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72.目覚め

ゴーレムの身体が、バラバラに砕け散る。

大量の瓦礫と木の根が、地面へ落ちていく。


「…………。」

ノアは天照を握ったまま、ふらつく。


口元から血が流れる。


「……っ。」


そのまま、力なく倒れた。


グルムも、もう限界だった。

ヴァレンとの戦闘で体力をほとんど使い果たしている。


「……これで、終わりか……。」

グルムは荒い息を吐きながら、ティシアへ振り返る。


ティシアのすぐそばで、一本のナイフが宙に浮いていた。


「……!」


グルムの表情が変わる。

(まだ、いやがる……!)


「やめろ!」


ナイフがティシアへ向かって振り下ろされる。


その瞬間――。


「…………。」


ティシアの目が開いた。


カキンッ!


振り下ろされたナイフを、ティシアは反射的に掴んでへし折る。


「なっ……!」

グルムが目を見開く。


ティシアはそのまま、何もない空間へ手を伸ばした。


「…………。」


何かを掴む。


そして――。


ボキッ


骨が折れる音が聖堂に響いた。


見えない何者かの腕から、血がしたたり落ちる。


ティシアはゆっくりと起き上がった。

「……動ける。」


自分の体を確認しながら、グルムの横まで歩いていく。


「反射的に折りましたが……良かったですか? おじさん。」


「…………ああ。」

グルムは短く答える。


その直後――。


バリンッ!


聖堂の窓が割れた。


何かが外へ飛び出し、そのまま逃げていく。


グルムは追おうとしたが、すぐに足を止める。


周囲を見渡す。


倒れているノア。


気絶したガルベス。


そして、砕け散ったゴーレム。


「…………。」

グルムは拳を握る。


「まずは……みんなの治療だな。」


────────


ベッドの上で、ノアがゆっくりと目を覚ます。


「…………。」


ぼんやりと天井を見つめる。


まだ身体に力が入らない。


ノアはゆっくりと横を向く。


そこには――。


ティシアが椅子に座っていた。

背もたれに身体を預け、ウトウトと眠そうにしている。


「…………ティシア。」


ノアが小さく呟いた。


ティシアがその声に気づく。

「ノア、起きたんだ。」


ティシアはあくびをしながら、大きく背伸びをする。

「三日も寝てたんだよ。」


「みんなは……どうなりましたか?」


その言葉に、ティシアは目を逸らした。

「グルムやガルベスさんは無事。」


「だけど……。」


少しだけ間を置く。


「デルトさん……それに、王宮の何人かは……助からなかった。」


「…………。」

ノアは何も言えなかった。


「……ノア。」

ティシアは手を組む。


「助けてくれて、ありがとう。」


「そして……ごめん。迷惑かけて。」


「ほんとです。」

ノアは少しだけ頬を膨らませる。


「心配したです。」


ティシアが苦笑する。

「……うん。」


ノアはティシアを見つめる。


そして、ゆっくりと笑った。

「でも……。」


「ここにいてくれて、嬉しいです。」


ノアはゆっくりと身体を起こす。

「デルトの遺体は……どうなってるですか?」


ティシアは少し黙ってから答える。


「アルカディアの騎士たちが引き取ったよ。」


「たぶん、何日かしたら……僕たちを捕まえに来ると思う。」


「それじゃ……ここにはいられないですね。」


「うん。」

ティシアは頷く。


「ノアの体調が回復したら、ここを出る予定。」


「もともと、そのつもりだったしね。」


ティシアは椅子から立ち上がる。

「おじさんやガルベスさんに伝えに行こう。」


「心配してるから。」


ティシアがノアの目覚めを二人に伝えると、予定より少し早めに食事をすることになった。


────────


ガルベスが二人を見る。

「さあ、今日はお腹いっぱいになるまで食べてください。」


グルムは左手でフォークを持ち、食事を口へ運ぶ。

「お前さんら、身体は大丈夫なのか?」


「僕は問題ありません。」

ティシアは答える。


「影狼の力も使ってみたし、自分の身体を軽く切ってみたけど、力も体調も問題なかったです。」


ノアがティシアを睨む。

「……自分の身体は大事にしてください。」


「はい……。」

ティシアは少しだけ視線を逸らす。


ノアはグルムへ視線を戻す。

「私も大丈夫みたいです。」


「たぶん、身体そのものは傷つかなかったので……これで済んだんだと思うです。」


ノアは少しだけ表情を曇らせる。

「もし、もっと無茶をしていたら……後遺症が残っていたかもしれないです。」


「まあ、大丈夫ならいい。」

グルムはそう言って、自分の右手を見る。


ヴァレンに深く斬られた傷。


今も、右手には麻痺が残っている。

「わしは……何とかなるだろ。」


「それより――。」

グルムは二人を見る。


「もう少ししたら、ここを出るんだろ?」


「はい。」

ティシアは頷く。


「ノアの調子がよくなったら、出ようと思います。」


ガルベスが食べる手を止める。

「どこへ行く予定ですか?」


ティシアは腕を組み、少し考える。

「ここから東のシルヴァリアに行こうと思ってます。」


「シルヴァリアか……。」

グルムが眉を寄せる。


「エルフの孤島じゃねぇか。」


「あそこは鎖国してるから、行けるか分かんねぇぞ。」


「近くの港まで行こうと思ってます。」

ティシアは笑う。


「行けなかったら……その時考えます。」


その後は、久しぶりの食事を楽しむことができた。


────────


時間はすぐに過ぎ、気づけば夜になっていた。

ティシアはベッドへ入り、横になる。


しばらくすると、ノアも部屋へ入ってきた。

そして、ティシアの隣へ入る。


「……もう少し、話さないですか?」


「いいよ。」


二人は並んで横になる。


静かな夜だった。


「私、魔術を掛け合わせることに成功したです。」


ティシアが驚いたようにノアを見る。

「複合魔法って、かなり昔から研究されてるんじゃなかったっけ?」


「そうですね。」

ノアは頷く。


「でも、私が今回成功させたのは……少し違うです。」


「じゃあ、すごいことだね。」


ティシアは興味深そうにノアを見る。

「どんな魔法?」


「簡単に言えば――光に質量を与える魔法です。」


「質量?」


「はい。」


ノアは天井を見ながら説明する。

「大地魔法って、元々は物質……つまり、質量を作る魔法なんです。」


「それが簡略化されて、土や岩を生み出す魔法として使われているだけです。」


「だから、大地魔法の力を光魔法に組み合わせれば……。」


「光そのものに、質量を持たせられる?」


「はいです。」


「でも……威力が強い分、私の負担も大きかったです。」


ノアは自分の手を見る。

「魔力も全部使いましたし。」


「必殺技ってやつですね。」


ティシアは少し笑う。

「……うん。」


しかし、その表情がすぐに消える。

「僕も……サーナトスに会ったんだ。」


「…………。」


ノアはティシアを見る。

「サーナトスに……ですか?」


ティシアは少し黙ってから、サーナトスから聞いたことを話した。

「死力に……不死身の代償……。」


「他にも神力やサーナトスのことも聞いたけど……。」


ティシアは天井を見つめる。

「まだ、ちゃんと整理できてないんだ。」


「整理がついてから話すよ。」


「……今は、大丈夫なんですか?」


「うん。」

ティシアは頷く。


「自分はここにいるんだって認識すれば、今のところは大丈夫。」


「ここにいる……?」


「うん。」


ティシアは自分の胸へ手を当てる。

「ちゃんと自分がここにいるって分かってれば、サーナトスのことに引っ張られずに済むんだ。」


「……私を置いて行かないでくださいね。」


「約束する。」


────────


ティシアが目を覚ます。


「…………?」

右耳に、妙な違和感があった。


ティシアは身体を起こし、耳へ手を伸ばす。

何か硬いものがついている。


「これ……?」

指先で触れてみる。


そのとき――。


「ティシア、起きたですか。」

前を見ると、ノアもすでに起きていた。


ノアは少し落ち着かない様子で指先をいじりながら、ティシアを見る。

「アレキサンドライトの耳飾りです。」


「……どうですか?」


ティシアは鏡を見る。

右耳には、淡い色彩を帯びたアレキサンドライトの耳飾りが揺れていた。


「とても綺麗だ。」


ティシアは耳飾りに触れる。

「大切にするよ。」


ノアは嬉しそうに微笑む。


そして、自分の左耳を見せるように髪をかき上げる。

長い髪がさらりと揺れた。


「これ、対になっている耳飾りだったので私もつけたです。」


「これで、お揃いですね。」


ティシアはノアの耳飾りを見る。


それから、自分の耳飾りへ触れる。

「……うん。」


ティシアは少しだけ笑った。

「お揃いだね。」


「それじゃあ、行くですか。」


「もう?」

ティシアが少し驚く。


ノアはティシアに近づき、腕をブンブンと回す。

「私は絶好調です!」


「……本当に?」


「はいです!」

ノアは元気よく頷く。


「なら、良かった。」

ティシアも立ち上がった。


────────


二人は王宮の出口へ向かった。

旅立つことを伝えると、グルムとガルベスが見送ってくれることになった。


「まだ、ここにいてもいいんですよ。」

ガルベスが優しい目で二人を見る。


「分かっています。」

ティシアは頷く。


「でも、こうしている間にも、サーナトスの影響が出ているかもしれないので。」


「少しでも早く、解決したいんです」


グルムはティシアの肩を叩く。

「蛇牙傭兵団やサーナトスについて、何か分かったら手紙を送ろう。」


「お前さんたちも、定期的に冒険者ギルドへ来てくれ。」


「分かりました。」

ティシアは頷いた。


「皆さん、ありがとうございました。」

ノアとティシアが揃って頭を下げる。


「食事、とっても美味しかったです。」

ノアが顔を上げる。


「それに、王宮の皆さん、とても優しかったです。」


ガルベスが嬉しそうに笑う。

「では、皆には喜んでいたと伝えておきます。」


ノアも笑顔で頷いた。


グルムが外を見る。


「そろそろ行かねえと、馬車に間に合わないんじゃないか?」


「そうですね。」


ティシアとノアは頷く。


二人はもう一度、グルムとガルベスを見る。

「それじゃあ……。」


ティシアが小さく笑う。

「行ってきます。」

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