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67.不死身の代償

「……頭が痛い。」

ティシアは、暗闇の中で意識を取り戻した。


光はない。


音もない。


ただ、目の前に誰かが立っている。


「起きたか。」


「……サーナトス様?」

目の前には、サーナトスが立っていた。


以前と比べて、その姿は僅かに変わっている。


小さな羽が生えている。


そして――。


ほんの僅かだが、その表情から感情が読み取れるようになっていた。


ティシアはサーナトスを見つめる。

「……少し、変わりましたね。」


「そうか。」


サーナトスは自分の羽を見る。


「今の其方は眠っている。」


「正確には――」


サーナトスはティシアを見つめる。


「常に死んでいる状態だ。」


「……死んでいる?」

ティシアは自分の身体を見る。


傷はない。


苦しくもない。


ただ、自分がここにいるという感覚だけがある。

「サーナトス様。」


ティシアは顔を上げる。

「あの黒い炎は、何だったんですか?」


「……。」


「これも、あなたの力の破片なんですか?」


サーナトスは静かに口を開く。

「そうだ。」


「だが、あれは神力とは異なる力だ。」


「死力と呼んでいる。」


「死力は、神をも殺せる力だ。」


ティシアは息をのむ。

「神を………」


サーナトスはティシアを見つめる。

「おそらく、死力が其方の不死身の呪いと反発したことで、再生能力が消されたのだろう。」


ティシアは息を呑む。

「それで……僕は再生できない。そして、今も死に続けている。」


「そうだ。」


ティシアはしばらく黙り込む。


自分が生きているのか。


死んでいるのか。


その境界すら、今の自分には分からなかった。


「……もう一つ、質問をしてもよろしいでしょうか。」


「申せ。」


「不死身の呪いには、代償があると言いました。」


「それは……何ですか?」


「……少々長くなる。」

サーナトスは、少し離れた場所を指差す。


そこには、白い机と白い椅子が置かれていた。

「そこに座れ。」


「はい。」


二人は向かい合うように腰掛ける。


サーナトスは、しばらく黙っていた。

そして、静かに口を開く。

「そもそも、不死身の呪いとは――」


「我々、神が生まれながらに持っていたものだ。」


「我とアルジャの場合、生物が生まれ、生と死という概念が生まれたと同時に、我らも生まれた。」


「神とは、概念そのものだ。」


サーナトスは淡々と語る。

「死がある限り、我は不滅だ。」


ティシアは眉を寄せる。

「ですが……私は神ではありません。どうやって、不死身の力を……」


「それは、我が其方と同化したからだ。」


「……同化?」


「我の不死身の呪いを其方と共有した。」


「しかし、」


サーナトスはティシアを見つめる。

「其方が死ぬたびに、我との同化が進行する。」


「記憶が混ざる。」


「意識も混ざる。」


「やがて、どちらが其方で、どちらが我なのかも分からなくなる。」


「それが代償だ。」


ティシアは息を呑んだ。

「……だから。」


「最近、変なことが起きたんですね。」


サーナトスは静かに頷く。


「これは、同化してから分かったことだが。」


「我も、其方に影響されているようだ。」


「……私が、あなたに?」


「ああ。」


サーナトスは自分の小さな羽に触れる。

「以前の我には、これほど明確な感情はなかった。」


「だが、其方と同化してから……少しずつ変化している。」


ティシアは黙ってサーナトスを見る。

「つまり……。」


「僕があなたを変えて、あなたも僕を変えている。」


「そういうことだ。」


ティシアは口元を押さえ、ふっと笑った。


サーナトスは首を傾げる。

「……何がおかしい。」


「ごめんなさい。」

ティシアは笑みを浮かべたまま答える。


「何というか……。」


「自分がサーナトス様と同化しているだけで、僕自身の記憶まで消えているわけじゃないんだと思ったら……。」


ティシアは胸に手を当てる。

「少し、安心しちゃって。」


サーナトスは何も言わなかった。


代わりに、机へ手をかざす。

すると、何もなかった場所に一つのカップが現れた。


中には、淡い色の飲み物が入っている。


「我が封印される前に飲んでいたものだ。」


サーナトスはカップをティシアへ差し出す。

「其方の口に合うかは分からん。」


「ありがとうございます。」

ティシアはカップを受け取る。


サーナトスは椅子に座り直した。

「我は普段から其方を見ている。」


「このような場所では、気楽に過ごせ。」


「……分かりました。」


────────


水晶が淡い光を放ち、ティシアの身体を取り囲む。

三方向から押し返すように、ティシアから漏れ出していた様々な力が僅かに揺らめいた。


「……!」

ノアは目を見開く。


先ほどまで感じていた力が、わずかに弱まっている。

「……抑えられてるです。」


グルムもティシアの身体を見つめる。

「確かに、力が弱まってるな。」


ノアはティシアの腹部を見る。


しかし――。


穴の開いた傷は、そのままだった。


「…………。」

ノアの表情が曇る。


三人が、ティシアの身体をじっと見つめていると――。


ピキッ


「……え?」


一つの水晶に、ひびが入った。


次の瞬間。


パリンッ


水晶が砕け散った。


瞬間。


ティシアの身体から感じられていた力が、元通りになる。


「…………駄目だったようですね。」

ガルベスが、床に散らばった水晶の欠片を見る。


グルムはティシアの身体を見つめた。

「いや。」


「実際、力は抑えられてたみたいだ。」


「だが……。」


グルムは眉を寄せる。

「全部の力を押さえちまってる。」


「それじゃあ、意味がねぇ。」


ノアはティシアの身体にそっと触れる。

(黒い炎だけを抑える方法……。)


(それができれば、ティシアを助けられるかもしれない。)


ノアは顔を上げた。

「私は図書館に行くです。」


「精霊魔法のことも、もっと調べてみます。」


ガルベスがノアを見る。

「分かりました。」


「ですが、無理はなさらないように。」


「はいです。」


────────


ノアは図書館へ向かい、本を読み始めた。


しかし。


精霊魔法について詳しく書かれた本は、なかなか見つからなかった。


「エルフに関する本も読んでみましたが……あまり良い情報は無かったですね。」

ノアは本に書かれたエルフの特徴を読み返す。


「エルフは、基本的に金髪で長い耳を持つ……。」


そして、先ほど出会った青年を思い出す。

(水晶を渡してくれた人は、耳は普通でした。)


(それに……髪は金色でしたけど、他はあまり当てはまらないです。)


ノアはページをめくる。

「記録されている中には、800年生きたエルフもいるらしいです。」


さらに読み進める。

「エルフは成長が早く、その後はほとんどを若い姿で過ごす……。」


ノアは本を閉じる。

「……やっぱり、あの人がエルフだったとは思えないです。」


窓の外へ目を向ける。

日は落ち始め、王宮の中にも薄暗さが広がっていた。


「あの人に会ったら、詳しく聞いてみるです。」


────────


グルムは聖堂を出た。

「…………。」


人の気配がない。

歩くたびに、石造りの廊下へ足音が響く。


コツ、コツ。


(……おかしい。)


(この廊下には、必ず一人以上兵士が見張っているはずだ。)


周囲の気配を探る。


人の声はない。


足音もない。


それでも――。


「…………。」

グルムは感覚を研ぎ澄ませた。


そして、廊下の奥へ視線を向けた瞬間。


ピシュッ!


何もない空間から、一本の矢が飛んできた。


「……!」


グルムは反射的に手を伸ばす。


パシッ。


飛んできた矢を、素手で掴み取った。


「誰だ!」

グルムは矢を握ったまま、大きく振りかぶる。


「そこか!」


ビュンッ!


矢を投げつける。


しかし――。


矢は暗い廊下の奥へ飛んでいった。


「…………?」


次の瞬間。


バンッ!


廊下の窓が突然破壊された。


「!」


グルムが振り返る。


窓の向こうから、何かが外へ飛び出していく。

グルムはすぐに窓へ駆け寄り、外を見る。


しかし。


「…………。」


暗闇の中には、何も見えなかった。

「……逃げられたか。」

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