62.少年少女
グルムは、俯いた。
「色々整理がついてねえかもしれねえが……もう一つ、最悪な知らせがある。」
ティシアはグルムを見る。
「何ですか?」
グルムは、ゆっくりと顔を上げた。
「蛇牙傭兵団のガンマ。」
その名前を聞き、ティシアの表情が変わる。
「あいつを乗せた馬車が、行方不明になった。」
「……え?」
「護衛としてついていた連中も、一緒にな。」
ティシアは机を叩いた。
「蛇牙傭兵団は、ノアを……聖女を狙ってる組織です。」
「逃げたんですか?」
「分からん。」
グルムは低い声で答える。
「だが、馬車ごと消えた。」
「護衛も、ガンマも見つかってねえ。」
「誰かに襲われた可能性もある。」
ティシアは、息を呑んだ。
(ガンマが消えた。)
(蛇牙傭兵団が、何かを企んでいるのかもしれない。)
(アルカディアも、俺を探している。)
(ウラノス王国だって、俺を追っている。)
ティシアは、自分の手を見る。
そこには、まだ傷が残っていた。
(しかも……僕は、もう不死身じゃない。)
(もし、僕が捕まったら。)
(ノアも巻き込まれる。)
ティシアは拳を握った。
(……いや。)
(僕と一緒にいる限り、ノアは逃げられない。)
「おじさん。」
グルムが顔を上げる。
「何だ。」
ティシアは、一度だけ息を吸った。
そして。
「ノアのことで、相談があります。」
────────
ティシアは宿に向かって歩く。周りは暗く人がいない。
(確か……ここを右だな。)
いつも通っていた道。
しかし、今は地図を見ながら歩くように、自分の記憶を辿らないと道が分からなくなっていた。
宿に着き、部屋に入る。ノアがティシアの帰りを待っていた。
「ティシア! 調査はどうでした?」
「……」
ティシアは答えず、静かに荷物を整理する。
「あまり…よくありませんでしたか?」
ティシアは、しばらく黙っていた。
「ノア。」
「はいです?」
「旅は、もうやめよう。」
ノアは、ピタリと動きを止めた。
「……なるほど。」
少し考えた後、ノアは頷く。
「ここに定住するですね。」
「グルムさんが強い人に依頼すれば、サーナトスの力も……いずれ集まるでしょうし。」
ティシアは何も答えなかった。
代わりに。
袋を一つ、机の上へ置く。
ジャラッ。
中には銀貨が入っていた。
「全財産の六割。」
ノアが袋を見る。
「二ヶ月くらいなら、働かなくても生活できると思う。」
その瞬間、
ノアから笑顔が消えた。
「…………何でですか。」
ティシアは視線を逸らす。
「ノアはもう、聖女から解放された。」
「自由なんだ。」
少し間を置く。
「今度は……俺」
ティシアの言葉が止まる。
「……僕に、縛られてほしくない。」
ノアは、ティシアへ近づいた。
「ティシアに縛られてる?」
「そんなこと、ないです。」
「じゃあ。」
ティシアはノアを見る。
「今のノアが、本当にやりたいことってある?」
ノアの足が止まった。
「それは……。」
言葉が出てこない。
ティシアは、少しだけ笑う。
「いつも僕についてきてくれて、感謝してる。」
「でも。」
「ノアには、自分のために生きてほしい。」
ティシアはそう言い残し、部屋の出口へ向かう。
「待ってください。」
ティシアの足が止まった。
振り返る。
ノアは杖を、ティシアへ向けていた。
「私は、まだ納得してないです。」
しばらく、二人の視線がぶつかる。
しかし。
ティシアは、ノアを見つめたまま言い放つ。
「……来るな。」
その声は。
今までノアに向けたことのないほど、冷たかった。
────────
ドォォン
宿の壁が破壊される。煙が漂い、中からティシアが出てくる。
「……本当に僕を止めるつもりなんだね。」
「ティシアのことです。致命傷を負わせないと止まらないです。」
「残念だけど、今僕は───」
ティシアは口を閉じた。
(不死身じゃなくなったことを言ったら余計ついてくるかも。)
「………諦めて。」
ノアは火球をティシアに撃ちながら詠唱をする。
ティシアは火球を弾きながら、距離を取る。
攻撃することはない。
ただ、逃げる。
「……どうして、分かってくれないんだ。」
ティシアは呟いた。
詠唱が終わる。
「アースショット。」
岩が目にも止まらぬ速さで迫る。
「影狼。」
左腕に激痛が走る。影に覆われた左腕が岩を砕いた。
ノアは杖から光球が出てくる。
「フォス・スフィア。」
光球が軌道を何度も変えながらティシアに飛ぶ。
ティシアは急いで影をしまう。
光球はティシアに当たるが何も起こらない。
ティシアはそのまま逃げる。
左腕に激痛が走った。
「……っ!」
影に覆われていた左腕を見る。
何かがおかしい。
血液が、皮膚の下から溢れ出している。
血管が浮き上がり、黒い影がそこに残っていた。
(……これ、血なのか?)
(今まで再生していたから、気づかなかった……。)
ノアが風魔法を使って追いつく。
「待って!」
「……」
ティシアは振り返らず、そのまま走り続ける。
「アクアショット!」
ノアが水球を放つ。
水球はティシアの足へ直撃した。
次の瞬間。
パキィン!
水が一瞬で凍りつき、ティシアの足を地面へ固定する。
ノアがティシアの前に着地し、杖を向ける。
「動かないで。」
ティシアは俯いたまま、呟く。
「……身体強化。」
ティシアの足に力が入る。
バキィン!
氷が、地面ごと砕け散った。
ドォン!
土煙が舞い上がり、ノアの視界を覆う。
ノアはすぐに風魔法を使い、土煙を吹き飛ばす。
しかし。
そこにティシアの姿はなかった。
「……!」
少し離れた場所に、ティシアがいる。
ノアは杖を握りしめた。
「どうして反撃してこないですか!」
ティシアはノアの横を通り抜ける。
「ノアを……傷つけたくない!」
ノアは振り返りながら、何発もの水球を放つ。
「私は!」
水球が次々とティシアへ迫る。
「ティシアが何も言ってくれない方が!」
ティシアは水球を避けながら走る。
「傷つくです!」
「…………」
ティシアの足が止まりかける。
しかし。
「……どうなっても知らないよ。」
ティシアは再び走り出した。
ノアは杖を構える。
そして、詠唱を始めた。
「…………」
ティシアが振り返る。
その瞬間。
ノアが無詠唱で魔法を発動させる。
「フレイムサークル。」
二人を囲むように、炎の壁が一気に立ち上がった。
ゴォォォォ……!
炎が周囲を取り囲む。
ティシアは炎の壁を見回した。
(逃げられなくしたつもり?)
ティシアはノアへ向かって走り出す。
「……!」
ノアはその場から動かない。
詠唱を続ける。
やがて。
ノアの頭上に、巨大な岩が形成された。
ティシアが目を見開く。
「……!」
ノアが杖を振り下ろす。
「アース──」
巨大な岩が、ティシアへ向かって落下する。
「ショット!」
ドォォォォォン!
地面が大きく揺れた。
巨大な岩が地面へ激突し、凄まじい粉塵が舞い上がる。
その衝撃で、周囲の炎の壁も消し飛んだ。
「はぁ……はぁ……」
ノアは肩で息をする。
その時。
バンッ!
巨大な岩が内側から砕け散った。
「……!」
飛び散った岩の破片の向こうから、ティシアが姿を現す。
そして。
ノアへ向かって走り出した。
「一回、眠って!」
ティシアはノアとの距離を一気に詰める。
(ノアのことは、よく分かってる。)
(次は──)
ノアが杖を構えた。
風魔法。
ティシアには分かる。
(上!)
ノアの体が浮かび上がる。
しかし。
「……!」
ティシアは跳躍した。
ノアの足を掴む。
「えっ……!」
「……ごめん。」
ティシアはノアの体を引き寄せる。
そして──。
ドォン!
ノアの体を地面へ叩きつけた。
「……っ!」
ティシアがノアを見る。
「これで……」
だが、ノアが笑った。
「ティシアのことですから、」
ノアの手が、ティシアへ向けられている。
「手加減すると思ったです。」
ティシアの表情が変わる。
「……!」
「フォス・レーザー。」
眩い光が、ティシアの目の前で弾けた瞬間、
「ガァァァァッ!」
光線がティシアの腹部を貫いた。
「────ッ!」
ティシアは力なく倒れる。ノアは上からティシアを見下ろす。
「ティシア、」
ノアはティシアをまっすぐ見る。
「話し合いましょう。」




