エルフと薬師はパーティを組む
2話目も読んでくださりありがとうございます。
まだまだ続くので宜しければ読んでくださると幸いです
これからどうしよう。と、今月始まったばかりだというのに、既に今月の生活費が逼迫状態であるキノは頭を抱えながら街中を彷徨う。
方々から聞こえる活気のある商人の声と香しい食べ物の匂い。今だけはやけに鬱陶しく感じる。
こんなことになるのら、もっと切り詰めた生活をするべきだった後悔が募る。
とりあえずは低ランクの依頼をこなしてその日暮らしをしのいで行くとしても、基本的にパーティー有きの依頼が多くソロ依頼は殆どない。
新しくどこかのパーティーに入れてもらうとしても、薬の知識しかない。戦闘力がゼロのEランク冒険者なんて誰も組みたがらないだろう。
先行きの暗さにキノは大きなため息を吐き出した。
育ての親であり薬を知識を一から仕込んでくれた師でもある伯父夫婦は現在息子夫婦と同居しているが、帰郷しても温かく迎えてくれるだろう。
しかし、キノはオーディンから離れるつもりもなく冒険者家業も捨てるつもりはない。
さて、どうするかと考えたところで、己の貧相な足を見る。
「健康な18歳くらいの片足って一ついくらで売れるんだろう?」
体の欠損する危険が高い冒険者家業の者たちが多く存在するこの街では他者の腕や足を繋ぎ合わせる魔法を有している魔法使いが存在する。
その為、生活が極めて困窮している者たちの最後の手段として、肉体の一部を売ることで金銭を得る。
「これでも若い娘の片足だ…金貨、3枚……くらい、か?」
それだけあれば当面の生活を含めて、何とかなるだろう。体の欠損が多いオーディンでは安い値段で高性能な義肢が手に入る。
キノはゴクリっと生唾を飲み込んだ。
「よし、可愛い足との決別式だ。肉食べよう!とびっきり高い肉をっ」
「え、肉を食べたかったんですか?すみません。ドーナツ買っちゃいました」
唐突に聞こえた声に反応して振り向けば、ドーナツをの袋を抱えたムライがそこに立つ。
パーティーをクビになったショックの幻覚かと思いメガネのレンズを強引に目に近づけてジッと見る。
「どうも、キノさん。先ほどぶりですね。ドーナツをどうぞ」
「あ、あれ幻覚じゃない。そして何故ドーナツ?」
唐突に差し出されたドーナツの袋に困惑していると「やはり、肉の方がいいですか?」と返すムライにキノは首を振る。
「いえ、そうじゃなくて————」
ぐるるっとキノの腹の虫が盛大に鳴る。
「や、やっぱり、いただきます」
「どうぞ」
「全部くれるんですか?」
「キノさんのために買ったので」
「ありがとございます」
ムライは表情を微動だに変えぬまま、ドーナツ袋をキノに渡すと懐中時計を取り出した。
「もう昼時でしたか。どこか落ち着いた場所で食事でもしましょう」
「あの、ムライさん。自分、そのお金が…」
「ご心配なく。私が全額負担します。下世話な話を含めて、少々混み合った話をしたいので、腰を据えられる場所がいいですね」
「そんな重い話するんですか。食欲体現しそう……」
ハラハラした気持ちになりながらドーナツをパクリ。キノの目に光が戻る。
「うわっ、このドーナツ美味しいです!」
「昼前に食べたらご飯入らなくなりますゆま」
「あ、大丈夫です。昨日から水しか口にしてないので」
「そんな状態でよくドーナツを食べれますね。胃もたれしませんか?あ、そんなに慌てて食べなくても取ったりしないので、30回よく噛んで食べてください」
コクコクとキノはムライの言葉に頷きながら、頭の中で30回数えながら咀嚼する。
その途中で、チラリとムライを盗み見る。
キノに雑務の仕事を丁寧に教えてくれたムライは目付きが悪く常に無表情で雰囲気に威圧感があり怖い印象を受けがちである。
しかし、彼の話す口調はとても丁寧であり、教え方も上手く。礼儀正しく他者にも親切で誰にでも好意的に接する……かと思えば、時々とんでもないブチ切れ方をしたり、暴れ方をしたり、はっちゃけ方をしたり、そのぶっ飛んだ思考回路を持って驚くべき行動力を見せる時がある。
それかムライへのキノのイメージだ。
正直、事務的な話以外であまり会話をしたことがなく。特別親しい間柄でもない。上司と部下という距離感が一番しっくり来る。
一体、彼は何の用で自分の為にドーナツまで買い込み、その後を追って来たのだろうか。謎は依然として深まるばかりである。
「さて、どこに行きましょうか。女性と2人っきりですからね。いつもの大衆居酒屋では味気ない。私の数少ない行きつけのお店で」
「あの、そんなお気遣いなく。ムライさんが右に行くと言うなら右に、左に行くと言うなら左に自分は行くんで」
「貴女はいつから私の手下になったのですか?」
そうですね——————と、ムライはしばらく間を置いてから、一際大きく叫んだ。
「右向けーーみぎっ!」
「うわっ!びっくりしたぁ。急にどうしたんですか?」
突然の大声に周りはもちろんキノの心臓もバクバク音を鳴らす。
「だって、キノさん。私が言ったら向いてくださるのでしょう?」
「すみません。自分が悪かったです。恥ずかしいので、やめてください」
「では、気を取り直して、私の行きつけのお店にでも向かいましょうか」
「よろしくお願いします」
道のど真ん中でとんでもない大声を出したムライは周りの視線をものともせず、満足気に歩き出す。
ねぇ——あれ———だよね。えぇ、うそっ——カッコいい————隣の子は男の子?————かな?
遠くの方から断片的に聞こえて来た言葉。
もう何十回、何百回と浴び続けて来て慣れてしまったキノからすれば無風に等しい。
しかし、ムライの方はそうは思わなかったらしい。
「冒険者というのは基本的に女性より男性の比率が多く占めている。中には紳士的なものばかりとは限りませんし、不埒な考えを持つ者もいるでしょう。冒険者ならば自分の身を守る為の自衛は常に必須であり常識です」
そう言って、ムライはキノの背中をポンっと軽く叩く。
「まぁ、私のようなエルフという亜人種は、その珍しさからどこに行っても目立ついえに注目を集めやすい存在です。キノさんには肩身狭い思いをさせてしまい恐縮なのですが、しばしご辛抱ください」
「いや、エルフとかじゃなくて、ムライさんの悪ふざけが原因で注目を集めてるんだと思います」
「好奇心には誰しも抗えないものです」
「ムライさんの場合は愉快犯っていうんですよ」
おや?そうでしたか。と、エルフのムライは高身長の体を少し屈めるとキノの顔を覗き込む。
背中には大剣。黒を基調とした服に、エルフの特徴とも言える尖った耳にサラサラな銀髪の髪に、剣の鋒のような目には真紅の瞳。荒々しくも研ぎ澄まされた小麦色の肌に筋肉質で引き締まった身体は逞しく。端麗な顔立ちは大人の色気をこれでもかと漂わせている。
初対面にムライの色香に当てられたキノがくらりと一瞬の目眩を覚えたのは懐かしい思い出だ。
キノは不意に思う。
「そういえば、前から気になっていたんですがエルフの皆さんって変わった名前が多いですよね」
「まぁ、エルフは長命種ですからね。その時代に合わなかったり、聞いて違和感を持つような名前になってしまうのは仕方がありません。ちなみに私の名前は生真面目や一途という意味があります」
「なるほど……生真面目、ですか」
名は体を表すとは一体どこの誰が言った迷信なのだろう。
「キノさんのお名前は?」
「動くという意味があります。何だか味気ない意味ですよね」
「いえ、そんなことはありません。動く事は我々生物にとって最も重要で、必要不可欠な行為そのものですよ」
「そうですか…ね?」
あまりにもムライがはっきりと否定するものだから、キノは少し困惑する。
「誰もが軽視しがちですが、動くとは時に勇気と同一視されるもの。だからこそ、敢えてその名を付けたキノさんのご両親の愛情はきっと本物なのでしょう」
「大袈裟ですよ。きっと男の子の名前しか考えてなかったから、そのままキノって名付けただけで、深い意味で付けてないですよ」
「なら、今からそう思いなさい。心の彩り鮮やかになる」
緩急のない淡々とした口調で言うムライの言葉に、キノはドキンっと心の臓が跳ねたと同時に胸の奥が温かい。
キノの両親は幼い頃に魔物災害に遭った際に他界し、16歳になるまで育ててくれたのは遠い親戚の薬屋を営む伯父夫婦だった。
だからだろう。実の両親に恋しさを覚えた事はない。
しかし、両親との最後の繋がりであるキノという名前に疑問を抱いた事はこれまで幾度もあった。
憶測であっても、一つの解を導いてくれた彼、ムライへの感謝の念が沸々と湧いてくる。
「ありがとうございます。ムライさんって、良い人ですね」
「人ではなくエルフですがね」
「あははっ、そうだった」
キノは幼い子供に戻ったかのように無邪気に笑う。その姿をムライはジッと見つめて、やがてフィッと顔を背けた。
「……あの角を曲がった所です。赤い煉瓦が目印で、女将さんが切り盛りしています」
Whimsical Romantic————気まぐれロマンティックと書かれた店の看板にキノは目を止めて、ギギッと小刻みに音を立てながら首を動かしムライを見る。
に、似合わねぇ……と、口が裂けても案内してくれた当人には告げないが、心の底から思った。
こうして入った店内はこぢんまりとしているが落ち着きのある内装だった。
小さな丸メガネを掛けた恰幅の良い女将さんはキノ達の来店に「いらっしゃい」という柔和な笑みで出迎える。
「どれでも、好きなものを選んでください」
「ありがとうございます。ちなみにムライさんのおすすめなどはありますか?」
「私はこの店の裏メニュー。ブラッディスネークの毒をじっくり煮込んだクリーミーホワイトシチューですかね。舌にビリビリするあの感覚がおすすめです」
「クリーミーの概念はいずこへ?」
やっぱりムライに頼るのはやめようと、キノは視線をメニューに落とす。そこから見知った料理を見つけて注文をする。
2人分の葡萄ジュース。ミートパイにジャガイモのポタージュに野菜の素揚げに野菜のテリーヌと、視覚的情報から来るその色に初心者は一瞬で心が折れるであろうムライおすすめのブラッディスネークの毒煮込みスープ。
丁寧に煮込まれたであろう野菜と刺激的な香辛料の香りに鼻孔がヒクヒク動く。
だから、クリーミーどこ行った?
「そ、想像してた数十倍邪悪そうなスープですね」
「これが意外と癖になる味なんですよ。まさに気まぐれロマンティック。食べる前からドキドキワクワクします」
「気まぐれロマンティックって、そういうこと!!」
「キノさん。一口いかがですか?」
そう言って、ムライにスプーンを差し出される。
キノは一瞬だけ逡巡する。元々、ムライは大の美食家であり自分で作ったりする一方で、ポイズン料理という毒ならではの特徴的な痺れや痛みを楽しむ嗜好品に近い料理が好物である。
そんなムライの行きつけのこの店の裏メニューというからには味は保証されている。
それにブラッディスネークが持つ毒は人体に影響を及ぼしたり、死に至る致死量を有していない。物は試しだとキノは「いただきます」と言って、スープを啜る。
しばしの沈黙。
「う、うーん。この毒特有の舌にビリビリと痺れる感覚は確かに……いや、大分癖になる味ですが、食べ過ぎると腹痛になりそうですね」
「そうなんですよ。さすが、キノさんです!それがこの料理の1番ネックなんです!」
「うわっ、びっくりした!」
キノの言葉がよほど嬉しかったらしい。ムライは机をバンっと叩きながら叫んだ後に、ハッと正気に戻る。
「失礼、取り乱しました。実は以前、このシチューの虜になって毎週通っていたらお腹を壊したことがありました」
「あぁ、そういえば以前に薬を処方したことがありましたね」
「その節はお世話になりました」
「もう食べるなとは言いませんが、体を労わりながらほどほどに楽しんでくださいね」
頭を軽く下げるムライに困り眉でキノは苦言を呈す。
その後、食事を開始した2人の間にしばらく会話は無く。時折り、思い出したようにぽつりとどちらかが料理の感想を述べるだけだった。
そこから更に時間が過ぎて、お互いの腹が程良く満たされたところでムライが話の口火を切る。
「実は先刻、私もパーティーを抜ける事になりました」
「は?」
思いもしなかったムライの言葉にキノはポカンっと口を開ける。
それはどうして……と、声に出せただろうか。キノは驚きと困惑で口をぱくぱくしていると重苦しいため息をムライが吐いた。
「今更、弁明しても遅いですが。私はキノさんをパーティーから追い出すつもりはありませんでした。むしろ、残留を希望していた側でして、キノさんを辞めさせるのなら自分たちはこのパーティーを抜けるとマーベリックさんには以前よりお伝えしていました」
マーベリックは以前から、ランクに対して強いこだわりを見せ始めていたらしい。Eランクからランクが上がらないキノをパーティーのお荷物だと思うようになっていたらしい。
そんなマーベリックを諌めていたのが、ムライであり、彼の戦闘力が抜けるのはパーティー的にも痛手であった。
しかし、今回CランクだったリリーがBランクに上がった事で、キノの除名にマーベリックは踏み切ったということだろう。
どおりで低ランクであるキノがパーティーをクビにならないと思っていたら、ムライが引き止めてくれていたのか。
「ムライさん。今までのお気遣い深く感謝致します。それでもやはり高ランクの冒険者の中に低ランクの自分がいたら格好がつかないですし、実際に自分は貢献度も低いですから、クビは妥当だったと思いますよ」
冒険者ギルド承認階級。FランクからSランクまでの地位は冒険者の実力をともなっている。
最高位あるSランクは史上数人しか選ばれない伝説級のランク。
Aランクは国家規模の難事を任される冒険者。基本は国王の親衛隊として任命され常駐することになる。
故に冒険者ギルドに内で冒険者として活動を続ける上位ランクは事実上はBランクなのである。
マーベリック、イザベラ、ムライ、ゴードン、この度ランクが上がったリリーの全員がBランクである。
キノをパーティーから外すのは自然の流れだろう。
「いいえ、全てはパーティーのリーダーであるマーベリックさんの視野の狭さと、頭の硬さに加えて、圧倒的な経験不足に非があります」
僕の最強のパーティーを作りたいと思う気持ちもわからないわけではない。思うだけならば当人の勝手である。しかし、既存メンバーの性格や特性、得意不得意を理解し、円滑に回して行くのがリーダーの勤めである。
「だからこそ、都度の話し合いや、目的の共有。意見のすり合わせが最重要課題であり、リーダーであるマーベリックさんにはその側面に力を入れて欲しかった」
そう言って、渋い表情をムライは浮かべた。
ムライはその点を何度もマーベリックに指摘し、メンバーとの会話や声かけを増やせと、時には自ら手本を見てながら指導していたらしい。
「しかし、そんな私の言葉は全て、マーベリックさんにとっては鬱陶しいものだった」
ムライは物語のラストを言い終えたかのような動作で両手を軽くポンと合わせる。
「もしかしたら、私をパーティーから抜けさせたいがために、キノさんをクビにしたのかもしれませんね。厄介ごとに巻き込んでしまい申し訳ありません」
「ちょっ、ちょっと待ってください」
頭を下げようとするムライに、キノは軽く手を上げて静止させる。
「マーベリックとムライさんの間でいざこざが合ったのはわかりました。でも、それに巻き込まれたとは思っていません。むしろ、ムライさんにはお世話になりっぱなしで、頭なんか下げられたら、そっちの方が恐縮してしまいます……」
そう言ってから、不意に残りのパーティーメンバーの存在をキノは思い出す。
「あの、パーティーを抜ける時ですが、リリーさんとイザベラさんに引き止められませんでしたか?」
小柄で可愛らしく守ってあげたくなる可憐な少女の弓使いリリーと、妖艶で美しい容姿に豊満な女体を持つ魔法使いのイザベラ。
イザベラの方は匂わせ程度でしかなかったが、リリーの方は普段の態度を含めてあからさま過ぎるくらいにムライに好意を持っていた。
キノの質問にムライは「止められた」と、頷いた。
「しかし、一度口にしたことを覆すつもりはありませんので」
ムライは少し間を開けて、葡萄ジュースで喉を潤すとゆっくりと居住いを正した。
「そろそろ本題に移りましょうか。キノさん私とパーティーを組んでください」
「丁重にお断りさせていただきます」
即答。からの、シンっと流れる無音が数秒。ムライは口を開く。
「私はキノさんの役に立つ自信があります」
「自分はムライさんの足を引っ張る自信しかありません」
再びキノとムライの間に沈黙が————訪れなかった。
「では言い方を変えましょう。キノさんが日頃より着手している不死の万能薬。エリクサーの開発。その共同パートナーとして私と手を組みませんか?」
瞬間、キノは目の色をガラリと変えて、姿勢を正した。
「すみません。先ほど発言を訂正します。詳しい話を伺ってもよろしいでしょうか?」
神が地上に与えし不死と万能の霊薬エリクサー。それを精製することがキノの夢であり目標であり、悲願である。
「なんて事はありません。私もエリクサーに深い関心があるんです」
「ムライさんがですか?それこそ無用の長物に思いますが」
エルフは不死と呼ぶに相応しい寿命を持つ。そんな彼がそれを欲しがる様に違和感を感じたキノは眉を顰めた。
キノが抱く不信感に気付いたムライは「使う用途が違う」と、首を横に振る。
「確かにエリクサーの効能は不死とされていますが、私が欲しているのは万能薬の方です」
そう言って、持っているスプーンで毒入りシチューを指す。
「ご存知の通り私の趣味はポイズン料理。わざと毒が混入している料理を作ったり、食すことにあります。私はその第一人者として第一線を走り、好事家と親睦を深めてきました。が、安全面の観点からなかなか料理のレパートリーが増えません。そこでエリクサーです」
思ったより俗物な理由で求めてるんだな。と、キノは純粋な感想を抱いている間にムライの弁舌は熱を帯びて進んで行く。
「毒の成分や特性を十分に理解してから料理に使用しますが、万が一の場合があります。備えはあるだけあれば良い。仮に娯楽の延長で死んだりなどしたら、死にきれずに化けて出そうなので」
最後の方は冗談で言ってるのか、本気で言っているのかいまいちよくわからず。キノはコホンっと空咳を一つ。
「えーと、ムライさんならばご存知でしょうが。エリクサーの材料や精製法には依然として不明な点が多く。解明されていない事も多々あります」
「無論、承知しております。だからこそ、どの時代でも話の種になる」
こちらをお納めください。と、ムライは一冊の手記を懐から取り出しキノの前に差し出す。
「私がエリクサーに本格的に興味を持ったのはここ最近ですが、噂話を含めていくつか見聞きしたことを可能な限り思い出し、私なりの考えを交えしたためました」
「これを読んでも良いんですか?」
「えぇ、少しでもキノさんの研究の力添えになれば良いのですが」
「拝読させていただきます」
キノはムライに一礼してから、手記を受け取りページを開く。
一文も隙もなく丁寧で綺麗な文字で読み易く書かれているムライの字。手癖が強いキノは自分の文字を矯正したくて、彼の字を手本に何度も書き取り練習をしたものである。
ムライの手記にはキノが知っているエリクサーの関連の知識はもちろん知らなかった薬の知識やムライの見解を含めて、一文一文にキノの心は自然と高揚して行く心を抑えることが出来ずに「すごい……」と、感嘆の息を漏らす。
「伊達に長生きはしていませんからね」
ムライからすれば何でもない事実を淡々と口にしたのだろう。
しかし、彼ほどの知性と思考を持ったエルフがどれほどいるのだろうか。と、キノは冷えた頭で考える。
「あの、ムライさん。失礼ですが、自分と組むよりもキチンとした研究機関に入る方がいいと思います」
いくらエリクサーの開発に熱を上げていようとも、薬学の知識があろうとも、金も身分も権威も無い一介の薬師の小娘と知識の宝庫であるムライでは余りにも不釣り合いだと説く。
しかし、ムライはゆっくりと首を振ってキノの提案を拒絶する。
「キノさん。私は酔狂な方が好きなのです」
「はい?」
ムライの一言にキノは座っていた椅子から大きくズレ落ちる。
「自分……酔狂……ですかね?」
「では、お聞きますが。何故、キノさんはエリクサーを作りたいのですか?」
「え、ただ作りたいだけです。それ以外の理由って必要ですか?」
キノは即答する。
そもそもキノが先ほどムライに勧めていたような研究機関に入らず。冒険者という職業を選んだのは、自然界に流れる高濃度の魔力のエネルギーの吹き溜まりとして存在する未開の地下迷宮ダンジョンから掘り出された素材は古から人類の発展に大きく貢献して来た歴史があるからだ。
ダンジョンならば、否、彼の地だからこそエリクサーの材料となる素材が眠っている筈だと数多くの専門家や研究者が明記していおり、キノのもまたその考えに同調している1人である。
だからこそ自身の目で見極めて研究し、素材厳選する為に冒険者の道を選んだのだ。
「少なくとも、そんな理由でエリクサーを作りたいという方も、怪我や死亡の確率がどの職業よりも高確率である冒険者を選ぶ方を私は常人とは思いません」
「ま、まぁ、そうか。うん。そうですね」」
「キノさん。私はこの長い寿命を出来るだけ長く貴女のよう酔狂な方と一緒に過ごして消費したい派なんですよ。その方が愉快なので」
「あれ?自分、今もの凄い勢いで貶された?」
「それに、私と組めば資金稼ぎの為に自身の片足を売る必要はありませんよ」
「うげっ、聞いてたんですか」
ムライの発言にキノはうっと短く苦しい声を上げる。
「正直、あのまま声を掛けなければ本気で売りに行きそうな勢いだったので、本気で慌てましたよ。まぁ、パーティーを除名されて直ぐの事で、先行きの不安定さからパニックになっていたのでしょう」
「お、お恥ずかしいところをお見せしました」
先ほどの失態を最もな正論を射抜かれたキノの顔はカァと赤くなり、可能の限り体を縮こませた。
そもそも……と、ムライは更に言葉を続ける。
「金策手段に身体の一部を売るのは愚策の極みですよ。確かにオーディンで売っている義肢は有能です。しかし、冒険者家業を続ける上でやはり義肢はどうしても不利に働くんですよ。それこそ、誰ともパーティーを組めなくなりますよ」
「仰るとおりです。返す言葉もありません」
「つまり私との相性は抜群ということですよ。良かったですね」
「いっそ、このままいっそ殺して欲しい」
「キノさん私と組みましょう」
「か、勘弁してください……今ちょっと、羞恥心で心がバキバキに折れてて……頭が混乱してるんです」
嫌な汗が全身から流れ出す。
可能ならば、この場から逃げ出したくて堪らないのを僅かに残した理性と常識で持ってキノは耐え抜いているのである。
「なるほど、つまり総括をするとキノさんは私と組む事に異論はないということですね」
「はい?何の話ですか?」
「いえ、お気にならず。ただこれからよろしくお願いしますということですから、すみませーん!お会計お願いします!」
「えっ、本当に何の話ですか!やだっ!怖いっ」
頭を抱えて懊悩し、呻き声を上げているうちに数分の時間経過でもあったかと錯覚してしまいそうになる事態に混乱しながら、キノはムライとパーティーを組む事が決まっていた。




