1_14 シェイディアン農地改革計画3
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第14話 シェイディアン農地改革計画3
敷設された「2系統並列地熱パイプ」と蓄圧器バッファにより、シェイディアンの凍土の上に重厚な高断熱魔導コンテナ群――仮想化温室が完成した。
緑の森の技師ディルクとの通信会議で勝ち取った寒冷地対応の種芋ライブラリ『じゃがいも v1.0』。 それを温室内の黒土へと慎重に植え付け、地熱パイプと夜光石プリズムによる「環境偽装」の起動試験がいよいよ始まった。
千春は外部の過酷な吹雪を完全に遮断した金属コンテナの重い扉を開けると、そこにはむっとするような温かい土の匂いと湿気、そして春の木漏れ日のような柔らかい光線が広がっていた。
外との環境の違いに、一緒に来ていたヴォルフ、セバス、マーサはそれぞれが感嘆の声を上げる。
「温かい…だと?」
「暖炉を炊いた部屋のなかのようですね」
「それに不思議な匂い…なんの匂いかねぇ」
三人がそれぞれの感想を言い合い、キョロキョロと見回しながら温室の中に足を進める。
ぐしゃ、と柔らかい感触にヴォルフは驚き脚を一歩引いた。
「土が、柔らかい!」
「そりゃそーだろ」
千春は温室の奥でその様子を見ながら、左手は義手だが、両手を腰に当てて肩を落としてため息を付いた。
「女どもが温室用に耕してくれた土と、緑のデコスケからじゃがいもと一緒に送られてきた腐葉土が混ぜ込んである畑用の土だ。踏み固めんなよ」
「ふようど…?」
首を傾げる三人に千春はがっくりと肩を落とす。
「土壌改良用の土だ。木になってる植物の葉が秋になったら全部落ちるんだけど、それを微生物って奴らが分解して栄養価の高い土になるんだよ。本来植物ってのはそうやって春になって芽が出て育つ、茂る、秋になって枯れる、落ちて土になる、また春になって芽が出るってのを繰り返すもんなんだ。
一つの土地に一つの季節しかねーってのがそもそもバグなんだよ、そんなクソOSしかねーなら自力で改善パッチ当てて使いやすくしていく、それが人間の知恵ってもんだ。その足がかりがこの温室だな。
腐葉土は頼んでもねーのにあのデコスケが使ってくださいっつって送りつけてきやがった。まぁ助かったがな」
デコスケこと、緑の領地のディルクは通信会議後、千春のことをなぜか気に入り「いつか我が領地にもおいでください!」と熱烈なラブコールを送ってくるがそのたびにヴォルフが通信をシャットアウトさせているのはここだけの話だ。千春にとってはめんどうなクソガキが二人に増えた、と辟易しているが。
「外部環境のパラメータを完全に隠蔽して、内部の動作環境を一定に保つ。種芋に『ここは年中温暖な緑の森だ』と錯覚させるサンドボックス空間だ」
被っていたフードをはずし、千春は右手のイチゴ味の魔鉱石電子タバコから薄桃色の煙を吐き出しながら解説する。
「種芋を半分に切ったやつ、そうそれ、切った面に灰をつけて、そうそう。それで土に穴掘って放り込め。んで土をかけろ」
ヴォルフは感心したように頷き、真剣な手つきで千春の横に並び、温かい土の中へ種芋をセット(マウント)していった。
セバスとマーサもそれに倣って種芋を土の中に入れていく。
「あー、被せる土を上から叩くな。やわらかく、そう」
千春の説明を聞き、三人は畑一畝に種芋を植えていった。
「まぁ起動試験だから今はじゃがいもだけだけどうまくいきそうなら、そのうち葉野菜や人参とかも植えてっていいかもな。大根とかカブとかできたら越冬牛の角切りと煮込んだりしたらきっと美味いぜ」
うまく出来たら保育場のガキどもに芋掘りさせろよ。
千春のいたずらっ子のような笑顔にヴォルフは金色の目をふっと緩めた。
「千春はいつもの魔法陣を書き換えたり、設備を整えたりという難しい知識だけでなく農作物にも詳しいのだな。知見が広いというのか…」
「あ?」
千春は眉間にシワを寄せて答える。
「こういう植物を育てるとかっての、俺の世界じゃガキの頃に行く学校でやるんだよ。教科書とかの読み書き計算だけじゃなくて自然に触れるっていう授業があんだよ」
「ほう、それは面白いカリキュラムだな。温室がうまく行ったらシェイディアンの学校でもカリキュラムに取り込むのはいいかもしれん」
ヴォルフはふと領主の顔に戻って顎に手を当てて考え始める。
「シェイディアンは畜産乳業養鶏やってるだろ。その農場とか牧場をガキどもに見学させねーのかよ。普段自分たちが食ってるものとかはこうやって出来ていくんだぞっていうのを見せとくのはいい勉強になる」
千春の言葉にヴォルフは目を丸くする。
「こちらには無い概念だな。千春の知見の広さの原点を知れた気がする」
「こんなん義務教育の一環だわ」
「ぎむきょういく?」
首を傾げるヴォルフに千春は、温室の天井を仰ぎ見て「それもねーのかよ」とつぶやく。
「俺がいた世界じゃ7歳から15歳までのガキは小学校中学校っていう学校に行くのが義務なんだよ。親はその学校に通わせる義務を国から課せられてる。だから保育場作らせたろ?義務じゃねーけど小学校に通う前のガキ、2歳とか3歳とかのガキを働いてる親は面倒見れねーから、保育園幼稚園っていう保育場に預けて働きに行くんだよ。小学校からいきなり集団で勉強させるってのはきちぃから、その前に団体行動に慣れさせとけって感じの効率化だな」
「千春も通っていたのか?その保育場やショウガッコウとかチュウガッコウとかに」
「俺の場合は…まぁ、通ってたな。私立だけど。」
「しりつ?」
「学校にも色々あるんだよ、国や県、こっちでいう領地か。が経営してるのを公立、国や領地みたいな行政が作った学校。私立ってのは、わたくしりつって言う場合もあるけど一般の金持ってる経営者が勝手に作って行政に認められた学校。金はかかるが制服が無いとか選べるとかスポーツ系に力入れてるとか自由度が高い。行政に認められる必要があるからカリキュラムは公立も私立もかわらん」
「義務教育か。導入してもいいかもしれんな」
「俺の話はこれで終わり。戻ろーぜ。すぐに芽が出るもんじゃねぇ」
千春は足早にヴォルフたちの横を通り抜けて温室のドアを開ける。
「っひー。外はやっぱさっみー」
肩をすくめながらコートを首元まで引っ張り上げつつ歩く千春を追いかけて三人は領主館に戻るために歩き出した。その途中でヴォルフだけが温室を振り返る。ヴォルフにはやはり不安があった。凍土に足をつけて生きてきたこの24年間。このシェイディアンで作物が育つというところを見たことが無いからだ。それはセバスもマーサも同じことだった。
領民もそんな神のお導きを覆すことが出来るのかと未だに半信半疑だ。
◆◆
そんな起動試験から数日後。
千春、ヴォルフ、そしてセバスとマーサが見守る中、温室コンテナの黒々とした土から、ひょっこりと「小さな緑の芽」が顔を出した。
「……っ!?」
ヴォルフが息を呑み、思わず土の前に膝をついた。
「芽が出た……! この常冬のシェイディアンで……真冬の凍土の中で、植物の芽が吹いたぞ……!」
シェイディアンは魔鉱石の採掘と、地熱エリアでの畜産、高級ブランド『越冬牛』や乳業・養鶏という巨大な輸出産業を持つ裕福な領地だ。だが、年中凍りつく気候ゆえに穀物や野菜などの作物は一切育たず、食料の多くを他領からの高い買い付けに依存せざるを得ないのが長年の構造的課題だった。
だからこそ、「真冬に緑の作物の芽が出る」ということ自体が、常冬の地で生まれ育ったヴォルフにとってあり得ない奇跡だったのだ。
「……ふん。パラメータ調整通りだ。驚くようなことじゃねぇよ」
千春は照れくさそうに顔を背けつつ、不敵に口角を吊り上げた。
「ビルド成功(芽吹き)だな、クソガキ」
「ああ……! じゃがいも v1.0も温室起動試験合格だ!!」
ヴォルフは立ち上がると、感無量といった面持ちで千春の肩を力強く抱きしめた。
「セバス! 祝いだ! 商店街からあの『移動式の露店商』を呼べ! 保育場と農地の作業者全員に、一番美味いミルクソフトとポタージュを振る舞うぞ!」
ヴォルフの号令により、建設予定地に隣接する保育場前の広場は、一気に華やかなお祭り騒ぎとなった。
かけつけたのは、千春が目が見えなかった頃に部屋へ届けられた、商店街で大人気の移動式露店商の若い職人だ。職人は『ワッフルコーン・ミルクソフトクリーム』を次々と生み出していく。
シェイディアン特濃ミルクのコクと練乳のような濃厚な甘み。香ばしいサクサクのワッフルコーン。
「冷たくて甘くて、すごく美味しいーっ!」 「あったかいお部屋で食べるソフトクリーム、最高!」
設立されたばかりの保育場で、お年寄りたちに見守られながら子供たちが歓声をあげる。開墾作業の手を休めた母親たちや長老たちにも、サクサクのソフトクリームとセバス特製の熱々ホットミルクポタージュが手渡された。
「千春、お前の分だ」
ヴォルフが千春の右手へ手渡したのは、あの時と同じ、鮮やかなイチゴ果肉ソースがトロリとかかった特製ワッフルコーンだった。
「……あ? あの時のか。……ん、んっま。相変わらず練乳みてぇで濃厚だな」
千春はサクッとコーンのかどを噛み砕き、満足そうに目を細めた。 冷たく濃厚な甘味がじわリとしみ渡っていく。普段は「食うのが面倒」と食事を拒みがちなガリガリの千春だが、実は仕事での過渡期を過ぎた後の脳疲労時に覚えた「甘いものは脳に効く」にだけは目がなく、素直に舌鼓を打つ。
日当たりの良い保育場のテラスで、ソフトクリームを頬張りながら笑い合う領民たちを見つめ、千春はぽつりと呟いた。
「……エラーログばかり吐いてた街に、ようやく正常系のログが回り始めたか」
外は相変わらず凍えるような白銀の吹雪だ。 だが、完成した仮想化温室の中と、人々の心の中には、確かな「新しい春のバージョン」が定着していた――。
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