1_12 シェイディアン農地改革計画1
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緑の森の領地から種芋という名の「ライブラリ」を勝ち取るため、シェイディアン領地改革はいよいよ「仮想化温室コンテナ」の物理インフラ設計フェーズへと乗り出した。
どれほど高説を垂れようと、口先だけの設計図ではあちらのエリート技師は動かない。まずは自陣の排熱グリッドの仕様を完璧に定義し、揺るぎないインフラ基盤を提示する必要がある。
だが、システムの仕様書がどれほど美しくとも、それを現実のインフラとして動かすにはハードウェアの配線――すなわち「物理ルーティング」の壁が立ちはだかる。
領主館の広大な執務室。大きなオーク材の机の上には、シェイディアン領地全域を羊皮紙の上に立体的な魔導浮き彫りで再現した高精度な高低図面が広げられていた。
「よし、見ろ千春! これが私が徹夜で引き直した、熱伝送ラインの最適化ルート設計図だ!」
ヴォルフガングが自信に満ち溢れた、どこか誇らしげな笑みを浮かべて羊皮紙をドンと指し示した。肩口で綺麗に揃えられた銀髪が、興奮でさらりと揺れる。
千春は右手に挟んだイチゴ味の魔鉱石電子タバコからふうと薄桃色の煙を吐き出し、新たに装着された銀と真鍮の左腕――魔導スタビライザー義手を軽く動かしながら、図面に視線を落とした。
「ほう。で、どんなおめでたいお花畑回路を引いたんだ、クソガキ」
「おめでたくなどない! 完璧なハードウェア設計だ!」
ヴォルフは胸を張り、赤色の魔導インクで太く一筋に引かれた一本のラインをなぞった。
「山脈地帯の重工業エリア――魔鉱炉から排出される高熱の余熱蒸気を、平地の農地・居住区コンテナまで直結させる! 途中の迂回を一切排除し、極太の高断熱魔導パイプ『1本』で最短距離をぶち抜く構造だ。距離が最も短ければ表面積も最小となり、外気への熱伝送ロスを極限まで抑えられる。伝送効率にして九割八分……寸分の狂いもない最高効率の直線ルートだ!」
ヴォルフは「どうだ!」と言わんばかりに金色の瞳を輝かせ、千春の反応を待った。
だが。
図面を一瞥した千春の眉間には、急速に凶悪な皺が寄っていた。 両方の漆黒の瞳が、同時に氷点下まで冷え込む。
「……おい、クソガキ」
「な、なんだ? 効率計算に文句でもあるのか?」
「文句以前の問題だバカ野郎」
千春は右手を勢いよく机に叩きつけた。バン! と大きな音が執務室に響き渡る。
「こんなガバガバなガラクタ設計、本番環境に投入できるわけねぇだろ! 仕様書から出直してこい!!」
「なっ……! ガバガバとはなんだ! 熱力学と魔導配管の最適解を弾き出したのだぞ! どこに不備があるというんだ!」 ヴォルフが身を乗り出し、金色の瞳を怒りで燃え上がらせる。
「全部だよ全部! お前、インフラの心臓部に平然とSPOFを配置してドヤ顔してんじゃねぇよ!」
「えすぴー……なんだと!?」
千春はポケットから赤色の魔導ペンを引っ張り出すと、ヴォルフが引いた自慢の「太い1本ライン」の途中――山脈から平地へと抜ける切り立った崖の難所を、容赦なく赤ペンでぐりぐりと叩いた。
「ここだ、ここ! この崖の難所、冬場は毎日のように極寒の暴風と落石が発生するエリアだろ! もしここで落石か凍結事故が起きて、この『自慢の太い1本パイプ』が破裂するか目詰まりを起こしたらどうなる?」
「そ、それは……すぐに修理部隊を派遣して……」
「派遣して修理が完了するまでの間、温室も居住区も熱供給が完全ストップするんだよ!」 千春は激越な声でまくし立てた。
「予備ライン《バックアップ》が1本もねぇんだから、この1箇所がコケた瞬間に、コンテナの作物は全滅、領民は極寒で凍死だ! 一箇所壊れただけでシステム全体を道連れにして即死する設計を、世間では『欠陥インフラ』って呼ぶんだよ! 恐ろしくて運用できるかバカ!」
「ぐっ……! だ、だが!」 ヴォルフは負けじと机に両手をつき、顔を極限まで近づけて反論した。
「パイプを2本に分ければ配管の総表面積が増え、外気に奪われる熱ロスが確実に大きくなる! 1本の極太パイプに総力を挙げて最強の断熱補強と防護結界を施す方が、論理的にも資材的にも正しいはずだ!」
「壊れないシステムなんか、この世に存在しねぇんだよ!」 千春の鋭い一言が、執務室の空気を真っ二つに切り裂いた。
「どんなに防護結界を張ろうが、どんなに最強のパイプを作ろうが、事故るときは事故る。不可抗力のバグやハードウェア障害は必ず起きるんだ。プロのインフラ屋ってのはな、『壊れないこと』を祈る神主じゃねぇ! 『壊れたときにどう被害を最小限に抑えて生かしておくか』を一番最初に組み込む奴のことだ!」
「……っ!!」
ヴォルフは喉を詰まらせ、言葉を失った。
二人の間で散り散りに火花が散る中、静かな足音が近づいてきた。 年配の執事セバスが、絶妙なタイミングで湯気の立つ濃いめのカフェラが注がれたカップを二つの前に置く。
「まぁまぁ、お二人とも。セバス特製の熱いカフェラでございます。頭を冷やされてはいかがでしょう」
「……ちっ」 千春は舌打ちをしながらカフェラを一口煽り、ふーっと息を吐き出した。 ヴォルフもまた、悔しそうに拳を握りしめたまま、熱いお茶を一口飲んで呼吸を整えた。
千春は赤ペンを持ち直すと、図面の上に迷いなく2本の線を書き足した。
「いいか、クソガキ。採用するのは『2系統並列配管』だ」
ヴォルフが身を乗り出し、千春の手元を注視する。
「山脈からの排熱ラインは、最初から2本の独立したパイプに分岐させて平行に敷設する。確かに1本あたりの熱伝送効率は数%落ちる。資材のコストも増える。だがな――」
千春は赤ペンで片方のラインに×印をつけた。
「万が一、片方のパイプが落石で潰れようが、魔導炉の不具合で詰まろうが、もう片方のラインが生きていれば**『50%の熱供給』**は止まらずに稼働し続ける」
「……50%……」
「そうだ。熱量が半分になれば、部屋は多少寒くなるし作物の生育速度も遅くなる。だがな、**『作物が全滅する致命的ボーダー』**を下回ることは絶対にねぇ。システムを完全ダウンさせずに稼働させたまんま、壊れた方のラインを安全にメンテナンスできる時間を稼げるんだ」
さらに千春は、崖の難所の直前に大きな円を描いた。
「さらにこの崖の手前には、余剰魔熱を一時的にバッファリングする『蓄圧器』を噛ませる。急激な外気温低下や一時的な熱源の揺らぎが起きたときのクッションにする。これで、外部環境の急変に対する耐性も完璧だ」
執務室に、静寂が訪れた。
ヴォルフは、千春が描き直した赤線の図面を食い入るように見つめていた。 その金色の瞳に浮かんでいた怒りは消え去り、驚愕と、そして深い感服の色が広がっていく。
「……私は……『完璧なパイプを作れば壊れない』と……そう思い込んでいた。破損した後の運用など……最初から計算に入れていなかった……」
「ハード屋はすぐ『俺の作った最強の単体ハード』に頼りたがる。だが、現実の過酷な運用に耐えるのは単体のスペックじゃねぇ。システム全体の『冗長性』なんだよ」
千春がタバコの煙をゆっくりと吹き出すと、ヴォルフはハッと息を呑み、悔しそうに唇を噛んだ。 しかし次の瞬間、その顔にはどこか愛おしさと誇らしさが入り混じった、晴れやかな笑みが浮かんでいた。
「……降参だ、千春。お前の勝ちだ」
「勝ち負けじゃねぇよ。当たり前の設計をしただけだ」
「ふっ、いいや、私の不覚だ。……『2系統並列配管』、そして『蓄圧器バッファ』。すぐにこの仕様で構造計算をやり直し、完璧な施工図面を引き直してみせるよ」
ヴォルフは力強く頷くと、羊皮紙を愛おしそうに丸め直した。
◆◆
翌日。 決定した配管ルートの現地視察と、地熱バイパスの地質調査のため、千春とヴォルフは馬車で建設予定地へと向かった。
常冬の風が吹き抜ける平地エリア。 見渡す限りの白銀の世界だが、地熱ラインの開削作業を進める領民たちの熱気と吐く息の白さが混ざり合っていた。
馬車を降り、防寒コートの襟を立てた千春は、足元の凍土を踏みしめながら周囲を見回していた。 その視線が、建設予定地の片隅でふと止まる。
「……ん?」
千春の視線の先にいたのは、幼い子どもを背中に抱っこ紐で括り付けたまま、冷え切った土をクワで掘り起こしている一人の若い女性だった。
背中の赤子が寒さや揺れでぐずり、泣き声を上げるたびに、女性は作業の手を止め、赤子を抱きかかえて息を吹きかけながら必死にあやしている。 その手元は、凍傷寸前のように赤く腫れ上がっていた。周辺を見渡せば、同じように小さな子供を傍らに座らせたり背負ったりしながら、震える手で農作業の準備を進める女性たちが何人もいた。
「……なぁ、クソガキ」
千春が低い声で呟いた。
「ん? どうした千春、地質データに問題でもあったか?」
ヴォルフが側寄ってくる。
「男どもは山脈の採掘場や重工業エリアに駆り出されてるんだろ。で、ここで働いてるのは女どもと……力仕事ができねぇ年寄りか」
「あぁ。シェイディアンは人手不足だからな。動ける者には全員、農地開墾の手伝いに加わってもらっている。何か不都合でもあったか?」
千春はタバコをポケットに放り込み、ハァと白い息を吐き出した。
「不都合だらけだバカ。今すぐあの女どもから子どもを引きっ剥がして、学校に行く前のガキを一手に集めて面倒見る『保育場』を作れ」
「……なっ……? ほ、保育場……?」 ヴォルフがポカンと目を丸くした。
「そうだ。一番日当たりが良く、地熱パイプが最初に入るあったけぇ建物を一つ確保して、ガキどもを全員そこに突っ込め」
「しかし千春、今は領地改革の初期段階だ。子どもの世話専用の施設など作る余裕が――」
「だから作れっつってんだよ!」 千春は呆れたように眉間を押さえた。
「お前な、子連れでクワ振らせて作業効率が何%落ちてるか計算したことあるか? 子どもが泣くたびに作業中断、怪我させないように気を取られてスピード半減。実質、稼働率50%以下だぞ。おまけに現場に幼子がいれば、資材搬入の馬車と接触するような重大インシデントのリスクが跳ね上がる。いいことゼロだ」
「ぐ……そ、それは確かに……」
「育児っていう個別の非効率タスクを現場から排除して、一箇所に集約するんだよ。母親たちを作業だけに専念させれば、開墾のスループットは倍以上にハネ上がる」
ヴォルフは千春のロジックに圧倒されながらも、ふと疑問を口にした。 「だが、その『保育場』で子どもの面倒を見る人員はどうする? 貴重な労働力をそこに割くわけには……」
「アホか。そこにアサインするのは、力仕事が厳しくなって現場を引退した**『高齢のババアたち』**だよ」
「な……長老や、お年寄りを……!?」
「そうだ。力仕事は無理でも、ガキのあやし方や昔ながらの知恵ならババアたちが一番知ってる。現場で足手まとい扱いされるより、子どもたちの世話を任された方が、高齢者の雇用と生きがいが生まれるだろ。ノウハウの継承にもなる。一石二鳥どころか一石三鳥だ」
千春はふん、と鼻を鳴らし、寒そうにポケットの中でスタビライザー義手を握りしめた。
「作業効率の最適化だよ。人手不足の弱小領地で、無駄なマルチタスクさせてリソース食いつぶしてんじゃねぇ」
……冷徹なシステム論。徹底したリソース管理とスループット向上。 千春はどこまでも「SEの合理化」として語っている。
だが。
ヴォルフは知っていた。 千春のその漆黒の瞳が、寒さに震えていたあの若い母親と赤子、そして手持ち無沙汰に現場の端で肩を小さくしていたお年寄りたちの姿を、誰よりも優しく見つめていたことを。
口を開けば「効率」「リソース」「バグ」と悪態ばかりつくこの男は、いつだって現場で一番傷つき、苦しんでいる人間を救うための設計を一番に考えるのだ。
「……ふっ」 ヴォルフの口元が、自然と緩んだ。
「なんだよ、気持ち悪い笑い方してんじゃねぇ」
「いや……相変わらず、お前の『デバッグ』は完璧だなと思ってね」 ヴォルフは金色の瞳を柔らかく細め、千春の肩を力強く叩いた。
「あぁ、すぐに手配しよう! 地熱パイプの一次分岐ラインのすぐ隣に、シェイディアンで最も暖かく安全な『保育場』を建設する! お前が言った通り、お年寄りたちに打診して最高の環境を作ってみせるよ!」
「おう。手際よくやれよ、クソガキ」
千春は照れくさそうに顔を背け、再びイチゴ味の電子タバコを咥えて煙を吐き出した。
白銀の空の下、新しく引かれる2本の並列配管と、これから生まれる暖かな保育場。 自陣のインフラ基盤はこれで完璧に整った。
「よし、千春。これで内政の準備はすべて完了だ。次は……あの緑の森の気取り屋を叩き潰し、種芋ライブラリを手に入れるぞ!」
「おう。ガバガバなエリート技師を徹底的に論破してやろうじゃねぇか」
常冬の領地シェイディアンに、着実に「新しいバージョン」の息吹が吹き込まれようとしていた――。
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