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71.フォス・ヴァロス

「わしは二度と――!」


グルムがヴァレンへ向かって走る。


「家族を失うわけにはいかん!」


ヴァレンは素早く剣を振る。


ザシュッ!


刃がグルムの腕を斬り裂く。

傷口から白い骨が覗く。


それでも――。

グルムは止まらない。


「ウォォォォッ!」


大きく拳を振りかぶる。


「そんなもの、当たるわけが――」


グルムが強く踏み込んだ。


バキッ!


地面が大きく割れる。


「……!」


衝撃でヴァレンの身体が揺らぐ。

「しま――」


ドゴォンッ!


グルムの拳が、ヴァレンの腹部へ突き刺さった。


「――ぐっ!」


ヴァレンの身体が地面へ叩きつけられる。

そのまま勢いは止まらず、床を跳ね、壁へぶつかる。


さらに跳ね返り、まるでピンボールのように廊下を転がっていく。


「…………。」

ヴァレンはゆっくりと身体を起こす。


「……凄まじい威力ですね。」

口元から血が流れる。


ヴァレンは手の甲で血を拭った。

(何とか防御はしましたが……。)


腹部に手を当てる。

(あれをまともに喰らえば……。)


額から汗が流れ落ちる。


────────


聖堂。


ガルベスは膝をついていた。


「王を殺せば、責任が取れなくなる。」


デルトは剣を構えたまま、ガルベスを見下ろす。


「そのまま眠ってください。」


「…………。」

ガルベスの身体から力が抜ける。


そのまま、意識を失った。


デルトはノアへ近づく。ガルベスとの戦いで全身から血を流していた。

「聖女様、来てください。」


ノアはゆっくりと後ずさる。


「アルカディアには、あなたが必要です。」


「…………。」

ノアは首を横に振る。


「デルト……お願いです。」


「見逃してください。」


デルトは答えず、ノアへ歩み寄る。

「…………。」


ノアは震える手で天照を握る。

「デルトは……何のために聖騎士になったですか?」


その言葉に――。

デルトの足が止まった。


「それは……。」


デルトは拳を握る。

「聖女様を守るために。」


ノアはデルトを見つめる。

「でも……。」


「どれだけ守ってても、本人が幸せじゃなきゃ……意味がないです。」


デルトは黙った。

「…………。」


しばらくして、デルトが口を開く。

「……あなたは、幸せですか。」


ノアの目に涙が浮かぶ。

「ティシアとは……最近、喧嘩しました。」


「置いて行かれそうになったり、文句を言いたいこともたくさんあるです。」


ノアは涙を拭う。

「でも――。」


「一緒に旅をして、同じものを食べて、同じ仲間として話す。」


「聖女だった頃には、考えられなかった幸せが……たくさんあるです。」


デルトは黙ったまま、ティシアを見る。


そして、静かに口を開いた。

「……良い友人ができたのですね。」


ノアが目を見開く。

「…………。」


その瞬間――。


ピシュッ!


何もない空間から、一本の矢が飛び出した。


矢は真っ直ぐに――。


ティシアへ向かって飛んでいく。


「ティシア!」

ノアは咄嗟に天照を構え、魔法を使おうとする。


しかし――。

「……っ!」


魔力が上手く集まらない。


ズブッ!


鈍い音が聖堂に響いた。


「…………。」


矢がティシアへ届くことはなかった。


「デルト!」

デルトがティシアの前に立っていた。


矢はデルトの鎧を貫き、背中へ深く突き刺さっている。


「……ぐっ。」


デルトは膝をつきそうになる。

それでも、倒れなかった。


ノアはデルトへ駆け寄る。


「デルト、大丈夫ですか!」


デルトは吐血しながらも、かすかに笑う。

「私は……大丈夫です。」


しかし、傷は深い。


血は止まらず、鎧の隙間から流れ落ちていく。

「申し訳ありません。」


「あなたを……以前の聖女様と同じだと、勝手に思ってしまった。」


「デルト!」


ノアが天照を向ける。

「治すから、喋らないで。」


それでもデルトは、ゆっくりと口を開く。

「……あの方は、人の役に立つことが……とても好きな方でした。」


「幼い頃、病にかかった母を癒してくれた。」


「あの方を見て……私は、この人を守りたいと思うようになった。」


デルトは苦しそうに息を吐く。

「しかし……聖騎士になる前に、あの方は亡くなってしまった。」


「…………。」


ノアは黙って傷を治療する。


「だから……。」

デルトはノアを見る。


「今度こそ、あなたを何があっても守ると……誓ったんです。」


デルトの目から光が消える。

「…………。」


その身体が、力なく倒れた。

「デルト!」


ノアは咄嗟にデルトの身体を支える。

そして、ゆっくりと床へ寝かせる。


「…………。」


ノアは立ち上がる。

天照を強く握りしめた。


そして――。

ティシアの少し横へ、天照を向ける。


「アースショット。」


ドゴッ!


放たれた岩が、何もない空間へ飛んでいく。


「ガァッ!」


何もなかったはずの場所から、苦痛の声が響いた。


「出てきてください。」


ノアは天照を構えたまま、周囲を見回す。

しかし、姿は見えない。


「…………。」


コロン。


何かが床へ落ちた。


ノアがそちらへ視線を向ける。


だが、その正体を確認するより早く――。


「……!」


地面から木の根が伸びる。

何かを中心に、無数の根が集まっていく。


周囲の瓦礫を巻き込み、椅子を巻き込み、次々とその身体へ取り込んでいく。


やがて――。


巨大な腕。


巨大な胴体。


巨大な頭。


瓦礫と木の根が組み合わさり、一体の巨人へと姿を変えていった。


「……ゴーレム。」


ゴーレムは、ティシアへ向かって歩き出す。


────────


ヴァレンは剣を鞘へ収める。

「もう帰ります。」


「これ以上戦えば、今後の予定に響く。」


グルムは無言でヴァレンを睨みつける。


ヴァレンはその視線を気にする様子もなく、背を向けた。

「それと――。」


ヴァレンが足を止める。

「どうやら、第三者がここにいるみたいですよ。」


「早く聖堂へ行ったほうがいいでしょう。」

そう言い残し、ヴァレンはその場を去っていった。


「…………。」

グルムはすぐに聖堂へ向かって走り出す。


廊下を駆け抜け、聖堂へ辿り着く。


扉は破壊されていた。

「……!」


グルムは中を覗く。


そこには、巨大なゴーレムがいた。

ゴーレムはティシアとノアへ向かって歩み寄っている。


「させるか!」


グルムは咄嗟に駆け出す。


そして――。

ゴーレムの足へ拳を叩き込んだ。


ドゴンッ!


ゴーレムは大きく姿勢を崩し、その場に倒れ込む。


しかし――。


「……!」


傷ついた足が、みるみるうちに元の形へ戻っていく。


グルムは拳を構え直す。

「再生するのか……。」


ゴーレムはすぐには立ち上がらなかった。


ゆっくりと首を動かす。


まず、グルムを見る。


次に、ノアを見る。


そして――。


聖卓の上に横たわるティシアへ視線を向けた。


「…………。」

ゴーレムは何も言わない。


ただ、ティシアへ向かっていた身体を再び起こす。


「……。」

グルムの表情が険しくなる。


(こいつ……。)


さっきまでなら、ただ目の前の相手へ襲いかかっているだけだと思っていた。


だが違う。


こいつは俺が何をしたのか理解している。


俺が邪魔をしたから、倒された。


それでも再生できると確認した。


そして今――。

再びティシアを狙っている。


「こいつ……考えてやがる。」


ノアが天照を構える。

「グルムさん、あのゴーレムを抑えててください。」


「私が核を破壊します。」


「ああ。」


グルムはゴーレムを見る。

「でも、アースショットだと取り込まれて終わりかもしれんぞ。」


「分かってます。」


ノアは天照を握り直す。

「だから……魔法を混ぜます。」


「…………。」


グルムには意味が分からなかった。


だが――。

「まあ、お前さんを信じる。」


グルムは拳を握りしめ、ゴーレムへ駆け出す。


「おおおっ!」


ゴーレムの胸へ拳を叩き込む。


ドンッ!


「…………!」


拳が胸部へめり込む。


しかし――。


へこんだ部分は、すぐに元へ戻っていく。


「チッ……。」


グルムは拳を引く。


(わし自身、ヴァレンとの戦いで力が落ちている。)


(だが……。)


グルムはゴーレムを見上げる。

(それを差し引いても、想像以上に硬い。)


ゴーレムはグルムを気にすることなく、再びティシアへ向かって歩き出す。

(反撃してこないのか……?)


グルムは一瞬、ゴーレムの動きを見つめる。

(だったら――。)


グルムは一気に距離を詰め、ゴーレムの首を両手で掴んだ。


「止まれ!」

指を木の根の隙間へねじ込む。


メリッ……!


木の根が軋む。

グルムは歯を食いしばり、腕へ力を込める。


「ぬおおおおっ!」


ミシミシと音を立てながら、ゴーレムの首が引き裂かれていく。


しかし――。


ゴーレムは右手を振り上げ、グルムを力任せにはたき飛ばした。


「ぐっ!」


グルムの身体が壁へ叩きつけられる。

「……あの仮面に比べたら、屁でもねぇ。」


グルムは瓦礫を押しのけ、立ち上がる。


「グルムさん!」

ノアが叫ぶ。


「退いてください!」


「ああ!」

グルムはノアの後ろまで下がる。


ノアは天照を構え、ゴーレムの頭部へ向ける。

「魔力が一番強い……。」


ノアはゴーレムの頭部を見つめる。

「あそこが、きっと核です。」


(フォス・スフィアは速さがあっても、質量がない。)


(だから、普通の攻撃には使えなかった。)


ノアは天照を握りしめる。

(でも――。)


(質量を乗せることができたら。)


ノアの周囲に魔法陣が浮かび上がる。


中央に光魔法。


その周囲を囲むように、三つの大地魔法が三角形を描いて展開される。


大地の魔力が三方向から光へ集まり、フォス・スフィアへと流れ込んでいく。


「これなら……!」


ノアはゴーレムを見据える。

「壊せるです!」


ノアは天照をゴーレムへ向ける。


「複合魔法――フォス・ヴァロス。」


魔法陣から、一つの光球が放たれる。


ただのフォス・スフィアではない。

光球には、大地の魔力が凝縮されていた。


ズドンッ!


光球が風を切りながら、ゴーレムへ向かって飛んでいく。

ゴーレムがそれに気づく。


「…………!」


しかし――。


避けることができない。


ドォォォォン!


光球がゴーレムの頭部へ直撃する。


凄まじい衝撃が聖堂を揺らす。

さらにその衝撃は王宮全体へと伝わり――。


「……!」


王宮全体が、大きく揺れた。

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