66.三つの水晶
翌朝。
ノアは朝食を済ませると、すぐに図書館へ向かった。
(早く……ティシアを助けないと。)
図書館へ入る。
昨日と変わらず、壁一面には大量の本が並んでいた。
ノアは一冊の本を手に取る。
ページをめくる。
違う。
また次の本を手に取る。
必要そうな情報を見つけるたび、紙に書き写していく。
神の力。
聖女。
魔法陣。
そして――。
ティシアを助ける方法。
ノアは、ただ黙々と本を読み続けた。
食事と睡眠の時間以外は、できるだけ図書館で過ごした。
───────
一週間探しても、黒い炎について直接書かれた記録は見つからなかった。
朝食を取っているノアへ、グルムが声をかけた。
「ノア。」
「はいです?」
「ここから少し歩いたところに、金属を売ってる店がある。」
「何か買ってきてくれ。」
侍女が、硬貨の入った袋をノアへ渡す。
「銀貨が二百枚入っています。」
「適当に買って、残りは自由に使え。」
ノアは袋を見つめた。
「えっと……私、図書館に行きたいです。」
グルムが頭を掻く。
「……少しくらい休め。」
ノアが首を傾げる。
すると、隣にいた侍女が小声で囁いた。
「グルム様は、ノア様のことを心配されているのです。」
「心配?」
「ずっと図書館に籠もりきりじゃないですか。」
「少し息抜きをしてほしい、という意味だと思います。」
ノアは、もう一度グルムを見る。
「……そうだったですか。」
グルムは視線を逸らす。
「別に。」
「お前さんが倒れたら、面倒だからな。」
ノアは、自分の姿を見下ろした。
指先は痺れ、かすかに震えている。
さらに、顔色は悪く、以前より少し痩せている。
「……分かったです。」
「今日は、少し休むことにするです。」
朝食を済ませたノアは、王宮を出て街へ向かった。
ずっと王宮の中にいたからだろうか。
外へ出た瞬間、強い日差しと熱気がノアの体を包み込んだ。
「暑いです……。」
乾いた風が吹く。
サラサラと砂が地面を擦る音が聞こえた。
ノアは、グルムから聞いた場所を思い出しながら周囲を見回す。
「……ここですかね。」
目の前には、金属を扱っているらしい店があった。
ノアは扉を開け、中へ入る。
店内には武器や防具だけでなく、金属細工や装飾品も並んでいた。
その中には、宝石が飾られている棚もある。
ノアは、その前で足を止めた。
「……綺麗です。」
しゃがみ込み、一つ一つ宝石を眺める。
そして。
「これ……ティシアに似合いそうです。」
ノアが見つめていたのは、一対の耳飾りだった。
光の当たり方によって、緑にも赤紫にも見える宝石。
アレキサンドライト。
ノアは、しばらくその耳飾りを見つめていた。
その時。
「それが欲しいのかい?」
突然、後ろから声を掛けられた。
「……!」
ノアが振り返る。
そこには、自分と同じくらいの年齢に見える金髪の青年が立っていた。
青年は、緑色の水晶がはめ込まれた耳飾りに触れながら、ノアへと近づいてくる。
「なら、買ってあげる。」
「え?」
ノアが断るより早く、青年は店主を呼んだ。
「すみません。これ、ください。」
青年は迷うことなく代金を支払い、アレキサンドライトの耳飾りを受け取る。
そして、それをノアの手のひらに乗せた。
「あの、別にこれ──」
ノアが顔を上げる。
青年は、じっとノアを見つめていた。
「……ついてる。」
「え?」
ノアは首を傾げる。
青年はノアの肩に手を置いた。
「ねぇ。」
その声は、先ほどまでとは少し違っていた。
「君の近くに、呪われた人とかいない?」
「……もしくは。」
青年は、ノアの反応を確かめるように目を細める。
「呪われた物とか。」
「………。」
ノアは答えなかった。
青年は少しだけ笑う。
「まあ、いいや。」
「じゃあ、特別な方法を教えてあげる。」
青年はノアの手のひらに、三つの水晶を置いた。
指で簡単な形を描いた。
「これを、呪物を中心にして三角形になるように置くんだ。」
ノアは三つの水晶を見る。
「そうすれば、呪物から漏れ出る力を抑えられる。」
ノアは水晶を握る。
(もしかしたら……ティシアの助けになるかも。)
ノアは三つの水晶を大切そうに握った。
「ありがとうございます。」
青年は、手を軽く振って謙遜する。
「別にいいよ。」
「俺が好きでやったことだから。」
青年は、そのまま店の出口へ向かう。
「じゃあ、何かあったらすぐに行くよ。」
「……え?」
ノアが顔を上げる。
「待ってください!」
慌てて青年を追いかける。
「あなたは、誰ですか?」
しかし。
ノアが店の外へ出た瞬間。
「…………え?」
そこには、青年の姿がなかった。
辺りを見回す。
強い日差し。
乾いた風。
行き交う人々。
けれど、あの金髪の青年だけが、どこにもいない。
「……どこに行ったですか?」
ノアは、手の中の三つの水晶を見つめた。
───────
ノアは金属を買い終えると、足早に王宮へ戻った。
そのままグルムのいる部屋へ向かう。
「グルムさん!」
バンッ!
扉を勢いよく開ける。
「何だ、いきなり。」
突然のことに、グルムが目を見開く。
ノアは息を整えながら、手の中の水晶を見せる。
「それがですね───」
ノアは、街で青年に会ったことを話した。
そして、この三つの水晶を渡されたこと。
話を聞き終えたグルムは、腕を組んだ。
「……かなり怪しいやつだな。」
「それに、お前さん。」
グルムは三つの水晶を見つめる。
「力を抑える魔法なんて、聞いたことあるか?」
ノアは首を横に振る。
「知らないです。」
「わしも、魔力を遮断する水晶なら知ってる。」
グルムは水晶を手に取り、光にかざす。
「だが、力を抑える魔法は、聞いたことがねぇ。」
グルムは水晶を眺めながら続ける。
「こういう魔法は限られてる。」
「それは───」
一度、言葉を止める。
「エルフの精霊魔法だ。」
ノアは息を呑んだ。
「精霊魔法……。」
「ああ。」
グルムは水晶を指先で転がす。
「詳しくは知らんが、審判晶や投影晶に使われている。」
「エルフだけが使える魔法だってのは聞いたことがある。」
ノアは、先ほど出会った青年を思い出す。
金色の髪。
緑色の水晶がはめ込まれた耳飾り。
そして、突然消えた姿。
グルムが口を開く。
「なおさら、そいつには気を付けたほうがいい。」
ノアがグルムを見る。
「水晶に精霊魔法が刻まれていれば普通のやつでも使える。」
「蛇牙傭兵団も、投影晶を使ってたんだろ?」
「だったら、あいつがエルフじゃなかったとしても……蛇牙傭兵団の一員って可能性もある。」
「それに、あの水晶も妙だ。」
グルムは、ノアの手にある三つの水晶を見る。
「わしが知らねぇような魔法を使えるなら、なおさら警戒したほうがいい。」
「そうですね。分かったです。」
ノアは自分の部屋へ戻った。
机の上に、三つの水晶を並べる。
緑色の水晶。
よく見ると、その中には薄っすらと青色が混じっている。
ノアは水晶を見つめた。
「……試しに使ってみるです。」
三つの水晶を三角形になるように置く。
その中央に、手をかざした。
ノアは魔力を手のひらから外へ流そうとする。
しかし。
「……?」
魔力が、出てこない。
何かに押さえつけられている。
いや。
押し返されている。
「……これが、抑える力……。」
ノアは、その様子をじっと見つめる。
(水晶から魔力を感じるです。)
(魔力を使って、魔力を押し返してる……。)
(こんな魔法、初めて見るです。)
(これをティシアの近くで使えば……黒い炎の力を弱められるかもしれない。)
────────
昼食の際。
ノアは、グルムとガルベスに水晶のことを相談した。
「本当に使って大丈夫なのか?」
「はいです。少なくとも私には何も害はありませんでした。」
グルムは腕を組み、しばらく考える。
「なら、わしはお前さんを信じよう。」
ガルベスも頷く。
「私も賛成です。」
そして、ノアを見る。
「今日から始めますか?」
「はいです。」
ガルベスが頷く。
「では、ティシアさんを聖堂へ運びます。」
「用意ができ次第、王宮の東側にある聖堂へ来てください。」
「分かりました。」
────────
ノアは準備を済ませ、聖堂へ向かった。
扉を開ける。
中は静寂に包まれていた。
広い空間に、ノアの足音だけが響く。
コツ、コツ、と石床を踏みしめながら、ノアは奥へ進んでいく。
やがて。
聖堂の奥に、三人の姿が見えた。
グルム。
ガルベス。
そして――。
聖卓の上に、ティシアが仰向けに寝かされていた。
グルムが真剣な表情でノアを見る。
「準備はできたか。」
「はい。」
ノアの手には、三つの水晶と天照が握られている。
ノアはティシアの周囲に水晶を並べ始める。
三つの水晶が、ティシアを中心に三角形を作る。
「……いきます。」
最後の水晶を置く。
その瞬間。
三つの水晶が淡く輝いた。




