63.死なない少年
ティシアは、自分の体を見る。
腹部には、大きな穴が開いていた。
左腕からは、血が止まらず流れ落ちている。
視界が、少しずつぼやけていく。
(……もう、隠す必要もないか。)
ティシアは、ゆっくりと口を開いた。
「ノアが僕についてくれば……絶対に危険な目に遭う。」
「そんなの、知ってるです。」
「僕は……ノアに悲しんでほしくない。」
「置いて行かれる方が、悲しいです。」
ティシアは、目を伏せる。
「ここなら……グルムさんもいる。」
「ヴォルガルドの人たちも……助けてくれる。」
「だから……」
ティシアは息を吐く。
「僕といるより、安全だ。」
「僕には、ノアを守れる自信がない。」
少しだけ、声が震える。
「僕が死んだら。」
ティシアは、自分の腹部に開いた穴を見る。
「今までみたいに……戻ってこられる保証も、もうない。」
ノアの視線が、ティシアの腹部へ落ちた。
「……戻って、こない?」
ティシアは答えない。
その沈黙で。
ノアは、ようやく気づいた。
ティシアの腹部に開いた穴が。
再生していない。
「ティシア!」
ノアは慌ててしゃがみ込む。
「何で……再生しないですか!」
すぐに回復魔法をかける。
しかし。
致命傷が治ることはなかった。
「……変な感じだね。」
ティシアは、自分の傷を見る。
「死が近づいてる気がしない。」
「でも……生き返れる気もしない。」
ノアの目から、大粒の涙が落ちた。
「ノア──」
「喋らないで!」
ノアの髪が揺れる。
「僕も……」
ノアが顔を上げる。
「僕も、一人になるのは怖いんだ。」
ティシアは、少しだけ笑った。
「アルカディアに入った時。」
「頼れる人は誰もいなくて。」
「すごく、寂しかった。」
「でも。」
ティシアは、ノアを見る。
「初めて会った時。」
「ノアの無邪気な笑顔を見て。」
「……安心したんだ。」
ノアが俯いたまま話す。
「私がティシアについて行ったのは、ティシアに縛られてるからじゃないです。」
「ティシアがいるのが……当たり前になったです。」
「朝起きたら、ティシアがいて。」
「一緒にご飯を食べて。」
「一緒に、馬鹿みたいなことをして。」
「それが……楽しかったです。」
「だから………」
ノアは、顔を上げた。
涙で濡れた目で、ティシアを見る。
「置いて行かないでください。」
ティシアは、わずかに笑った。
「──ありがとう。」
その直後。
ティシアの目から、光が消えた。
────────
グルムが扉を開ける。
部屋の中には、ノアが一人だけいた。
ベッドのそばで。
ただ、俯いたまま座っている。
「とりあえず、お前さんらの後始末はしておいた。」
「……ティシアは?」
「遺体は、工房の中に運んだ。」
「まだ……何も決めてねえ。」
「……そう、ですか。」
ノアはそれだけを呟いた。
返ってきた声には、力がなかった。
グルムは、そんなノアを見て頭を掻く。
「ティシアが死んだのは、お前さんのせいじゃない。」
「……」
「あいつが、馬鹿なことをしたんだ。」
ノアは何も答えない。
しばらくして。
グルムが小さく息を吐いた。
「……わしも、止めるべきだった。」
ノアが、少しだけ顔を上げる。
「あいつから、お前さんを守ってくれと頼まれた時。」
グルムは視線を逸らした。
「……断れなかった。」
────────
ティシアが、グルムを見る。
「ノアのことで、相談があります。」
「何だ。」
「ノアを……ヴォルガルドで匿ってください。」
グルムは眉をひそめた。
「それは別に構わん。」
「だが、お前さんはどうする気なんだ。」
ティシアは少しだけ間を置く。
「僕は、ここを出ます。」
グルムが拳を強く握った。
「お前さんも、ここにいればいいだろ。」
「わしもいる。国に頼めば、護衛をつけることだってできる。」
ティシアは静かに答える。
「サーナトスが封印から解放されたことで。」
「世界に、どんな影響が出ているのか分かりません。」
「責任は、僕にもあります。」
「だから……被害を最小限にしたいんです。」
ティシアは、そこで目を逸らした。
「それに……。」
一度、言葉を止める。
「ノアを、危険な目に遭わせたくない。」
「だったら、お前さんも残れ。」
グルムは、ティシアを睨む。
「顔も知らん大勢より。」
「まずは、自分にとって大切な者を守るために残るべきだ。」
ティシアは黙る。
「……それでも。」
ゆっくりと顔を上げた。
「僕は、皆を幸せにしたい。」
「誰かが泣いて、誰かが苦しむような世界じゃなくて。」
「皆が笑って暮らせる世界を作りたい。」
グルムは何も言わない。
ティシアは続ける。
「そのために……まず、サーナトスの力を集めます。」
ティシアは、グルムに頭を下げた。
「おじさん。」
「お願いします。」
────────
グルムは、俯いた。
「……頼みを聞いてやることで、あいつの負担が減ると思った。」
「ノアを守ることを、わしが引き受ければ。」
「少しは、あいつも楽になるんじゃないかってな。」
グルムは、拳を握る。
「……こんなことになるなら。」
少しだけ、声が震えた。
「ぶっ叩いてでも、止めるべきだった。」
ノアは、再び俯いた。
その胸元で、カーネーションの首飾りがゆらゆらと揺れる。
ティシアから、貰ったものだった。
ノアは、ティシアとの時間を思い出す。
美味しかった食事。
楽しかった会話。
温かかった手。
そして────
冷たくなっていった体。
『……変な感じだね。』
ノアの脳裏に、ティシアの声が響く。
『死が近づいてる気がしない。』
『でも……生き返れる気もしない。』
「……!」
ノアは、ハッとして立ち上がった。
「グルムさん!」
「何だ?」
ノアは、グルムを見る。
「ティシアは最後、こう言ったです。」
ノアは顔を上げる。
「死が近づいてる気がしない。」
グルムが黙る。
「ティシアは……死ぬ感覚が分からないって意味だと思ったです。」
「でも。」
ノアは拳を握る。
「あの人は、ずっと死んでも戻ってきた。」
「そのティシアが、『死が近づいてない』って言った。」
「だったら。」
「まだ……死んでない可能性があるです。」




