒の殺意。
「……お前ら、黙って死ね」
exe
打ち込み終わって千春はそう呟くと、スマホを頭上高く放り投げた。
「エグゼだ、走れ……」
空中でくるりと回転するスマホ。 その画面から、赤黒い不気味な魔力の光が爆発的に放射された。
次の瞬間――悲鳴すら、断末魔の叫びすら上がらなかった。
『SIGKILL』。
回避も、防御も、ログの保存すら許さない最強の強制終了シグナル。
千春へ躍りかかっていた暗殺者たちの身体が、まるでデジタルノイズのように一瞬でブレ、粒子となって空気中に崩壊していく。 肉体も、魂も、存在していたという事実そのものが、世界から削り取られて消滅していく。
「――……」
静寂。 数十人のプロの暗殺者たちが、ほんのコンマ数秒で、影も残さず完全に消去された。
からん、と静かに足元に落ちてきたスマホを、千春は右手で拾い上げる。 手元に戻ってきた画面には、世界からの拒絶を示す【403 Forbidden】の赤いエラー警告が、なおも赤々と点滅し続けていた。
ガクッと千春はその場で膝をつく。強烈な頭痛と吐き気、そして視界不良が襲ってくる。
「くっそが、今目が見えねぇって言ってられねぇんだよ…!」
千春は無理やり立ち上がりヴォルフの方へと足を向ける。そしてゆっくりだが確実に歩み寄っていく。
◆◆
「千春様、今のは…」
セバスが信じられないものを見たという顔で千春を見てくる。
「悪い。セバス。説明は後だ。時間がねぇ」
千春は無表情のまま横たわるヴォルフに近づく。
血の気が引いたヴォルフの顔、閉じられた瞼の奥に隠された金色の光を思い出す。
「クソガキが…こんな幕引き誰が許すって言ったよ」
ヴォルフの横に膝をつき、千春はスマホごと右手をヴォルフの胸の上に乗せる。
「千春様。坊っちゃんはもう…」
セバスの声に千春は不敵に笑う。
「悪いな、簡単に目の前の事象に諦めてちゃデバッグなんて出来ねぇんだよ」
千春は再びCUI画面をフリックし始める。コンソール画面はまたも赤黒く光出す。
sudo id wolf_gung_shadian
打ち込んだ瞬間に浮き出るポップアップ画面。
【SYSTEM ERROR: 403 Forbidden】
【対象の生死データは『確定(COMMITTED)』状態です。変更権限がありません】
「…うるせぇな。時間がねぇっつってんだろ」
千春は乱暴にのそポップアップ画面をスワイプして消した。
―ずくん、ずくん、と頭の奥で痛みが脈に合わせて打ち付けてくる。それに合わせて鼓膜を突き破るような強烈な耳鳴り。目の前でセバスが自分に何かを言っているように口を動かしているがそれさえも聞き取れない耳鳴りが千春を襲う。
段々と霞んでくる視界が歪み始め強烈な吐き気がせり上がってきて千春はその場で吐血した。
「…ぐ、がはっ…ふっ…く、流石に強烈だな」
千春は笑ういながら袖口で血に濡れた口を拭う。
「千春様、おやめください!あなたに何かあれば坊っちゃんに顔向けが出来ません!」
セバスが叫ぶが千春の耳には届かない。いや、届いていたとしても千春には聞く気がなかった。
シャラリ、と音を立てて首元の蛇型のチョーカーが首を擡げる。
『チハル、そいつは今までのとはわけが違う、さっきの奴らを消したのとは違うぞ、何を持っていかれるか我もわからぬ…それでもやるというのか』
「はっ、上等!」
irq rollback
またも浮かび上がってくるポップアップ
【SYSTEM ERROR: 403 Forbidden】
【対象の生死データは『確定(COMMITTED)』状態です。変更権限がありません】
「くそが!エラーコードごときがいちいちうっせぇんだよ!俺の邪魔をするな!」
千春はまたも乱暴にスワイプでポップアップ画面を捨てる。そしてせり上がってくる血の味と吐き気。
「…ぐ、くっそがぁ…」
口の端から赤黒い血を垂らし、それを袖口で乱暴に拭ってフリック入力を続ける。それを邪魔するようにまたも浮き出るポップアップ画面。
【SYSTEM ERROR: 403 Forbidden】
【対象の生死データは『確定(COMMITTED)』状態です。変更権限がありません】
「だから!エラーコードごときがうっせぇつってんだろうが!ぜってぇ取り返す!」
timesession300clock:wolf_gung_shadian
そして浮かび上がるポップアップ。すでに何度スワイプで捨てたかわからないポップアップを千春は何度もスワイプで捨てていく。そのたびに吐血し、耳鳴りに劈かれ、焼け付くような頭痛が襲ってくる。
exe
最後の仕上げだとばかりにエグゼを打ち込んだ瞬間今までのポップアップとは違う色のポップアップが浮
かび上がった。
【PAYMENT REQUIRED: 代償が不足しています】
【事象書き換えに必要な対価を支払ってください】
「あ?ペイメント?足りねぇってのかよ…」
千春は嘲笑うように笑うとその画面の真ん中を力強くタップした。
「…上等ッ!好きなもん持ってけやぁ…!」
ブチン!と頭の奥で何かがちぎれたような感触が襲ってきて一瞬で千春の左側の視界はブラックアウトした。
「…は?…ハッ、なるほどな!左目一つで行けるってんならやっすいもんだろ!」
千春はスマホ画面をヴォルフにむけその胸に押し付ける。
「エグゼだ!走れ!戻ってこいクソガキ…!」
赤い光が勢いよくヴォルフの胸へと差し込まれていく。
そのスマホを支えている右腕が震える。千春は左腕で右手首を掴んだ。ヒヤリとした義手の感触が熱くなった右腕を冷やしていく。ヴォルフに吸い込まれていく赤い光の魔力に応じるように義手がパチパチと青白い火花を散らす。
光が全部吸い込まれ、スマホ画面が真っ暗になった時、ドクン、とヴォルフの胸が跳ねた。
「…は、タイムセッション設定、ギリ間に合ったか…」
『…。時間を巻き戻すとは無茶をする…』
ダクネスの声がやけに近くで聞こえた。先程までとは比べ物にならない吐き気と血の味がせり上がってきてヴォルフの胸の上に大きく吐血し、千春は体勢を前のめりに崩していく。
「千春様!」
セバスが手を伸ばすが間に合わず千春はヴォルフの胸の上へと倒れ込んだ。
「おいこら、クソガキ、目ぇ開けろや…心臓動いてんぞ…」
千春はゆっくりと目を閉じていった。その黒かった瞳は左目だけ白濁し無意味なガラス玉のようになっていた。




