↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
5/8

恋バナする薬師


「ねぇ、アンタさ、ムライと付き合ってるって本当?」

「え、何それ怖っ、そんな話どこから出たの?」

「は?なんか、同棲してるって話聞いたけど」

「いや、同棲じゃなくて、必要に駆られての同居かな。それ以上の意味はないよ」

 そもそも700年生きたエルフがたった18年しか生きていない人間風情の微生物相手にそんな恋慕を抱くとは思えない。と、キノは心の中でひっそり思う。

 そんなキノの内心など伝わるわけがなく。こちらに対して敵意を隠そうともしない槍使いの女戦士ジュリアは自分の隣に立つリリーを見て、更に怒気を強めた。

「この子の、リリーの気持ちを知らなかったわけじゃないでしょう?よく、そんな無神経なことが出来るよね」

「あ……」

 そこでようやく自分の失言にキノは気づいた。そうでだった。リリーはムライの事が好きだったのだ。

 否、決してリリーの恋心を蔑ろにしていたわけでも、忘れていたわけではない。

 只、パーティーを除名されてからのキノはとにかく生きるために必死だったのである。

 昨日などBランク討伐対象であるキマイラをムライの二人で倒したばかりである。

 いくらムライのランクが高かろうもBランク対象の魔物は複数で討伐するのが定石。

 それをムライはキノと二人だけで討伐をすると言った。

 命短し、祈れよ神に——————自然とキノの視線が空へと向かう。これまでの人生間でこれほどまで信心深くなったのは初めであった。

 キノの祈りが神に届いたのかは定かではないが、キマイラ討伐は無事に成功した。

 本日は討伐の性格とその報告書を提出するためにキノは朝から一人で冒険者ギルドに赴いていたのだ。

 そこで声を掛けて来たのがジュリアである。

 赤髪のポニーテールが特徴的な吊り目の美人。鎧を纏っていない素肌の部位には魔物と戦った古傷が残ってる歴戦の戦士の風格を携えて、キノに「話がある」と声を掛けて来た。

 顔見知り程度の彼女が自分に話があるのが不思議で仕方がなく。わけもわからずジュリアに着いて行けば、公共の場として設けられている街の広場で足を止める。

「キノ……」

「リリー?」

 キノはそこで懐かしい顔を見る。

 久しぶりに見る彼女の表情は見ているこちらまで胸が痛み出すほどの憂いを帯びていた。

 どうしたの?と、キノが思わず訪ねてしまいそうになった瞬間。

「アンタさ、ムライと付き合って本当?」

 冒頭の台詞である。

「リ、リリーの気持ちを蔑ろにしたわけじゃないんだよ。その、成り行きでっていうか。やむに止まれずそうなったというか……多分、自分のことムライさんは……何だだろ?出来の悪い生徒くらいにしか思ってないんじゃないかな?」

 あははっと、この場の空気耐え切れずキノはぎこちない笑いで取り繕いながら、我ながら言い得て妙だと思った。

 ムライはキノに様々な事を教えて、時には経験を積ませてくれる。その中には絶対に出来ないと思っていた事であっても、ムライが教えれば不思議と出来るようになっていた。

 より顕著なのは戦闘指導のプルドー匙を投げるほどの非力なキノが戦えるようになったことだろう。

 キノはムライとの会話を思い返す。

『見てくださいキノさん!思ったよりも強力な毒が作れましたよ。やっぱり毒キノコは素晴らしい。今度の討伐の毒はこれを使いましょう!え、解毒薬?作ってませんよ』

 いや、作っておいてくださいよ!

『キマイラの討伐お疲れ様です。今後もその調子で頑張って行きましょう。次の討伐もキマイラのような強い魔物がいいですね』

 いーーーやーーーーだぁぁぁ!!

『ヒュドラの肉って、実は美味しいですよ。ダンジョンの最下層へ行ったら一緒に食べましょうね』

 え、もしかして二人で最下層にいくつもりですか?嫌ですよ。

『えっ、何故ですか?』

 逆に何故行くと思ったんですか?

 そこで、キノの意識は現実に立ち戻る。

 ムライとのまともな会話内容が無かった事に愕然としながら、別に先生と生徒の関係でもないような気がして、キノは気が遠くなる。

 せめて、自分とムライが恋人同士などという悍ましい考えだけはリリーとジュリアには捨てて貰いたい。

 そんなキノの切実な願いも虚しく、ジュリアは胡乱だ目付きで、品定めするように上から下へとキノを睨め付ける。

「出来の悪い生徒が先生と一緒に暮らす方が変じゃないの?ってか、必要に駆られてってなによ?」

「あー、いや、その……色々とありまして、自分の本職が薬師なんです。顔の広いムライさんに商売の斡旋とかしてもらってるんです」

「だから、なんなのよ?」

「だから、そのぉ……」

 いい加減に言い訳が苦しくなって、キノはリリーを見る。

 先ほどから一言も発さない元パーティーメンバーの彼女の憂いはまだ消えてないようだった。

 柔らかい甘栗色の髪が風に揺られて靡いて、初めて嗅ぐ独特な甘い花の香りが彼女から漂う。

 女の子というものは、これほどまで可愛くなれるのか。と、キノがリリーに見惚れていると、その顔がパッと上がる。

「キノ……そのっ、ごめんなさい。あたしどうしてもムライの気持ちが知りたくて、キノを責めるつもりはないの」

 それにずっと謝りたかったと、リリーは震える声で言う。

「あの時、マーベリックを止めてあげられなくて本当にごめんなさい。もっと早くキノに謝れば良かった」

 一瞬、リリーに何を言われているのかわからなくなったキノは困惑したが、すぐに大丈夫だと首を振る。

「気にしないで、マーベリックの決断は最もだと今でも思ってるし、除名されたの自分の力不足のせいで誰の非でもないよ」

 キノの慰めの言葉は気負うリリーの心を完全には癒すことは出来ず、歯痒そうな表情を浮かべたままである。

「でも、やっぱりキノに申し訳なくて……ねぇ、もう一度パーティーに戻って来ない?マーベリックにはあたしが説得するから」

 リリーの提案にキノは驚く。

「あの後、ゴードンもパーティーからすぐに抜けちゃったの。ジュリアが加入してくれたけど全体的に戦力が落ちちゃって」

 2人が戻ってきてくれたら心強いというリリーの誘いにキノは困惑の色を隠せない。

「でも、自分はまだDランクで……マーベリックが許すかな?」

「大丈夫よ。もう二度とマーベリックにそんなことを言わせない。今度こそキノはあたしが守るから」

 そう言って、リリーはキノに近づくと白くて柔らかな手でキノの右手をふわりと握りしめる。あの甘い花の香りがキノの鼻腔をくすぐり、胸がキュンと高鳴る。

「ダメ……かな?」

「———ッツ」

 キノは奥歯を必死で噛み締めて、内心で悶絶した。

 なんなんだ。この目の前の可愛い生き物はっ!思わず抱きしめたくなるじゃないか! 自分では制御出来そうにない強い衝動に襲われた。

 リリーがここまで言ってくれているのだ。このままムライと共にマーベリックのパーティーに戻っても良いんじゃないかとキノは強く思ったのである。

 嬉しい!ムライさんには自分が話を通して置くよ。と、キノが口を開く前に早く、第三者の登場によってそれは阻まれた。

「わたしは、反対……よ。リリー貴女の、それは…絶対に……報われる…ことは、ない、わ。他人を、巻き込んで……悦に入るのは……やめなさい」

 けれど他の人を陥れるような事をするのはやめなさい。と、あまりにも厳し過ぎる言葉と特徴的な喋り方にキノは振り返る。

「イザベラさん」

「久しぶり……ね。キノ、少し…雰囲気…が、服が変わった……わね」

 とろんっと今にも寝てしまいそうな垂れ目の目元がうっそりと細まる。

「はい。以前より、ムライさんの指導の元で戦うようになりまして、前の服だと動き辛くて」

「そう……とても…似合って、いるわ……」

 そう言って、微笑み一つで、最高級の美酒を味わったかのような酩酊感を味わえると評判のイザベラは微笑む。キノは地面がくらりと揺れるような錯覚を覚える。

「リリー、ジュリア。同じ……パーティーの、一員として……わたしは、2人……が、戻る事に、反対……よ。わたし、だめな……ものに……だめって、言えるの……」

 イザベラは2人に釘を刺すように睨みつけると、白いハンカチをキノの鼻と口に覆いリリーの方を向く。

「それからリリー、その……香水は、今すぐに…やめな…さい。ムライは、きっと悲しむわ……」

 彼女にしては珍しい強い口調でリリーを嗜めるとイザベラは唐突にキノの腕を引いて、リリー達から十分な距離を取ろうとする。

「キノ…?あの香り…あなたは嗅いだことなかった、のね」

「あの香り、ですか?」

 そのイザベラの含みのある言葉に、浮ついた頭のまま結論を出してハッとする。

「すみません。自分の勉強不足です。助かりました」

「いいの、何事も……経験、よ」

 すぐさま礼を述べるキノにイザベラは気にするなと手を軽く振る。

 その後、2人は一言も喋ることなく街中をしばらく練り歩いた。

 次第に陽も大分高くなって来て、そろそろ昼だろうか?と、キノは自分の腹を摩る。

「キノ……お腹、空いて……ない?」

「えっ、いいえっ、大丈夫です!」

 イザベラの言葉にギクリと腹を摩る手を止めて首を振る。

「わたし…は、お腹空いたわ。ご飯…買って、来るから、そこで待ってて……」

 イザベラが近くのベンチをキノに促すと、返事も待たずに歩いて行く。

 その場にポツン、と残されたキノは指定されたベンチに恐々と腰を下ろし、ほぉっと息を吐く。

 涼しい風に目を細めて、雑踏を歩く人々をぼんやりと眺めているうちに強張っていた筋肉が徐々に緩和する。

 思い出したのは先ほど交わしたリリーとのやり取りである。

 何を使用したのかは知らないが、彼女から香ってきた香水には人の感情を操作出来る催眠系の薬だったのだろう。遅ればせながらイザベラのおかげで気付けた。

 ものの数分であれほど心変わりをしてしまうほど強い香りである。

 副作用の点や、長時間その匂いを嗅ぎ続けた対処が果たして正常な精神性を保てるのか。

 更に言うなら、商人ギルドが承認した正式な商人から買い取った正規品なのかも怪しい。

 とにかく次にリリーに会った時、その入手方と調合した薬の素材を尋ねる必要がありそうだとキノは思う。

「キノ……すごく怖い、顔。嫉妬…したの?」

「はい?何にですかって、ものすごい量の食料を買ってきましたね!」

「でも……食べ盛り……で、しょう?」

「ちなみにおいくらしましたか?」

「お金、は……いらないわ」

 いっぱい食べて大きくなってね。と、イザベラはパンや果物を次々にキノへ渡して来る。

 流石にこの量をお昼の時間では食べ切れない。残った分は家に持って帰ろう。キノはありがとうございますとイザベラに頭を下げると、彼女は妖艶に微笑んだ。

「彼…ムライ……は、元気?」

「はい。すごく元気です」

 キノの返事を聞いたイザベラは、そうっと憂いを帯びた吐息を漏らす。

「彼、人懐っこいし……面倒すごく見いいから、リリーも…色々と弓を教わっ……て、その時…好きになった…の。当然……よね」

「そうだったんですね」

 あの厳しい指導の元で、そんな甘酸っぱい果実にも似た感情を手に入れるとは、華奢な見た目に反して随分な極太の精神力の持ち主だと、キノはリリーに畏敬の念を持つ。

「片思い……だから、ランクを理由に……マーベリックを説得して、キノを排除しよう…と、した」

「はい?どうして、それで自分を排除することに繋がるんですか?」

 思ってもいなかった話の振り方にギョッとして、声が裏返っているキノの反応にイザベラは「あら?」と小首を傾げ、しばし黙る。

「だって……ムライは、ほら……」

 今ひとつはっきりしないイザベラの言い方にキノは脱臼しそうになるほど首を傾げた。

 そんなキノの察しの悪さにイザベラはどこか歯痒そうである。

「…その…ほら、キノと……話してる時の…ムライが、すごく楽し……そうだったから……」

「ムライさんは誰といても、いつも楽しそうですよ」

 表情こそ乏しいが、その行動に表裏がなく嘘もない。好きなことに一直線であり、生きてるだけで楽しそうで、規格外な羽目の外し方をしてもどうにも憎み切れず。

 人の身としては羨ましいくらいに、正常な心と精神をムライは持っている。

 だからこそ、時として心にやましい所がある者はムライの存在を非常に疎ましく感じてしまう事がある。

 マーベリックはずっとムライに対して強い劣等感を抱いていた事をキノはこっそり知っていた。

 そこまで考えて、キノは現実に立ち戻る。

 そして今のイザベラの話では『リリーはキノの存在が邪魔だった為、ランクを理由にキノをパーティーから外そうと、マーベリックに嗾けた』というものだった。

 そこまで、リリーに嫌われていたとは夢にも思っていなかった。

 しかし、どうしてリリーはそこまでして自分をパーティーから追い出したのだろうか。

「あの、つかぬことをお聞きしますが。リリーは自分が抜けた後、ムライさんが抜けることを知らなかったんですか?」

「えぇ、そう。知らなかった…の。わたし……も、知らなかった……わ」

 なるほど。そうならば、リリーの立場からすると誤算もいい所だろう。

 それにしても何故、リリーはそこまでしてキノをパーティーから除名するように動き、とっておきの秘薬まで意中のムライでなくキノに使ったのかと、不審な思いで眉間の皺を深くして黙り込む。

 不意に視線を感じてキノは顔を上げる。イザベラが哀れんだ目でジッとこちらを見詰めていた。

「そう、気づかない…の。それは…それ、で、いいの、かも……そうね。だって、人には、荷が重すぎるもの」

 そう言って、複雑そうな表情でイザベラは微笑む。キノはそれに敢えて触れて良いのか迷って、別の話題をすることを選んだ。

「あの、イザベラさん。失礼を承知の上でお尋ねします。イザベラさんもリリーと同様にムライさんに恋をしています、よね?」

「わたし、が?」

 それはイザベラにとって、あまりにも予想外だったらしく。とろんと垂れた眉尻を大きく釣り上げて、ぱちぱちと瞬いた。

「ムライ……仲間…として、は、頼りになる…けど……」

 彼に対して恋愛感情を少しも持ち合わせていないと、イザベラは驚くほどにハッキリとそれを否定をした。

「わたし…ムライと、話……が、合うの……とても」

 ここでイザベラは言葉を切って、しばらく考える素振りをする。

「キノは……ムライの、こと…好き?」

「え、自分ですか?」

 唐突に尋ねられて、キノは肩が軽く跳ねる。

 ムライのことをどう思っているのかと問われば好きだと答えられる。

 しかし、イザベラはそんな簡潔な答えを求めていないような気がして、キノは場に相応しい言葉を心中で探す。

 最初の頃、キノはムライに苦手意識を持っていた。エルフ特有の人の領域から外れた圧倒的な美貌もさることながら、理由は単純に見た目の迫力と圧迫感である。

 美男子という点であればマーベリックの方が話し掛け易く気心が許せる。

 しかし、マーベリックとキノの間には圧倒的な生まれの差が存在した。親なしの居候として育って来た田舎娘と、貴族出身の彼では元々備わっている教養や価値観が違っていた。

 それは依頼討伐に成功した際に顕著に現れた。

 パーティー加入時、イザベラもゴードンもムライもまだ居ない。パーティーの戦闘力もそこそこで、薬師であるキノがそれなりに活躍していた頃である。

 マーベリックはギルドから受け取った報酬を配当する際、非戦闘員であるキノに渡した報酬がごくわずかであった。

 これでは生活費はもちろん薬の補充するには額が足りない。

「今回の依頼で誰1人怪我人がいなかった。薬も無駄にならなかっただろう」

 確かにそうである。

 今回の討伐依頼では怪我人や病人は出ていない。

 どうやら、マーベリックのパーティーは成功報酬の配当分を個人の活躍次第で配る方針らしい。つまり非戦闘員であるキノは客観的に見て、何もしていないに属する。

 それは良い贅沢は言わない。

 しかし、この額ではパン一つまともに買えるかどうかの額である。

 マーベリックからは一切の悪意は感じなかった。

 結論から言ってしまえば、マーベリックは物価の相場価格を知らないということである。ゾクリっと悪寒が走って、もう少し自分の報酬を増やして欲しいとマーベリックに抗議しようとして、キノはそのまま口を閉ざした。

「すみません。今の話を立ち聞きしてしまったのですが。貴女、商人ギルドの登録はお済みですか?」

 そうキノに声を掛けてくれたのは、ソロで活動していたムライだった。

 突然の声を掛けられてキノは驚きながらも「していない」と、ムライの質問に首を振った。

「そうですか。もし登録がお済みでしたら、余った薬を少し売っていただけたらと思ったのですが。あ、物々交換は如何でしょう。分けてもらうことは可能ですか?」

「えっと……その、」

「あぁ、こちらは問題ないよ。キノ可哀想だから分けてあげるといい」

 返答に窮しているキノに変わって、マーベリックが対応してくれた。

 ムライはキノに礼を述べると、代金の代わりに干し肉や果物、チーズといった食べ物を渡し、その場から離れて行った。

 余りにもあっさりとした去り方にしばし唖然としていたキノであったが、その手があったのかと次の瞬間手を打っていた。

 そして、大急ぎでその日のうちに商人ギルドに登録をしたのである。

 まさか、それを教えてくれたエルフが同じパーティーに加入すると夢にも思わなかった。

 改めて、キノにとってムライとはどんな存在なのだろう。キノは己の気持ちに立ち返り熟考する。

 そんなキノの様子に何を思ったのか。イザベラは自身の過去を語り出した。

「わたし…ね。むかし、60年前……エルフと、恋仲だった……の」

「えぇっ!ろ、ろくじゅうねんまえっ!」

 目が飛び出そうな勢いでまじまじと二十代後半の容姿と体型をしているイザベラをキノは見つめた。

「色々、魔法の……反動…で、ね。体の表面……だけ、老いなく……なったの」

 見た目は若くとも体内はすっかりおばあちゃんなのという。そんなイザベラの言葉にキノは思い出す。

 彼女は味の濃い食べ物よりも、さっぱりとした味付けを好み。健常者と比べて少し遅い口調と歩調。重いものが持てないと頼まれたことも、処方した薬も肩、腰、膝の不調といったものが多かった。

 彼女にしては長く話しすぎたのだろう。イザベラはふうっと気怠い息を吐く。

「彼…は、ね。とても花が好きな、エルフだった……わ」

 恋人であるイザベラの美しさをいつも花に例えて褒めてくれたという。

 イザベラもそのエルフを深く愛し、生涯彼と共に連れ合うのだと思っていたらしい。

「でも、わたしは…やっぱり人間……どれだけ、生きながらえて、魔法で若さを保っても、やっぱり、老いて…死ぬ。エルフの、彼は寿命が長くて……ずっと若く、美しいまま………」

 無論、愛しい彼の一途さを疑ってはいない。

 しかし、数年後の自分たちはお似合いの恋人から姉弟、母と子。ついに祖母と孫のように見えるようになって尚、同じ心をイザベラは抱えていけるだろうか。

 何より、気掛かりなのは恋人の彼である。今はイザベラに夢中であったとしても、老いて行く恋人に嫌気が差し、イザベラ以外の美しく魅力的な女性に夢中になるかもしれない。

 新たな恋に向かって駆ける彼を老いたイザベラがどうやって止められようか。

 そこまで考えてしまえば、もうダメだった。

 イザベラは彼に別れを告げ、愛する彼の元から逃げてしまったのである。

「わたし、バカ……だったのよ…臆病で、エルフを……知ることが怖くて、卑怯だった……」

「そのエルフは今どこに?」

「死んだわ。自殺……わたしと別れて、すぐに…」

 恋をしたエルフは必ず自殺する。予想していなかったイザベラの返答にキノの息は止まる。

 生存競争意外を理由に種族を増やす気がなく。そんな彼らが恋に落ちる事例は殆ど無いが、その全てが必ず絶望し自らを死に至らしめるらしい。

「絶望ですか?」

 キノは呟く。

 ムライが言っていた「強過ぎる感情は時に絶望に直結しやすい」という言葉が頭の中で反芻する。瞬間、身体中がぞわりと嫌な鳥肌が立って、座っている筈なのに足元が酷くおぼつかない気がして心寂しく。そんな救いのないイザベラの言葉に翻弄されつつ、キノは記憶の断片を掘り起こす。

『かくいう私も生まれてから700年近く生きてますが、そういった感情を持ったのはここ最近ですし』

 あの時は少しも気にならなかったが、もしかしなくてもムライは誰かに恋をしていると受け取れないだろうか?

 ムライは恋をしているのだろうか。

 ならば死ぬのだろうか。恋をしてしまったムライは死んでしまうのだろうか?

 どくり、どくり、と嫌な心音がキノの鼓膜を震わせる。

 これ以上、イザベラの話をキノは聞きたくなかったが、聞かずにいるのも恐ろしく耳を塞ぐ事が出来なかった。

「エルフ、は……長命だから…この先、何百年、何千年生きても…同じくらい…好きになる相手に絶対……巡り会えない。絶望、する……孤独を知って……死ぬ」

 どんな生き物であっても孤独だけは、それだけは誰にも耐えられない。不意にイザベラは視線を空に向ける。ここではない何処か別の場所に旅立っているような。そんな遠い目をする。

 キノに絶望を残して——————




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。