表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冷酷な吸血鬼の王に生贄として捧げられたΩですが、なぜか甘く溺愛されています  作者: 水凪しおん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/15

第11話「反転する足跡と真の契約」

 暗い。

 どこまでも続く石造りの階段を、ノアは転がるように下り続けた。

 壁を伝う指先が擦り切れ、血が滲む。

 息は上がり、足はもつれ、何度も冷たい石段に膝を打ち付けた。

 それでも止まることはできない。

 通路の奥から微かに流れてくる外気を頼りに、ただ足を動かし続けた。

 やがて、前方に淡い月光が見えた。

 鉄格子の嵌まった排水溝の隙間から、森の空気が入り込んでいる。

 ノアは身をよじって鉄格子を押し開け、泥まみれの斜面へと転がり出た。

 冷たい夜の森だ。

 湿った枯れ葉の匂いが、ノアの肺を満たす。

 振り返ると、木々の隙間から古城の尖塔が見えた。

 城全体が、銀色に光る巨大な魔法陣に包み込まれようとしている。

 あの光の檻の中で、彼はたった一人で戦っている。

 永遠の孤独に凍りついていた心を自ら開いて、ノアを逃がした。

 自分の命を繋ぐために、彼を犠牲にしたのだ。

 ノアは暗い森の奥へ向かって歩き出そうとした。

 しかし、足が鉛のように重い。

 泥に足を取られ、木の根に躓き、冷たい土の上へ倒れ込んだ。

 土の匂い。

 それは、あの温室で彼と共に過ごした時間を強烈に呼び覚ます。

 枯れかけた花に水をやり、微かな希望を育てた日々。

 彼がくれたのは、ただの命の猶予ではない。

 生きる意味そのものだった。

 ここで逃げ延びて、自分は明日から何を思って生きるのか。

 彼が焼かれ、消え去る世界で、自分だけが太陽の光を浴びることに何の価値があるのか。

 ノアは土を強く握りしめ、ゆっくりと立ち上がった。

 迷いはなかった。

 自らの意志で向きを変える。

 来た道を引き返す。

 心臓が肋骨を突き破るほどの速さで早鐘を打っている。

 排水溝へ潜り込み、暗い石段を全力で駆け上がった。

 息が続かず、肺が悲鳴を上げる。

 しかし、足は決して止まらなかった。

 隠し扉の裏側に辿り着き、手探りで開閉の仕掛けを探り当てる。

 重い石の壁を全身の力で押し開けた。

 視界に飛び込んできたのは、凄惨な光景だった。

 城のエントランスホール。

 大理石の床は教団兵の血で赤く染まり、無数の死体が転がっている。

 その中央で、アルカディアは銀の鎖に両腕を拘束され、膝をついていた。

 背中の傷からは絶え間なく血が流れ、銀の毒が彼の白い肌を黒く変色させている。

 周囲を取り囲む兵士たちが、止めを刺すべく剣を構えていた。


「アルカディア」


 ノアの叫びが、広間に響き渡る。

 アルカディアが弾かれたように顔を上げた。

 その瞳に、信じられないものを見るような驚愕の色が浮かぶ。


「なぜ……戻った」


 ノアは教団兵の隙を突き、アルカディアの元へ駆け寄った。

 銀の鎖を素手で掴む。

 強烈な火傷のような痛みが手のひらを襲うが、構わず力任せに引き剥がそうとする。


「逃げろと言ったはずだ」


「あなたのいない世界で生きるくらいなら、ここで一緒に死にます」


 ノアはアルカディアの胸にすがりつき、彼の首元へ自らの顔を寄せた。


「私の血を飲んで。全部、あなたにあげます」


 銀の毒に侵され、体温を失いかけているアルカディアの身体。

 ノアは自らの首筋を無防備に晒し、強く押し付けた。

 Ωの甘いフェロモンが、濃密に広間を覆い尽くす。

 それは、死に瀕した王の奥底に眠る、真の吸血衝動を呼び覚ます甘美な猛毒だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ