69.努力の成果
ノアはドタドタと足音を鳴らしながら、グルムのいる部屋へ駆け込んだ。
「グルムさん!」
バンッ!
扉を破壊する勢いで開ける。
中にはグルムとガルベスが座っていた。
「慌て過ぎだ。落ち着け。」
ノアは息を切らしながら、手に持っていた紙を突き出す。
「これ通りに力を制御すれば、三つの力が均等に黒い炎を抑えて……。」
ノアは大きく息を吸う。
「とにかく!」
「ティシアを助けることができるです!」
グルムは勢いよく椅子から立ち上がる。
「本当か!」
「はいです!」
ガルベスも椅子からゆっくりと立ち上がる。
「二人とも、落ち着いてください。」
そして、ノアを見る。
「まずは落ち着いて説明してください。」
ノアは手を広げ、深呼吸する。
「えっと───。」
ノアは二人に、考えた方法を説明していく。
グルムは紙に書かれた計算を眺め、額に手を当てる。
「…………すまん。」
「頭が痛くなってきた。」
「すみませんです……。」
ノアが少し申し訳なさそうにする。
一方、ガルベスは何とか理解しようと、紙へ目を落とす。
「……大体は分かりました。」
「ですが、本当に大丈夫なのですか?」
ガルベスは顔を上げる。
「これほど大きな力を制御するとなると……ノアさんにも相当な負荷がかかると思われますが。」
ノアは拳を握る。
「それでも……。」
ティシアの姿を思い浮かべる。
「ティシアを助けるためなら、やってみせるです。」
グルムはノアの肩を軽く叩く。
「じゃあ、今日はしっかり休まないとな。」
ノアは首元の首飾りを握り、微笑む。
「はいです。」
────────
デルトは数人の騎士を連れ、王宮へ向かっていた。
白銀に輝く鎧は、砂や血で汚れている。
「デルト様。もうすぐ王宮に着きます。」
「………ああ。」
デルトは重い身体を引きずるように、何とか足を前へ出す。
長旅と戦闘で、身体は限界に近かった。
それでも、王宮に歩みを進める。
街へ入ろうとした、その瞬間――。
ヒュッ。
どこからか、一本の矢が飛んできた。
ヒュッ――。
矢はデルトたちの足元をかすめ、そのまま地面の砂へ突き刺さった。
「…………?」
デルトは剣を抜く。
「誰だ。」
周囲を見回す。
しかし、姿は見当たらない。
デルトは警戒しながら、砂に埋もれた矢へ近づく。
よく見ると、矢には一枚の手紙が結びつけられていた。
「……手紙?」
デルトはゆっくりと手紙を取り外す。
そして、騎士たちへ振り返った。
「王宮には我だけで向かう。」
「今日は休め。」
騎士たちは戸惑いながら顔を見合わせる。
「しかし、デルト様……。」
「命令だ。」
デルトは手紙を握りしめる。
「…………。」
────────
翌朝。
ノアは着替えを済ませ、髪を整える。
そして、アレキサンドライトの耳飾りを手に取った。
「…………。」
少しだけ眺めてから、それを持って部屋を出る。
向かう先は、聖堂。
廊下には、いつもとは違って多くの兵士が配置されていた。
(……侵入者のせいですね。)
ノアは足を止めることなく、聖堂へ向かう。
聖堂の前では、グルムとガルベスが待っていた。
グルムがノアを見る。
「準備はできたか?」
ノアは頷く。
「はい。」
三人は聖堂へ入る。
聖卓の上には、ティシアが仰向けに寝かされていた。
身体に腐敗の兆候はない。
ノアはゆっくりとティシアへ手を伸ばす。
指先が触れた瞬間――。
「…………。」
冷たい。
まるで、すでに死んでしまった人間のような冷たさだった。
「始めるです。」
グルムとガルベスが頷く。
二人が準備を整えたのを確認し、ノアは目を閉じる。
そして――。
ティシアの奥深くへ、魔力を伸ばしていく。
ノアの手に刻まれた魔法陣が淡く光る。
(制御するには……もっと深くに。)
魔力をさらに奥へ。
身体の奥。
精神の奥。
そのさらに深くへ。
(……ここ。)
ノアの意識が、ティシアの奥深くへ沈んでいく。
────────
ティシアの精神の中は、暗闇に包まれていた。
光もない。
音もない。
何も感じない世界。
(ここが……ティシアの中。)
ノアは周囲を見渡す。
暗闇の中で、四つの大きな力が蠢いていた。
そのうちの二つが、激しくぶつかり合っている。
(まずは……黒い炎を不死身の呪いから引き離す。)
ノアは魔力を伸ばし、黒い炎へ触れる。
その瞬間――。
「──ッ!」
精神そのものが焼かれるような激痛が走った。
(熱い……!)
それでも、ノアは魔力を切らない。
歯を食いしばり、黒い炎を少しずつ動かしていく。
(まだ……。)
(もっと離すです……!)
焼けるような痛みに耐えながら、ノアは黒い炎を不死身の呪いから引き離した。
(炎竜の力を……ここに。)
ノアは魔力を伸ばし、炎竜の力を動かす。
(次に、影狼の力は……ここ。)
さらに、影狼の力を動かす。
(最後に……不死身の呪いを、ここに。)
最後の力を動かす。
そして――。
黒い炎を中心に、三つの力が三方向に並んだ。
まるで、黒い炎を囲むように。
(…………。)
ノアは配置を確認する。
(ここからが……本番です。)
(これだけだと、すぐに崩壊する。)
(だから……全ての力をつなげる。)
ノアは三つの力へ魔力を伸ばす。
すると、それぞれの力から太い管のようなものが二本ずつ伸びていく。
「…………。」
伸びた管は、隣にある力へ向かっていく。
やがて――。
ドクン。
管同士がつながった。
三つの力が、一本の力の流れで結ばれる。
黒い炎を中心に、三つの力が頂点となり、その間を結ぶ力の流れが三角形を形作った。
(これで……三つの力が互いにつながった。)
ノアは息を整える。
(あとは……黒い炎とつなげ──。)
その瞬間。
「………………!」
大量の記憶が、頭の中へ一気に流れ込んできた。
ティシアの記憶。
影狼の記憶。
炎竜の記憶。
そして――サーナトスの記憶。
「────ッ!」
笑い声。
叫び声。
炎。
血。
誰かの声。
見たことのない景色。
それらが区別なく押し寄せてくる。
ティシアが見たものなのか。
影狼が見たものなのか。
炎竜が見たものなのか。
それとも、サーナトスが見たものなのか。
もう分からない。
視界が砂嵐のように乱れる。
(………………。)
ノアの意識が、記憶の濁流に飲み込まれていく。
そして――。
ノアは無意識のまま、黒い炎へ魔力を伸ばした。
三つの力と黒い炎が、一本の力の流れでつながる。
「──ッ!」
瞬間。
精神が焼かれた。
────────
聖堂では、グルムとガルベスがノアの様子を見守っていた。
すると――。
「…………。」
グルムが顔を上げる。
「外が騒がしい。」
ガルベスが聖堂の扉へ目を向けた、その瞬間。
バンッ!
兵士が勢いよく扉を開けた。
「王よ!」
「アルカディアからの騎士が、王宮へ侵入してきました!」
ガルベスは眉を寄せる。
「何……?」
グルムがゆっくりと立ち上がる。
「わしが見てくる。」
そして、ティシアとノアを見る。
「何かあった時は……あいつらを頼む。」
「分かりました。」
グルムは聖堂を出ていった。
────────
王宮内。
デルトは剣を握り、聖堂へ向かって歩いていた。
東の窓から差し込む朝日が、廊下を照らしている。
その前に――。
「待て。」
グルムが立ちはだかった。
「お前さん、アルカディアの聖騎士だろ。」
「こんなことをすれば、国同士の問題になるぞ。」
デルトは懐から一枚の手紙を取り出す。
「ここに、指名手配されているティシア・バシレウスと、聖女様がいるという情報があった。」
グルムは手紙を見る。
「…………。」
「もし、何もなかったら……どう責任を取るつもりだ。」
デルトはグルムを見据える。
「国境で妨害を受けた。」
「そのため、ヴォルガルドが二人を匿っているのではないかと考えた。」
「それに……これは俺の独断だ。」
デルトは手紙を握る。
「なるべく、国同士の問題にならないように対策している。」
グルムは目を細める。
「……イーロスはどうなった。」
「対処した。」
デルトは淡々と答える。
「……強かったな。」
「こちらの騎士が、ほとんどやられた。」
グルムの声が低くなる。
「お前さん……覚悟はできてるんだな。」
「ああ。」
デルトは剣の柄を強く握る。
「この命に代えても、聖女様を救うつもりだ。」
「…………。」
グルムはしばらくデルトを見つめる。
そして――。
壁際の扉に手を突っ込んだ。
「フンッ!」
バキィッ!
扉ごと壁から引き抜く。
「なっ――!」
グルムは引き抜いた扉を、そのままデルトへ投げつけた。
轟音を響かせながら、巨大な扉が迫る。
デルトは剣を構え、真正面から受け止めた。
「――ッ!」
扉が剣に激突する。
凄まじい衝撃に地面がわずかに沈み、デルトの足が後ろへと滑る。
それでも、デルトは剣を下ろさなかった。
「さすがだな。」
デルトは扉を弾き返し、剣を握り直す。
「ヴォルガルドの中では、あなた以上の強さを誇る者はいないだろう。」
グルムが拳を構える。
「だが――。」
バリンッ!
突然、近くの窓が砕け散った。
「……!」
何者かが窓から飛び込んでくる。
デルトはグルムから視線を逸らさない。
「あなたの相手は、俺じゃない。」
その瞬間――。
キィンッ!
侵入してきた男の剣が、グルムの首へ迫る。
「チッ!」
グルムは咄嗟に背中を大きく反らし、刃をかわした。
デルトは、窓から侵入してきた男を睨む。
「遅いぞ。」
男は肩をすくめる。
そして――。
眼鏡を外した。
「おやおや。」
男は懐から仮面を取り出し、顔へとつける。
「ヒーローは、遅れてやってくるものですよ。」
仮面の奥から、笑みを浮かべる。
「……ヴァレン。」
デルトが呟く。
「名前を呼ぶのは、やめていただきたい。」
ヴァレンは仮面の位置を整える。
「今回は非公式で来てるのですから。」
そう言って、仮面の奥で笑う。
仮面をつけたヴァレンは、ゆっくりとグルムへ剣を向けた。




