表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冷酷な吸血鬼の王に生贄として捧げられたΩですが、なぜか甘く溺愛されています  作者: 水凪しおん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/15

第13話「崩れゆく檻と差し込む光」

 地鳴りのような重低音が、足元の石畳を激しく震わせた。

 数百年の時を経て、主の絶望と共に存在し続けてきた巨大な古城が、その役目を終えようとしている。

 教団の魔法陣による破壊と、アルカディアが解放した強大な魔力の余波。

 それらが複雑に絡み合い、城の構造を根底から砕いていた。

 壁に走った巨大な亀裂から、乾いた砂煙が滝のように噴き出す。

 天井のシャンデリアが悲鳴のような金属音を立てて落下し、大理石の床に激突して粉々に砕け散った。

 アルカディアはノアの腰を抱き寄せ、崩落する瓦礫を軽やかな身のこなしで避けていく。

 その足取りに迷いはない。

 向かう先は城の出口ではなく、中庭の奥にある温室だった。

 ガラス屋根の半分が抜け落ち、外の冷気が直接吹き込んでいる。

 歪んだ鉄格子の扉を、アルカディアは片手で容易く蹴り破った。

 温室の中もまた、崩壊の波に飲まれていた。

 ひび割れたプランターから、乾いた土が床にこぼれ落ちている。

 ノアはアルカディアの腕から滑り降り、瓦礫の山を両手で掻き分けた。

 土埃で指先が汚れ、爪の間から血が滲む。

 しかしその動きは止まらなかった。

 瓦礫の下から、淡い青色の花弁が姿を現す。

 周囲の植物が全て押し潰される中、あの小さな花だけが、奇跡的に無傷のまま咲き誇っていた。

 ノアは震える両手で、土ごと根をそっと包み込む。

 命の重みが、手のひらに確かな温度として伝わってくる。


「生きている」


 掠れた声が、土埃の舞う空気に溶けた。

 背後で、巨大な石柱が折れる轟音が響く。

 アルカディアの長い腕がノアの肩を抱き、強引にその場から引き剥がした。

 直後、二人が立っていた場所に巨大なガラスの破片が降り注ぐ。


「行くぞ」


 アルカディアの赤い瞳が、ノアの手の中にある小さな花を捉える。

 その目元が、不器用に、しかし確かに細められた。

 それはノアが初めて見る、王の微かな微笑みだった。

 二人は崩れゆく温室を背に、森へと続く道を駆け出す。

 振り返ることはしなかった。

 背後で天を突くような尖塔がゆっくりと傾き、凄まじい轟音と共に崩れ落ちていく。

 何百年もの間、アルカディアを縛り付けていた孤独の象徴が、土煙の中に消え去った。

 森の木々を抜け、視界が急激に開ける。

 朝霧が立ち込める谷間から、黄金色の朝日が力強く昇り始めていた。

 冷たい夜の気配が、温かな光に押し流されていく。

 アルカディアの白い肌が、朝日に照らされて微かに透き通った。

 太陽の光は、彼を灰にすることはない。

 しかしその顔に落ちる陰影は、かつての氷のような冷酷さを完全に失っていた。

 ノアは歩みを止め、隣に立つアルカディアを見上げた。

 泥と血にまみれた二人の手は、決して離れることなく固く結ばれている。

 アルカディアの冷たい指先から、確かに脈打つ命の鼓動が伝わってくる。

 永遠の命という呪い。

 それに縛られ、ただ静寂の中で死を待つだけだった王は、今、一人の人間と共に生きることを選んだのだ。

 ノアは手の中の青い花を胸に抱き、静かに息を吸い込んだ。

 朝の冷たい空気の中に、かすかな春の匂いが混じっている。

 もう、後戻りすることはない。

 どこまでも続く光の海へ向かって、二人は足を踏み出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ