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82.爆発的な炎

海上では、ノアとフシが大量のセレペンスを相手に戦っていた。


「フシ! 下です!」


「……!」


フシの足元から、一匹のセレペンスが飛び出してくる。


ザンッ!


フシは身体を引きながら短剣を振り上げた。


刃がセレペンスの喉を切り裂く。


「ギャッ……!」

セレペンスが海面へ落ちていく。


「助かった」


「気をつけてください!」


ノアは天照を構え直す。


「アースショット!」


地面の代わりに海水を押し退けるように岩が飛び出し、迫ってきたセレペンスを吹き飛ばす。


同時に――

ノアは魔力探知を切らない。


周囲から近づいてくる魔力を探り、海中から不意打ちを狙う個体を先に見つけていく。


「右です!」


「分かった!」

フシが身体をひねる。


その足元へ――


海中から蔓が伸びた。


「ギャッ!」

蔓がセレペンスの身体へ絡みつき、動きを封じる。


フシが踏み込み、短剣を振るう。


確実に一匹ずつ仕留めていく。


ノアが敵の位置を探る。


フシがその動きを止める。


そして、止まった相手を確実に斬る。


二人は互いの死角を補いながら、押し寄せるセレペンスを少しずつ減らしていった。


「……かなり減ってきたんじゃないか?」

息を荒くしながら、フシが周囲を見回す。


海面には、倒したセレペンスの死体がいくつも浮かんでいる。


先ほどまで無数にいたセレペンスも――


残りは三十匹ほどまで減っていた。


「もうすぐで、魔力がなくなりそうです……」


ノアも肩で息をしている。

天照を握る手にも疲労が滲み、呼吸のたびに胸が大きく上下していた。


その時だった。


「────ッハ!」

海上に、荒い呼吸音が響く。


「……?」

ノアが振り向く。


気絶していた男たちが、ようやく目を覚ました。


「やっと起きましたか」

ノアが二人へ声をかける。


「戦えますか?」

男たちは周囲を見回した。


海面に浮かぶ大量のセレペンス。


傷ついたノアとフシ。


そして、自分たちがまだ戦場の真ん中にいることを理解する。

二人は顔を見合わせると、懐から短剣を抜いた。


「ああ」


一人が短剣を握り直す。


「自分の身ぐらい、守って見せる」


「それなら────」

ノアが言いかけた、その時。


バシュッ!


海底から、巨大な影が飛び出した。


大量の海水が巻き上がる。

水飛沫の向こうから――


巨大な身体が、ゆっくりと海面へ姿を現した。


「…………!」

フシの表情が強張る。


短剣を握る手にも、自然と力が入る。


「あれは……」


水龍。


その巨体が海面に浮かび上がっただけで、周囲の波が大きく揺れる。


「ワァァァァ!」

男たちは、その姿を見た瞬間――


手にしていた短剣を落とした。


そして――


バタッ


二人とも、その場で再び気絶した。


「…………」

ノアが無言で二人を見る。

だが、すぐに気持ちを切り替えた。


天照を握り直し、水龍へ向ける。


(複合魔法を使うべきですか?)


頭の中に、複合魔法の構成が浮かぶ。


だが――

ノアはすぐに首を横へ振った。


今の海上には、安定した足場がない。

波に身体を揺さぶられ、狙いを定めることすら難しい。


(今、撃とうとしても……暴発する可能性が…………)


その瞬間――


ボンッ!!


何かが爆発したような音が響いた。


「……!」

ノアが息を呑む。


水龍の傷口から――

突然、炎が噴き出した。


「ギャア”ア”ア”ア”ッ”!!」

水龍が絶叫する。


傷口から噴き出した炎は、まるで生き物のように広がっていく。

鱗を焼き、肉を焦がし、そのまま巨体全体を炎が包み込んでいく。


ゴォォォォ……!


海面にまで炎が広がり、周囲の水が激しく煮え立つ。


「何が起こったですか…………?」

ノアは天照を構えたまま、呆然とその光景を見つめる。


水龍は炎から逃れようと、身体を激しくうねらせる。


やがて――

大量の海水を巻き上げながら、水龍が海中へ潜っていく。


────────


「炎竜」


ティシアがそう呟いた瞬間だった。


全身から炎が噴き上がる。


「……っ!」


皮膚が焼ける。肉が焦げる。

視界が赤く染まり、耐え難い熱が身体中を駆け巡る。


それでも、ティシアは耐えた。


(熱い……!)


歯を食いしばる。


炎はティシア自身の身体を焼きながら、周囲へと広がっていく。


やがて――

ティシアの身体から噴き出した炎が、水龍の体内を一気に駆け巡った。


ボンッ!!ボンッ!!


巨大な身体の各所で、炎が爆ぜる。

肉が焼け、血が沸き立つ。


水龍の体内が、炎に呑み込まれていく。


「ギャア”ア”ア”ア”ッ”!!」

巨大な雄叫びが体内に響き渡る。


水龍の巨体が激しく震え、その衝撃でティシアの身体が押し出された。


ゴボッ!


海水の中へ放り出される。

ティシアは身体を翻し、海上へ向かおうとする。


(体中が痛い……)


焼けた皮膚が、水に触れるたびに痛む。


(それに……水中だと、炎竜が使えない!)

炎を纏おうとしても、海水がそれを阻む。


そのときだった。


「…………」

ティシアの動きが止まる。


目の前で、水龍が身をうねらせていた。

口からは黒い煙が漏れている。


身体のあちこちから血が流れ、焼けた鱗の隙間から赤黒い肉が覗いていた。


それでも――


まだ動いている。


(……あれだけやっても、倒れないのか)


ティシアは決心し、海底へ向かって潜っていく。


水龍を引きつけるために。


その背後から――

巨大な影が迫ってくる。


「……!」


水龍がティシアを追っていた。

口から黒い煙を吐きながら、それでも速度を落とさない。


(来た……!)


ティシアが振り返った瞬間――


水龍が海水を切り裂き、一直線に突っ込んでくる。


「……っ!」

ティシアは身体を捻った。


巨大な顎が、すぐ横を通り過ぎる。



無数の牙が噛み合う。


その直後――


巨大な尾が海底へ叩きつけられた。


ドゴォンッ!!


海底が大きく抉れる。

砂が一気に舞い上がり、周囲の視界が真っ白に染まった。


(まだ来る!)


砂煙の向こうから、巨大な影が迫ってくる。


ティシアは身体強化を使い、一気に加速した。


だが――


水龍はさらに速度を上げる。


ゴォォォッ!


水流そのものがティシアの身体を押し流す。


背後から迫る巨体。


逃げ続ければ、いずれ追いつかれる。


(……もう少しだ)


ティシアは海底へ向かって、さらに深く潜っていく。


その後を、水龍が追う。


そして――


水龍が、ティシアとの距離を一気に詰めた。


(ここまで潜れば、月光は届かない)


(今なら――)


「影狼!」


ティシアの全身から、黒い影が噴き出した。

影が瞬く間に身体を覆い、膨れ上がっていく。


腕が。


脚が。


胴体が。


人の形を捨て、巨大な狼の姿へと変わっていく。


ティシアは腕を大きく振りかぶった。


「終わりだ!」


巨大な狼の鋭い爪が、水龍の頭部を切り裂く。


ザシュッ!


硬い鱗が砕け、その下の肉が裂ける。


爪は止まらない。


さらに深く食い込み――


頭蓋を貫く。


そして、その奥にある脳まで達した。


「ギャアアアアアアッ!!」

水龍の身体が激しく痙攣する。


傷口から大量の紫色の血液が噴き出し、海水を染めていく。


やがて――


巨体から力が抜けた。


水龍はそのまま、ゆっくりと海底へ沈んでいった。


影が、ゆっくりと崩れていく。

黒い影が海水へ溶けるように消えていき――


ティシアの身体も、少しずつ元の姿へ戻っていく。


「ゴボッ……!」

口から大量の血が吐き出される。


赤い血が海水の中へ広がり、ゆっくりと薄まっていく。


「…………」

ティシアは自分の身体を見る。


全身に残った傷は――


再生しない。


(今日は……頑張りすぎたな…………)


指先を動かそうとする。だが、動かない。


身体に力が入らない。意識も、少しずつ薄れていく。


光の届かない深海へ――


ティシアの身体が、ゆっくりと沈んでいく。


そのときだった。


沈んでいく水龍の身体。


その傷口から――

紫色の石が覗いているのが見えた。


ティシアは霞む視界を、その石へ向ける。


(あれは……魔石かな……)


巨大な水龍の身体から現れた、異様な紫色の輝き。


(あの魔石なら……かなりいい武器が作れそうだな…………)


そんな考えだけが、ぼんやりと浮かぶ。


だが――


思考が、途切れる。


「…………」

何を考えていたのか。


分からなくなる。


脳の働きが、少しずつ落ちていく。考えることすら、難しくなっていく。


(……眠い……)


ティシアの意識は――


深い闇の中へ、ゆっくりと沈んでいった。


────────


「……」

ティシアは、ベッドの中で目を覚ました。


見慣れた天井。


身体を動かしてみる。

傷は――すでに完全に治っていた。


だが、全身を焼かれたような感覚だけが残っている。


「ここは……宿の中か」

ティシアはゆっくりと身体を起こす。


その時だった。


部屋の扉が開く。

入ってきたのはノアだった。


目を覚ましているティシアを見た瞬間――


ノアの目が大きく見開かれる。

「ティシア!」


次の瞬間、ノアが駆け寄ってきた。

そのまま、ティシアへ抱きつく。


「一日も眠ってたんですよ~!」


涙声のまま、ティシアの胸に顔を埋める。


「……また、目覚めなくなるかと思ったです」


「……」

ティシアは何も言わず、ノアの頭へ手を置いた。


「多分、炎竜の力を使った時に、心臓と脳が焼かれたんだと思う」


「炎竜……?」

ノアが顔を上げる。


「部屋の中から聞こえていた呻き声は、それですか?」


ティシアは頷いた。

「ああ。炎竜の練習をしてたんだ」


それから、少しだけ周囲を見回す。

「それより……あの後、どうなったの?」


「それはですね――」

ノアが答えようとした、その時だった。


「精霊がお前を蔓で引き上げてくれたんだよ」

部屋の壁に寄りかかるようにして、フシが立っていた。


「ようやく目を覚ましたか」


「フシ……」


ティシアは苦笑する。

「無理しすぎたみたい」


フシは小さくため息をついた。

「引き上げた後は、ゴーレムで船を作って帰った。ギルドには連絡済みだ」


「ノアもフシも、ありがとう」


ノアは顔を上げ、笑顔を見せる。

「いいですよ。私もティシアに助けられましたから」


フシも照れくさそうに頭を掻いた。

「お前があのセレペンスを倒してくれなかったら、俺たちは今頃死んでた」


その言葉に、ティシアは少しだけ黙った。


あの海での戦いを思い出す。


何度も身体を引き裂かれた。


影狼も限界まで使い、最後には炎竜まで使った。


「……本当に、ギリギリだったな」

ティシアは苦笑する。


ノアも胸元で手を握った。

「はい……。あの時は、本当に怖かったです」


フシも壁に寄りかかったまま、海の方へ視線を向ける。

「俺も、もう駄目かと思った」


しばらく、部屋に静かな空気が流れた。

ティシアは優しくノアをベッドから退かせると、立ち上がる。


身体を伸ばし、手足を動かす。


痛みはない。

身体に異常がないことを確認すると、ティシアはフシへ尋ねた。


「そう言えば、あのセレペンスの魔石って取った?」


フシは首を横に振る。

「まだだ。ギルドに言えば、船を出してくれるらしい」


「そうなんだ」


ティシアは剣を腰に掛け、耳飾りと腕輪を身につける。


(結局、服は少し焦げるだけで済んでよかったな)


炎竜を使った時、自分の身体は焼け焦げた。


それなのに、服はほとんど燃えていない。


(炎竜は、普通の炎とは少し違うみたいだ)


身支度を終え、ティシアは二人を見る。


「じゃあ、ギルドに行こう」

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