84.後悔
ティシアとフシが街の中を走る。
「街が襲われてる! 速く走って!」
ティシアに急かされ、フシはさらに走る速度を上げる。
街のいたるところで炎が燃え上がり、黒い煙が空へと立ち上っていた。
建物を壊しながら、一体の巨人が街を進んでいる。
白い身体には、金色の線が走っていた。
「先に行く」
フシが足に力を込める。
次の瞬間、フシは一気に巨人との距離を詰めた。
「────」
後ろから何か聞こえた気がした。
だが、フシは振り返らない。
目の前の巨人へ弓を構え、矢を放つ。
矢は巨人の首に深々と突き刺さった。
それでも、巨人は止まらない。
すると、刺さった矢から蔓が伸びていく。
蔓は巨人の首を伝い、そのまま頭へと巻き付いた。
グシャッ……!
蔓が巨人の頭を締め上げる。
硬い音とともに頭部が砕け、巨人は動かなくなった。
フシはティシアの方へ振り向く。
「ティシア、お前はそっちを────」
言葉が止まった。
白い刃が、ティシアの心臓を貫いていた。
それだけではない。
全身が切り裂かれ、傷口から血が異常なほど流れ続けている。
「ティシア!」
フシはティシアへ駆け寄った。
いつもなら、すぐに再生するはずの傷が塞がらない。
「なんで……」
フシが身体に触れる。
だが、触れた部分からティシアの身体が崩れていく。
どうすればいいのか分からない。
フシには、何もできなかった。
その時、先ほど聞こえた声を思い出す。
「────」
あれは、助けを求める声だったのだろうか。
(俺のせいだ。俺が……)
フシが顔を上げる。
その視線の先に、ノアの姿が見えた。
(ノアなら、ティシアを治せるかも)
「たすけ────」
声が震える。
うまく言葉が出てこない。
(なんで……!)
フシはノアへ手を伸ばす。
「助け───」
────────
「助けて!」
フシはベッドから飛び起きた。
「…………っ!」
息が荒い。
胸が激しく上下し、全身から汗が噴き出している。
「…………」
フシはしばらく何も言わず、呼吸を整えた。
やがて、ゆっくりと周囲を見回す。
見慣れた部屋。
「…………夢か」
フシは額の汗を拭う。まだ心臓が、嫌なほど速く脈打っていた。
窓の外へ目を向ける。
空は、まだ暗い。街も静まり返っている。
フシは目を閉じた。
すると――
「…………」
先ほどの夢ではなく。
水龍と遭遇した時の光景が、脳裏に蘇った。
男たちを挑発したこと。
血の付いたナイフを海へ落としてしまったこと。
そして――
そのせいで、皆を危険な目に遭わせた。
「…………」
フシは拳を握る。
あの時、自分がもっと冷静に行動していれば。
あのナイフを落としていなければ。
もっと早く、危険に気づいていれば。
「…………俺のせいだな」
小さく呟く。
誰にも聞こえないような声だった。
フシはベッドへ戻ろうとした。
だが――
眠れる気がしない。
フシは立ち上がる。
音を立てないように扉を開き、部屋の外へ出た。
廊下を抜け、宿の外へ出る。
夜風が頬を撫でた。
「…………」
フシは空を見上げる。
それから、海の方へ目を向けた。
「海でも……見ようかな」
フシが海岸へ向かうと――
そこには、ティシアがいた。
波打ち際に立ち、夜の海を眺めている。
ティシアもフシの気配に気づいたのか、ゆっくりと振り返った。
「あれ? フシ、なんでこんなところに?」
「…………」
フシは一瞬、目を逸らした。
「なかなか寝付けなくてな。ティシアこそ、なんでここに?」
「手紙を読んでた」
ティシアが懐から封筒を取り出す。
「気配が無かったな」
「フシに言われたからね。気配を消す練習は常にしてるよ」
「そうか……」
フシは小さく頷く。それから、ティシアの隣へ腰を下ろした。
二人の間を、夜の海風が通り抜ける。
「…………」
しばらく、波の音だけが響いていた。
やがて、フシが口を開く。
「一緒に船に乗った人たちさ」
その言葉を口にした瞬間――
あの時の光景が、脳裏に蘇った。
男たちを挑発したこと。
血の付いたナイフを海へ落としてしまったこと。
そして、迫り来る大量のセレペンス。
「…………」
フシは膝に置いた手を握る。
それでも、声だけは平静を保とうとした。
「なんだかんだ、協力してくれてたし……いい人たちだったな」
少しだけ間を置く。
「ノアをジロジロ見てたのは許さないけど」
「…………ふっ」
ティシアが小さく笑う。
「そこは怒るんだ」
「当たり前だろ」
フシは少しだけ口元を緩める。
だが、その表情はすぐに消えた。
「……みんなに謝らないとな」
「何を?」
ティシアが首を傾げる。
「口がものすごく悪かったこと?」
「そのことじゃ……なくもないか」
フシは苦笑する。
そして、海へ視線を向けた。
「俺があいつらを挑発したり、ナイフを落としたりしなければ……みんなが危険な目に遭わずに済んだだろ」
「…………」
ティシアは黙ってフシの横顔を見る。
「セレペンスが血に寄ってきたとは限らないよ」
「…………」
「もし、本当に血に寄ってきたんだとしても――」
ティシアは自分の手を見る。
「僕がナイフに当たったのが悪い」
「そんなことはない」
フシがすぐに否定する。
ティシアを見る。
「お前は俺たちを止めようとしただけだ」
「じゃあ――」
ティシアは、フシへ身体を向ける。
「フシも、ノアを守ろうとしただけでしょ?」
「…………」
フシは答えられなかった。
ティシアは、そんなフシを見て微笑む。
「僕には、そう見えたけど」
「…………」
波が岸へ打ち寄せる。
ザァ……。
フシは海へ視線を戻した。
ティシアは小さく笑った。
「それに――」
少しだけ間を置いてから、ティシアが続ける。
「僕、フシの喋り方は好きだよ」
「…………は?」
フシが思わずティシアを見る。
「口が悪くて、人とあまり話したことがないからか、時々会話がおかしくても……」
ティシアは笑う。
「それがフシだから」
「…………」
フシは何も言わない。
やがて、一度だけ大きく息を吐いた。
そして――
嬉しさを隠すように、口元を歪める。
「…………一言余計だ」
「ふふっ」
二人の間に、小さな笑い声が落ちる。
肩の荷が下りたのか――
二人は、そのまま海を眺めながら世間話を始めた。
今まで食べたもので、何が一番おいしかったか。
故郷では、どんな人たちが暮らしていたか。
旅の途中で出会った変な人の話。
そんな他愛のない話をしているうちに、時間だけがゆっくりと過ぎていく。
やがて、ふとフシが口を開いた。
「……なあ」
「ん?」
「ティシアは、ノアのことどう思ってんだ?」
「…………?」
ティシアは、意図が読めずに首を傾げる。
「どうって……?」
「いや、その……」
フシは頭を掻く。
少し言いにくそうにしてから、分かりやすく言い直した。
「お前ら、同じベッドで寝てるだろ?」
「…………」
「最初は、そういう仲なのかと思ったんだが……どうも違うらしいし」
「…………ああ」
ティシアは海へ視線を戻す。
「そういうことか」
しばらく考えてから、口を開いた。
「あの時は……不死身の代償で、感情が薄れてたんだと思う」
「…………」
「その後は……お互い、何も言わなかったね」
波が岸へ打ち寄せる。
「じゃあ、今はどうなんだ?」
フシが尋ねる。
ティシアは返事をせず、指先を弄った。
少しだけ視線を落とす。
「…………ノアは好きだよ」
「…………」
「でも、恋愛的に好きなのかって言われると……分かんない」
ティシアは苦笑する。
「僕に近づいてくる人って、基本的に地位とか、お金が目的だったから」
「…………」
「だから、恋愛って……自分が有利に立つためのものっていうイメージが強かったんだ」
ティシアは海を眺める。
月明かりが波に揺れている。
「誰かを好きになるっていうのが、どういうことなのか……僕には、まだよく分からない」
フシは少し悲しそうな顔をして、俯いた。
「……王族ならではの恋愛観か」
「そうなのかな」
ティシアは小さく笑う。
「フシは?」
「ん?」
「フシはノアのこと、どう思ってるの?」
ティシアは少しだけ楽しそうに尋ねる。
「一目惚れだったんでしょ?」
「…………」
フシは黙った。
波の音だけが、二人の間を流れていく。
やがて――
フシは苦笑しながら口を開いた。
「…………あれは嘘だな」
「え?」
「実際、ノアからは落ち着く雰囲気がある。それは本当だ」
フシは海へ視線を向ける。
「一緒にいると、妙に気が抜けるっていうか……」
少し考えてから、続ける。
「だが、それで好きになるほどチョロくない」
「そうなんだ」
二人の間に、しばらく沈黙が流れる。
やがて、ティシアが口を開いた。
「シルヴァリアに着いたら、どうする?」
「…………」
「僕らとは、別行動する?」
フシは少しも迷わず答えた。
「いや。お前らについて行くよ」
「そう?」
ティシアはフシを見る。
「もし、僕らへの謝罪の気持ちとか……恩返しがしたいとかでついて行くって言うなら――」
「別に、俺はお前らに申し訳ないとか、恩返しがしたいとかじゃない」
ティシアの言葉を遮る。
フシは海へ視線を向けた。
暗い海の向こうには、何も見えない。
「俺の目的は、父さんを見つけることだ」
そして――
フシはティシアを見る。
「お前らについて行くのは、ただその方が楽だと思ったからだ」
「…………」
ティシアは少しだけ目を細める。
それから、ふっと笑った。
「……ありがと」
「……」
フシは返事をしなかった。
代わりに立ち上がる。
「眠いから戻る」
「うん」
フシはそのまま海岸を離れ、宿へ戻っていった。
ティシアは一人、残された海を眺める。
波の音だけが、静かに夜の海岸へ響いていた。
ティシアも深呼吸をしてから、宿へ戻る。
扉を開けると――
そこには、ノアが立っていた。
「ノアも起きた――」
ティシアの言葉を遮るように、ノアが口を開く。
「私も別に、ティシアへの恩とかでついてきてるんじゃないです」
「…………」
ティシアが目を瞬かせる。
ノアは、そのまま続けた。
「私は、好きな人と世界中を旅して、いろんなものを共有することです」
「私は、ティシアについて行くのは…………」
少しだけ照れたように、ノアが笑う。
「一緒にきれいな景色を見たり、おいしいご飯を食べたりするためです」
ティシアは困惑したまま、瞬きを忘れる。
「…………見てたんだ」
「はい。誰かの叫び声で起きちゃったので、見にきたです」
「叫び声?」
「誰の声かわかんなかったですけど、目が覚めちゃったです」
ノアはそう言うと、そのままベッドへ入る。
「なので、話しながら寝ましょう」
「……うん」
ティシアもベッドへ入り、ノアの隣に横になる。
二人はしばらく、魔法のことや、これまでの旅で楽しかったことを話していた。
「そういえば、あの町で食べた料理、おいしかったです」
「うん。あれはまた食べたいな」
「じゃあ、シルヴァリアに着いたら、おいしいものを探すです」
「楽しみだね」
そんな他愛のない話をしているうちに、少しずつ会話が途切れていく。
「…………ティシア」
「ん?」
「明日も……魔法の練習するです」
「うん。僕も頑張らないと」
「……おやすみです」
「おやすみ、ノア」
それからしばらくして――
隣から、静かな寝息が聞こえてきた。
ティシアも目を閉じる。
昼間の疲れが、一気に身体へ押し寄せてくる。
やがて――
ティシアの意識も、ゆっくりと眠りへ沈んでいった。




