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76.私の騎士

「どうやって、シルヴァリアに入るの?」

ティシアがフシを見る。


「シルヴァリアにつながる隠し通路がある。その場所を俺は知ってる」

フシは懐から白い水晶を取り出した。

手のひらに収まるほどの水晶が、日の光を受けて淡く輝いている。


「これが隠し通路を開ける鍵だ」


「なるほど」

ティシアが頷く。


フシは水晶を懐へ戻した。

「ただ、俺はエルフの血が入ってるから問題ない。だが、お前らは人間だ」


フシの表情が少し険しくなる。

「シルヴァリアで人間だとバレたら、何をされるか分からない」


「それだと、難しいな……」


「なら、俺の投影晶を貸してやる」

フシが耳の水晶へ触れる。


「これを使えば、見た目だけならエルフに見えるだろう」


「それなら――」

ティシアが少しだけ表情を明るくする。


だが、フシは首を横に振った。

「一番の問題は、お前の気配だ」


「……気配?」


「ああ」

フシはティシアを真っ直ぐ見る。


「お前がエルフに見えても、その気配を感じ取られたら怪しまれる」


「人によっては、見た目なんか関係なく……即座に殺そうとするだろうな」

その言葉に、ティシアの表情が固まった。


脳裏に、あの夜の光景が蘇る。

木の根に身体を拘束された感覚。


眉間へ向けられた矢。


そして――


『そんなおぞましい力を持ってるやつを──』


身体が、わずかに震えた。


「…………」

ティシアは自分の手を握る。


怖くないわけじゃない。


あの言葉が、今も頭から離れない。


それでも――


「……そうだね」

ティシアは顔を上げる。


「頑張るよ」


───────


その後は何事もなく馬車は進み、やがて月が昇った。

車輪が地面の凹凸を踏む音だけが、静かな夜道に響いている。


ただ、その日はノアがずっと口を閉ざしたままだった。

夜の見張りは、フシの希望もあって任せることになった。


ティシアは収納袋から毛布を取り出す。


「ティシアは先に寝ててください」

ノアが立ち上がる。


「え?」


「私は……フシと少し話をしてくるです」


ティシアはノアの顔を見る。その表情から、何かを察した。

それでも問いかけることはせず、微笑む。

「うん……いってらっしゃい」


「……はい」

ノアは馬車から降りた。


外では、フシが焚き火の前に座っていた。

薪が弾ける音が、静かな夜に響いている。


ノアが近づくと、フシが顔を上げた。

「どうかした? ノア……さん」


「ノアでいいです。少しだけ話をしに来ました」

ノアはフシの向かい側に腰を下ろす。


しばらく焚き火を見つめていたが、やがて口を開いた。


「…………デルトは、私を守る聖騎士でした」


炎の向こうで、薪が小さく崩れる。


「ただ……デルトが守っていたのは、私自身ではなく、聖女としての私でした」


フシは何も言わない。


ノアは炎を見つめたまま、淡々と話を続ける。

「稀に、私がやりたいことを聞いてくれることもありました」


「でも……私が危険なことをしようとすると、すぐにやめさせようとしてきました」


ノアの指が、膝の上で小さく動く。


「……それが、ずっと苦しかったです」


「友達を作るのも、外に行くのも……恋人を作るのも」


一度、言葉を切る。


「全部、危険だからと言われて止められました」


ノアは目を伏せる。

「でも……」


その声が、少しだけ揺れた。


「デルトは、私を命に代えてでも守ってくれたです」


焚き火の向こうで、フシが黙ってノアの話を聞いている。


「確か……私が聖女になったばかりの頃ですね」


───────


「フンッ!」

デルトの剣が振り抜かれる。


襲いかかってきた男たちが次々と倒れていく。


「デルト!」

ノアが駆け寄る。


「すみません、聖女様。終戦記念日にお連れしてしまったばかりに……」


デルトの腹部には、一本の矢が突き刺さっていた。


「デルト! 血が出てます。早く治療を!」

ノアが傷口へ手を伸ばす。


だが、デルトはそれを制した。


「……あなたは、いつか多くの人を救う聖女です」

そう言って、デルトはノアの頭を撫でる。


「私のことより、自分の命を優先してください」


───────


「頭を撫でてくれたのは、それが最初で最後でしたね」

ノアは焚き火を見つめながら呟く。


フシは何も言わず、その話を静かに聞いていた。


「だからといって、デルトがいい人だったとは思ってないです」


ノアは少しだけ目を伏せる。

「自分の判断で、たくさんの人を不幸にしましたから」


「脅したり……国から追い出したり」


一度、言葉を切る。


「そして……殺したり」


ノアは大きく息を吐いた。

「私がデルトの話をしたのは、フシの罪の意識を重くするためじゃないです」


「なんとなく……デルトのことを、誰かに知ってほしかったってだけです」


フシはしばらく黙っていた。

やがて、焚き火へ視線を落とす。


「……俺が砂漠でデルトさんを見た時、かなりボロボロだった」


「それほど、ノアのことが大切だったんだと思う」


「そうですか」

ノアは小さく頷いた。


そして、身体を伸ばす。

「話したらスッキリしたです。私は寝るです」


立ち上がり、そのまま馬車へ戻っていく。


乗り込む前に、ノアは一度だけフシを見る。

「話を聞いてくれて、ありがとうです」


「…………どうも」


フシはそれ以上何も言わなかった。


ただ、揺れる炎を静かに見つめていた。


───────


数日後。


ティシアとノアは、誰かに身体を揺さぶられて目を覚ました。


「……ん?」

まだ眠気の残る目を開く。


目の前にいたのは、フシだった。

その手には、二つの腕輪がある。


「投影晶をはめ込んである」

フシは腕輪を二人へ差し出した。


「魔力を注いで念じれば、姿を変えて見せられる」


「本当ですか?」

ノアが興味深そうに腕輪を受け取る。

さっそく腕へ通し、魔力を注いだ。


すると――


頭の上に、白いウサギの耳が現れた。


「本当にできました。すごいですね」

ノアは驚いたように目を輝かせる。


頭の上に現れた耳へ手を伸ばす。


だが――

指は、そのまま耳をすり抜けた。


「あれ?」


「フッ」

フシが小さく笑う。


「あくまでも、そう見せてるだけだよ」


「なるほどです」

ノアは納得したように頷き、もう一度自分の耳へ触れようとする。


ティシアも腕輪を身につけた。

「ありがとう。大切に使うよ」


フシは少しだけ目を逸らす。

「別に……壊れたら、また作ってやる」


ぶっきらぼうな言い方だった。

けれど、ティシアにはそれがフシなりの気遣いなのだと分かった。


三人で話していると、馬車の前方から御者の声が聞こえてきた。

「もうすぐ着くよ」


「もうですか?」

ノアが窓へ駆け寄る。


ティシアとフシも窓の外へ目を向けた。

そこには、人通りの多い街が広がっていた。


道には多くの人が行き交い、商人たちが荷物を運びながら声を張り上げている。

「こっちだ! 荷物を運んでくれ!」


「魚が入ったぞ!」

様々な声が重なり合い、馬車の中まで活気が流れ込んでくる。


ティシアはさらに遠くへ目を向けた。


街の向こうには――

青く澄んだ海が広がっていた。


陽の光を受けた海面が、無数の光を跳ね返している。

その先には、小さな島々が点々と浮かんでいた。


そして――


島々のさらに奥。


ひときわ大きな島が、海の向こうに浮かんでいる。


ティシアは、その島をじっと見つめた。

「……あれが、シルヴァリアか?」


港に着くと、三人は馬車を降りた。


「御者さん、ありがとうございました」

ティシアが頭を下げる。


「どうも。また乗ってくれたら、サービスするよ」

御者が笑いながら手を振る。


その横で、フシが少しだけ声を落とした。

「あの……今回見たことは、秘密にしてくれると助かるんだが……」


御者はフシを見る。

そして、口元に小さな笑みを浮かべた。

「30年この仕事をしてるが、今回は珍しいもんが見れた」


そう言って、肩をすくめる。

「お前さんたちのことは、黙っておくよ」


御者は人差し指を口元へ当てた。

「秘密だ」


フシは御者をしばらく見つめる。

やがて、わずかに目を細めた。

「……助かる」


三人は馬車から離れていく。

背後では、御者が再び馬車へ乗り込む音が聞こえていた。


───────


港を歩き始めてしばらくすると、フシがティシアの肩を叩いた。

「俺はちょっと用事がある。ここで一旦別れよう」


ティシアは頷く。

「わかった。宿、取っておこうか?」


「じゃあ頼む」

そう言うと、フシは小さな精霊を一体呼び出した。


「お前らがこの街にいる限り、こいつがお前らの場所を俺に教えてくれる」


「じゃあ、わざわざ探す必要がないんだね」


「そういうことだ」


フシは二人に手を振る。

「また後で」


「うん。また後で」

ティシアとノアも手を振り返し、フシを見送った。


フシの姿が人混みの向こうへ消える。


「ティシア、何か食べませんか?」

ノアが元気な声を上げる。


ティシアは空を見上げた。

太陽はすでに頭上まで昇っている。


強い日差しが港町の屋根や石畳を照らし、海から吹く風が二人の髪を揺らした。


「そうだね。昼食でも食べよう」

二人は食べられそうな店を探しながら、街の中を歩いていく。


潮の匂いが鼻を刺激する。

市場には少ないながらも獲れたばかりの魚や海藻が並び、魚を捌く音や店員たちの呼び声が飛び交っていた。

焼かれた魚の香ばしい匂いが、風に乗って漂ってくる。



「せっかく海が近いなら、魚料理が食べたいね」


その言葉に反応するように、ティシアのお腹が鳴る。


「ふふっ」

ノアが笑いながら、通りの先を指差す。


「あそこなら食べられそうですよ」


ティシアもそちらを見る。

「いいね。行こう」


二人はその店へ向かって歩き出した。


店内には、焼き魚の香ばしい匂いが広がっていた。

炭火の上では魚が焼かれ、脂が落ちるたびに、じゅうじゅうと音を立てている。


「お二人さん、注文は?」

店主が魚を切り分けながら声をかけてくる。


二人は壁に掛けられた料理の一覧を眺める。

「僕は魚介のスープで」


「私は魚の煮込みで!」


「はいよ」

店主は注文を受けると、すぐに調理へ戻っていった。


二人は壁に掛けられた料理の値段へ目を向ける。

そこには――


『銀貨二枚』


と書かれていた。


しかし、その文字には二重線が引かれている。

その下には、新しい値段が書き足されていた。


『銀貨五枚』


「……?」

二人が顔を見合わせていると、店主が魚介のスープを運んできた。


「お待ち――」

店主は二人の視線に気づく。


そして、壁の値段へ目を向けた。

「ああ、値段が気になるかい? 高いもんね」


「あ、はい。何かあったのかなって」


店主は腕を組み、少し困ったような顔をする。

「大体……三か月前からだな。ここら辺にセレペンスが出るようになったんだ」


「セレペンス?」


「ああ。蛇みたいな見た目のやつでな。体長は一メートル六十くらいある」


「そんな魔物が……」

ノアが驚いたように呟く。


店主はため息を吐いた。

「エルフたちは投影晶ってやつで大丈夫らしいが、俺たちは漁に出にくくなっちまった」


店主は焼き魚の並ぶ炭火へ目を向ける。

「魚が少なくなりゃ、当然値段も上がるってわけだ」


「騎士団は来ないんですか?」


「エルフとの貿易には何も支障がないからな」


店主は肩をすくめる。

「それに……第二王子のことで国内が忙しいらしい」


「…………」


「こっちまで手が回らないんだろうよ」


ティシアはフードを深く被る。

「……大変ですね」


「そうだな。魚の煮込み、持ってくる」

店主はそう言って、店の奥へ向かっていった。


店主の姿が見えなくなると、二人は声を落として話す。

「三か月前って……サーナトスの封印が解けた時だよね」


「そうですね」


ティシアは少し考える。

「じゃあ、できるなら解決したい。仕方がなかったとはいえ、それでみんなに迷惑がかかってるし」


ノアは小さく頷いた。

「わかったです。せっかくなら、冒険者ギルドで依頼を受けましょう」


「わかった」

二人は頷き合う。


その時、店主が料理を運んできた。


「お待ちどうさん」

二人の前に、魚介のスープと魚の煮込みが置かれる。


「……いただきます」

ティシアはスープへ視線を落とした。


二人は食べながらも、戦いの準備をしていった。

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