第12話「救済のキスと反撃の夜明け」
銀の鎖が軋む。
アルカディアの赤い瞳に、抗いがたい渇望の炎が灯った。
彼の手がノアの背中を強く抱き寄せる。
冷たい唇がノアの首筋に触れ、鋭い牙が薄い皮膚を突き破った。
痛覚は一瞬で消え去り、焼け付くような熱波がノアの全身を駆け巡る。
互いの血が混ざり合い、フェロモンが限界まで交錯する。
ただの捕食ではない。
魂の根源から結びつく、真の番となる儀式だった。
ノアの体内に、アルカディアの強大なαの力が流れ込んでくる。
同時に、ノアの生命力とΩの熱が、銀の毒に侵されたアルカディアの細胞を急速に再生させていく。
アルカディアの背中の傷が、目に見える速度で塞がっていく。
黒く変色していた肌が本来の透き通るような白さを取り戻し、失われていた魔力が凄まじい勢いで膨れ上がった。
銀の鎖が限界を迎え、甲高い音を立てて粉々に砕け散る。
アルカディアは牙を引き抜き、血に染まった唇でノアの唇を塞いだ。
濃厚な血の味と、氷のような冷気、そして燃え盛る熱が混ざり合う。
それは果てしない絶望を終わらせる救済の口付けだった。
二人の周囲で、強大な魔力の渦が巻き起こる。
広間を包んでいた教団の魔法陣が、ひび割れたガラスのように次々と砕け散っていった。
教団兵たちが恐怖に顔を引きつらせ、後ずさる。
アルカディアがゆっくりと立ち上がった。
その背中には、かつての孤独な王の影はない。
番を得て真の力を取り戻した絶対者の威厳だけがあった。
ノアを片腕でしっかりと抱き寄せたまま、アルカディアは右手を軽く振り上げる。
広間の空気が一瞬にして凍りついた。
無数の氷の刃が空中に現れ、教団兵たちに向かって一斉に降り注ぐ。
悲鳴を上げる間もなく、純白の法衣は鮮血に染まり、次々と床に崩れ落ちていく。
魔法陣を維持していた指揮官も、氷の槍に胸を貫かれて絶命した。
戦場を支配する力による、一瞬の蹂躙だ。
静寂が、再び城を取り戻した。
血と氷にまみれた広間で、アルカディアはノアを抱きしめる腕の力を強めた。
その胸の鼓動は力強く、そして確かな熱を帯びている。
ノアは彼の胸に顔を埋め、安堵の涙を流した。
長い夜が終わろうとしていた。
砕け散ったステンドグラスの隙間から、暁の光が差し込み始めている。
東の空が白み、冷たい月光の世界が、温かな朝日の色に染まっていく。
アルカディアはノアの顎に指をかけ、優しく上を向かせた。
その瞳は、もう何も恐れていない。
「……夜が明ける」
低い声には、確かな響きがあった。
永遠の闇に閉ざされていた城に、初めて朝が訪れたのだ。
ノアは微笑み、彼の冷たい頬に自らの熱い頬を寄せた。
◆ ◆ ◆
東の空が完全に白み、黄金色の朝日が森の木々を照らし出す。
城の崩れかけた壁から、温かな光が二人の足元へ長く伸びていた。
教団の残党はとうに逃げ去り、遠くで野鳥の囀りが聞こえ始める。
アルカディアの肌は、朝の光を受けて微かに透き通るように輝いていた。
日光を浴びても彼が灰にならないのは、強大な魔力を持つ証拠だ。
ノアは彼の手に自らの手を重ねた。
指先から伝わる体温は、もう冷え切った氷ではない。
「行きましょう」
ノアが静かに告げる。
アルカディアは小さく頷き、二人は光の射す外の世界へと、ゆっくりと歩き出した。




