薬師のランクが上がりエルフとドワーフが祝う
もう、あと二話で終わります。
最後までお付き合いしていただけると幸いです
「おめでとうございます。先ほど査定にてDランクからCランクの昇格が決定いたしました」
イザベラと別れた後、キノが改めて冒険者ギルドに討伐報告に向かったのは夕方近くになってからだった。
ギルド職員が告げたランク昇格の賛辞に、キノはしばしポカンっと口を開いてから、えっ!と声を上げた。
「Cランクって、自分ちょっと前にDランクになったばかりですよ。何かの間違いとかじゃないんですか?」
「いいえ、今回のキマイラ討伐を含め、ジャイアントグリスリーにケロベロス、グリュルスの怪鳥など様々な高ランクの魔物討伐成功にあたり大いに貢献しております。よって当ギルドではキノ様をCランクが適性だと判断いたしました」
「確かに、それでDランクのままはおかしいですね」
ムライの無茶振りに振り落とされないように必死に毒矢を射ることしか考えていなかった。改めて人の口から聞くとすごい功績だとキノは他人事のように思った。
「基本冒険者のランクは組んだパーティーの貢献度によって変わります。以前のパーティーでキノさんのランクが今までEだったのは戦闘に参加せずサポートに徹していたからですが、今現在は戦闘に参加しています。当然の結果ですよ」
「ムライさん。いらっしゃっていたんでしか」
知ってる声が聞こえて振り向くとそこには家で待っていると言って、途中で別れたムライが立っていた。
「お昼を過ぎても戻って来られなかったので、用事を済ますついでに寄ってみました」
「すみません。ちょっと色々ありまして」「お気になさらず。時にはそんな事もあるでしょう。そんなことよりキノさん。せっかくなので、このままCランク昇格のお祝いでもしましょうか。ちょうど、ここにゴードンさんもいますしね」
「よく言うわ。お前さんがここまで連れて来たんじゃろうがい」
そう言って、ムライの視線が下へと流れると元パーティーの斥候でありドワーフのゴードンがいた。
自身の屈強な体格と同じくらいの大きさの斧を振り回し、ムライと共に先頭の前線に立っていた彼だか今日は愛用の斧を持っておらず。代わりにボーガンを持っていた。
「ゴードンさんは最近マーベリックさんのパーティーを抜けて、今はご友人達と鍛冶屋を営んでいるのですよ」
キノはゴードンに軽く頭を下げて「お久しぶりです」と邂逅の挨拶をする。
「久しぶりじゃのキノよ。なんでも、此奴のしごきに耐えいるとか。少し、ムライに似てきたように見える」
「あ、あははっ……冗談ですよね?」
ガハハっと蓄えた口ヒゲを軽く揺らしながら快活に笑うゴードンにキノは顔をひくりと引き攣らせる。
「まぁ、夫婦というのは自然と似てくるといいますしね」
「へ?まぁ、それは夫婦ですから似てくる部分もあるんじゃないですか?よくわかりませんけど……」
唐突なムライの話題にキノは困惑になりながら答えれば、ジッとムライはこちらを見てきた。
「ならば、私と結婚してみますか?」
「え、嫌ですよ」
「即答ですね。ちなみにその心は?」
「我が身可愛さ故です」
今でさえ、命と精神力がゴリゴリと削れているというのに夫婦になったらと考えるだけで恐怖で体の芯から震え上がってしまう。
そもそもムライには好きな人がいる。その相手を差し置いて、キノに結婚の提案をするほど彼は不誠実ではない。
「あぁ、なんだ。いつもの悪ノリか」
キノはホッと胸を撫で下ろした。
「私の日頃の行いもあるのかもしれませんが。キノさんって、時々ものすごく失礼なことを言いますよね」
ムライは眉を酷く歪めてから、何かを諦めたようにパンっと両手を合わせて音を出す。
「何はともあれ、ここで立ち話はなんです。キノさんの昇格祝いも兼ねて、酒場に移ってからにしましょうか」
「そりゃあ、めでたい!無論、お前さんの奢りなんだろうな」
酒場とムライが言い切る前に素早く反応したのはゴードンだった。
「もちろん。お好きにどうぞ」
「よく言ったァ!わしはスカした耳長族は死んでも好かんが、お前さんだけは別じゃ!」
「ありがとうございます」
ゴードンは豪快にムライの背中を叩く。
ドワーフ族は金より飯より酒好きで、エルフとは犬猿の仲なのは有名な話である。
事実、エルフとドワーフが所属しているパーティーは二種族の衝突が多く仲間内で間を取り持つのが大変らしい。
そんな世俗的な常識の中で、ムライはエルフ族でありながらドワーフ族のゴードンとは友好的な関係を築けている。
「ちなみにコイツはどうする?お前さんが渡すか?」
「いえ、ゴードンさんから渡してください」
しかし……と、ゴードンは少し躊躇ったが、それを沈黙で押し通すムライに短いため息を吐いて話を変える。
「さっきの事も含めてそうじゃが。わしも不器用すぎて分かりにくいと妻によくボヤかれる」
「ゴードンさん。回りくどい事を言わないで、言いたいことがあるのならはっきりと申してください」
苦虫を百回ほど噛み潰したような顔を浮かべるムライにゴードンは満足そうに笑う。
「もう少し素直に、わかりやすくなれ。と、いう事じゃ」
「もうこれ以上にないくらい私は素直です、わかりやすいですが、心に留めておきましょう。ご教示感謝致します」
少しも思ってもいない謝辞の言葉をムライは捨てるように吐いて、顔を背けた。
「さて、キノよ。今日はオヌシが主役だ。何が食べたい?」
2人のやり取りにハラハラしながら横目で見ていたキノはゴードンの問いかけに反応が遅れた。
「え、そうですね。ここはやっぱりガッツリお肉とか食べたいですかね」
お鉢が回って来たキノは素直に今の気分を口にすれば、ゴードンは「なら、とっておきの店に案内しよう」と自ら先頭を切って歩き出す。
案内された店はとにかく酒の量と種類が豊富で有名なドワーフ御用達のような店だった。
店の方針なのだろう。店員は客の中にドワーフを見るや否や、注文前のキノ達のテーブルに3人分の酒をテーブルに置いて去っていった。
なるほど、ドワーフが気にいるわけだとキノは納得した。
それからは他愛の無い話や互いの近況を話しながら、キノの昇格祝いと称しての飲み会は進んで行った。
「そうそうマーベリックのパーティーだがの。度重なる依頼失敗て全員がBランクからCランクに降格したらしい」
酒を片手に豪快にソーセージに噛みつきながら思い出したかのようにゴードンが話し始めて、キノは飲んでいた葡萄ジュースを軽く吹き出す。
先刻、戦力が落ちたと口にしていたリリーの発言は、離れ離れになってしまったムライとの距離を戻すための言い訳ではなかったらしい。
心底驚いているキノに対してムライは興味なさげに酒を煽り、近くの定員にお代わりを頼む。彼はかなりの酒豪であり、ドワーフ達が愛してやまない火酒というアルコール度数が桁違いに高く、並の人では到底飲める物ではない代物を平然と何杯も飲み干せる。
「でしょうね。我々が抜けた穴を埋めるのは並大抵の事ではありません」
我々というよりも、ムライが抜けた穴がデカ過ぎるのではないだろうかとキノは思う。
表向きはマーベリックがリーダーとして活動していたが、実質パーティーの中心はムライであった。
「でも、ムライさん。確かにマーベリックのパーティーの戦闘力は主力メンバーが大部分抜けたことで、以前よりは落ちたのでしょう。仮にそうだとしても、それだけで全員のランクが降格することなどあるのですか?」
キノの加入していた時にだって、パーティーメンバーの入れ替わりは幾度となくあったが、そのような事態に陥ったことはなかった。
「そうならないようにするのがキノさんの役目であり、私は貴女を指導して行きました」
ランクが高くなればなるほど、それを達成するための時間と労力は深刻になる。食料や水、医療品の常備を正確に把握し、不測の事態に備えての準備。依頼達成後のギルドに提出する報告書はもちろん年2回の冒険者活動報告書の提出。他にもパーティーの活動に必要な資金のやりくりなど、あげて行けばキリがないとムライはつまらなそうにコツンコツンと指先でテーブルを叩き始めた。
「イザベラさんは確かに優秀な魔法使いですが、水魔法は不純物が多くて飲み水に適さない。魔法で食べ物は出てこない。回復魔法は魔力を大量に消費するので使える回数の制限がどうしても付いてくる」
ギルドへの報告書などそもそも字が書けなければ提出すら叶わない。
「貴族出身のマーベリックも読み書きは出来るのでしょう。しかし、ここで必要になってくるのは文官の才能です。果たして、貴族の雇われ家庭教師がそこまで想定して教育を施していたかどうか怪しいところです」
Bランクの冒険者ばかりを集めてパーティーを構成する事自体は問題ない。
しかし、高ランクの者たちは戦闘力は高くとも補給や事務処理作業が出来ない者たちが多く。よほどの功績を立てるならば話は別であるが、実はランクが上がらない一要因になっているのである。
「パーティーに事務作業が出来るものがいないのら、金を払ってでも代筆屋を雇うことを推奨しますね」
そこまで話すとムライは手前に置かれた骨付き肉を持って豪快に食い千切る。その迫力ある食べっぷりはまるで野蛮な山賊のようであった。
「そもそもマーベリックさんは貴族特有の矜持がとにかく高い。そのうえでパーティーを率いている立場でありながら己が主体となって動きたがる」
「それはダメなんですか?」
「矜持があることも、リーダーが主体となって動くこと自体はダメではありません。ですが、マーベリックさんはとにかく視野が狭く。ご自身の力量もよくわかっていない。それが1番の問題なんです」
「いや、まぁ、気持ちはわかるがの。それでも、あやつもそこそこ良くなって来てはいたんじゃぞ」
「えぇ、わかっていますよ。あと1、2年くらい時間をかけてじっくり育てて行くつもりだったんですがね」
「お前さんの指導は厳しいからなぁ。手心を加えるということを知らん」
「えぇ、本当に」
ムライの言葉にキノは大いに同意する。
「あの、ちなみにゴードンさんは何故マーベリックのパーティーを抜けたのですか?」
「わしはただの引退じゃよ。そろそろ体にガタが来てな。冒険者家業から身を引こうと思ってたんだ」
機を見て話そうと思っていた矢先に共に前線で戦うムライがパーティーを抜けたのをキッカケにその意思が完全に固まったらしい。
「ムライのおかげで戦いでは随分と楽をさせてもらったわい」
「お互い様ですよ。私もゴードンさんにはたくさん助けていただきました」
「興味本位でダンジョンの仕掛けをわざと起動させたことを言っているのなら、もっと感謝して欲しいな」
「そういえば、そんなことありましたね」
ゴードンの話にキノも記憶の蓋が開く。
「おや、おかしいですね。あの時は安全な仕掛けだと判断したうえで、起動させたのですが」
「大岩がこちらに向かって転がって来ることを安全とは言わないのじゃよ」
「転がる石は冒険の醍醐味でしょう。その後、隠し部屋も見つかりましたし、一粒で二度美味しい」
曇りのない眼で言い切ったムライに、キノとゴードンはしばしの沈黙。からの、ゴードンは通りすがりの定員に酒をキノは料理を注文した。
「そういえばキノよ。世話になったといえば、お前さんの湿布薬にも随分世話になったな。お前さんが嫌でなかったら、まとまった量を融通して欲しいのじゃが」
「もちろん喜んで」
キノはにこりとゴードンに微笑んだ。
「ゴードンさん。そろそろキノさんにあれを渡してあげてください」
「おお、そうじゃったな。本当にお前さんが渡さなくていいのか?」
「くどいですよ」
「あれ……とは?」
何が何だかわからずキノは2人を交互に見ながら見ていると、ゴードンかキノの前に弓矢を差し出した。
「お前さんの武器じゃよ。ムライに頼まれての」
「ボーガンが、ですか?」
キノは視線をゴードンからムライへ向ける。
「弓と違って連射は出来ませんが、ボーガンは一射に威力があります。毒を確実に打ち込むのなら弓より断然にこちらです」
「でも、ムライさんは自分に弓矢を渡して来たではないですか」
「手始めにと言ったでしょう」
ボーガンは一射の威力は強いが重量があり、矢の装填に時間が掛かる。その為、戦闘経験の浅い初心者はパニックに陥り易い武器である。
「キノさんには先ずボーガンではなく短時間での連射が可能な弓矢で実践に慣れてもらいたかったのです」
なにより、キノの最大の強みである武器は毒である。本人が冷徹を欠くことなく正確に獲物の体のどの部位であれ射抜ければそれで問題ない。
「戦闘するための身体能力が低いのであれば、使用する武器の性能を上げればいい。何も己の肉体だけで戦うだけが戦い方ではありません」
「っということじゃ。キノよ。お前さんの武器受け取るがいい」
そう言ってゴードンはキノにボーガンを差し出した。
「改めて、ランク昇格おめでとうございます。キノさん」
頭を軽く下げるムライにキノはグッと胸が詰まって、彼に倣って頭を下げる。
「ありがとうございます。ムライさん。ゴードンさん。お二人の期待に応えられるよう。今より一層、頑張って行きたいと思います」
ボーガンを強く抱き込みながら、キノはムライとゴードンに向かって張りのある声で力強く宣言する。
「素晴らしい心掛けです。それではボーガンの試し撃ちがてら、近々ダンジョンの深層階に行ってみましょうか」
そう投げ掛けられたムライの言葉に温かったキノの心は一気に極寒まで下がる。
「え、あのっ、ムライさん。それはちょっと、無理かなって……」
「おぉ!こりゃ、すごいっ!もう深層階に行くまでに成長したのか。大したモンじゃ!」
「はい。日々のキノさんの戦闘力には目を見張るものがあります。私としても今後が楽しみです」
なんて、実力者であるこの2人に言われて悪い気は起きず。
「え、えへへっ、そうですかぁ?照れちゃいますねぇ。えへへ、深層階頑張ってみましょうかねぇ」
後にキノは自分が調子にノリやすく、その場のテンションで生きているかを痛感し、深く後悔することになった。




