薬師はこのエルフがとても優秀だと知る。
読んでくださりありがとうございます。
「キノ様おめでとうございます。Dランクに昇格です」
「え、嘘……」
冒険者ギルドきっての美女だと有名な受付嬢はにこやかな笑みを浮かべてキノを祝福した。
対して、祝われている側のキノは信じられない状況に目の焦点が合わずにうろうろと漂わせている。
「何かの間違えじゃあ」
「いいえ、キノ様が提出された活動報告書はDランク昇格するに値すると当ギルドははんまんしました」
「でも、自分は非戦闘員ですし、戦闘に参加したことなんて一度もないんですよ」
「まぁまぁ、キノさん。落ち着いてください。非戦闘員であっても功績次第でDランクくらいは上がるものですから」
驚愕の事実に驚いて混乱しているキノの肩にムライが手を置く。
そして、キノにしか聞こえない音量で「たった一文。されど一文」と、ムライは囁く。
「だいぶ大きな主語でボカされていますが、ランク昇格に必要な依頼の完遂と冒険者としての功績という2点には厳格な基準が有りそうで無いのですよ」
つまり報告書の書き方次第である程度のランクを上げることが可能なのだ。と、言うムライの声の邪悪さにキノはヒィッと小さい悲鳴を上げる。
キノは先ほど交わしたムライとの会話を思い出す。
「先ほどのお話を聞くに、キノさんはご自身のランクの低さを大分気にしているようなので、とりあえずランクを一つ上げましょうか」
そう言って、ムライはキノの冒険者活動報告書を制作し、冒険者ギルドに提出したのだ。
冒険者ギルドの規定として、冒険者は依頼達成報告書とは別に年に2回。春と秋の時期に自身の活動や功績内容を記述した活動報告書の提示が義務付けられているが、提出するのはまだ数ヶ月先の筈。
この少し気の早い活動報告書の提出をギルド側は受け取ってくれるだろうか?と、キノは首を傾げる。
「最低でも2回の提出を求められているだけで、提出回数に上限はありません。めんどくさがって殆どの方がやりませんがね」
「なるほど、確かに冒険者で字が書ける方って少ないですもんね」
字が書けるメンバーがパーティーの中いるのなら仲間に頼んだり、冒険者ギルドお抱えの代筆屋に頼んだりしている。
それでも、頭を使う労働を好まない冒険者達は提出するまでの期間は阿鼻叫喚の連続であり、終わる頃には誰もが精魂尽き果て屍人化をする。
「これで、キノさんのランクはEからDに上がります」
「そんなまさか」
たった一枚の報告書でその事実が変わるものではない。と、キノが軽く笑っていたのが1時間前。
「で、でも、そ、それってズルなんじゃあ」
「もちろん、過度な誇張表現や有りもしない出鱈目な内容を書くのはダメですよ。大切なのは伝え方です」
「そんなやり方があるなんて……」
そこで、キノは口籠る。
以前より、ムライは普段より依頼完遂の報告書の提出をキノに一任していたのだ。 こんな簡単な方法があるならば、もっと早くに知りたかったと恨みがましく思ってしまった。
「もちろん、キノさんにはキチンと教授するつもりでしたよ。しかし、応用は基本の土台がしっかり出来ていなければ出来ません。キノさんには先ず文章を書くという技術を学ばせたかったのです」
「非常に不出来な教え子ですみません」
「いえいえ、こちらの説明不足も原因なので、どうか重く考えないでください」
ムライの意図を汲み取らず自分本位な考えを恥じたキノに対して、ムライは手を軽くあげて、しょんぼりとしているキノを慰める。
ムライさん。と、キノは腹に力を入れて呼ぶ。
「至らぬ部分がありますが、これからよろしくお願いします。多くを学ばせていただきます」
キノは軽く頭を下げながら、ムライに礼を尽くした。
「……裏切ったら小指切って針千本飲ます」
「怖っ、なんで急に脅してきたんですか?」
「冗談ですよ。仮に裏切られたとしても、キノさんに酷い事は絶対にしません」
「意地悪だなぁ。自分、ムライさんを裏切ったりしませんよ」
恐怖を混ぜ合わせた半ば脅迫まがいの言葉を贈るムライにキノはケラケラと笑う。
「あと、時々でいいのでポイズン料理の試食をお願いします」
しかし、その笑いは不吉なお願いによって、ピタリと止まる。
「そ、それは……本当に時々でお願いしますよ」
こうして、キノはムライとパーティーを組み直し、仲間となった。
そこから数日が経過する。
「あ、これギガンドモスの毒針じゃないですか」
「流石、ムライさん知っていましたか。かなり毒性は強いですが、他の薬と合わせると心臓の病に効く薬になるんですよ」
「キノさんっ、私の持ってるプケプケの毒と交換しませんか!」
「今の話聞いてました?」
「それか対決させましょう!」
「ムライさんって、そんな綺麗な目が出来るんですね」
さらに数日。
「ムライさん。これ見てほしいですけど」
「あぁ、完全に陽性反応が出てますね」
さらに数日。
「つまり人魚の個体は二種類いると思うんですよ。不老不死の肉を持つという通説があるのが主にこの人魚の個体で……」
「あの、お話し中にすみません。キノさんの描く絵が下手くそ過ぎて、まったく話に身が入りません。悪夢になって今夜夢に出て来そうです」
さらに数日。
「あーームライさんすみません!貴重な素材が爆発しましたぁ!」
「落ち着いてください。キノさんお怪我はありませんか?」
そんな日々を経て、総合的に振り返ったキノは仲間の枠を軽く飛び越えて、掛け替えのない親友とムライを認識しても良いのではないだろうか。と、真剣に考え始めていた。
正直、ムライと過ごす日々がめちゃくちゃ楽しいのである。
ポイズン料理を趣味としているためか、ムライは毒に関する知識がキノの知識を軽く凌駕していた。
自分の見識が広がる感覚、寡黙な印象が強い彼が思ったよりお喋りだったこと。砕けた会話や、過ごす日々があまりにも有意義で楽しく。寝る時間が惜しいとまで思うほどにキノはムライと語り明かし、時にはキノの助手として新薬作りなどに没頭した。
キノはこの時間がとてつもなく楽しく有意義であまりにも充実していた。
「コンゴウ草の花に夢魔の涙。その他、複数の素材を掛け合わせ煮詰めると他者を意のままに操るサキュバスの妙薬が完成する。しかし、肌につける香水などにする際は魔物を狂化させる危険があるので注意が必要——」
「え、ムライさんこれ読めるんですか!古代文字ですよ!」
通例になったムライを我が家に招き色々とお喋りに花を咲かせて、開いた一冊のコレクション本。
内容は薬学書なのだがいかんせん文字が古くて読めず。馴染みの古本屋で必死に値切り、地べたに額を擦り付けて購入した古書ではあるがずっと宝の持ち腐れであった。
「たった300年で、もう古代文字になるんですね。時代の流れは早いものです」
造作も無く読み上げたムライはまるで数年前の出来事を懐かしむような口調で片笑みながら呟いた。
人にとっての300年は途方もないが、エルフにとっては微々たる時間の経過に過ぎないのだろう。
以前、キノはムライにエルフが感じる時間の感じ方や感覚を尋ねた事がある。
キノの質問に関して、エルフは根本的に感情の機微や感受性、心と精神の発達が極めて遅く。下手をすれば死ぬまで心が幼子と変わらない精神性である事もあると、述べていた。
「おそらく一種の自己防衛本能が働いているのでしょうね。永遠に近い時を生きるエルフにとって、強過ぎる感情は時に絶望に直結しやすいので」
「なるほど、無知のままの方が生存出来る確率が高いという事ですか。そう考えるとムライさんの精神はかなり成熟してますよね」
「私がですか?」
「え、違うんですか?」
ムライの問いに首を傾げるキノに、ムライは少し考えてから「そうかもしれません」と嬉しそうに頷いた。その時の表情と今のムライの表情がキノの中でピッタリと重なった。
もしかすると今の彼を彼として然とするキッカケを作ったのは300年前なのかもしれない。
途端に、キノの胸の中で一抹の寂寥感を感じて、過ぎた感情だと振り払う。
ふと、キノはある手記の存在を思い出す。
「ムライさん。よろしければ、この本をお譲りします。翻訳されてうえに真偽の方は微妙なんですが、300年前の領主だった貴族の手記の写しらしいです」
「手記ですか。薬学書ではなく?」
口には出さずともムライの顔には「珍しい」の文字が浮かび上がっていた。
「その、お恥ずかしい話なんですが。魔王を討ち滅ぼした伝説の勇者パーティー達との会談内容に心を惹かれてしまいまして」
キノは照れ笑いをしながら、本棚から一冊の手記帳を取り出した。
ムライはキノから手記帳を受け取ると適当なページを開く。
「キノさんは勇者の話がお好きなんですか?」
「まぁ、それなりにですが。昔、寝物語に勇者の話を母に何度もせがんではよく語ってもらったものです。そういえば、勇者パーティーにはムライさんと同じエルフがいましたね。もしかして、お知り合いだったりしますか?」
「さて、どうでしょうね」
ムライは曖昧に言葉を濁すように応えて、手記帳を閉じた。
「ただ、ここには書かれていませんが。この地の領主だったお方は自分の奥様が他の男と不貞を働いている証拠が欲しいと言って、当時まだ無名だった勇者パーティーに依頼してきた事だけはよく覚えています」
「伝説の勇者パーティーに何をやらせてるんですか領主様」
◯
その日、キノは冒険者ギルドへと訪れていた。
「悪いなキノ。俺の見立てで言わせてもらうが、お前さんは戦闘は諦めた方がいい」
年齢は50半の白髪混じりの熟年男プルドーは、申し訳なさそうにキノに言う。
彼は冒険者ギルド戦闘育成訓練を担当をしていて、キノはプルドーの元に直接訪れ自分を戦えるように指導してくれと頼んだのだ。
「悪いな何も意地悪で言ってるんじゃない。近距離なら動体視力、中距離なら周辺視野、遠距離戦なら遠見視力が必要になってくる。お前さんの目の悪さはどれにも当てはまらないんだよ」
「やっぱり、そうですか」
キノは分厚いメガネを掛け直す。望みは薄いとわかっていながら、何か知恵を貸してはもらえないかとプルドーの元に訪れてみたが、案の定の結果に落胆の色が濃くなる。
「冒険者を続けたいなら今まで通り後方支援に徹した方がいい。お前の所属してるパーティーには戦闘メインの仲間がいるだろう?そいつらに任せればいいじゃないか」
「実は先日除名されまして……」
「なるほどな。なら、急いで他のパーティーに入った方がいい。なんなら、俺が推薦してやろう。お前は薬師として優秀なうえに読み書きも出来るからな。きっと他のパーティーでも重宝される」
キノの事情をすぐに察したプルドーは親切心で他のパーティーの加入を勧める。
「プルドーさん。その心配はありません。キノさんは私と既にパーティーを組んでいます」
「ムライさん!どうしてここに?」
「偶然、冒険者ギルドの前を通りかかったら、キノさんの声が微かに聞こえて来たので」
2人の間にひょこっりと顔を覗かせたムライに驚くキノに、エルフの聴覚は非常に良いのだとムライは言葉を付け足す。
「なんだキノ。お前、ムライさんとパーティー組み直したのか。なら、自分で戦うよりムライさんに任せた方がいいぞ」
「それは、そうなんですが……」
プルドーの言葉に気まずそうにしているキノの目をムライは見詰める。
「空気を読まず話の途中でお二人の間に割り込んでしまったのですが、キノさんは戦闘に参加したいのですか?」
「はい。実は、そうなんです。そのっ、少しでも戦闘でお役に立ちたくて……」
気重げに頷くキノを見て、ムライは合点が言ったように右手を軽く握ると、左手の手のひらをポンっと叩く。
「もしかして昨日の話あれですか」
「はい。あれキッカケです」
キノは頷く。
「おい、俺を置いて、お前らで話を進めるな。あれってなんだ?」
「我々はユニコーンの角が欲しいのです」
少々、困惑気味に顔を歪めながら尋ねるプルドーにムライが応える。
「ユニコーンといえば、生息しているのはアンジャロの原生林奥地か、ダンジョンの深層第15階ですね」
「はい。とても気軽に行けぬ高難易度の危険区域に生息しています」
「どうして、そんな物をムライさん達は欲しいのですか?」
「欲しいと思ったからです」
「は、はぁ。そうなんですね」
「冗談です。とある万能薬を作る材料になると思ったからですよ」
「その万能薬というのは?」
「エリクサーです。アンジャロの原生林もダンジョンの深層部も場所自体は私一人でも行けますが、ユニコーンを捕まえるのは骨が折れるでしょうね。何せ、聖なる乙女の前にしかユニコーンは現れませんので」
「あははっ、それも冗談ですか」
無表情のまま淡々と語るムライにプルドーは引き攣った作り笑いを浮かべながら、キノの方にスッと近づく。
「キノ。お前、ムライさんと仲良かったんだな」
「まぁ、日頃より仲良くさせていただいてます」
「お前すげぇな。俺は昔からどうもムライさんのノリが苦手でよ。俺を一から鍛えてくれた師匠でもあるんだが、ほら時々ぶっ飛んだ事するだろう」
「それはもう慣れ行くしかないというか。でも、慣れると愉快なお方ですよ」
「マジかよっ!俺なんか慣れるどころかムライさんを見てると今だに胃の辺りがキリキリ痛くなるぞ」
「それは多分精神から来る痛みですね。今度、リラックス効果のあるハーブティーを持って来ますね」
プルドーとキノが小声でヒソヒソと会話しているとムライが「ちなみにキノさん」と声を掛ける。
「このような場で失礼を承知でお尋ねしますが、恋愛遍歴は?」
「え?恋愛経験ですか?ほぼ0年です。お恥ずかしい話ですが。薬を調合をしてこの道18年を一筋です」
「おいおい、年頃の女が恋の一つの経験がねぇとは情けねぇな。マーベリックにはなんも感じなかったのか?」
アイツ顔も良いし、貴族の三男坊の生まれで品も良くて女受けがいいだろう。と、プルドーは言う。
確かにマーベリックは女性によくモテる。
彼が一度女性の前を通り過ぎるものなら、後には熱を帯びた黄色い歓声が沸く。
「マーベリックには感謝の念はありますが、恋っていうのはあんまり……」
マーベリックの外見の良さを承知しているが、その対象として見れるかどうかは全くの別問題である。
そもそも、そんな感情を自分は持っているのかすらキノは疑問であり不安でもあった。
「プルドーさん。誰しもそういった事にはペースというものがありす。茶化すのはよろしくないですよ。かくいう私も生まれてから700年近く生きてますが、そういった感情を持ったのはここ最近ですし」
プルドーの発言を軽く嗜めながら吐露するムライの言葉にキノは声を裏がらせて「700年っ」と叫んでいた。
「ムライさんって700歳だったんですか!」
「さぁ?自分の年齢を正確に数えた事がないので、あくまで生まれて700年近くという感覚です」
今のムライの説明を聞いて、キノはようやくムライのことがわかった気がした。
ムライもマーベリック同様、もしくは男盛りのムライはマーベリック以上に異性にモテる美丈夫ある。
そんなムライが数え切れない程の美女達に囲まれて、モテている場面をキノは何度も目撃した。
しかし、その誰ともムライは深い関係を結ぶ事なく一定の距離を持って対応をしていたし、同性が多少のやっかみや嫉妬でムライに噛みついたとしても軽く流し、歯牙にも掛けていなかった。
妙に達観した様子や仕草も、700年も生きて側からすればその他の種族は赤子同然だろう。
「もしくは微生物だと思ってる可能性も」
「流石にそこまでは思ってませんよ」
話が随分と脱線しましたので、戻しましょうと、ムライはパンっと手を叩く。
「確かにユニコーンの角を手に入れる為にはキノさんが側に居た方が効率的でしょう。何より、キノさんが私のために強くなりたいと思っている」
「いえ、別にムライさんのためという訳ではありません」
「えっ、違うんですか?」
「どちらかというと必要に駆られてと言った方がいいかなと」
戦闘センスがないという理由で戦わずにサポートに回っていたキノであるが、せっかくムライと二人でパーティーを組み直したのだから、今までのように戦いに逃げるのではなくサポート以外の役割も担いたいと思ったのである。
「やっぱり、私のためじゃないですか」
「え?あぁ…まぁ、そ、そうなのかな?」
ムライの勢いに押されて思わずキノは頷いていた。
「よろしい。ならば特訓です。キノさんのやる気に答えるべく。プルドーさんに変わって、私がキノさんを鍛えて差し上げましょう」
「それは、ありがとう……ございます?」
しかし、キノは知らない。
キノがムライの指導を受けるのを承諾したその瞬間、隣に立つプルドーが悲哀に満ちた眼差しをキノに向けていたことを




