68.積み重なる紙
ノアは図書館で、黒い炎だけを抑える方法を考えていた。
(外から抑えると、ティシアが持つ全ての力を抑えてしまう。)
(それじゃあ、意味がないです。)
ノアは机の上に置かれた資料へ目を落とす。
(だったら……。)
(外から全部を抑えるんじゃなくて、黒い炎そのものに干渉すれば……。)
ノアは顔を上げる。
(内側からなら……?)
ノアはしばらく考え込んだ。
(試してみる価値は、あるです。)
ノアは椅子から立ち上がり、聖堂へ向かった。
────────
聖堂の前まで来ると、何人かの兵士が集まっていた。
ガルベスがノアに気づく。
「ご無事でしたか。」
「何かあったんですか?」
「はい。どうやら、何者かが王宮に侵入したようです。すでに逃げられましたが。」
その後ろから、グルムが近づいてくる。
「恐らく、姿を消す魔法を使ってた。」
「ドワーフには不利な相手だ。」
グルムがノアを見る。
「お前さんは、何しに来たんだ?」
「えっと……。」
ノアは聖堂の中を見る。
「ティシアを少し見たいんです。」
「黒い炎を抑えるカギになるかもしれないって、思ったです。」
グルムは腕を組み、少し考える。
「聖堂は俺が見張っといてやる。」
「行ってこい。」
「ありがとうございます。」
ノアは聖堂の中へ入る。
静かな聖堂の中を進み、聖卓に横たわるティシアへ近づく。
そして、そっと手を添えた。
「…………。」
(ティシアの力を感じるです。)
身体の中ではない。
もっと深い場所。
精神の奥底で、四つの大きな力が蠢いている。
ノアは、その一つ一つを感じ取ろうとする。
(……四つ。)
そのうちの二つが、激しくぶつかり合っている。
押し合い、弾き合いながら、互いを打ち消そうとしている。
(これが……不死身の呪いと、黒い炎。)
ノアは慎重に、自身の魔力を流す。
そして――。
ティシアの精神の奥にある力へ触れた。
瞬間。
ノアの手に刻まれた魔法陣が、淡い光を放つ。
「……!」
ノアは驚いて手を見る。
「何で……。」
魔法陣は今まで一度も反応しなかった。
ティシアの身体に触れても。
魔力を流しても。
何も起こらなかった。
それなのに――。
「何で、今まで何も反応しなかったのに……。」
ノアが呆気に取られていると――。
黒い炎が、ノアの魔力を伝ってこちらへ流れてきた。
「──ッ!」
ノアは咄嗟に手を放す。
指先に、微かに焼けたような感覚が残っていた。
「…………。」
ノアは深呼吸をする。
そして、もう一度自分の手に刻まれた魔法陣を見る。
(今まで魔法陣が反応しなかったのは……。)
(ティシアの身体の奥に、力があったから?)
ノアはティシアを見る。
(私が触れたのは、ティシア自身じゃない。)
(その奥にある……力。)
ノアは魔法陣を握りしめる。
「……とりあえず。」
「魔法陣が反応したってことは……あの力を、制御できるかもしれないです。」
ノアは紙を出し、必要なことを書きなぐる。
(私が一時的に制御できても意味がないです。)
(力のバランスを整えるには……。)
ノアは、先ほど砕けた水晶を見る。
(あの水晶は三方向から力を抑えていた。)
ふと、青年に言われた言葉を思い出す。
『これを、呪物を中心にして三角形になるように置くんだ。』
「三角形……。」
ノアはペンを動かす。
(あの水晶が持っていた力を、別のもので再現すればいい。)
ノアはティシアの中にある四つの力を思い浮かべる。
「黒い炎を中心にして……。」
「残り三つの力を、三角形の角に置く。」
ノアは紙に三角形を描く。
「水晶の代わりに、ティシアの中にある三つの力を使えば……。」
「抑える力はなくとも、黒い炎の影響を三つの力に分散できるかもです。」
しかし、ノアはペンを止める。
「でも……三つの力が持つ大きさは、バラバラです。」
「正三角形だと、上手くいかないです。」
ノアはティシアを見る。
「力の大きさに合わせて、形を変えないと。」
そのとき、聖堂の扉が開いた。
「ノアさん、どうでしたか?」
ガルベスが中へ入ってくる。
ノアは振り返る。
「もしかしたら……ティシアを助けられるかもしれないです。」
「ただ、正確な配置を決めるために計算が必要です。」
「分かりました。」
ガルベスはティシアへ目を向ける。
「ただ……ティシアさんの身体は、安全な場所へ運んでもよいでしょうか?」
「この聖堂は、明後日に使う予定があるので。」
ノアは頷く。
「はいです。」
ノアは聖堂を出て、自分の部屋へ向かう。
「早く、ティシアに会いたいです。」
────────
翌朝。
ノアは街へ向かっていた。
(あの人に、もっと詳しいことを聞かないと。)
ノアが青年と出会った店へ向かっていると――。
突然、手首を掴まれた。
「キャッ!」
ノアは驚いて振り返る。
そこには、以前出会った青年が立っていた。
青年はノアの手首を離すと、観察するように目を細める。
「……水晶を使わなかったのか?」
「いえ、使いました。」
ノアは少し困ったように答える。
「でも……割れました。」
「割れた……?」
青年は僅かに眉を寄せる。
しばらく黙って考え込む。
そして――。
「なら。」
青年はノアを真っ直ぐ見る。
「そいつに、二度と近づくな。」
「何でですか?」
ノアは青年を睨む。
「それに……何で、呪われた人がいるって分かったんですか?」
ノアは天照を青年へ向ける。
「あなたは、彼のことを知ってるんですか?」
青年は黙った。
しばらくして、ノアを見る。
「……君の周りに、気味の悪い力がついてる。」
「恐らく、そのままならよくないことが起きる。」
ノアは眉を寄せる。
「それに、君の言う彼のことはあまり知らない。」
青年は少し視線を逸らす。
「……なんとなく、人だと思っただけだ。」
「質問を変えます。」
ノアは天照を構えたまま、青年を見る。
「あの水晶は何ですか?」
「それと……どうして三角形に置くんですか?」
青年は少し考えてから答える。
「あれは、魔力を反発させる魔法を刻んでる。」
「三角形に置くのは、三つの力を均等にぶつけるためだ。」
ノアは眉を寄せる。
「……そんな魔法は、私の知る限り存在しないです。」
「そうか。」
青年は特に驚いた様子もない。
「なら、君の知らない魔法なんだろうね。」
青年は淡々と答える。
「……君を傷つけるつもりはない。」
「私に、そこまでする理由は?」
青年は一度、大きく息を吸う。
そして、ゆっくりと吐いた。
「君自身から、とても清らかで神聖な気配を感じる。」
青年はノアを見る。
「……ある意味、一目惚れだ。」
「…………。」
ノアは警戒を解くことなく、ゆっくりと天照を下げる。
「もういいです。」
「水晶の仕組みは分かりました。」
ノアは天照を収め、王宮へ戻ろうとする。
その背中へ、青年が声をかけた。
「彼を助けるつもり?」
ノアの足が止まる。
「君まで、大変な目に遭うよ。」
しばらく沈黙が続く。
ノアは振り返らない。
「…………関係ないです。」
そう呟くと、ノアはそのまま歩き出した。
────────
それから、ノアは自室に籠るようになった。
外に出るのは、ティシアの様子を確認するときと、食事など必要最低限のときだけ。
部屋の机には、何枚もの紙が広げられている。
ノアはペンを動かし続ける。
「影狼の力……炎竜の力……。」
それぞれの力の大きさを書き出していく。
「この二つはいいです。」
次に、不死身の呪いの数値を書き込む。
「でも、不死身の呪いは黒い炎とぶつかり合ってる。」
ノアは眉を寄せる。
「もっと細かく計算しないと……。」
そのとき、青年の言葉が頭をよぎった。
『三角形に置くのは、三つの力を均等にぶつけるためだ。』
ノアはペンを止める。
(三角形なのは、均等に力を加えるため……。)
(三つの力を使えば、互いの力を調整できる。)
ノアは紙に三角形を描く。
(封印だけじゃなくて……。)
(魔法にも応用できる……?)
ノアは首を振る。
(今は、ティシアを助けるです。)
ノアは再び紙と向き合った。
────────
何度も日が昇り、何度も夜を迎えた。
紙に数字を書き、計算し、間違いを見つけては最初からやり直す。
そして――。
気づけば、数週間が経っていた。
「…………できたです?」
ノアは最後の計算をもう一度確認する。
一つ。
二つ。
三つ。
何度も計算し直す。
机の周りには大量の紙が散らばり、ゴミ箱には入りきらないほどの紙くずが溢れていた。
「…………。」
ノアは計算結果を見つめる。
そして。
「できたです!」
ノアは勢いよく椅子から立ち上がる。
「これなら……ティシアを助けられるです!」
ノアは部屋を飛び出した。
────────
誰もいなくなったノアの部屋。
静寂だけが残る。
しばらくして――。
カチャ。
窓の鍵が、ひとりでに外れた。
ゆっくりと窓が開いていく。
風は、吹いていない。
それでも窓は完全に開ききった。
「…………。」
誰もいない部屋に、沈黙だけが残っていた。




