83.龍殺しの英雄
三人がギルドへ向かって歩いていると、ティシアがふとノアを見る。
「今更だけどさ、ノアって何種類の魔法を使えるの?」
「……!」
ノアは待ってましたと言わんばかりに胸を張った。
「炎、大地、水、風魔法は使えるです。あとは、光魔法ですね」
指を一本ずつ折りながら、得意げに数えていく。
「五種類か……」
ティシアが呟く。
すると、ノアはさらに胸を張った。
「でも、魔法さえ覚えれば、雷、音、衝撃魔法も問題なく扱えると思うです」
「それも使えるのか?」
フシが驚いたように目を見開く。
「俺の常識じゃ、多くても三種類の魔法までしか扱えないんだが……」
「そうなんですか?」
ノアは首を傾げる。
フシは少し考えてから、続けた。
「得意じゃない魔法を無理に使えば、暴発したり、魔力を余計に消耗したりするはずだろ?」
「らしいですね」
ノアはあっさり答える。
まるで、自分には関係のない話だと言わんばかりだった。
「……まあ、それが聖女に選ばれた理由かもな」
フシが呟く。
ノアは少しだけ照れくさそうに笑った。
「そうかもしれないです」
三人でそんな話をしながら歩いていると――
やがて、冒険者ギルドへ辿り着いた。
ティシアが扉を開く。
三人で中へ入った、その瞬間だった。
ギルドにいた冒険者たちが、一斉にこちらを振り向いた。
「…………」
ティシアの身体が、わずかに強張る。
反射的にフードを深く被った。
(……正体がばれた?)
心臓の鼓動が、急に速くなる。
周囲を見回す。
冒険者たちは、誰を見ている?
自分か。
ノアか。
それとも――フシか。
だが。
「セレペンスを倒した英雄だぞ!」
誰かが叫んだ。
「…………え?」
次の瞬間。
ギルド内が、一気に歓声に包まれた。
「あのフードのやつ、噂の巨大なセレペンスを倒したらしいぞ!」
「あそこの二人は、無数のセレペンスを全部討ち取ったらしい!」
「本当かよ!?」
「すげぇ……!」
冒険者たちが、次々と三人の周囲へ集まってくる。
「ちょ、ちょっと……」
ティシアが後ずさる。
だが、逃げ道がない。
左右から冒険者たちに囲まれ、次々と声を掛けられる。
「あの……えっと…………」
ティシアは言葉を探す。
これほど大勢の人間に囲まれるのは、久しぶりだった。
何を言えばいいのか分からない。
そんな三人の様子を見かねたのか――
「皆さん、少し落ち着いてください!」
受付員が冒険者たちを押しのけながら近づいてくる。
「ここではお話しづらいので、場所を移しましょう」
「そうですね」
ティシアはほっと息を吐いた。
三人は受付員に案内され、冒険者たちの歓声を背にギルドの奥へ進んでいく。
やがて、後ろから聞こえていた声が遠ざかる。
受付員は小さく息を吐いた。
「いきなり詰め寄られて、かなり驚かれたでしょう」
「びっくりしたです」
ノアが答える。
受付員は少し笑った。
「セレペンスに苦しめられた人たちは多かったので、その分、皆さんの感謝の気持ちも大きいんですよ」
受付員は小さく咳き込む。
「さて、本題に入りましょう。セレペンスの魔石について、でしょうか?」
ティシアは頷いた。
それを確認すると、受付員は近くにいた別の従業員へ声をかける。
「魔石の件、確認をお願いします」
「承知しました」
従業員が一礼して、その場を離れる。
受付員はティシアたちへ向き直った。
「船を出すまでに少々時間がかかりますので、先にいくつか手続きを済ませてしまいましょう」
「分かりました」
受付員は三人をギルドの客室へ案内する。
部屋へ入ると、テーブルを挟んでティシアたちが座る。
受付員は書類を確認しながら口を開いた。
「まず、今回の功績を考慮して、ティシア・ベル様とノア様の冒険者ランクを昇格させていただきます」
そう言って、新しい冒険者証を二人へ差し出す。
ティシアが受け取った冒険者証には――
大きく「B」と記されていた。
「Bランク……」
ティシアは冒険者証を眺める。
そして、ふとフシを見る。
「そういえば、フシはギルドに登録してないの?」
「ああ」
フシはあっさり答えた。
「稼ぐだけなら、水晶を売ったり……別の方法があったからな」
「そうなんだ」
ティシアが頷く。
すると、受付員がテーブルの上へ袋を置いた。
「こちらは今回の討伐報酬です」
袋の口が開かれる。
中には、金貨が三十枚入っていた。
「……三十枚」
フシの目が一瞬で輝く。
受付員は続ける。
「魔石や素材をすべて売却するのであれば、さらに金貨四十枚を追加でお支払いできます」
「かなりの大金だぞ!」
フシが身を乗り出す。
「どうする? 魔石も売るか?」
「落ち着いて」
ティシアは苦笑する。
それから、顎に手を添えて考えた。
「巨大なセレペンスの魔石と、素材の一部は残そう」
「残すのか?」
「ああ。あれだけ大きな魔石なら、武器に使えるかもしれない」
ティシアは、あの巨大な紫色の魔石を思い出す。
「それ以外は売ってもいいと思う」
ノアも頷く。
「私も、それでいいと思うです」
「では、売却分を計算しますね」
受付員が書類へ数字を書き込んでいく。
しばらくして――
「巨大なセレペンスの魔石と素材の一部を残す場合、追加報酬は……大体、金貨三十五枚ほどですね」
「三十五枚……」
フシが金貨の入った袋を見る。
「それでも十分すぎるな」
「こちらは魔石の回収が済み次第、用意しておきます」
「分かりました」
ティシアが頷く。
受付員は書類を整理すると、もう一通の封筒を取り出した。
「では、最後に――」
封筒をティシアへ差し出す。
「ティシア様宛てに、お手紙が届いております」
「僕に?」
ティシアは手紙を受け取る。
差出人の名前を確認する。
そこには――
『グルム・バルガン』
と書かれていた。
「おじさんから……」
ティシアは少しだけ目を細める。
だが、封を開けることはせず、そのまま収納袋へしまった。
(宿に着いてから、ゆっくり読もう)
その時だった。
コンコンコン
部屋の扉がノックされる。
「失礼します」
受付員が扉を開ける。
外にいた人物と少し話すと、受付員はこちらへ振り返った。
「船の用意ができたそうです」
「もうですか?」
ノアが立ち上がる。
「はい。すぐに港へ向かいましょう」
ティシアたちは席を立つ。
客室を出て、ギルドを後にする。
そのまま港へ向かい――
用意された船へ乗り込んだ。
船は、セレペンスたちと戦った海域へ向かって進んでいく。
しばらくすると――
青く鮮やかだった海の色が、少しずつ変わり始めた。
「…………」
紫色。
海面の一部が、濃い紫に染まっている。ティシアは船の縁から海を見下ろした。
その色を見た瞬間――
あの水龍から噴き出した、紫色の血が脳裏に浮かぶ。
「…………」
ティシアは何も言わず、海面を眺め続ける。
その隣で、受付員が口を開いた。
「普通のセレペンスは、ほとんど回収できました」
「そうなんですね」
「ですが……問題は、あの変異種のセレペンスですね」
「変異?」
ティシアが聞き返す。
受付員は頷いた。
「ええ。原因は不明ですが、何らかの理由で魔力を異常なほど蓄えた個体だったようです」
受付員は紫色に染まった海を見渡す。
「冒険者を雇って回収を試みたのですが……」
少し困ったように眉を寄せる。
「大きすぎるため、いまだに回収できていないのが現状です」
ティシアは海の中を覗き込む。
深い。
光の届かない海底へ目を凝らす。
すると――
「…………」
微かに、巨大な影が見えた。
海底に横たわる、巨大な身体。
あれだけの巨体が沈んでいるのだ。近くで見ると、その大きさが改めて分かる。
「僕は、やろうと思えば海に潜れますけど」
フシが軽く手を挙げる。
「俺はゴーレムを出して運ぶ。ティシアや他の奴らと協力すれば、運べるはずだ」
「では、お願いします」
受付員が頭を下げる。
「分かりました」
ティシアは船の縁へ手をかける。
そして――
海へ飛び込んだ。
身体が海中へ沈んでいく。
同時に、フシが形成晶を取り出す。
淡い光が水中で揺らめいた。
「……行け」
形成晶から伸びた植物の蔓が、海中へ次々と伸びていく。
蔓は海底へ向かって伸び続け――
沈んだ水龍の身体へ絡みついていった。
────────
日が落ち始める頃――
水龍の身体を、ようやく岸まで引き上げることができた。
「…………」
ティシアは荒い息を吐きながら、目の前の巨体を見上げる。
割れた頭部。
その隙間から――
巨大な紫色の魔石が覗いている。
「影狼と身体強化を使っても…………かなりしんどかった…………」
ティシアがその場へ腰を下ろす。
「俺も魔力……全部使ったな」
フシも隣へ腰を下ろし、肩で大きく息をする。
二人とも、しばらく動けそうにない。
そんな二人の前で、ノアが魔石を見上げた。
「今まで見た中で、一番でっかいですね」
魔石は、もはや石と呼ぶには大きすぎた。
人が中に入れそうなほどの大きさがある。
「収納袋には入らないよな……」
ティシアが魔石を見上げながら呟く。
すると、後ろから受付員が声をかけた。
「こちらでお預かりしましょうか?」
「預かってもらえるんですか?」
「はい。ご希望であれば、輸送することも可能です」
受付員は魔石を見上げる。
「ただし、輸送する場合は代金を頂きます」
「なるほど……」
ティシアは少し考える。
そして――
「じゃあ、ヴォルガルドの王宮に送ってください」
「王宮ですか……」
受付員が少し驚いたように目を瞬かせる。
「手続きが少々複雑ですので、到着まで時間がかかると思いますが……よろしいですか?」
「お願いします」
ティシアは頷いた。
ちょうどその時だった。
「お待たせしました」
ギルドの従業員が、金貨の入った袋を持ってやってくる。
「こちら、素材の代金です」
袋をティシアへ差し出す。
「ここから先は、ギルドにお任せください」
「分かりました」
ティシアは金貨を受け取る。
そして、受付員たちへ頭を下げた。
「ありがとうございます」
こうして、水龍の回収を終えた三人は――
そのまま宿へ戻った。
────────
部屋に入ると、ノアはそのままベッドへ倒れ込んだ。
「ん~……」
大の字になりながら、ノアが口を開く。
「受付員さんの話によると、古い灯台までいつでも送ってくれるらしいです」
そのまま天井を見上げる。
「いつ出発にするですか?」
「そうだな……」
フシは懐から水晶を取り出す。
形成晶をはじめ、いくつかの水晶を並べて数を確認する。
「隠し通路って言っても、何があるか分からん」
一つずつ確かめながら、フシが続ける。
「何日か時間が欲しいな」
「分かった」
ティシアは頷く。
そして、自分の手を見つめた。
「その間、僕は精霊魔法を学んでみたいな」
「精霊が見えるなら、使えるはずだ」
フシは水晶をしまいながら答える。
「時間があるなら教えよう」
「ありがとう」
ノアがベッドから起き上がる。
「私は……少し複合魔法の練習をするです」
それから、少し考える。
「あと、もっと役に立つ魔法も覚えようと思うです」
三人はそれぞれ、これからのことについて話し合った。
次の旅に備えて。
そして――
その夜は、静かに眠りについた。
────────
ティシアは、ノアを起こさないように静かに身体を起こした。
「…………」
隣では、ノアがまだ眠っている。
(そう言えば、おじさんからの手紙を読んでなかったな)
ティシアは収納袋から一通の手紙を取り出す。
部屋の中で開けば、ノアを起こしてしまうかもしれない。
ティシアは手紙を持ったまま、そっと部屋を出た。
外へ出ると、涼しい夜風が頬を撫でる。
そのまま海岸へ向かう。
波の音が、静かな夜に響いていた。
ティシアは海を眺めながら、一度深く息を吐く。
そして――
手紙を開いた。
そこに書かれていたのは、サーナトスに関する内容だった。
どうやらガルベス王は、遺跡で調査したサーナトスに関する情報を公開したらしい。
その影響で、一部の地域では混乱が起こっているという。
ティシアは一文字ずつ、手紙を読み進めていく。
「…………」
サーナトス。
その名前を見るたびに、ティシアの脳裏にはあの青年の姿が浮かぶ。
手紙を最後まで読み終える。
(僕も……戻った方がいいかな?)
ティシアは手紙を握ったまま、海を眺める。
だが――
その時だった。
手紙の端に、小さな文字が残っていることに気づいた。
そこには、短い一文だけが書かれていた。
『シルヴァリアの土産、期待してるぞ』
「…………」
ティシアの口角が、ほんの少し上がる。
(おじさんも不器用だな)
手紙を折りたたむ。
(戻ってこなくていいなら、そう書けばいいのに)
ティシアは手紙を懐へしまった。
そして――
波打つ海を眺めながら、しばらく夜風に身を委ねていた。




